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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
四部

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203/510

199 ツヨクウネッタ

 アナの腹部は十数か所の細い刺し傷により赤く染まっていた。アリスは手際よく噴水の水の包帯を巻き、くびれの部分で端っこをリボン結びにした。


「はい、巻けたわよ!」

「すまないなアリス殿。……しかし、カウンター精霊術『スプラッシュ・ランス』か。そんな精霊術は聞いたこともなかったな」


 視線は横たわるガルヴィンの顔に向けられていた。アナは長くて赤い前髪をかき分け、そのまま小さなおでこを伝ってガルヴィンの頬に触れた。


「寝顔は子供そのものだな。レリアやアリス殿と同じくらいか?」


 小さな寝息はアナが訊いたことを肯定しているようだった。「12歳だってよ」と、俺はその肯定を確実なものにした。


 べっこう飴のような色合いの岩に座りなおし、アナはアリスとチルフィーに背中を向けた。二人はせっせとミスリル製の鎧をアナに着せていった。背部のベルトがきつく締められ、留め具が心地良い音を立ててそれを固定した。貫通した跡は、ガルヴィンの精霊術の鋭さを物語っている。


「従者にやらせるようなことをすまないな、アリス殿、チルフィー殿」とアナは言った。そして立ち上がり、ロングスカートの裾を手で払ってからソルレットに脚を通して、再度ガルヴィンに顔を向けた。


「セリカの妹という話は本当なのか?」

「いや、その可能性が高いってだけだ。二人とも屍教の最高司祭を母親だって言ってた――」


 突然、雑音が耳の中に入り込んできた。それは羽虫のように不快な音を撒き散らしながら蝸牛まで到達し、電気信号に変換されて俺の脳に無理やり知覚させた。


 哀れで愚かしいガルヴィン……。母の愛も知らず、温もりも知らない、屍教の傀儡のお姫様……。


 ホルダーから小さなナイフが抜かれた。俺の左手は意志に反し、それを力いっぱい握りしめた。

 ナイフの先にはガルヴィンの可愛らしい寝顔がある。スィーっと息を吸い、スゥーっと息を吐く。


「出でよ八咫烏!」


カアアアアアッ!


 俺は咄嗟に八咫烏を使役し、気配を探って広葉樹の向こう側まで駆け出す。辺りに気配は一つだけ。それは黒いローブを着込み、樹海の一部かのように息を殺して身を潜ませている。


「何度も何度もうっとおしいんだよ! さっさと気持ち悪い星の刻印を解除しろ、出来るんだろ!?」


 俺は右手で厚いフードに触れる。「丸焦げにされたくなければ早くしろ!」


 瞬間、フードの下から獣のような呻き声が漏れる。背中で何かが発火し、瞬く間に黒いローブを炎が包み込む。


「っ……!」


 火の粉が舞い上がり、顔を覆うフードがその職務を放棄する。

 肉が焼ける臭いが鼻をかすめ、俺の視界が焼きただれた顔面と削げ落ちた鼻を捉える。


「し、死ビトっ……!」


 条件反射で俺は右手を死ビトの首元に伸ばす。そして左手のナイフは不可抗力で俺の右上腕部を刺す。


「ぐっ……出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 燃える頭部が胴体から落下し、緩い傾斜を転がり落ちていく。

 潤沢な血液が俺の腕から流れ落ちる。俺は聞き分けのない左腕の手首を全力で押さえつける。


「どこだ刻印術師! 出てきやがれ!」


 俺の鼓膜の奥で羽虫が蠢き、翅を振動させる。


 おまぬけさん、それは刻印術で作り出した偽りの気配……。

 あなたはワタシの気配を視ることは出来ない……。ワタシはあなたのひし形の刻印を感じ取ることが出来る……。

 あなたは海、そしてワタシは月。潮の満ち引きはワタシ次第だということをゆめゆめお忘れなく……。

 せいぜい急ぐことですね……。七福の理は既に始まっている……。


 俺は動くことが出来ない。刻印術師の発言の一言一句がヒルのように俺の脳にへばりつき、何か得体の知れない毒素を体内から放出している。


「突然駆け出してどうしたのよ!」


 視界がゆがみ、近づいてくるアリスの姿をいびつな形に変える。俺は左手を近くの大樹に打ち付け、喉の奥から言葉を吐き出す。


「来るなっ!」


 ナイフが落ち、地上で狂ったように曲がりくねっている大樹の根に突き刺さる。代わりにアリスの両手が俺の左手を抱擁する。


「あなた酷い顔よ! それに怪我もしているじゃない!」


 羽虫が消え、ヒルが消え、俺の全身をアリスのすべてが包み込む。

 俺は何度か左手でこぶしを作り、使用権の在りかを確認する。その権利は俺に戻っている。


「来るなって言っただろバカ……」


 俺のすべてでアリスを抱きしめ、そして呟く。





 ヒトガタを追って進むと、樹海を抜けた先に暁の長上が見えてきた。そこでヒトガタはぴたっと止まり、頭の部分を中心にして風車のように回りだした。


「探し人が近いとこうなるらしいわよ」と言いながら、アリスは回転を続けるヒトガタの中心部をつついた。俺がボルサから貰っていたヒトガタに再びアリスがマナをこめた物だが、性能は申し分ないようだ。


