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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第一章

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247 淑女な幼女

 ここまでのいきさつを、俺は大魔導士アリューシャにすべて話した。

 突然の異世界転移。そして、二度の不明瞭な死による二つの世界の往復。この異世界に還ってきたらそこは北の大地の深部で、スノウホワイトと名乗る老婆の声に導かれ救われたこと。

 大魔導士アリューシャは俺の話を黙って聞いていた。途中で一度、黒いローブの男に暖炉に薪をくべるよう指示したが、あとはおおむね目をつむって身じろぎ一つしないでいた。


 話を終えても静止したままでいる姿を眺めながら、俺はカップの中のお茶を飲みほした。空になると、黒いローブの男が黙ってまた注いでくれた。「ありがとうございます」と言ってから、俺は続けてまたひと口飲んだ。


 薪がぱちっと音を立てた。暖炉の中では密やかな世代交代が行われていた。熾火おきびから若々しい薪に火が燃え移り、またそこで一つのコミューンが形成されていく。俺はその一部始終を見るともなく見ていた。

 それでも大魔導士アリューシャは一言も口をきかなかった。俺の話を頭の中で精査して考え込んでいるようにも見えたし、何も考えていないようにも見えた。背の高い椅子に深く座り、足と腕を組んで深海で眠るように黙りこけていた。その真っ白な幼顔はやはり八歳ていどに見受けられる。じっと見ていると、俺はこの人の元で修行を積んでいたダスディー・トールマンが言っていたことをふと思い出した。


 『元気に見えたなら気の張りがいがあったってもんでぃ。……俺の身体の寿命はとうに尽きてらあ、動けていたのは、体内のマナを命に変換していたおかげでぃ。まさか、あんなに俺に厳しかった師匠の真似事をするとは思ってもみなかったがな……』


 まあそういうことなのだろう。マナを若さに変換して幼女の姿を保っている……。どこの世界にでもあるありふれた話だ。

 やがて、小さく結んだ桜色の唇が長い沈黙を経てついに開いた。


「おぬしの身体に残る奴の魔力の波動は『重複の法』が原因じゃな。……あの馬鹿弟子め、こともあろうに禁忌の大魔法を発動させおって」

「でも、そのおかげで俺は救われたんです。偶然だったけど、重複の法でひし形の刻印が複製されてなかったら、俺はこの異世界に戻ってこれませんでした」


 大魔導士アリューシャはゆっくりと目を開いた。いや、そもそも目はずっと開かれていたのかもしれない。この人の前にいると、ちょっとしたことが正確に見分けられなくなっているように感じられた。すべての事物が薄い霧に覆われているのだ。あるいはカップの中にあるのはコーヒーなのかもしれない。


「偶然などありはせんよ」と大魔導士アリューシャは言った。「偶然は必然が皮をかぶって成りすましている獣に過ぎん。すべては最初からアンサーズ・ロックに記されておる」


 アンサーズ・ロック? と俺は尋ねる。


「スノウホワイトの声を聞いたのじゃろう。奴はアンサーズ・ロックで原初の飛来種とともに永遠の眠りについておる。……が、まあよい。ここで講釈を垂れても時間の無駄じゃし、あの馬鹿弟子が如何にどうしようもないクズかを語らっても仕方あるまい。ことは急を要するのじゃ。おぬしは事解がまったく足りぬ」


 努力はしている、と言おうとしたがやめておいた。前にそれを姉貴に言って、説教が四時間に増えたことがある。俺は黙ってカップの中のお茶を飲んだ。あるいはコーヒーを飲んだ。


「円卓の夜が始まるまでに妹を助けないと、この惑星に溢れるすべての生命を根絶やしにすると言われたのじゃろう?」とカップをテーブルの上に俺が置くのを観察するように見ながら大魔導士アリューシャは言った。「月の女神ルナが言ったのなら、それは間違いなく実行される。それなのにおぬしはこんなところで何をやっておるのじゃ」


 音もなく目の前の幼女が椅子からすっと立ち上がった。黒地の布を更に黒い染料で染め上げたような漆黒のローブの裾がぱらっと捲れ、細く白い二本のふとももが一瞬表舞台に上がった。


