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193 止めようのない震え

 目付きの悪い兵団の男はスクトゥムと呼ばれる大盾を背負っていた。ひとたび死ビトが現れればそれを駆使し、逆の手に握るショートソードで的確に首元を狙って斬りつけた。一刀両断とはいかなかったが、その隙に俺は後ろから迫り、鎌鼬を使役して確実に首の一つ一つを落としていった。


 三回目の死ビトの群れを突破すると、目付きの悪い男は大盾を背負いなおし、じっと俺の顔を見た。「どうしました? その盾って重そうですし、疲れましたか?」と俺は尋ねた。男は微かに首を振ってからショートソードを剥き出しのまま腰に下げ、見入っていなければ見逃しかねない微かな笑みを浮かべた。そして再び、チームアリスと離れる為に東に向かって歩き出した。


「いいコンビなんじゃない? あんた達」とセリカは言った。いいコンビ?


「鉄壁軍曹が敵を引き付けて、あんたが止めをさす。ほんの数回の戦闘で息があってきてるじゃない」

「ああ、そういうことか……。あの人、斬り込んでから防御に回って死ビトを引き付けてくれるからな。おかげで俺はノーリスクで幻獣を使役できるよ。お前は今までどおり、離れた死ビトを円月輪で頼む」


 頷いてからセリカはクリスを抱き上げ、振り返りもせずに先を行く鉄壁軍曹を追いかけた。

 鉄壁軍曹? そんな疑問も湧いたが、とりあえず八咫烏を使役して周りの気配を探った。意識して八咫烏を空高くまで飛翔させると、探索範囲がだいぶ広がっていった。バームクーヘンで言えば、もう終わりかけの内輪の部分から、食べ始めて間もない外輪の部分までのカバーに変わった。


「まだ気配らしい気配はないな……」


 屍教の中には、俺を察知する能力みたいなものを持つ者がいる。それは明らかだが、今のところ遭遇するのは死ビトばかりで、偶然居合わせるというハプニングも含め、屍教徒の姿は見当たらなかった。

 暁の長城の空に浮かぶ太陽のような恒星はゆっくりと西に移動していた。既にアリスたちと別れてから2時間が経過している。


 城壁の階段を上り、下る。見たこともないような草がそこらじゅうに生い茂っている。

 山の麓を何万キロにも渡って建設された暁の長城は、無計画に伸ばされて頓挫したどこかの鉄道の線路のようにも感じられる。城壁が谷に沿って伸び、坂道の下りのようになっている。


 草の名前をセリカから教えてもらっていると、4回目の死ビトの群れに遭遇する。また鉄壁軍曹を先頭にして俺たちはそれを突破し、再び無計画に伸びる線路を歩く。5回目、目付きの悪い鉄壁軍曹の目付きが少しだけ良くなった頃、死ビトの動きにハーメルンの笛吹き男に導かれる動物のような統率性が生まれる。笛吹き男はいる。どこからか目の届く範囲で、この死ビトの群れを操っている。


「出でよ八咫烏!」


カアアアアアッ!


 ショートソードを無言で抜き、鉄壁軍曹は死ビトに向けて大盾を構える。死ビトの数は6体。これまでの俺たちのコンビネーションであれば、なんの苦労もしない数。しかし今回は相手も陣形のようなものを組んでいる。前線に3、中盤に2、そして後方にボウガンを持つ1体がいる。


「死霊使いがいるぞ! あと10ほどの気配がここに近づいてる!」


 俺は視線を二人に飛ばして叫ぶ。「ここを頼めるか!? 俺は死霊使いを始末する!」と付け加える。


「了解、こっちは大丈夫」とセリカは言う。鉄壁軍曹も大盾で死ビトの片手斧を防ぎながら頷く。俺は走り出す。


 集まってきたな……! 俺たちがこのまま引き付けてアリスたちが無事ソフィエさんを助け出せるようにしないと!


 クリスも走り出す。


――あっちじゃな。


 そして俺とクリスは城壁を下り、壁沿いを駆けて死霊使いの気配まで急いで向かう。





 城壁にある扉が目に飛び込むと、同時に黒いローブ姿の男が勢いよく扉を開けて出てくる。片手に黒薔薇の杖を握っている。こいつが城壁の上の死ビトを操っているに違いない。ひょっとしたらオウティスかとも思ったが、死霊使いモドキだったようだ。


 男は一心不乱に扉から離れ、山の中に入っていく。何かに怯えているように見える。


「おい! 止まれ!」と俺は男に向けて叫ぶ。――瞬間、城壁の扉から何者かが姿を現す。それは黒い鎧を纏い、あまりにも巨大な剣を肩で担いでいる。


「デュラハン……!」


 漆黒のマントが影のように伸びる。逃げ出した男に一瞬で到達し、そこに血しぶきが舞う。俺は言葉を失い、足が勝手に後退りを始める。


 こいつは……月の迷宮で未来アリスと倒した黒鎧のデュラハンかっ!?


