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237 ただがむしゃらに磨いてきた力

 立体駐車場の屋上で、金色の長い髪が俺の攻撃にあわせて闇の中を舞っていた。それは幾何学的な模様を描く金色の筆のようにも見えた。

 金獅子のカイルの左右を狙い、俺は鎌鼬と鬼熊を同時使役する。金色の筆が、真っ黒なキャンバスに美しい直線を走らせた。俺は上空に目をやる。満月の輪郭の中に、金獅子のカイルがちょうどすっぽり納まっている。自信があった鎌鼬と鬼熊のコンビネーションを跳ねて躱されたが、俺はめげずにそこを狙って幻獣を呼び出す。


「出でよ狐火!」、その瞬間、金獅子のカイルの口元に笑みが浮かぶ。


「カモーン狐火!」


 俺と金獅子のカイルによる狐火の邂逅。それはいつだかに戦ったウヅキという幻獣使いの時と同じように、一方的に俺の幻獣が封殺され、上空にいる金獅子のカイルの狐火だけが顕現した。俺は反射神経をフルに稼働させて飛び退く――が、既にその場所は狙われていた。


「バイコーン! カモーン!」


 二角獣が顕現し、次の瞬間には二本の角が俺の胸を捉える。――躱せない。


「ちっ……!」、俺は自分の心臓の辺りを注視する。穿たれる瞬間、そこに円形の魔法障壁が発現し、バイコーンの鋭利な角を無効化する。が、その衝撃は身体の芯にしっかりと伝わっている。俺は大きく体勢を崩しながら、その禍々しくも妖艶な姿に魅入ってしまう。

 漆黒の体躯に、地獄の炎のような紫色のたてがみ。馬の王のような面構えのままバイコーンは消え入り、月下の立体駐車場の屋上に金獅子のカイルの着地の音が響く。


「これで五回めよ」と姉貴が言う。「そろそろ一発ぐらい入れたらどうなの?」


 姉貴の魔法障壁に俺が守られたのが五回めということだ。そして、金獅子のカイルに一発ぐらい攻撃を成功させたらどうなの? ということだ。

 それにしても、魔法障壁――なるほどあの異世界で、『極癒しのフルール・パルファン』と姉貴が呼ばせていたのも頷ける。それは円に囲まれた魔法陣のような壁で、姉貴は俺に致命的な一撃が入る瞬間にそれを発現させている。


「その調子で魔法障壁を頼むぞ神ヒーラー!」と俺は言う。たしかに、このままやられるがままでタイムリミットを迎えたくはない。一撃。一撃でもいいから、あの金髪のイケメン義兄に入れてやりたい。


 俺は殺意の赤い眼を宿す金獅子のカイルに、正面から素早く近づく。フェイントを入れたり虚をついたりは必要ない。左手を添えた右腕を、堂々と金獅子のカイルに向ける。

 そして鬼熊を使役する。金獅子のカイルも同時に鬼熊を使役し、やはり俺の鬼熊が封殺される。しかし、今度は青い攻撃軌道がちゃんと視えている。半月のような予兆を描く軌道をしゃがんで躱し、鬼熊の凶悪なフックをやり過ごしてから、俺は勢い良く立ち上がって金獅子のカイルの腹に手をあてる。


「出でよMAX鎌鼬!」

「カモーン鎌鼬!」


 思った通り、金獅子のカイルは俺の使役に合わせて幻獣を選択し、呼び出してくる。何かの講義のつもりなのだろうか? しかし、その気に障る行動が仇となる――と俺は未来を思い描いていた。


「っ……!」


 顕現したのは金獅子のカイルの鎌鼬だった。俺の目の前にすっと現れた魔法障壁にX斬りが刻まれる。金獅子のカイルは次の行動に移る。俺はただ呆然としている。

 気がつくと、俺は空高くに放り投げられていた。一本背負いみたいな技だったが、詳しくはわからない。先ほどの金獅子のカイルのように、俺の全身が巨大な満月の輪郭にきれいに納まったかもわからない。ただ、金獅子のカイルは尚も攻撃の手を緩めていないことだけはわかった。彼の口は使役幻獣の名を告げていた。


「カモーン! アッコロカムイ!」


 あの異世界で見た空想の生き物大百科に載っていた、アイヌ民話に伝わる巨大な蛸。その無数の足が俺の至るところを串刺しにしようと、音を立てずに蠢動を始めて空を昇る。

 またか、という風に、空に浮かぶ俺に姉貴が手のひらを向ける。七回目の魔法障壁。すこし遅れて、アッコロカムイの無情の千撃(ぐらいはあったように見えた)が、魔法障壁ごと俺の身体を更に上空に打ち飛ばす。金獅子のカイルの攻勢は止まらない。


「八岐大蛇! カモーン!」、俺は耳を疑う。ヤマタノオロチ?


