22 黒いタイツ
「ただいま!」
俺が北メインゲートの鍵を開けると、アリスは勢い良くガラスのドアを開けた。
「ちょっと待て!」
アリスの一歩が中に入る前に、俺はその腕を掴み引っ張った。
「なによ! ビックリするじゃない!」
「なによじゃねーよ! 昨日出る時にお前も見てただろ!」
俺はスマホを取り出し、撮っておいた写真を表示させると、目の前の入り口に巻かれた片栗粉の状態と見比べた。
「よし……何者も侵入してないようだな」
「ガラスのドアが無事なんだから大丈夫よ。あなた細かいわね」
「こんなカギぐらい、いくらでも開けられる奴がいてもおかしくないからな……」
とは言えガラスのドアをすり抜け、なおかつ空に浮かぶような生物がいたとしたらお手上げだ。
「じゃあ、そこにチリ取りとホウキがあるからお前掃いといてくれ。ほらビニール袋やるから」
「そんな事を高貴なこの私にやらせるつもり!?」
と言いながら、アリスはせっせと散らばった片栗粉を掃いてビニール袋に捨てた。
「よし、次は東メインゲートだ……ってどこに行く」
俺がドアを閉めようとすると、アリスはなにかを見付けたようで再び外に出た。
「これ、鉱石の欠片よね」
「おお、なんで欠片がゲートの前にあるんだ」
「きっと昨日倒した死ビトの分を狼が持って来てくれたのよ!」
ああなるほど……。
と思わず納得してしまうところが異世界ならではだろうか。
初日に殺し合ったと思えば昨日は少しだけ共闘をした狼に、俺は多少なりとも友情のようなものを感じていた。
まあ、友達というよりは戦友と言った方が近いかもしれない。
アリスはリュックの横にあるポケットにその鉱石の欠片を入れると、再びホウキとチリ取りを持って振り返った。
「狼達、少しケガをしているから噴水の水を飲みに来るかもしれないわね。ドア開けとかなくっちゃ」
「言うと思ったけど……まあ帰りは死ビトいなかったし、雨降らなければそうそう湧かないのかもな。午前中だけでも片方開けとくか」
楽観的すぎるだろうか?
言いながらそう考えたが、まあ死ビトはともかく、もし狼が入ろうとした時にドアが閉まっていて、強引にガラスをぶち破って入られるよりかはマシかと思い、俺は半分同意した形で片方だけドアを開けておいた。
「今、鉱石の欠片いくつあるっけ? 昨日ソフィエさん達を助けた時に、確か3つドロップしたよな」
「ええ、それと今の3つで合計6個ね。メダルは……3枚かしら」
俺達はそのまま東メインゲートまで歩きながら話した。
「メダル3枚と欠片6個か、あまり無駄遣いは出来ないな……」
「また私がジャンケンゲームで増やすから安心してちょうだい!」
「オケラになる未来しか見えん」
メダルもそうだが、俺はもう1つの欠片の使い道を考えていた。
欠片を500円硬貨の両替機に投入して経験値を貯め、ショッピングモールレベルを上げてスキルポイントを獲得し、ソード・シールド・マジックのいずれかに割り振る事でショッピングモールスキルが発動する。
レベルが上がる事でスキルポイントをいくつ獲得出来るのかは分からないが、俺はそのポイントをシールドに割り振るべきだと考えていた。
都合よく考えすぎかもしれないが、シールドというぐらいなのでショッピングモールの防御力が上がるのではないかと予想していた。
「ショッピングモールの防御力ってなんだよ……」
俺は自分の予想にツッコミを一つ。
まあ、更に都合よく考えるのなら、侵入者を防ぐ結界的な物でも貼って貰えたら大助かりだ。
その辺りの事を考え始めると早く試してみたいと思い、自然と歩くスピードが上がっていた。
なにはともあれ、まずは東メインゲートと西メインゲートの片栗粉次第だ。
「アリス、少し急ごう」
「ちょっと! 歩くスピード早いと女性に嫌われるわよ!」
