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234 息を止めて考える

 指示された場所はショッピングモールの隣の大きな公園だった。

 中央の池を囲むような造りになっており、周りにはピクニックに適した広場や、フットサル場や、ストリートバスケのコートや、ちょっとした公園遊具などがあった。


 こっちの世界に戻ってきてから数日間、俺はこの公園を含むショッピングモール付近をアリスを求めて彷徨っていたはずだが、公園内で目にするものはほとんど覚えていなかった。唯一、大きな池だけが不確かな輪郭でなんとなく記憶の海を漂っているだけだった。


 時刻は午後の六時になろうとしていた。冬の六時は深海のように暗く、そして寒かった。

 俺は両手を擦り合わせて辺りを見回した。姉貴と金獅子のカイルの姿はどこにもなかった。

 外灯の下まで歩いて姉貴が描いた地図を開き、もう一度眺めた。ショッピングモールがあり、その東にこの公園があり、南に大型立体駐車場があり、西に神社があった。地図上の大雑把な丸はやはりこの公園を囲っていた。待ち合わせ場所はここで間違いない。


「公園のどこだよ……。指定場所もう少し狭めとけよ……」と愚痴をこぼしながら、俺は公園をもう一周してみようと歩を進めた。すぐに視野のどこかで激しい違和感が唸りをあげた。


「あれは……」


 その正体は池のそばにぽつんと佇む灯篭だった。火は灯っていないが、まるで太古の昔からそこにあるかのような存在感を放っていた。

 記憶の海で何かが淡く輝く。俺はそのボトルレターのようなものに手を伸ばしてすくい上げた。コルクの栓をキュポっと抜いた。


「異世界の池にあった灯篭と同じものだ……」


 様々な色の鳥が点在していた、ショッピングモールの近くの池。この灯篭は、あの池にあったものとよく似ている。いや、俺の目にはまったく同じものに見える。

 池の形は明らかに違っていた。異世界の鳥の池はこんなに大きくはない。しかし、位置関係は同じだ。細部まではわからないが、どちらもショッピングモールの東に位置している。


「どういうことだ……?」


 偶然だろうか? 偶然でないとすれば、どのような必然性の糸が異なる世界の二つを結びつけているのだろうか?


「待てよ……」と俺は呟いた。

 ちょっと待てよ……。元の世界にもショッピングモールがあるってことは、異世界にあるショッピングモールはコピーされて転移したってことになるんだよな……。なら、この灯篭も……?


 そうやって考えたほうが、いくらか納得できるような気がした。この灯篭はショッピングモールと一緒にあの異世界に転移したのではないだろうか? それならまったく同じなのも頷ける。


 しかし、なんで灯篭が一つだけ?


「……いや、違うそうじゃない」と俺は呟く。そうじゃない。一つと決めつけるのはまだ早い。異世界のショッピングモール付近でまだ発見していないだけで、他にも灯篭はあるのかもしれない。あるいは他の何かが。

 俺はポケットの中の携帯電話をほとんど無意識に取り出す。耳にあててから、鳴っていたのだと気がつく。


「姉貴か!? お前どこにいるんだよ!」と俺は言う。相手はごそごそという音を立ててから通話口を口元に持っていく。


「祖父の名前を言いなさい」と相手は言った。俺はヨネスケと答える。ヨネスケ。漢字で夜音助と書く。


「安心したわ、あんたのようね」

「毎回用心がエグいな! 俺に決まってるだろ!」

「あんたがずぼらなのよ。盗聴器があんたのアパートに仕掛けられているのにも気づいていなかったみたいだし」

「えっ……!?」


 園城寺譲二の仕業だろうと姉貴は言った。アリスと同じ日にショッピングモールから姿を消した俺を調べ上げていたのだと。まあ尾行もされていたので、おそらく間違いないだろう。俺がこっちの世界に戻ってくると考えていたかどうかはわからないが。


「まあ、そのおかげでアリスの爺さんから色んな話が聞けたし良かったよ。……で、お前と金獅子のカイルはどこにいるんだ?」

「ショッピングモールの南に大型立体駐車場があるでしょう? そこの最上階にいるわ」

「えっ……公園が待ち合わせ場所じゃなかったのか?」


 電話の向こうからため息が聞こえた。耳がこそばゆくなるような、長いため息だった。


「これから何をするのか、あんたわかっているの? 事が事なのよ。慎重にならざるを得ないわ」


 これから何をするのか。これから俺は死に、そしてアリスのいる異世界に還る。なるほど、確かに事が事かもしれない。


「待ち合わせを二段階にするのも用心のうちってわけか……。まあそれはいいけど、今すぐにじゃなきゃまずいか? 少し調べておきたいことができたんだけど」

「調べておきたいこと?」


 なんと言えばいいのだろう? ぱっと返せなくなり、俺は携帯電話を持ったまましばらく考える。


「まあいいわ」と姉貴は言う。「けれど、七時三十分にはちゃんと到着するようになさい。あんたのママはあんたがトイレから出るまで幼稚園のバスを待たせてくれていたけれど、スーパームーンは待ってはくれないわ」


 電話が切れる。スーパームーン? 俺は携帯電話をポッケにしまう。


「あんたのママあんたのママって……。お前のママでもあるだろうに……」


 七時半まではあと一時間半しかない。それまでに、俺は最後の最後で突きつけられた憶測の課題のようなものをクリアしなければならない。


「あの灯篭……。あれが異世界のショッピングモールの謎を解く鍵な気がする……」


 他にもあるかもしれない。俺は何度か屈伸をしてから、公園内を隈なく探そうと駆け出す。




 

 しかし、灯篭はあの一つ以外どこにも見当たらなかった。俺は公園のベンチに座り、携帯電話の明かりで姉貴の描いた地図を照らす。そして灯篭があったこの公園に×印を記入する。


「ショッピングモールの東側のこの公園に灯篭が一つ。そしてこれはショッピングモールごと異世界に転移してる……」、俺は事実だけを口に出して言ってみる。そして辺りを見回してみる。しかし公園の寒さや静寂からはヒントのようなものは湧き出てこない。

 もう一度地図に目を向ける。三角形のショッピングモールはやはり大雑把に描かれているが、そこを指す矢印の元には姉貴らしからぬきれいな筆記体で、『Magic Square』と書かれている。


「マジック・スクウェア……ショッピングモールの名称か……」、呟いた口が閉じる前に、言葉にならない感嘆符が俺の身体の内から吐き出されるように飛び出る。その閃きを握りしめて、息を止めて考える。考える。考える。


「魔法陣か!」


 俺はベンチから腰を上げて走り出す。公園から出てショッピングモールの敷地内に入り、西側の神社を目指す。


『マジック・スクウェア』。最初から俺やアリスの目の前に提示されていたショッピングモールの名称。

 たしか、マジック・スクウェアには『魔法陣』という意味も含まれていた気がする。だとすれば、ショッピングモールがきれいな正三角形なのはかなり名前負けしているように思える。

 もしかしたらどこかに逆三角形が隠されていて、それと組み合わせて魔法陣――つまり六芒星になるのではないだろうか?


「ショッピングモールの東側に灯篭が一つ……」。北メインゲートからショッピングモールに入り、俺は呟く。


 西に神社があり、南に大型立体駐車場がある。その両方にも灯篭があって、それぞれを結べば逆三角形になるのではないだろうか?


 憶測の課題に推測で挑む。あるいはただの思いつきで挑む。

 俺は人込みの中を縫って走り、ショッピングモールの噴水を横切る。


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