「ハンマーヒルになら飛ばせてやれる。そこでじっとしているのじゃ」

「えっ……!」

「間抜け面で儂を見るな愚か者。転移の法でおぬしを送り届けてやると言っておるのじゃ。破門したとはいえ、馬鹿弟子のやった行いの責任は師匠がとるしかあるまいて」


 願ったり叶ったりだった。この北の大地が異世界のどこに存在しているのかわからないし、ミドルノームがどちらの方角にあるのかもわからない。陸地で続いているのか、海を渡る必要があるのか、それとも飛空艇みたいなので航空するしかないのか。俺はあらゆる可能性をおぼろげに考えていたが、それが杞憂に終わりそうだった。


「ぜひお願いします!」と俺は腰を上げ、大魔導士アリューシャの手を握りしめながら言った。

「じっとしていろと言ったじゃろう」と言い、大魔導士アリューシャは俺の手を振り払った。


「ちょいちょいちょい! 待てぇ!」


 俺と幼女のあいだに割って入ってきた愚か者がいた。甥だった。


「ウキキ! お前はボクを置いて一人でハンマーヒルまですっ飛んで行っちゃう気か! お前はボクの神聖裁判で情状証人を担うんだぞ!」

「情状証人……? それに神聖裁判って……有罪で北の国に連れてこられたのに、また裁判にかけられるのか?」

「ああそうだ、人の判決で北の大地送りになり、神の判決で北の大地の深部送りになるそうだ! ……ふんっ、なーにが神だ! どうせその根元には欲にくらんだ薄汚い人間がいるんだろうが!」


 音に確かな響きはなかったが、イワン大佐が甥の元まで歩いて彼の後ろ襟を乱暴に掴んだ。いつの間にか消えたと思っていたが、イワン大佐も鉤爪の男たちや四名の罪人も、少し離れた長椅子に並んで座っていたようだった。

 それとは逆に、俺の両手にかけられていたはずの粗暴な手錠は気づかない間に外されたようで、どこにも見当たらなかった。やっぱり大魔導士アリューシャの前にいると、認識力がひどく低下してしまうみたいだ。


 甥はイワン大佐に引きずられながら、駄々をこねる子供のように手足をばたつかせる。


「放せこの下郎めが! ボクの伯母はハンマーヒルの領主なんだぞ! こんなことをしてただで済むと思ってるのか!」


 舌打ちの音が聞こえ、甥の丸みを帯びた身体が長椅子まで放り投げられた。イワン大佐はホコリを払うように両手をパンパンと叩き、長椅子から落下して床に転がった甥を見下ろす。


「いいからおとなしく座ってろ……。大魔導士アリューシャに魔除けのまじないをかけてもらったらすぐに神聖裁判だ。世話焼かせんなよ没落貴族のせがれ」

「サルマリン家は没落などしていない! それに、なーにが北の大地の深部まで無事に辿り着くためのおまじないだ! おかしいだろ、なんでまだ判決が下ってないのに先におまじないをかけるんだ! どうせ最初から出来レースなんだろ!」

「あたりだ。お前は深部の開拓地で死ぬまで雪かきをすることが決定している」

「さらっと言うな!」


 甥の視線が俺を捉える。それから、その視線がゆっくりと隣にいる鉤爪の男の腰にまで移動する。剣だ。甥は鉤爪の男から剣を奪い、一か八かでここから脱出しようと考えているのだ。

 意外なほどに甥の行動は素早かった。両手両膝をついた状態からさっと身を起こし、男が携える剣の柄に手を伸ばした。


「やめろバカ!」、俺は前のめりになって駆け出し、甥の手を掴み取ってその無茶な脱走計画を前もって阻止した。

「邪魔をするなウキキ!」と甥はどなった。そして俺を睨みつける。


 甥の手は温かかった。しかし、その目は氷のように冷たかった。恨みと憎しみの向こう側で絶望が根を張り、そのどうしようもない感情のすべてを俺に向けていた。

 すごく悲しかった。友達だと思っている奴にこんな目で見られるのは泣きたくなるほど悲しかったし、寂しかった。


「ウキキ! お前はどっちの味方なんだ!」と甥は言った。

「お前の味方に決まってるだろ!」と俺は言う。そして甥の手を取ったまま振り返り、イワン大佐の顔を見る。


「甥は本当に犯罪なんて何も起こしてない。こいつは俺の身代わりとしてここに連れてこられたんだ。どうにかして無罪放免ってことにはできないのか?」


 誰に何を言っているんだ? というような顔をして、イワン大佐はしばらくきょろきょろと辺りを見回した。それからわざとらしく自分の顔を指差し、すこしおどけた顔をしてから口を開いた。


