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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第一章

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249 叢氷のフォークロア

叢氷そうひょうの神の名のもとにおいて決闘裁判第二幕の開始を宣言する!」


 裁判官のどなり声が神聖裁判の法廷内に響き渡った。衆議院議場のようなフロアの二階にいる多くの傍聴人が声を限りに叫んで喜び、それからしばらくして、その声が一階で向かい合う俺とウヅキという幻獣使いの声援に変わった。


「いきり立つ大勢の観客の前で貴様と死合う。まるで酒場の地下での戦いを再現しているみたいだな」とウヅキが言った。


「いや、答えろよ……。なんでお前がこんなところにいるんだ?」

「国宝の奪還のためだ。前に言っただろ、最強の幻獣使いの騎士である金獅子のカイルに奪われたのだと」

「ああ、そいやそんなこと言ってたな……。でもカイルがそんなことをするとは思えない。お前らの勘違いじゃないのか?」

「首領が奪われたと言っているのだ。勘違いのわけがないだろう、馬鹿か貴様は」


 目を真っ向から見ながら馬鹿と言われた。相変わらず口が悪いみたいだ。


「しかし、金獅子のカイルを知っているような口ぶりだな」とウヅキは続けた。

「まあ、がっつり絡んだからな」と俺は言った。


「なに? それはいつどこでの話だ?」

「元の世界でだよ。だから、お前がどんだけ世界中を駆け回っても見つからないと思うぞ」


 ウヅキは俺がいったことについてあごに手を添えて考え込んだ。黒いロングジャケットの隙間から鎖帷子が覗いていた。


「貴様の言っていることは理解不能だ。元の世界とはなんだ?」

「まあ……話せば長いんだ。それはそうと、その奪われたっていう国宝はどんなものなんだ?」

「ヴァングレイト鋼の太刀だ。『コヨミの太刀』という名がついている。おっと、これは重要機密事項だ、聞かなかったことにしろ」


 今度は俺がウヅキの言ったことについて考える番だった。ヴァングレイト鋼の太刀?

 俺は左手の鬼姫・陽をよく観察するように見つめた。もう一本のヴァングレイト鋼の短刀、鬼姫・陰は大蝦蟇に呑み込ませたままだ。この二本の短刀はカイルがくれたもので、ヴァングレイト鋼の太刀を溶かして造り上げたと彼は言っていた。なんでだろう? 寒い寒い北の国だというのに汗が止まらない。


「それにしても、貴様のような奴がヴァングレイト鋼の得物を手にしているとはな。どこで手に入れたのだ?」


 なんて言えばいいのか返答に困った。これはあれか、気まずい感じになるやつか。


「どうしたウキキ、黙ってないでさっさと答えろ。それをどこで手に入れた?」

「カ、カイルがプレゼントしてくれたんだ、二本。元々は一振りの太刀だったって言ってた……」


 傍聴人たちがいつの間にか激しいブーイングを俺たちに向かって行い、裁判官が決闘の開始をしつこく催促していた。しかし、俺もウヅキもそんな場合ではなかった。甥は一人で俺のことを力の限り応援している。


 鬼姫・陽にウヅキの熱視線が注がれていた。彼も事の成り行きに気がついたようで、しばらくしてからすごい剣幕で俺の顔を睨みつけた。


「貴様! では我が祖国の国宝がそんなちんけな短刀二本に生まれ変わってしまったということか!」

「そ、そうっぽいな……。でも、カイルは東の国の首領との呑み比べに勝利して譲り受けたって言ってたし、別に問題はないだろ?」

「嘘を言うな! 金獅子のカイルがムツキ様から奪い取ったのだ!」

「カイルはそんなことしねえよ! じゃあそのムツキ様ってのが奪われたって嘘ついてるんだろ!」


 青い軌道が目の前まで伸び、そして俺の胸にX字の予兆を描いた。俺は咄嗟に飛び退く。


「斬り刻め鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 目を赤く光らせるウヅキが鎌鼬を使役し、二撃の残風が空を斬った。よけられたことにショックを受けている様子はない。挨拶代わりの一発だったみたいだ。口角がにやっと上がり、ウヅキはそのまま口を開いた。


