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191 黒い鎧と巨大な剣

「バルタイン家の捜査は無駄ではなかった」とファングネイ兵団副団長は言った。それからその理由を長々と語った。


 バルタイン家の当主は何も口を割らなかった。しかし、屍教に資金提供しているのは明らかだった。そこで、副団長はバルタイン家の従者や使用人に目を付けた。切っ先を向け、あるいは目の前に餌をぶら下げて、知っていることを吐かせた。

 その結果、兵団は『明日の夕刻に屍教は何かをするつもり』という独自の情報を掴んだ。所々に混じる自慢話を抜きにして端的に言えば、まあこういうことだった。


 俺はその情報にナルシードが教えてくれたことを付け加えた。『明日の夕刻、屍教は暁の長城という場所で何かをするつもり』。


 何かとはなんだろうか? 俺はボルサミノの姿をふと目にとめた。樽の底を起用に回して、ジャック・オ・ランタンから馬車まで運んでいる真っ最中だった。

 俺と目が合い、ボルサミノはふっと笑った。メガネが少しずれ、中指でそっと定位置に押し戻された。


 『明日の夕刻、屍教は暁の長城で、ソフィエさんの重力を操るという希代の異能を使って何かをするつもり』。俺はボルサミノの仮定の話を繋ぎ合わせてみた。仮定はそれぞれが細い糸で紡ぎ合わされ、それなりの推論に辿り着いたように思えた。


「いてっ……!」


 突然、背中を強く手のひらで叩かれた。「はい、包帯巻きなおしたわよ!」とアリスが言った。

 俺は腰を下ろしていた馬車の荷台から立ち上がり、「サンキュー」と言ってから体の具合を確かめた。まだ所々が痛むが、噴水の水の包帯なら明日までには完治するだろう。


「なあアリス……」と俺は言い、振り返った。「お前の夢の話だけど――」


 あれ、いない?


 ジャック・オ・ランタンの扉を開け、アリスは中に入って行った。そしてすぐに大きな紙袋を持って出てきた。中には、ソフィエさんの為にショッピングモールから持ってきた快眠枕が入っている。ずっと渡せないまま移動を重ねているにもかかわらず、紙袋はおろしたてのように真っ白いままだった。アリスは大事そうにそれを馬車の客室に置き、何か楽しいことを頭の中に浮かべているような表情で駆け、セリカが運んでいる荷袋の片側に手を添えた。


 まあ、後でいいか……。


 と俺は考え、ジャック・オ・ランタンまで歩いた。『ユウキお兄ちゃん!』と後ろから聞こえた気がした。サワヤちゃんの声だった。夏の入道雲のように、どこまでも形のはっきりとした明るい7歳の少女の声だった。


 『将来の夢はユウキお兄ちゃんのお嫁さん!』と少女は言った。俺は自然と溢れる涙を人差し指の腹で拭い、ジャック・オ・ランタンの扉を開けた。アリスにサワヤちゃんのことを話さないとな、と俺は思った。進める足の先に鉛を仕込まれたような気分になった。しかし、話さないわけにはいかなかった。アリスに聞いてもらうことで、俺はやっとこの異世界でアリスの隣に立つことが許されるようになるのだ。


 冷たい風が俺の背中を追いかけてきた。俺は藍色の薄いコートのボタンを止め、テーブルの上に置いてある荷袋を両手で持ち上げた。





 二台の馬車に荷物を運び終え、俺たちは二組に分かれて暁の長城に向かう為の馬車に乗り込んだ。


「チームアリスとチームノットアリスね!」とアリスは言った。

 チームアリスの馬車の運転席にはセリカがいて、客室には俺とアリスとチルフィーとクリスとアナとボルサがいた。

 ファングネイ兵団副団長は、チームノットアリスの馬車の中で、荷物を運んでいる途中でやってきた四人の兵士に何かを指示していた。そしてそのうちの一人が運転席に座り、翔馬の手綱を握った。


 チルフィーとクリスを入れて12名。

 ファングネイ兵団と手を組むことや、戦力が十分でないことには不安を感じていた。しかし、なんとしてでもここにいるみんなでソフィエさんを救出しなければならない。俺は客室の窓から真っ暗な空を見上げ、深呼吸を一度した。


「真っ向から戦争をするのではない。敵の本拠地に忍び込んでソフィエ様を救出するのだからな、大人数だと目立つだろう」と、俺の頭の中を読み取ったようにアナが言った。俺はその隣に腰を下ろした。


「まあ、そういうことなんだろうけど……。ってか、ユイリはアナがいなくて大丈夫なのか? お前、さっきハンマーヒルも大変だって言ってなかったか?」

「いわゆるお家騒動だな。領主様の兄弟と領主代理が揉めている、跡取りの話でな……。領主代理はミドルノームの城で根回しを済ませていた、領主様の娘……ユイリの母を領主に据える為のな」

