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201 俺の許せない理由

 燭台の炎が男の影を伸ばした。

 握られた剣と黒いローブを纏う身体が一体化し、影は化物のような異形の姿となっていた。

 中断の構えから突きが放たれた。ガルヴィンを殺そうとするこの男は化物ではなかった。その突きは平凡の一言に尽き、ナルシードはもとよりジューシャの突きにも遠く及ばなかった。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 俺は迫る剣先を斬り落とし、そのまま男の腹部に手のひらを当てた。


「出でよ鬼熊!」


ガルウウウウッ!


 ボディブローは男を天井に激しく叩きつける形となった。鬼熊はどうしても狙いが曖昧になってしまう。手加減はしたつもりだが、落下して動かなくなった男からすればあまり関係ないかもしれない。


「くそ、気絶させちまった……」


 ガルヴィンを狙う理由を訊きだそうと思っていたが、これでは無理だろう。男が目を覚ますのを待つ余裕なんてあるわけがない。なんたって、俺は屍教の本拠地に忍び込んでいるのだ。


「おいガルヴィン」と俺は言った。俺の後ろから困惑した様子で男を眺めていた。12歳の少女のその目からは赤い殺意の光は消え、金色の瞳が水面に映る月のように揺れ動いていた。


「お前、殺される心当たりはあるのか?」


 静寂はガルヴィンが無言であることを証明しているようだった。砦の通路を、冷たい風が通り過ぎていった。


「まあ、仲間だと思ってた奴に命を狙われたらそうなるか……」と俺は言った。じゃあ達者でな。と続けるわけにはいかなかった。袖が擦り合うだけで多少の縁があるというのなら、一緒にお風呂に入ったらどれだけの縁があるのだろう? と俺は考えた。かなりの縁? エグい縁?


「このままここにいたら――」、突然通路の先から慌ただしい音が聞こえた。何人もが迫ってくるような音だった。俺はガルヴィンの腕と意識が戻らない男の足を引っ張り、とりあえず近くの扉をそっと開けて中に入った。壊れかけたベッドが何台かあり、他には何もない部屋だった。

 俺は扉の隙間から外の様子を窺った。壁の燭台は新たな化物を産み出していた。


 四……五人か……。


 蹴散らすことはそう難しくないだろうと思った。しかし、今はそれよりも息をひそめてこの場を乗り切ろうと考えた。ソフィエさんやチルフィー、それにクリスやセリカや兵団の男たちを発見するまでは無駄な戦いは避けたい。


 屍教徒たちは足早に通路を走っていった。誰かの怒鳴り声を最後に、また深い静寂が砦を包み込んだ。


「お母さんは殺させない」とガルヴィンは言った。目の焦点が合っていなかった。俺は薄汚れたシーツで男の体を縛り上げ、ベッドの下に放り込んでからガルヴィンの頭に手を乗せた。ガルヴィンにはつむじが二つあった。


「何がなんだかわからないけど、しっかりしろよ」と俺は言った。それから後頭部に思いきりチョップをかました。


「痛い! なにすんの!?」

「今のは俺たちの世界のおまじないだ。相手を元気づける効果がある」


 ガルヴィンは後頭部を激しく擦って痛みを和らげようとしていた。目が赤く光ったらどうしようかと思ったが、向けられたのは金色の瞳だった。


「なにその非常識な世界! どんな世界なの!? 非常識な人間が暮らす非常識な世界なの!?」


 俺はガルヴィンが言ったことについて考えてみた。あながち間違っていないなと、ひとり肯いた。


「それより、なんでお前の命が狙われたんだ? 最高司祭の娘なんだろ?」と俺は言った。音もなく扉が開いた。


「最高司祭の娘、だからだろ」


 部屋の中に炎の灯りが入り込んだ。俺の足元までまっすぐに影が伸び、その影の元にはオウティスがいた。





 俺やアリスと同じ世界から転移してきたオウティス。禁忌とされている死霊使いの力を持っている。

 それは死者が地上を歩くこの異世界において、まさにチート能力と言えるだろう。なんたって、驚異であるはずの死ビトを意のままに操れ、捕獲してから放つことまで出来るのだ。もしゾンビ映画にそんな奴が現れたら、すべてが台無しになってありとあらゆる烙印を押されるだろう。


「どうした後輩。先輩にビビッて声も出ないか?」


 細い眉毛に人差し指を当てて、オウティスは触り心地を確かめるように顔の中央から外側に指先を滑らせた。右側が終わると、今度は左側で同じ動作を繰り返した。


「チルフィーはどこだ! スプナキンと一緒なのか!?」


 俺は詰め寄り、黄色いシャツの胸倉を掴んだ。オウティスはうっとうしいものを見るような目で俺を睨みつけ、俺の胸にこぶしで軽く触れた。


「っ……!」


 瞬間、俺はベッドまで吹き飛ばされた。木枠が派手に崩れ、壊れかけたベッドは壊れたベッドに変わった。


「派手に飛んだな後輩。拳ガチャガチャで閃いた技が初めて役に立ったぜ」とオウティスは言った。


「てめぇっ!」、俺はもう一度駆け寄り、こぶしを握って夢中でそれをオウティスの顔に放り込んだ。オウティスは躱す素振りを見せなかった。


「思ってたより喧嘩慣れしていないみたいだな」とオウティスは言った。「でも、なかなかのパンチだ。おかげでコンタクトがずれちまったよ」


 血が混じる唾を脇に吐き出し、オウティスは中指の先を目元にもっていった。「答えろ! チルフィーはどうした!」と俺は言った。


「安心しろって後輩。あの風の精霊なら、今スプナキンと種族会議中だ。と言っても二人でだけどな……。それに、屍教は精霊様を傷つけることなんてしないだろうよ」

「お前はどうなんだよ! 屍教に協力しやがって、お前が一番ふざけた奴だろうが!」

「おいおい……。なんでお前、そんなに敵意剥き出しなんだ? これでも元の世界にいる頃はちょっとは有名なミュージシャンだったんだぞ? 『Zacks・Axe』ってラップが熱いグループだ。聞いたことあるだろ?」