「もしかしてオレに言っているのか?」

「あんた以外の誰に言うんだよ、最初からわかってただろ……。で、間を作って考えた結果を教えてくれ。方法があるのか、ないのか」

「まあ、ないでもないな」


 その言葉に飛びついたのは甥だった。どうすればいいんだ!? とイワン大佐に詰め寄る。


「決闘裁判さ。古今東西、罪人が雲の上の無罪を勝ち取るにはそれしかないだろう。許可さえ下りれば代理人も立てられる。……まあ、その許可を下すのはオレと大魔導士アリューシャなんだけどな。正確に言えばもう一人、ドミトリィというエルフの長の許可も必要なんだが、あの人はいま床に臥せているからきっと省略されることだろうよ」


 希望を灯した満面の笑みが甥の顔中に広がっていく。それが二重あごのちょうど湾曲線に達したころ、甥の頬が大きな波を打つように歪んだ。

 イワン大佐に全力で殴られ、甥はまた長椅子まで吹っ飛ばされる。まるで運動会の球転がしで明後日の方向に転がっていってしまう、大きなゴム球のようだった。

 甥はすぐにまたむくっと起き上がり、なんで? どうして? というような表情を浮かべてイワン大佐を覗き込むような目で見る。


「サルマリン家のせがれに罪があろうがなかろうがオレには関係ない。だが、逃走を図ろうとしたことには制裁を加えねばならない」とイワン大佐は言った。当たりまえだが、甥がやろうとした行為は大佐に筒抜けだったのだ。「これでチャラってことにしてやる。……次にまた謀反を企てようとしたらその手を切り落とすから覚悟しておけ」


 この男はどんな残酷な行いであっても躊躇なくこなすだろう。おちゃらけたチョイ悪親父を装ってはいるが、必要とあればいつでも鋭い刃物で味方の首ですら掻っ切ってしまいそうな、危うさにも似た覚悟を目の奥に宿しているように感じられる。あるいは刃物ではなく、それは鉤爪で断行されるのかもしれない。


 愛おしいものを見るように、甥は両手を広げて何度も表裏とひっくり返して眺めていた。俺もつられて自分の左手を見つめた。不死鳥のごとく蘇った大事な左手ちゃんだ。


「それで、どうなんだ?」とイワン大佐は俺のほうを向いて訊いてきた。

「かすかにあったはずの恋愛線が消えてる……」と俺は言った。本当に跡形もなく消滅していた。


「いやお前の手相のことなんか訊いちゃいねえよ……」


「やるよ、許可をだしてくれ」と俺は言った。「ということだから……大魔導士アリューシャ様、転移の法は少し待ってください。あと、決闘裁判の代理人の許可を頂けますか?」


 構わぬよ。と大魔導士アリューシャは言った。また椅子に座り、視線を深く落として膝の上の大きな本を読んでいた。ページがめくられる。幼顔なのに、鼻筋は展望台に続く丘の坂道のようにしっかりと通っていた。

 しばらくしてから、大魔導士アリューシャはまた口を開いた。目線は変わらない。


「――じゃが小僧、これだけはしっかりと肝に銘じておけ。円卓の夜はどんなに楽観的に観測しても明晩には始まる。儂が言っている意味はわかるな?」


「わかります」と俺は言った。それまでに月の女神の妹リアを助け出さないと、円卓の夜も飛来種も関係なくこの異世界が終わりを迎えるということだ。「でも、その前に友人の窮地を救わなければならないんです」


 俺は甥の顔を見る。甥も俺の顔を見ている。どうしてだろう? 最初に会ったときの印象は最悪だったのに、今では大切な友達として俺はこいつのことを見ている。いつからだろう? そのきっかけがどうしても思い出せない。


 大魔導士アリューシャは何も言わなかった。またページがめくられた。

 友情なんてそもそもそんなものなのかもしれない、と俺は思った。太陽はどんなに調子が悪くても東の空から昇るし、雨だって中一日の登板だろうが中四日の登板だろうが天から地上に降り注ぐのだ。気がついたらそこにあって、あとは流れるがままに進んでいく。きっかけなんて考えたところで仕方がない。


 俺は甥に向けて腕を伸ばし、拳を軽く握る。甥も同じ動作を俺に向けて行う。きっかけ不明の友達同士の拳が、そこでこつんとぶつかる。こいつのために命をかけるのも悪くないかもしれない。


「じゃあイワン大佐、決闘裁判の舞台に俺をつれてってくれ」と俺はイワン大佐に言った。


 不敵な笑みがそこに作り出される。「ああ、やるなら早いとこ終わらそう」とイワン大佐は言った。


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