23 タワシとカメとヘビ
そこは既に見慣れた場所で、ともすれば落ち着く場所でもあった。
それと同時にこのショッピングモールで唯一トイレの水が流れる場所でもあり、唯一電気が使える空間でもあった。
その不思議な現象が現在進行形で起こっているこのジャオン2Fは、ボルサの言う通り神の所業としか思えない領域とも言えた。いや、神の恩恵と言うべきだろうか。
俺はゲームコーナーの壁に描かれているコミカルなピエロに目をやった。
何度見ても狂人としか思えない化粧と恰好をしているそれは、このゲームコーナーの象徴とも言える存在だった。
その象徴が描かれている500円硬貨程の大きさのメダルを、1枚アリスから受け取った。
重さも500円硬貨によく似ているそれをブタブタパニックの投入口に入れると、聞き覚えのある音楽とともに古臭いドットが表示された。
◆ショッピングモールレベル 1◆
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俺は備え付けのおもちゃのハンマーでブタを叩き、パワーの項目に移動した。
◆マジック・スクウェア POWER◆
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「パワー減ってるな……昨日は5あったのに3になってるぞ……」
「これ、0にしちゃ駄目って事よね?」
「ああ多分な……小まめに確認しないとだな」
これが0になったらどうなるのか……。
全く分からなかったが、良くない事が起こる予感だけはヒシヒシと感じていた。
「アリス、500円の両替機に欠片を1個入れてくれ」
アリスは俺の言葉を最後まで待たずに両替機まで歩いた。
「入れたわよ、なにか変わった?」
「お……パワーが1回復した」
◆マジック・スクウェア POWER◆
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アリスが鉱石の欠片を1個入れると、パワーの項目がリアルタイムで1マス増えた。そのまま次は経験値の項目へと移動してみた。
◆マジック・スクウェア EXP◆
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「おお、経験値も1増えてるな!」
「もっと入れてみる?」
「ああ……次はじゃあ2個入れてみてくれ」
◆マジック・スクウェア EXP◆
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「あれ、ドットが1マスしか増えないな」
「少し小さめの2個だったからじゃない?」
「ああ、なるほど。お前ゲームコーナーだと察しが良くなるな」
「あなたの頭が固すぎるのよ」
再びパワーの項目を確認すると、パワーも1マスしか増えていなかった。
パワーと経験値は連動するのかもしれない。が、まだ結論を出すのは時期尚早というものだろうか。
「よし、残りの欠片3個も入れちまおう」
「いいの? そうしたらメダル2枚しか残らないわよ?」
「ああ。まずレベルを上げてみないと今後の方針も立たないからな」
俺がそう言い切る前に既にアリスは残りの鉱石の欠片を投入したようで、リアルタイムでドットのマスが1ずつ加算されて行った。
◆マジック・スクウェア EXP◆
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「んあああ! 惜しいあと1マスだったか!」
「悔しいわね! 9って言ったら10も同然じゃない!」
アリスが謎理論を展開する中、俺は再びパワーの項目を確認した。
◆マジック・スクウェア POWER◆
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「パワー8か……中々の安心感だな」
「無敵感があるわね!」
腰に両手を当てながら仁王立ちをしているアリスが言った。
「さて、あとはメダル2枚だけか……」
「どうする? 2人で1回ずつガチャガチャ回す?」
「そうだな……戦力補強だ!」
*
「タワシ……タワシ……」
「ヘビ……ヘビ……」
昼食を終えた俺達は、ミニステージでのガチャガチャ初お披露目会もせずに、和室でゴロゴロとお互い思い思いの言葉を口にしていた。
「アリスの引きはえげつないな……まさか、また獣ガチャガチャでタワシとは……」
「なんで私だけタワシばかりなのよ! あなたばかり可愛いのでずるいわ! カメちゃんだって可愛かったじゃない!」