「貴様を倒して褒美を貰い、それを金獅子のカイルを追う路銀にと考えていたが、もうその必要はないみたいだな」

「そ、そうだな……。じゃあこんな決闘もうやめようぜ?」


 やめるつもりはないみたいだった。ウヅキの左右の手から六本の青い軌道が伸びてくる――苦無だ。


「こうなったらもうそのヴァングレイト鋼の短刀でいい! 貴様からそれを奪い返してオレは祖国への帰還を果たさせてもらおう!」


 予兆を塗り潰すようにしてそれぞれの苦無が飛び迫ってくる。俺の眉間と胸の中心と手と手と脚と脚を仔細に狙っている。

 俺は最小限の動きでそのすべてを躱す。が、既にウヅキは次の行動に移っている。


「襲えイエティ!」


 俺の右側部からイエティが使役され、丸太のように太い腕がフックを仕掛けにやってくる。


「爆ぜろ鬼火!」


 更に左側部に火の球が設置される。鮮やかな二種同時使役によるコンビネーションだ。しかし、青い予兆は問題なく視えている。イエティのフックをしゃがんで避け、鬼火が爆発する範囲を示す青い軌道のサークルから抜け出る。


 間髪を入れずに、後ろから俺の右肩の辺りを青い軌道が通り抜けていく。ウヅキが俺の後ろを取り、幻獣を使役しようとしているみたいだ。


「カイルがくれたものはヴァングレイト鋼の短刀だけじゃない!」と俺は前を向いたまま声を張りあげる。そして身体を数センチ横にずらし、俺の横を通り過ぎていく空狐くうこに一瞬目を向ける。


「カイルが俺に見せてくれたんだ! ものすごい数の幻獣をな!」


 アリスに召喚されたことにより会得した俺の獣の眼は、認識している攻撃なら青い軌道となって予兆を俺に視せてくれる。そして、千の幻獣を身体に住まわすカイルが、俺にかなりの数の幻獣を使役して見せてくれた。なので俺はもうほとんどの幻獣を認識している。だから――かなりの苦労を強いられる幻獣も多いが――躱すことができる。

 彼は俺のことを『幻獣使いのナンバー2』と言ってくれたが、あるいは俺の特性を加味しての発言だったのかもしれない。ウヅキには悪いが、カイル以外の幻獣使いには負ける気がしないし、負けるわけにはいかない。


「八つ裂きにしろイペタム!」


 ウヅキは俺の言葉には反応せず、妖刀イペタムを使役して自身は高く飛び跳ねる。二階からより大きい歓声が沸き起こる。人の決闘を見るのがそんなに楽しいのだろうか? 貴族たちの好みは俺にはよくわからない。


 日本刀のような妖刀イペタムが俺の頬の数ミリ横を飛び抜けていき、またブーメランのように戻ってくる。大丈夫、ちゃんと視えている。俺は空中にいるウヅキが放つ苦無を鬼姫・陽で打ち弾き、そのコンマ数秒後に俺の背中を穿ちに帰ってきた妖刀イペタムを鎌鼬を使役して斬り裂く。避けることは容易いが、こうしないといつまでも纏わりついてくるのだ。


 俺の真上を取っているウヅキが使役とともに降りてくる。


「喰い破れマーナガルム!」


 太陽を喰らう月の犬マーナガルムが顕現して、まるで世界から光が失われたかのように法廷内が濃い闇に閉ざされる。こいつもカイルが使役して見せてくれた。こうやって使役者以外の視力を奪い、その隙に心臓をえぐり取って食べてしまう幻獣だ。本当に恐ろしいが、どうやらウヅキは俺の命は狙っていないようだった。少なくともマーナガルムに心臓をほじくり出す命令はしていないようで、俺の足元に青い軌道が伸びている。とすれば、視力を奪うのが目的で、本命は正面から正々堂々俺を刺す予兆――闇の世界で乱れ舞う鎌鼬みたいだ。


「斬り刻め鎌鼬!」

「出でよ鎌鼬!」


 あの時のように、二体の鎌鼬が俺とウヅキの様々な想いを乗せて交錯する。


ザシュザシュッ!


「なにっ……!」とウヅキは目の前の現実に短いセンテンスを漏らし、同時に大きくジャンプをして回避行動に移った。マーナガルムが帰還して、世界が光を取り戻す。

 顕現したのは俺の鎌鼬だった。あの時はMAX鎌鼬でなんとか乗り切ったが、通常の鎌鼬でも競り勝つことができた。俺を認めてくれたカイルの顔を立てることができただろうか? またあいつに稽古をつけてもらいたいし、姉貴を省いてアリスと三人で飯を食べながら色々な話を聞きたい。


「出でよ狛犬!」


 ワンワン!