 ショッピングモールの大型立体駐車場の屋上が、八岐大蛇で埋まる。山のように大きい。大きすぎる。その体長は、空にいるはずの俺を八つの頭部が見下ろすほどだ。

 十六の青白く光る眼が、揃って俺を見る。そして火炎を、光弾を、電撃を、氷の礫を、あるいは頭突きを。それぞれが様々な方法で360度から俺の命を奪いにやって来る。


 また魔法障壁のやっかいになってしまう――いや、そう何度も姉貴に守られるわけにはいかない。

 俺は上空で構える。玄武をMAX使役すれば360度から身を護れるかもしれない。


「出でよMAX玄武――」、しかし、玄武の顕現は成らなかった。幻獣に伝えた俺の言葉がいやに寒々しく響き、暗闇に呑み込まれる。使役する瞬間、猿のような生物が俺の頬を叩いたのだ。それは俺もよく知っている猿の幻獣、いわざるだった。イチムネという名前が与えられている。


 八回めの魔法障壁が俺の全身を包み、八岐大蛇の全てから俺を護る。俺はそのまま遥か下まで落下し、屋上の地面に叩きつけられる――九回め。


「間に合って良かったデース」と金獅子のカイルは言った。俺は衝撃で痺れる全身に鞭を打ち、なんとか直立の姿勢をとる。「ワタシとしたことがウッコリしていマシタ」、うっかりしていたらしい。


「なんでイチムネで俺のMAX玄武を封じたんだ? うっかりしてたってなんだ?」

「義弟のMAX使役というモノ、なかなか興味深いデース。そんなことは他の誰にもできマセーン。ワタシにもデース。しかし、四聖獣をそうやって使役するのは危険すぎマース」

「き、危険すぎるのか……」

「人の身体は四聖獣の本来の力に耐えられるようにできていマセーン。いいデスカ? 今後二度とそんな真似をしようとしてはいけマセンヨ? 義兄さんとの約束デース」


 たしかに、他の幻獣にはフルパワーでの顕現を何度も命令したが、玄武だけはそうしようと思ったことすらなかった。頭か心のどこかでブレーキをかけていたのかもしれない。「わかった、気をつけるよ」と俺は言った。


 金獅子のカイルの目からは赤い光がなくなっていた。俺がイチムネに『云う』ことを封じられて、またしばらく幻獣の使役が行えないので、これで稽古はおしまいということだろう。一本ぐらい取りたかったが、こればっかりは仕方がない。


「そんなに落ち込む必要はないデース」


 まるで俺の頭の中を覗き込んでいたかのように、カイルは言った。そして俺の腰に手をあてて、姉貴のところまで歩くことを促してきた。俺は姉貴と少し離れた場所にある短い階段の二段めに腰かける。


「MAX鎌鼬があんたの通常の鎌鼬に競り負けたんだぞ? これで落ち込むなっていうほうが無理だろ……」


 同じ幻獣が使役されると、より強い力を持つほうのみが顕現する。鍔迫り合いで打ち勝てば、隙だらけの相手を斬り込めるのと同じように。


「簡単な話デース。今のはメラだ、ってやつデース」

「随分とはしょったな……。まあ、わかるけど」

「それでも落ち込むなと言っているんデース。このワタシとあそこまでやり合えれば、義弟は幻獣使いとして合格デース。花丸をあげマース」


 少しだけ胸が熱くなった。ショッピングモールのガチャガチャからたまたま幻獣の力を手に入れて、ただ流されるままにがむしゃらに磨いてきた幻獣使いの能力だが、最強の幻獣使いに太鼓判を捺してもらえた。俺の歩んできた道が決して間違っていなかったと認めてもらえたようで、すごく嬉しかった。


「義弟は既にあの世界で、幻獣使いの五本の指に入るデショウ」とカイルは付け加えるように言った。五本の指。俺はその素晴らしい響きを頭の中ですぐに復唱する。五本の指。ふふっ。


「さて……。では、先ほどの戦いの総括を述べて、それから義弟に必要な改善点を一緒に見つけていきマショウ」、カイルは人差し指を立てながらそう言い、それからすぐに首を横に振った。「いえ、その前に一体の幻獣について話をさせてクダサイ」


 姉貴は相変わらず機嫌が悪そうだった。カイルにご立腹だった。怒りゲージで例えると、30パーセントぐらいは溜まっている。俺は内心、早くそのことに気がついてくれと願っていた。


『きみは黙っていろ。これはカイル・セブンハートと三井優希の男同士の話だ』


 こんなカイルの一言でムスっとする姉貴も姉貴なら、新婚の嫁に細心の注意を払わないカイルもカイルだ。なんで俺がこんなことでハラハラドキドキしなければならないんだ? と考えていると、カイルが静かに口を開いた。視線はスーパームーンの明かりが及ばない闇の中の一点に向けられていた。


「義弟の玄武と同じく四聖獣の一つ。西方を守護する優しい白き虎についてのお話デス」


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