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217 未来アリスの七年は俺を求める七年でもあった

 駆け出した俺の気配を察知したのか、アナは一瞬顔を振って俺の姿を確認した。そして振り下ろされた黒鎧のデュラハンの痛烈な一撃を飛び退いて躱し、声を上げる。


「ウキキ殿!」


 俺は短く頷き、雷獣を使役する。紫電が獣の爪となって襲い掛かり、黒く輝くデュラハンの鎧を高電圧で焼く。しかし、ダメージのようなものは一切見て取れない。それは最初からわかっている。これは意志表明であり、デュラハンに俺を認識させるための送り状のようなものなのだ。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 間合いに入り、鎌鼬を使役して二撃の斬風で斬り込む。デュラハンは素早くぶ厚い剣でガードの体勢を取る。X字が両手剣の腹に刻まれ、同時にデュラハンの黒翼が広がる。


「出でよ玄武!」


カメェェェェェッ!


 槍のように鋭利な翼の先端は、しかし俺の横を通り過ぎていく。狙いはアナだった。彼女はオウス・キーパーを構え、両手でしっかりと握って全力で黒翼を斬り払う。


「大丈夫かアナ!?」と、俺は一度デュラハンから距離を取って訊く。

「わたしは平気だ、それよりウキキ殿こそ動けるのか!?」、アナの視線が手のない俺の左腕と、何度も何度もナイフで突き刺された腹を差す。


「絶好調だ!」


 若干アナは顔をしかめる。それから小さな微笑を顔に浮かべる。「……今はその言葉、信じるぞ! しかし、こいつに勝てる手段はあるのか? デュラハンと言えば転生を重ねて青天井で力を増していく化物だぞ? わたしは一太刀も入れられず、防戦一方だ」


「オウス・キーパーに斬れないものがあるのか?」と俺は言う。アナは首を振る。ない、ということだ。「なら話は早い、お前の一閃に賭けるぞ! そのための隙は俺が作る!」


 アナは頷き、俺たちは黒鎧のデュラハンをともに見据える。その足元にいくつもの影が集まり、重なり合っていく。そして水門が開かれたダムのようにため込んだ影が一気に開放され、爆発的なスピードで伸び、俺たちに迫る。


「出でよ玄武!」


カメェェェェェッ!


 今度こそ光の甲羅はデュラハンの一撃を防ぐ。それが合図となり、俺とアナは左右に散ってデュラハンの両側面に位置取る。


 くそっ……もう玄武を二回も使役させられちまった。攻撃軌道が視えないとはいえ、玄武に頼り過ぎちゃ駄目だ……!


 俺は雷獣を使役してから駆け出し、接近を試みる。上体を僅かに傾け、デュラハンは紫電を両手剣で防ぐ。そのガードの上から、次は狐火を使役して火炎放射を浴びせる。だが、手応えはやはりない。大きな隙も生れない。


 単調な攻撃じゃ駄目だっ……!


 下から振り上げられる剣を必死に避け、木霊を使役して階段のように三体を配置する。そしてそれを駆け上がりジャンプをして、デュラハンの上を取る。


「戻れ木霊! ……出でよ鬼熊!」


ガルウウウウッ!


 鬼熊が顕現し、岩のような拳を大雑把に叩きつける。細やかな狙いはつけられないが、的は大きい。空振りすることはない。

 上空からデュラハンの首のない胴体を捉えた瞬間――本当にその瞬間だった――デュラハンは咄嗟に両手剣を持ち上げ、それを鮮やかに迎え撃った。剣身と拳が交錯し、そこにある種の芸術的な響きを持つ音が生れた。


 俺は着地して、できるだけ素早く後方に跳ねて距離を取る。デュラハンは還った鬼熊の気配をまだそこに感じているように、両手剣を振り抜いたまま動きを止めていた。そこにオウス・キーパーによる一閃が走る。

 だが、その一閃は通らなかった。デュラハンはまるで予言していたかのように、漆黒のマントを翻して、白銀の刃が触れる箇所にそれを重ねた。

 裾が切れぎれになっていて、無作為的なギザギザ模様を浮かべている漆黒のマント。攻撃だけでなく、防御にも使えるみたいだ。


 アナが意識的に俺の目を見る。俺は頷く。この一連の流れのなかで、俺たちは共通の勝機を感じ取っていた。

 理由はよくわからないが、『デュラハンは上空からの攻撃に対して若干反応が鈍い』という勝機の欠片のようなもの。それならば作戦は決まっている。アナのヴァングレイト鋼の剣――オウス・キーパーで、デュラハンを上から一刀両断するしかない。


「いくぞアナ!」と俺は視界の中央に黒鎧を据えたまま言った。そのまま流れるように、使役幻獣の名を叫ぶ。


「出て来いや木霊!」


――アナやで ――大地の剣やで ――ラデエやで!