 俺はまだ殺意を目に浮かべているウヅキを狙って狛犬を使役し、彼に向かって問いかけた。


「おいウヅキ! お前防御系の幻獣は使役できるんだろうな!?」


 宙にいるウヅキが法壇に音もなく着地し、鋭い視線で俺を見る。


「ふざけるな。狛犬は直線にしか飛んで行かないうえに、狙ってから発射までにはかなりの時間を要する。そんな欠陥幻獣でオレを狙い撃てるものか。現に天井を見据えているだろう」

「いいから防御系の幻獣をいつでも展開できるようにしとけ! 狛犬は強力だ、お前を殺したくなんかない!」


 ウヅキの目の色が変わった。殺意の赤は相変わらずその目の表面に浮かんでいるが、その奥には俺の挑戦を真摯に受け取り、打ち破ろうとする覚悟が宿っていた。


「面白い。ならば、どうやってオレにその欠陥幻獣をあてるのか見届けてやろう。それができなければヴァングレイト鋼の短刀を渡してもらう。二本な」

「ああわかった。じゃあお前にぶちあてたら俺の勝ちだ。それでいいか?」


 ウヅキは頷き、にやっとした笑みを浮かべる。「いいだろう。だが、オレは石のように固まったりはしないぞ」

 俺は頷く。「構わないよ。だけどちゃんと防御系幻獣を使役しろよ」


 そして十秒が経過して、狛犬が床を蹴って飛び立つ。俺は光弾となった狛犬の直線上に向けて腕を構える。


「出て来いや勤勉なる木霊!」


――やったるで! ――しゃかりきやで! ――サワヤのためやで!


 MAX使役とは違う何か。サワヤちゃんが木霊のさぼり癖を教えてくれて、そしてカイルからアドバイスをもらって得た木霊の新しい使役法。まあ、俺のことを大好きなサワヤちゃんに嫌われたくないという木霊のたくらみが、多くの部分を占める使役法とも言えるかもしれない。


 狛犬の飛行ルートに配置した一体めの木霊が、緑色の顔を真っ赤に染めて向かい来る狛犬をどつき、二体めの木霊に反射させる。

 狛犬も三体の木霊も、どちらも俺の身体に棲む幻獣なのでこんなことが可能なのだとカイルは言っていた。『狛犬はとても賢い子デース。宿主をともにする木霊の言うことをちゃんと聞いてくれるデショウ』


 二体めの木霊から三体めの木霊に光弾がパスされ、そして三体めがウヅキを狙って光弾を反射させた。

 まるでバスケをやっているみたいだった。俺は背が低くて小中高とガードをやっていたが、狛犬と木霊のコンビネーションはまさにバスケの試合でガードの俺が味方にパスを繋ぎ、そして得点させるような感覚だった。

 配置した三体の木霊の三角形。そしてその中心にいるウヅキを光弾となった狛犬が捉える。俺は堪らず声をあげる。


「馬鹿野郎! 早く防御系幻獣を展開しろ、よけられねえよ!」 


 固まってはいないだろうが、ウヅキはどうするか迷っているようだった。しかし諦めにも似た表情をしたと同時に両手を正面に向け、幻獣の名を呼びあげた。


「呑み込めクラーケン!」


 クラーケン? これはカイルも使役していなかった。ウヅキの目の前に巨大なイカの化物が現れ、十本の手足の中心にある口部を狛犬に向けた。手足が風車のように回転する。そして地獄の入り口のような不気味な口が大きく開かれた。

 だが、狛犬を呑み込んではいおしまい。というわけにはいかないみたいだった。一部の破壊力は相殺できたと思うが、残りの衝撃をウヅキ自身が一身に受け、遥か後方まで吹き飛ばされた。


「おい大丈夫か!」、俺は彼の元まで駆けて手を差し伸べる。しかし手は握られなかった。ウヅキはきれいさっぱり気を失っているみたいだった。念のために脈をとってみたが、きちんと一定のリズムで脈打っている。


「いい戦いだったぜ、幻獣使いのナンバー3」とウヅキの顔を見ながら俺は言った。それに反応してか、ウヅキはぱっと目を開いた。


「では貴様が金獅子のカイルに次ぐナンバー2ということか?」

「ああ、そういうことだ」


 もう一度差し伸べた手が長い時間をかけてようやく握られ、俺は勢いをつけてウヅキを起き上がらせた。鎖帷子の編み込まれた鋼線がずたずたに千切れているが、致命傷には至ってないみたいだ。


