203 雲の峰突き抜けて、俺は天馬に乗って真北に向かう
アナは砦の通路の壁に浅く寄りかかり、簡潔に起きたことを話してくれた。
裏口から侵入し、地下にある牢獄を見つけ出して、囚われている副兵団長たちを救出したらしい。
副兵団長と大盾の兵士はピンピンしていたが、屍教との戦闘で二人の兵士が重傷を負った。動かせる状態ではないので、噴水の包帯を巻いて牢の中に寝かしてきたようだ。
「で……セリカは牢獄にはいなくて、どこか別の場所に連れていかれたと……」
「ああ、クリスも腕に抱かれて一緒らしい。負傷はしていないという話なので安心しろ。……そうだったな? ファングネイ王国副兵団長殿」
わざとらしい間を作ってから、副兵団長は僅かにあごを引いた。ミドルノームの騎士であるアナに救われたことが面白くないといった様子だった。アナは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さなため息をついて、俺の顔を見た。
「こっちも色々とあったよ……」と俺は言った。それからアリスやアナやボルサと別れてから起きた出来事を手短に話した。話し終えると同時に、「これで完了よ!」とアリスが言った。俺は肩の怪我に巻かれた噴水の包帯の具合を確かめてから立ち上がり、アリスの頭をぽんぽんと叩きながらサンキューと言った。
「ミドルノーム兵団長が最高司祭の娘を殺して屍教を乗っ取ろうとしているのか……」とアナは言った。それからボルサが引き継いだ。
「それで、僕らと同じ世界から転移してきたオウティスがガルヴィンを連れてここを離れたと……。セリカさんはガルヴィンの姉という話は本当なんですか?」
「ああ、どっちも最高司祭の娘だからな……。でもセリカは姉妹はいないと言ってたし、ガルヴィンも知らない様子だった。セリカが父親に連れられて屍教を離れてから、ガルヴィンが産まれたのかもな……」
俺は二人の顔を脳裏に浮かべた。セリカの黒髪と灰色の瞳、ガルヴィンの赤髪と金色の瞳。それはあまりにも対照的で、顔も少しも似ていない。やはり父親が違うのかもしれない。
「二人の母親……最高司祭の瞳はどんな色なんだろうな……」と俺は呟いた。それは誰の耳にも入り込むことなく、薄暗い通路の先をぽつんぽつんと照らす燭台の炎に吸い込まれるようにして消え入った。
*
俺たちは最上階を目指して砦を駆けまわった。八咫烏を使役しながら進んだが、それでも屍教徒との交戦は避けられなかった。敵に出会うと大盾の兵士は先陣を切って突っ込み、敵を討つことよりも敵を引き付けることに集中して、俺たちが攻撃を繰り広げやすいように位置取った。俺とアナは両翼から攻め込み、大盾の兵士が無言のうちに指示をした対象を討っていった。そのようにして、俺たちは砦を順調に進んだ。
「これ以上は無意味だ。投降しろ」とアナは何人にも言った。しかしそれは無意味な呼びかけだった。屍教徒はそのたびに隠し持っていた暗器や魔法で命を絶ち、最後は満ち足りた表情をしてこの世を去っていった。あるいは死ぬことでこの世を去る準備を終え、四の月に連れていってくれる黒いモヤモヤの出現を待った。
幅のある階段が見えてくると、「気の滅入る戦いだな」とアナは言った。副団長は頷き、「イカれた屍教徒めが」と吐き捨てるように言った。
アリスはカーバンクルを召喚し、ボルサは十字槍を構えていた。しかし、どちらもあまり活躍の場はなかった。
「ウキキとアナさんと大盾の兵士のトリオは目を見張るものがありますね」とボルサは言った。階段を上ると、広い空間が視界に飛び込んできた。
俺はボルサの言葉に頷き、アリスの顔を見た。屍教徒の死に悲しんでいるようだったが、ちゃんと先を見据え、足を一歩一歩しっかりと前に運んでいた。
「大丈夫かアリス」と俺は尋ねた。「モキュ?」とカーバンクルが言い、「大丈夫よ!」とアリスが続いた。
瞬間、先頭を走る大盾の兵士の動きが止まった。何かの気配を感じ取ったように、そっと辺りの様子を窺った。俺も倣い、耳を澄ませた。澄ませるまでもなかった。
「この扉の向こうの階段の上では大事な儀式中だにゃ! 行かせるわけにはいかないにゃ!」
「わざわざそんなことを教えないでいいですよ……」
空間の中央に見覚えのある二つの輪郭が浮かび上がった。それは、薔薇組本部の待合室で出会ったビースト・クウォーターの女騎士と、長身の男だった。
*
大盾の兵士の反応は鋭かった。二人の姿を捉えたと同時に突進していった。