 俺は「知らねーよ!」と怒鳴った。知らない。何より、俺は日本語のラップに激しい嫌悪感を抱く人間なのだ。それに、こいつだけは許すことは出来ない。


「まあいいか……。オレが用があるのは屍教のお姫様だ。……ガルヴィン、早くここを離れるからついてこい」


 オウティスはガルヴィンの手を強引に引っ張った。俺もガルヴィンの手を強引に引っ張った。間に立つガルヴィンは戸惑いながら交互に俺たちを見ていた。


「なんのつもりだ後輩。お前には関係ないだろう?」

「関係なくねーよ! 袖すり合うも多少の縁だ、それにお前に預けて何かあったらどーすんだよ! ってかどこに連れていく気だ!」


 やれやれといった表情をオウティスは浮かべた。それから本当にやれやれと口にした。


「他生……だな後輩。お前の発音だと、『多少』だと思っているんだろ?」


 俺は「知らねーよ!」と怒鳴った。知らなかった。

 オウティスの片方の手が空間のいたる場所に向けられた。そこに黒いモヤモヤが現れ、すぐに形を成して八体の死ビトが次々に目を赤く染めていった。


「運がいいな後輩。オレは雑魚は選定しないが、どの死ビトも武装しているじゃないか。……ああ、でも精霊術師っぽい奴がいるな。こいつははずれだ。撃てもしない魔法を撃とうともじもじしているだけだ」


 八体が一斉に襲い掛かってきた。オウティスはその間にガルヴィンを連れて部屋から出ていった。

 離れたガルヴィンの手は、その間際に指先をきれいに伸ばして俺の手を求めていた。それなら、俺がやることは一つだけだった。





 通路の前方にオウティスとガルヴィンがいる。10秒が経過する。


ワオオオオン!


 狛犬は飛び立ち、光弾となる。光弾は振り返ったオウティスの頬をかすめる。

 血液が不健康的なあごを伝って、砦の乾いた地面を濡らす。俺は言う。「運がいいな先輩!」


「お前……なぁ。なんだよ今のは……当たったら首から上が無くなってただろ……」

「それこそ運がいいだろ先輩! それでデュラハンに転生したら儲けものなんだろ!?」

「んなわけあるかよ……。オレは屍教に協力しているが、その教えなんて何一つ理解してねーよ……。ったく、ガチャガチャから運+99が出てなかったら死んでたぞ……。死ビトはどうしたんだ? 逃げ切れたのか?」

「逃げる必要もなかったよ先輩。たかが八体の死ビトで俺を足止め出来ると思ってたのか?」


 俺はオウティスに左手を添えた右腕を向ける。


「念のために言っておくと、ガチャガチャからそんな物は出ないからな?」とオウティスは言う。「でも、確かにオレは運がいいんだ。死霊使いの能力。それと死霊使いモドキを産み出す杖の製造スキル。そんなもんが黒いガチャガチャからすぐに出たからな。ああ、でも一番運と言うか、運命を感じたのは俺が死霊使いの適性があったってことか……」


 俺は言う。「そっか先輩、どうでもいいよ。今すぐにガルヴィンの手を離してチルフィーの所に俺を連れていけ。それからソフィエさんの所だ」


「……お前、なかなか性格が悪いな」とオウティスは言う。俺は笑う。上手く笑えたかどうか自信がなかったので、もう一度声を出して笑っておく。


「何がおかしいんだ?」

「……いや、確かに、なんで俺あんたのことがこんなに嫌いなのかなって思ってさ……。でも、わかったよ」


 こいつだけは許すことは出来ない。潜在的にそう思っていた理由が、今はっきりとした。


「あんたはヒーローになれたんだ。今の俺なんかよりも、よっぽどヒーローに相応しかったんだ。死霊使いの力があれば、この異世界を死ビトの脅威から救うことが出来た。円卓の夜を、ただ紅い団子でも食べて紅い四の月をみんなで眺める楽しいイベントに変えることが出来た。街や村に死霊使いモドキを多めに配備すればいい。ただそれだけのことで、この異世界の人々の役に立つことが出来たんだ。その頃には禁忌は禁忌でなくなるよ、だってみんなの役に立ってるんだからさ。

 でも、あんたはそうしなかった。男女五人異世界ショッピングモール物語で何があったか知らないけど、あんたはあろうことか屍教に味方した。それで優しいトロールが傷ついて、アラクネが村を襲って犠牲者が出て、ソフィエさんがさらわれて、六歳の女の子がお父さんに会えなくなったんだ。……俺はそれが許せない。ヒーローになるべき奴が悪の道を選んだことが許せないんだ」


 銀の燭台の炎は俺とオウティスとガルヴィンの影を均一に伸ばしていた。それは未来に向かって伸びていた。あるいは過去に向かって伸びていた。

 少なくとも、それは化物ではなかった。未来か過去かは判断できないが、それはただの俺とオウティスとガルヴィンの影でしかなかった。


 どこかで高い鐘の音がした。俺は使役幻獣の名を叫んだ。


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