「ああ、俺も赤いカプセルからカメのミニチュアが出て来た時はテンションが上がったさ。でも……ヘビ付きとか……」
「あなたヘビそんなに嫌いなの? うちは白い大きなヘビを飼っているから、執事見習いになる気なら飼育のお仕事があるわよ?」
執事見習い……筆頭執事という俺の輝かしい再就職先はどこに消えたんだ……。
と、俺は自分の将来に一抹の不安を覚えながら、古い漫画雑誌のページが捲れないようにゴムできつく縛った。
「あなた、さっきからなにをやっているの?」
「説明したけど、お前タワシの事で頭がいっぱいで聞いてなかったな……パンジーの押し花作りだよ」
俺は他の漫画雑誌をアリスに渡し、続けた。
「簡単だからやってみろ」
「ああ! お父様とお母さまのお墓に供える押し花の事ね!」
「そうだ。どうやらパンジーって押し花に最適らしいぞ」
言いながら、俺はアリスに黄色いパンジーを渡した。
アリスは俺の教える通り、漫画雑誌の真ん中の辺りのページにティッシュを置き、パンジーを好きに配置してからティッシュを重ねて漫画雑誌を閉じた。
「これを輪ゴムで縛ればいいの? 簡単ね!」
「ああ。んで4日ぐらい重い物でも乗せて放置しとけば完成らしい」
リュックから手帳を取り出しながら俺が言うと、アリスは漫画雑誌の上にチョコンと座った。
「……4日そこに座ってるつもりか?」
「そんな訳ないじゃない!」
アリスは器用に漫画雑誌の上で正座をしながら続けた。
「……そうではなくて、少し大きくなった私の事を伝えたくて……よ」
……そっか、両親のお墓に供える押し花だから、自分の重さで作りたいのか……。
い、いかん……最近涙腺が脆いぞ……。
俺は少し涙ぐみそうなのを我慢した。
すると、そんな俺を気にせずにアリスが少し重そうな口を開いた。
「あなたのご両親はご健在よね?」
「あ、ああ……ずっと会ってないけど、まあ元気だろうな」
「そう……あなた幸せよ? 親孝行しなさいね」
11歳の小学5年生にそんな事を言われるとは思わなかったな……。
「もしよ。もし……本当にもしもの話だけれど……」
と言った後に、長い間を作ってからアリスは続けた。いや、作った間というよりは自然に出来た間だろうか。
「もし……この先、私を助けようとする為に、あなた自身の命が危険に晒されるような事があったとしたら……あなたどうする?」
「助ける」
考えるより先に口が自然と動き、俺は自分でも驚いた。
「……そうでしょうね。あなたは本心でそうすると思うわ……けれど……」
アリスの言葉の自然と出来た間の中で、俺は少し俯いているアリスの顔を見た。
この酷く悲しい表情に噴水の水は効くのだろうか? 一瞬そんな事を考えた。
「けれど、もしそんな状況になったとしても、それだけは絶対にやめてちょうだい」
「……なんでだ?」
三度目の間は、意外と短かった。
俺の返事をアリスながらに予想していたのかもしれない。
「私の両親はそうやって死んだわ……。そして私は今でもその事を悔やんでいるの。だってそうでしょ? いくら娘を助ける為とはいえ、お父様とお母さまの2人が死んだのよ? 計算が合わないわ……私1人の為に……」
楽しく押し花を作っていたら急にこんな空気になってしまった。
俺はなんて答えるべきだろうか? ……まあ思った事を言うか。
「その時になったら、その時やりたい事をするよ。もしそれでその時に俺に文句があったら、その時に俺を止めれば良い」
自分でもよく分からない事を口走った気がした。
それを聞いたアリスの表情が色彩見本のグラデーションのように少しずつ変わっていった。
「その時が多すぎて意味が分からないわよ! そんな曖昧な返事ではなくて、しっかりと分かりましたと言いなさい!」
これは赤だな。殺意の眼ではないが、そんな気がする。
「分った。の逆の逆の逆の逆の逆の逆の逆の逆の逆の逆の逆……」
「ちょっと! そんな子供みたいな事を言わないでちょうだい! ……あっ!!」
言葉の途中で、アリスはなにかに反応して声を上げた。
「どうした? 今は俺の面白いやつをツッコム時間だろ?」
「逆逆言っているだけで面白くないわよ! それより……」
重い空気を吹っ飛ばしてしまったアリスが、和室の中をキョロキョロとしながら続けた。
「私の赤いTシャツ、脱いであったのに見当たらないわ。……あなたまさか」
再び俺はアリスに疑惑の目で見られた。
そのジーーと俺を見つめる瞳には、僅かながら涙のようなものが浮かんでいた。