「待て!」と俺は叫んだ。視線の先で、巨大な斧が薙ぎ払われた。
「ぐっ……!」
間一髪といったところだった。俺の声に反応した兵士は咄嗟に身構え、突如闇の中に現れた巨体の死ビトの一撃を大盾で防いだ。
「見えていたんですか?」と長身の男が言った。「いや、お前らの余裕な態度が気になっただけだ」と俺は言った。
「そうですか。なら――」
長身の男が指をパチンと鳴らした。広く、何もない空間に次々と死ビトが姿を現していった。
「『ミスト』で潜ませておいて、近づいたら討つつもりでしたが、物量作戦に切り替えます」
「名付けて物量作戦だにゃ!」
百を超える死ビトが俺たちを取り囲んでいた。最初からこうして円形に配置し、俺たちが来るのを待っていたみたいだ。
「……ソフィエさんはこの先にいるんだな?」と俺は訊いた。ビースト・クウォーターの女騎士は猫耳をピンと立たせ、「そうだにゃ!」と答えた。
「セリカと大狼の子供もいるにゃ。セリカとは顔なじみだけど、まさか屍教のお姫様とは知らなかったにゃ」
「だから、教えないでいいですって……」
俺は死ビトが囲む円形の一か所に目を向けた。俺に殺意を示す赤い光が、そこには一段と多くいた。
アリス、アナ、ボルサ、副団長、大盾の兵士。その全員の目を、俺は順番に見ていった。そして指差した。
「あそこが手薄だ! 一気に崩して駆け抜けろ!」、同時に腕を構える。「出でよMAX狐火!」
ボオオオオオオオォォォ!!
狐火の尻尾から放射された炎が死ビトの一角に襲い掛かる。大盾の兵士が燃える死ビトを盾で払いのけ、円形を突破していく。俺はそれを邪魔しようとする死ビトの首を鎌鼬で跳ね飛ばす。大盾の兵士に副団長が続き、その後ろにつくアナとボルサが振り返る。
「ソフィエさんたちは任せた!」と俺は言う。二人は何かを言いながら頷き、その姿を死ビトが遮って見えなくする。
「そうはさせません」という長身の男の声が聞こえる。黒薔薇の杖を振りかざし、死ビトを操ってアナたちの後を追わせる。
「アナたち、後ろから攻撃を受けてしまうわよ!」とアリスが言う。
「ああ、青鷺火で殺意を俺に向ける……。こんな美味しい役を引き受けた以上、きちんとここで食い止めるぞ!」
ん? アリス?
「ぼぉおおおい! なんでお前ここにいるんだよ!」
「ぼぉおおおい?」
「お前はアナたちと行けよ! アイコンタクト送っただろ! ってか、お前がいたら青鷺火を使役できないだろ!」
向かってくる死ビトに向けて、アリスはアイス・アローを放つ。いつの間にかカーバンクルは還されている。
「いいわ、やってちょうだい!」とアリスは言う。
「いや、そしたらお前も俺に殺意を向けるだろうが!」、俺は突かれた槍を躱し、鎌鼬を使役して顔面をX字に斬り刻む。
アリスは俺の目をじっと見つめ、力強く手を握る。「大丈夫よ、もうあなたにあんなことはしないわ!」
あんなこと――アリスはショッピングモールのミニステージ上で初使役した青鷺火の影響を受け、俺を殺そうと文字通り眼の色を変えた。そして氷の矢で俺の下腹部を穿ち、俺を死の直前まで追い込んだ。
アリスはその出来事をトラウマに思っている。「信じてちょうだい!」と、トラウマを跳ね飛ばすようにアリスは声を張り上げる。
アナたちを追う死ビトの一体が弓を軋ませ、矢を放つ。アナはオウス・キーパーを抜き、それを直前まで見てから一刀両断する。尚も死ビトが迫る。このままではアナたちはソフィエさんの元に辿り着くまえに消耗してしまうだろう。いや、俺たち全員がここで命を落としてしまうかもしれない。
俺はアリスの手を強く握り返す。「お前の目が赤く染まったらキッスで正気に戻させるからな! 覚悟しろよ!」
アリスは顔をしかめる。「私のファーストキスを奪われるわけにはいかないわ!」、それから勝気ないつもの表情に変わる。「私たちなら大丈夫よ、やってちょうだい!」
アリスに大丈夫よと言われると、本当に何もかもが大丈夫に思えてくる。
『大丈夫よ、私たちなら南極の昭和基地まで自転車でだって行けるわ!』行けるのだろう。『大丈夫よ、私たちなら天馬に乗ってアンドロメダを西南に飛んでいけるわ!』飛んでいけるのだろう。
こいつと二人でなら、どこにだって行けるしなんだって出来る。
アリスはいつでも俺のなかの何かを刺激する。鼓舞する。かきたてる。熱くさせる。
俺は叫ぶ。天馬に乗って宇宙から見る惑星ALICEはやっぱり青かった。
「出でよMAX青鷺火!」
グワワァァッ!!