 しばらくすると回転が止まり、四肢の部分からゆっくりと闇に同化するように消えていった。


「とすると、あそこが怪しいな」とアナは言った。痛みに表情を歪ませている。

「まだ傷が塞がってないんだから無理するなよ。痕が残るぞ?」と俺は言った。アナと視線をともにすると、その先には城壁を中継するように建てられている砦があった。


「そうだな、傷が残ったらウキキ殿にわたしを貰ってもらうとでもしよう」

「ありがたくちょうだいするよ。で、背中のこいつはどうする?」


 俺はおぶっているガルヴィンの重さを確かめながら尋ねた。樹海の真ん中で放っておくわけにもいかないので連れてきたが、あれから目を覚ます気配がまるでない。


 アナからの返事も一向になかった。俺は置物のように動かないでいるアナの横顔を見た。耳も顔もリンゴのように赤く染まっていた。


「……て、照れるなら最初から言わないでくれるか? 俺も照れてくるだろ……」


 恥らうアナはきれいだった。亜麻色の髪が月明かりを受けてキューティクルを作り出し、天使の輪のように浮かばせていた。その姿はミスリルの鎧も相まって、北欧神話に登場するヴァルキリーを思わせた。

 地上に降り立つ前のヴァルキリー。それはきっとアナのように、天使の輪を頭上に浮かべる美しくて勇敢な戦乙女だったのだ。

 25歳、年上も大いに有りだな。と俺は思った。「大いに有りだな」と俺は言った。


「よし、では頼む」

「えっ……? あ、悪い聞いてなかった、作戦が決まったのか?」

「作戦ではない、気配を視てくれと言ったんだ。それでガルヴィンをどうするか決めよう」

「ああ、はいはい。……また偽りの気配があるかもだから気をつけないとな」


 八咫烏が視せる俯瞰の映像には20ほどの気配があった。注意深く一つ一つ観察したが、どれがソフィエさんの物かは判断できなかった。

 しかし、この砦に囚われていると考えて間違いなさそうだ。先行したボルサと兵団、それに俺と別れてからのクリスやセリカや大盾の兵士の行方も気になるが、ともあれ屍教との決着はここでつくだろう。そんな予感が俺の心臓を内部から強く叩いた。


「誰か出てきたわよ!」と突然アリスが声を上げた。


 砦の屋上のような場所に人影が現れた。松明が人影をだんだんとはっきりしたものに形取っていく。そこにはオウティスとスプナキンがいた。


「スプナキン!」、アリスの頭の上から飛び立ち、チルフィーは掴もうとした俺の手を掻い潜って砦まで羽ばたいていった。


 俺は咄嗟にアリスの腕を掴んだ。同時にアリスはふわりと飛び跳ね、バランスを崩して空中で一回転し、そのまま顔から茂みの中に突っ込んでいった。チルフィーを追おうと無茶を仕出かすだろうと思ったら、案の定だったようだ。


「何をするのよ! 痛いじゃない!」


 葉っぱが体の至る所にくっついていた。まるで最初からそんなデザインのアクセサリーを身に着けているかのように、アリスは葉っぱを着けこなしていた。

 俺はガルヴィンを草の上に寝かしてからアリスの装飾品を払い、砦の屋上に目を向ける。オウティスもスプナキンもチルフィーもそこにはいなかった。


「あなた、手が震えているわよ?」とアリスは言った。未だにアリスの腕を掴み続けていたことに気が付き、俺はその手を放した。

 自分の手に触れてみる。確かに震えているようだった。チルフィーが心配で心配でどうしようもなかった。


 スプナキン……。チルフィーを泣かせたらただじゃおかないぞ……。


 風の精霊シルフ族のチルフィー。アリスの脱いだ衣服を求めて、ショッピングモールの扉をすり抜けてやって来た大事な大事な友達。

 俺にとってもアリスにとっても妹のような存在で、俺たちに暖かい送り風を贈り届けてくれる唯一の仲間。


「……アリス、アナ、冷静に対処しよう。そしてソフィエさんを助け出して、チルフィーと一緒にショッピングモールに帰ろう」


 ガルヴィンの精霊魔法をキャンセルさせたチルフィー。何故そんなことが出来るのかわからないと言っていた。がむしゃらだったと言っていた。


 『キミは何者なの?』とガルヴィンは言った。樹海の上を強い風が通り過ぎていき、木々が波のように強くうねった。


 何者でも構わないよ。と俺は言った。緑色のポニーテールを揺らし、チルフィーは俺の頭に降り立った。


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