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24 勇敢で無謀なドン・キホーテ

「私達はこんな所に隠れてなにをやっているの?」


 北メインゲート前のエントランスホールの階段で、膝を抱えながら座っているアリスが言った。


「張り込み捜査だ! タイツ泥棒がやって来たら俺のイタチちゃんさん、いや、俺のタチさんが黙っちゃいねーぜ!」


 俺は尊敬する危なすぎる刑事を想像しながら言った。乱射する銃はなくても、乱射する獣ならいるぜ! イヤッホう!


「あなた凄く楽しそうね……。私のタイツとTシャツを盗んだ犯人が本当に北ゲートに現れるの?」

「それと俺のシャツもな……お前が北ゲート付近で落としたはずの俺のシャツだ。お前のタイツとTシャツが無くなったのは和室で、そこに一番近いのも北ゲートだ」


 俺は階段の手すりから顔を出し、狼の為に片方が開いたままになっている北メインゲートのドアを見ながら言った。


 赤いTシャツは俺達が帰って来てから先程気が付くまでの間に盗まれたのでドアは開いていたが、タイツが盗まれたのは俺達が村に行っている間なので、ドアは完全に閉まっていたはずだ。


「あなた犯人の目星が付いているの?」

「いや、そこまでは分からないけど……アリス、昨日お前がソフィエさん達と花畑を見た時に言った言葉を覚えてるか?」

「なっーは!?」

「……それも言ってたな。でもそれじゃない、見事な花畑の管理は花の精がやってるって言ったんだ」


 俺はペッドボトルのお茶を一口飲んでから続けた。


「ガラスのドアをすり抜けて、尚且つ床の片栗粉に跡を残さないように空に浮き、タイツを盗むような生物……まさに花の精じゃないか?」

「……花の精ってタイツを盗むの?」

「ああ、やつらは借り暮らしだ。あくまで俺のイメージだ……それに忘れたのか? ここは不思議な異世界だぞ?」


 俺は昨日言っていたアリスの言葉を引用した。


「あなたのような男性が不思議な異世界って……なに気持ち悪い事を言っているの」


 気持ち悪いと言われた。


「とにかく、花の精的な奴が現れるまでここで張り込むぞ! その為の罠も仕掛けてあるからな!」


 北メインゲートの前に置いた衣類を見ながら俺は言った。


「それで私の履いていた靴下とトレーナーをあそこに置いたのね……じゃあ、あの新品のパンツはなんなの?」

「新品を盗むか、使用済みを盗むかの実験だ。いくらでも衣類の置いてあるショッピングモールで、わざわざ和室の衣類を盗むぐらいだからな……多分あの女児パンツはスルーされる」


 と言っていると、北メインゲートの方から鼻歌のような声が聞こえて来た。

 その声の持ち主は開いているドアを通らずに、わざわざドアのガラスをすり抜けて入って来た。


「ふんふんふ~ん……お、人肌の温いトレーナーと靴下を発見したのであります! あの前髪ぱっつん娘の物でありますね! 持って帰るのであります!」


 俺は階段の手すりからその生物を観察した。

 予想よりもだいぶ人間っぽいそれは、蝶のような羽を背中に生やし緑色のワンピースを身に纏う少女のような妖精だった。


「実際にこの目で見ると驚きだな……予想してたとはいえ妖精って……アリスも見てみろ……」


 あれ? いない?


「こらー! 私のタイツを返しなさい!」

「ひえええー! 逃げるでありますー!」


 いつの間にか俺の隣からいなくなっていたアリスが、虫でも捕まえるかのように追いかけ回していた。





「すいませんでしたであります」


 エントランスホールのベンチの上で正座をしている妖精が言った。

 大きさはソフトボール程だろうか? 俺の木霊をもっともっとスリムにした感じだった。


「いや、衣類ぐらいいくらでも持って行って構わないけど……お前何者だ? やっぱり花の精か?」


 俺がそう聞くと、蝶のような羽をはばたかせて空中をヒラリと宙返りしてから、その妖精は名乗った。


「あたしは風の精霊シルフのチルフィーであります! 一族共々この近くの隠れ家に住んでいるのであります!」

「か、風の精霊シルフ……」


 俺は思わずそこの部分だけを復唱した。

 急に異世界ファンタジー染みて来た原因であるその存在は、悪さをするような妖精ではなく、友達になれそうな存在のように感じた。


「な、なにをするのでありますか!」


 アリスはその友達になれそうな存在のチルフィーの足を指で掴み、ワンピースの中を確認した。


「ちゃんと下着を穿いているのね!」

「お、お前……虫じゃないんだぞ、風の精霊だぞ……。何色だった?」

「緑よ!」


 ふむ。緑か……風の精霊のイメージを損わない良い色だ。


 アリスに足を離されたチルフィーが、負けじとアリスに反撃をした。


「お返しであります! 前髪ぱっつん娘のスカートの中に突撃であります!」


 と言いながら、チルフィーはアリスの白いプリーツスカートの中に突撃した。

 その勇敢さは、風車を巨人と思い込み無謀にも剣一本で挑もうとするドン・キホーテを思わせた。

 

「なにをするのよ! こら! 離れなさい!」


 スカートの裾を両手で押さえながら突撃を防いだアリスだが、その勇敢さには及ばずにチルフィーの侵入を許した。

 そしてアリスのスカートの中から無事に生還したチルフィーが、アリスの頭の上で仁王立ちをした。


「ふんふんふ~ん……やられたらやり返す。それが風の精霊シルフの掟であります!」

「お前らなに遊んでんだよ……。何色だった?」

「黒いタイツ越しでしたが、白と確認したであります!」


 ふむ。白か……ブタの絵はプリントされていたのかな? あれは元々穿いていた1枚だけかな?


 と、俺が追加情報をチルフィーに求めようとしたその時、俺の頭上に六面体の氷の塊が現れた。


「アイス・キューブ! 落ちなさい!」


ゴーン!


 それはタライのように俺の頭に落ち、痛かった。


「アリスお前! キューブをタライのように使うな!……って、随分と扱いが上手くなったな。あんな小さい氷の塊作れるのか」


 俺は頭上に落とされたテニスボール程の氷の塊を思い出して言った。


「ええ! 村で寝る前にソフィエと特訓をしたのよ! 今では伸縮自在でキャンセルも出来るわ!」

「へえ……お前村でそんな修行みたいな事を……」

「女児一晩会わざれば刮目して見よ、よ!」


 頼もしい奴だ……。


 戦いになればどうしてもアリスの心配をしてしまうが、俺が心配をする倍のスピードでアリスは成長しているのかもしれない。

 ともに戦う事を、歓迎こそしなくとも承認はしてしまっているので、俺の背中を預けられる頼り甲斐のある存在となってくれているのは、単純に嬉しかった。

 また、それと同時に俺もアリスに頼られる存在でいたいと強く思った。


「よし……修行のご褒美にプリン食いに行こう!」

「ホント!? って、別にあなたに与えられなくても食べるわ! けど、あなたから貰うプリンが一番美味しい!」


 ははっ可愛い奴だ。


 俺はアリスの頭に座っている虫みたいな奴を払いのけ、2人でおやつを食べようとアリスの肩を抱きジャオンへと向かった。


「あたしの存在を忘れないで欲しいのであります! お二人にお願いがあるのであります! 一族の隠れ家を救って欲しいのであります!」


 勇敢で無謀なドン・キホーテは、突然俺達に救いを求めた。


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