「どうやら妄言でもないようだな。貴様からは玄武だけでなく朱雀の気配まで感じるぞ」

「あれ、気づいてたのか……。カイルから譲り受けたんだ、幻魂の儀でな」


 ウヅキはふっと笑い、俺の手を離して口元の血を手の甲で拭った。


「幻魂の儀といえば、雷獣は元気にしているか?」

「ばっちりだよ。殺傷能力が低くて色々と役にたってる」


「ふんっ……貴様は甘いな」、遠くを見つめながらまた口元だけで笑い、ウヅキはそう言った。

「お前もな」と俺は言った。


 法廷内では大歓声が沸きあがっていた。幻獣使い二名による決闘はすごくエキサイティングだったようで、シルクハットをかぶる老紳士も、羽根がたくさんついた扇を持つ上品な婦人も、全員がいまだ興奮の渦に包まれていた。

 裁判官がなんとかそれを制そうとして声をあげるが、誰も聞き入れようとはしなかった。


「誰ぞ! 次に愚かな決闘代理人を粛清しようと名乗りを上げるものはおらぬか!」


 声の大きさには相当な自信があるようだった。裁判官はメガ粒子砲のような声で何度もそんな一節を口にしたが、当然そんな者は出てこなかった。

 しばらくしてからしかめっ面に変わり、神聖騎士に甥の手の縄にナイフを入れさせ、それから自由になった甥の手を掴み持ち上げた。


「母なる叢氷そうひょうの神の名のもとにおいて、この者を無罪放免とする!」


 世界の不満をすべて引き取ったような表情を浮かべ、やはり良く通る声で裁判官はそう宣言した。甥が体全体で喜びを現して、下の階の俺に向けて拳を突き出してきた。俺も同じポーズを甥にして見せる。


「なあウヅキ」と、俺は拳を下げながら言った。「さっきからあの裁判官が『叢氷の神』って何度も言ってるけど、なんの神なんだ?」


叢氷そうひょうとは海を漂う氷の塊のことだ。凍てつく寒さのこの北国の海でよく見られる。それは知っているか?」


 それは知っていると俺は答えた。知らなかった。白熊が乗ったまま氷が流される映像を見たことがあるが、あれのことだろうか?


「神話や伝承のようなものだ。この北の国家『グロウナイ』を創造した彼らの祖先は、荒廃した土地から脱出して新天地を求めた。だが、どこにもそんな場所はなかった。あるのは醜い争いに明け暮れる戦争国家や、植物の育たない死の土地だけだった。彼らは海を渡ろうと意を決した。そして船が転覆した。そこに叢氷が突如いくつも現れ、彼らを最北のこの地に導いたそうだ。まあ、オレも少し前に酒場で酔っぱらいから聞いた話だがな」

「なるほど……」

「この情報料は高くつく。しかしオレと貴様の仲だ、ヴァングレイト鋼の短刀で手を打ってやろう」


 俺はおもわず笑い出してしまった。こんな奴でも冗談を言うらしい。


「いいよ、一本ならやるよ」と俺は言った。


「なにっ……! 本当か!?」

「ああ、二本あるし、それにこれがあればとりあえず祖国に帰れるんだろ?」

「恩にきるぞウキキ! 貴様はいい奴だったんだな!」


 ウヅキは涙を流し、やっと任を終えて東の国に帰還できると大いに喜んだ。


「国宝の柄の部分は何色だったんだ? カイルがくれたのは白と黒なんだけど」


 しばらく考え込んでからウヅキは答えた。


月白げっぱくだったはずだ。奉納されているのを何度か目にしただけだが、間違いない」

「じゃあこの鬼姫・陽のほうが原型に近いな」


 少し名残惜しいが、俺は柄の白い鬼姫・陽をウヅキに渡した。彼は神妙な面持ちでそれを受け取り、刃触りを確かめ、反った剣先をそっと指でなぞった。薄皮に繊細な線が引かれ、極少量の血が滲んだ指先をウヅキは俺に見せた。


「金獅子のカイルが打ち直したと言っていたな。最強の幻獣使いの騎士はこんな業物まで造り上げてしまうのか……」

「とんでもない奴だよ、いろんな意味でな……。俺とお前が追いつくべき男さ」


 ウヅキはまたにやりと微笑み、黙って俺に手を差し出した。俺はたっぷりと時間をかけてからその手を取り、俺たちは固い握手を交わした。


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