 そしてアナがデュラハンの上空まで飛び跳ねられるように、木霊の階段を配置する。

 あとは俺が突撃して隙を作り出せば――


「っ……!」


 しかし全てを見通していたかのように、一歩目を前に出した瞬間に黒翼が突き放たれた。

 まるで無限に伸びる槍の先端のように。そして、それが俺と繋がっているかのように、両翼は仔細に俺の心臓の位置を狙っていた。躱すことはできない。かと言って、木霊が顕現しているので玄武を呼び出すこともできない。


「もっ……戻れ――」


 二種同時使役できない俺は、一度木霊を還す必要がある。しかし、どう考えてもそれは間に合わない。

 賽は投げられ、そして絞首台のギロチンは既に落とされて不吉な咆哮を上げている。


 俺は何かを覚悟し、歯を食いしばる。それから覚悟したものが『死』だということに、後になって気がつく。死? 冗談じゃない。俺は死にたくないし、それに七年後のこの異世界で(おそらくだが)十八歳になったアリスと感動の再開を果たすことになっている。俺の進む先にあるレールを、未来アリスが強引に絵の具で継ぎ足してしまい、俺はそんな未来を垣間見ることになってしまったのだ。


 不思議の国のアリスのような恰好をした、金髪の未来アリス。あの勝気な眼差しは多分いくつになっても変わらないのだろう。もしかしたら、前髪ぱっつんなのもそのままかもしれない。それこそ、しわしわなおばあちゃんになっても。


 死ねない。俺は死ぬわけにはいかない。

 離ればなれになった俺のことを、七年たっても未来アリスは健気に想ってくれて、そして懸命に捜索しているのだ。俺がこんなところで死んだら、そんな儚い希望すら抱くことができなくなってしまう。


 俺は死なないっ……!


 そのとき、世界が時を刻むことをやめてしまったように、辺りがしんとして全ての動きが止まった。

 眼前には黒鎧のデュラハンの黒翼がある。先端が釣り針のようにかえされている。釣り針と言えば可愛い気がするが、あらためて見ると本当に悪魔の翼のような禍々しさを帯びていて、見ているだけで不安な気持ちになってくる。


 アナは一体めの木霊に飛び乗った瞬間で、凍りついたようにその場で静止している。紺色のロングスカートが大海原をゆく波のように、大きくうねっている。

 後方を振り返ることはできない。俺も世界の一部なのだ。鎖でがんじがらめに縛りつけられ、針の動かない時計の上で深く思案に暮れることしかできない。


 何が起こったのだろう、と俺は考え込む。

 しばらくして、目の前に、あの夏の日に邂逅した青鷺が現れる。俺はなぜか驚かない。そこに現われ出でたことを当然のように思い、そして当たり前のように声をかける。


 これをやったのはお前か?


 青鷺はグワッと鳴いて、少し青みを帯びた白い翼をいっぱいまで広げる。

 問いには答えない。ただ一言だけ音のない声で言い、それからもう一度グワッと鳴いて、入道雲が占有する夏の空へと羽ばたいて消えていく。俺は青鷺が教えてくれたことを頭の中で反復する。


 『望んで、そして想いを託せばいい』


 そして世界は動きを取り戻す。いや、時は止まってなんかいなかったのかもしれない。俺がただ走馬灯のようなものを見ていただけなのかもしれない。青鷺は言わば幻獣を総括する者のイメージで、それが俺の身体に住まう幻獣の声を代読しただけなのかもしれない。

 答えはわからない。たぶん俺はそれを永久に知ることはないだろう。だが、何をすればいいのかはわかる。『望んで、そして想いを託せばいい』ただそれだけのことなのだ。


 デュラハンの黒翼が鼻先まで迫っている。俺は木霊の顕現を視覚と感覚で認識しながら、二体目の幻獣を使役する。望んで、そして想いを託す。


「出でよ――MAX狐火!」


ボオオオオオオオォォォ!!


 二種同時使役は果たされ、狐火の尻尾から業火が放射される。黒翼を焼き、そのままデュラハンまで伝って、黒鎧を大きな炎が激しく包み込む。

 しかし俺も無傷というわけにはいかなかった。玄武で防げば良かったかもしれないが、それだとデュラハンの隙を作り出すことはできなかった。

 俺は黒翼がえぐった脇腹を押さえて、三体めの木霊から飛び跳ねたアナに目を向ける。オウス・キーパーを両手で握り込み、気合を白銀の刃にのせて、アナはそれを渾身の力で振り下ろした。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 首のない胴体の右斜め上から左斜め下にかけて剣閃が走り、そしてアナはきれいな着地を見せた後にもう一度、今度は真横にオウス・キーパーを振り抜いた。

 デュラハンの黒鎧に二本のとても深い残跡が刻まれた。しかしアナは怪訝な表情でそれを見つめ、次の瞬間には三の太刀の予備動作に移っていた。まだ倒せていないのだ。

 俺はすぐさま加勢しようと走り出した。デュラハンの馬鹿でかい剣が、アナの首元めがけて薙ぎ払われた。


「アナっ……!」


 土煙が上がり、漆黒のマントがなびいて、まるで舞台の幕が下りたようにアナの全身をひた隠した。

 血の気が引き、最悪が頭をよぎった。俺は幕の向こう側にアナの最悪の姿を想像しないわけにはいかなかった。

 長い時間が経過して、そして幕が上がる。そこに佇む登場人物を天窓からの夜の明かりが淡く照らした。


「っ……!」


 アナの前に立ち、ぼろぼろの大盾を構える兵士がそこにはいた。

 鉄壁軍曹とセリカに呼ばれていた男は、そのアイデンティティでデュラハンの一撃からアナを守り抜いていた。

 その目が、駆け出す俺の姿を捉える。口角がにっと上がり、それから砲弾を何発も撃ち込まれた城壁のように、その場で大きな音を立てて崩れ落ちた。


「あとは任せろ!」と俺は言った。そしてデュラハンの左側から近づき、右腕を突き出した。

 

 望んで、そして想いを託せばいい。


 俺は望み、そして幻獣に想いを託す。


「出でよ鎌鼬――並びにMAX鬼熊!」


 あれだけの活躍を見せても、またあれだけの攻撃を受けても、鉄壁軍曹はやはり一言も声を発することはなかった。だが致し方ない。彼は宇宙のために、今日も寡黙であり続けるのだ。


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