「じゃあ走ろう!」
「なんでそうなるのよ! 待ちなさいよ!」
俺が走り出すと、アリスも俺を追いかけるようにその短い歩幅をフル稼働させた。
*
「結局ゲート全て大丈夫だったわね」
固く閉ざされた和室の中からアリスの声が聞こえた。
「ああ良かった。俺はやっとただいまって感じだ」
俺達は東西のゲートの確認を終えて、ひとまずジャオン1Fの和室に荷物を置きに来ていた。
俺としては早くゲームコーナーに行きたかったが、アリスの着替えを和室の外で待つという無駄な時間が生じてしまった。まあ、これでも女の子なので仕方がない。
「あっ!」
アリスが突然声を上げた。
「どうした?」
俺はなにかあったと思い、引き戸のドアに手を伸ばして開けた。
すると少し開けた所でアリスが中から抑え込み、その隙間から顔を出して来た。
「こら! なんで開けるのよ!」
「お前がいきなり、あ! とか言うからだろ……どうした?」
「なんでもないわ、昨日脱いで置いてあったはずのタイツが無くなっていただけよ」
「それはなんでもあるだろ……ん? なんだその目は」
白くて短めのプリーツスカートに上半身は黒いスポーツブラ姿のアリスが、まるで疑惑を俺に向けるかのようにジーーっと見ていた。
無駄に胸元を手で覆い隠すアリスの意思を尊重し、ほぼ中が丸見えのその隙間を閉じてから再びアリスに聞いた。
「おいスケスケおパンツ譲……まさかそのタイツを俺が盗ったとでも言いたいのか?」
「そんな物穿いてないって言っているでしょ! ……まあ、あなたはタイツよりパンツだから私の勘違いかもしれないわ」
疑惑が晴れてなによりだったが、俺も昨日部屋の中にアリスの黒いタイツが脱ぎ捨ててあったのを見ていたので、勘違いで済ませるのも考え物だった。
「お待た……お待たせ!」
「お前今、また逆の引き戸を開けようとしただろ」
俺はアリスの無くなったパンツの事を頭の片隅に一応置いておき、何度も間違えて逆の引き戸を開けようとするアリスに言った。……無くなったのはパンツじゃなくてタイツか? まあどっちも似たような物だ。
「気のせいよ! さあゲームコーナーに行くわよ!」
「ああ、早く行こう。ってお前、また黒いタイツ穿いたのか……何枚持って来たんだ」
「あなたのような変態にスカートの中を覗かれない為に10枚持って来たわ! まだまだ在庫はあるのだから無駄な努力はしない事ね!」
こいつ洗濯する気ゼロか……。
と、俺はアリスの酷い言い様よりも、これからの異世界生活で洗濯が必要になる事を考えた。
手洗いしかないと思うと凄く面倒だったが、それでもやらない訳にはいかない。
アリスは洗濯なんかした事ないだろうな……。
バックヤードのドアを勢いよく開けて出るアリスの後を歩きながら考えていると、アリスは前を向いたまま別の事を心配しだした。
「お昼はどうする? ゲームコーナーの後?」
「そうだな……お腹すいてるなら先にするか?」
「私は大丈夫よ。じゃあ後にしましょう」
そのまま俺達はエスカレーターを上った。
「それにしてもクワールおじさんのミートパイ美味しかったわね! あなたも作れないの?」
「んー。まあ作れない事もないけど……お前自分で作る気ゼロか……」
「そうね、長くこの異世界にいる事になるのならお料理の勉強しようかしら」
アリスは満更でもないように言った。ツゲヤの料理の本コーナーが役に立ちそうだ。
「でも、あれってなんの肉だったのかしら? まろやかでジューシーだったけれど」
「さ、さあな……。豚か牛じゃないか?」
俺はボルサに通訳してもらってクワールさんから聞いたそのレシピを黙っておいた。
モフモフの角か……今度森で見かけたら触ってみたいな……。
そう思っていると、ゲームコーナーの電子音が聞こえてきた。