 顔のない胴体がこちらを向く。俺は足元にいるクリスを無意識で抱き上げる。震えているのが伝わる。俺が震えているのも、おそらく伝わっている。


――うぬ、わらわはこやつを恐れているのか? 震えが止まらぬぞ。


 ああ……俺もだよ相棒!


 俺は駆け出す。冗談じゃない、ここでこんな化物を相手にしている暇も余裕もない。

 成長した未来アリスと一緒に戦った時でさえ、酷く苦戦したのだ。いま俺が戦って勝てるかどうかも怪しい。


 走りながら後方を確認する。黒鎧の姿は見当たらない。俺はひとまず安心し、正面を向きなおす。脇に抱えているクリスの震えが一段と激しくなる。


「っ……!」


 城壁の階段の元に四方から影が伸びている。それは次の瞬間には一つの集合体となり、影から湧き上がるようにして再び黒鎧のデュラハンが現れる。


「くそっ……! 転生で強くなってるのか!?」


 俺は腕を構える。「出でよMAX雷獣!」


ビリビリビリビリッッ!!


 紫電は黒鎧を捉え、導電体を通して全身に到達する。金属が焦げたような臭いが鼻先をかすめる。


「クリス! お前は今のうちにセリカたちの所まで行って、デュラハンの出現を伝えろ!」と俺は言う。こんなんでデュラハンを倒せるとも、やすやすと逃げられるとも思えない。屍教も迫っているし、セリカと鉄壁軍曹には逃げてもらうしかない。


――無理じゃ。足がすくんで動けぬ。


 地面に降ろすと、クリスはそう語って微動だにせず、俺の足元に倒れ込む。黒鎧のデュラハンは今のところ動きを停止している。倒せないとはいえ、今の俺が使役するMAX雷獣はそれぐらいの効果はあるようだ。


 俺はクリスを再び抱き上げる。クリスが無理ならこのまま一緒にセリカの元まで駆けて、全員で屍教とデュラハンから逃げるべきだろうか――いや。


 俺は白くて小さな頭を撫で、背中のX字にそっと触れてからもう一度クリスを地面に降ろす。


「しっかりしろ相棒!」と俺は言う。「あの旦那狼と嫁狼の子供だろ! 俺がデュラハンを引き付けないと全滅するかもしれないんだ!」


 多分、俺は酷なことを言っているのだろう。大狼の子供とはいえ、クリスはまだ産まれて間もない赤ん坊だ。まだまだ父や母に甘えたい盛りなはずだろう。それに、野生の動物として、本当に畏怖すべき者に対して体がすくむのは至極当然のことなのかもしれない。


 俺は言う。「フェンリルなんかにならなくていい! お前は大狼として強くなれ! 相棒を頼る相棒の為に、今だけでも勇気を持って駆け抜けろ!」


 しかし、想いとは裏腹に、俺の口は酷なことを言い続ける。信じているからといえば聞こえはいいかもしれないが、それ以上に疑っている。フェンリルの孫が、そして旦那狼と嫁狼の子供が黒鎧のデュラハンごときを前に動けなくなるわけがないと。だっふんだ。


――最後のはなんじゃ。


 クリスは身体を沈め、勢いよく地面を蹴る。


――わらわがふともも娘にこのことを伝える。うぬは醜態をさらしてでも首無しをなんとかするのじゃ。


 白い風となって城壁の階段に到達し、そのままクリスは駆け上がる。後ろから黒い影が伸びる。


「出でよ玄武! 飛べ黒蛇!」


シャアアアアッ!


 蛇頭が黒鎧のガントレットに巻き付き、その動作を静止させる。


「お前の鬼ごっこの相手は俺だ!」


 クリスが城壁の上まで到達し、同時に黒蛇が俺の身体に還る。黒鎧のデュラハンごとき、と俺はもう一度口にする。なんだか勝てる気がしてきた。


「武器なんか捨ててかかってきやがれぃ!」


 俺は小さなナイフを左手で構え、剣閃を放つ。


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