「えっ……。そういうものなのか? ってか、領主代理ってユイリたち親子のことを快く思ってるのか?」


 馬車が動き出した。アナは前を行くチームノットアリスの馬車に目をやってから話を続けた。


「それはわからない。……まあ、今はソフィエ様の救出に集中しよう。ユイリも来たがっていたが、そういうわけで色々と奔走している。謝っといてくれと言っていたぞ。それにレリアも同じくお家騒動の真っ最中で来れない。パンプキンブレイブ家であいつと会ったが、何か思い悩んでいた……。これが終わったら師として話を聞かなければな」

「そうなのか……。確かにレリア、少し変だったな……。でも、必要な糧や物資を提供してくれたんだ、あとで俺もお礼をしに行くよ。ユイリにはソフィエさんを連れて、ドヤ顔で会いに行くさ」


 ヴァングレイト鋼の剣――オウス・キーパーがアナの腰の鞘の中でキラリと光った気がした。それは導きの光として鞘から漏れ、俺の不安を少しだけ払拭した。


「そう言えば……なあ、ボルサ」と、俺は正面に座るボルサミノの顔を見た。「お前、前にオパルツァー帝国の第五代だか第六代の格言みたいなのを言ってたよな?」

「どうしたんですか? 急に話が変わりましたね。ちなみに第五代です」

「いや、皇帝の娘に会ったんだよ、パンプキンブレイブ家に滞在してるシュリイルって子にな。それで思い出してさ」


 ボルサは頷いた。翔馬は夜の平原を客室と荷台を力強く引っ張って走っていた。その手綱を握るセリカは毛布を体に巻いていたが、それでもこの季節だと寒そうに見えた。あとでホットコーヒーを入れて、俺も御者の席に移って話し相手になってやろう。


「で、えっと……、『おパンツ様は白にかぎる』だよな? いや、改めて考えると、なんでそんな格言を皇帝ともあろう者が残したのかなって。素晴らしい考えだと思うけど」と俺は言った。メガネの奥の瞳が点に変わった。「あれ、お前そう言ってたよな? 格言」と俺は続けた。


「言ってません……。なんですかその格言は……」

「えっ……お前言ったじゃないか! 真面目な顔で!」

「言ってませんよ……。というか、その話の流れは覚えていませんが、僕がそれを言ったとして、ウキキはどう返したのですか……」


 その時の状況を俺は思い浮かべた。「たしか、『気が合いそうだな』って言ったな、俺」


「話の流れ的に大きな矛盾はなかったんですね……。『オパルツァー帝国継承者は白にかぎる』って言ったんです。それが第五代皇帝の言葉です」


 どういうことだ? と俺は尋ねた。言い間違いはよくあることだろう、それを追求する気にはならなかった。それに、その話を広げるにはこの空間は狭すぎる。


――聞き間違いじゃろう。まったく、仕方のないうぬじゃ。


 とクリスがアリスの膝の上で丸まりながら語った。俺はスルーを決め込んだ。


「僕もあまり詳しくありません。二百年ほど昔、第四代皇帝の息子が即位した際に宣言した一言だそうです。『白にかぎる』、つまり、髪の色が白い者のみに皇位継承権を与えるということらしいです。『これまでも、そしてこれからも』、正確にはここまでが第五代皇帝の宣言として現代に残っていますね」、ボルサは自分の後ろ髪に触れた。そのまま掻くような動作をしてから膝の上に手を戻した。


「それってようするに、金髪のシュリイルや金獅子のカイルには継承権がないってことなのか」と俺は言った。

「そういうことになりますね」とボルサは言った。「ちなみに――」とアナが会話に参加した。「第四代皇帝の死因は暗殺らしいぞ。首から下だけが玉座の前に転がるように倒れていたそうだ。戦で黒鎧を纏い、巨大な剣を携えて、最前線に立つ一騎当千の猛将――そんな第四代皇帝が三送りもしてもらえない死に方をするのだから、即位なんてするものではないな」


 どことなく、アナはレリアやユイリのことを考えているように見受けられた。お家騒動。オパルツァー帝国の皇室や、パンプキンブレイブ家や、ハンマーヒルのトールマン家。3つの家に3つの事情。俺はそれを、この異世界の3つの月と重ね合わせてみた。それからすぐに考え直した。


 いや、ラウドゥルたちグスターヴ皇国のことを入れれば4つか……。


 馬車が停まった。いつの間にか深夜に差し掛かる時間になっていた。今日はここで車中泊し、明日の朝一番で起とうということになった。アリスはまだ起きていて、樽や荷袋から出して簡単な調理をした食事をチームノットアリスの兵士たちに持って行った。トレーの脇には、ショッピングモールから持ってきた飴玉も一つ添えてあった。

 俺は食事を済ませ、焚火で沸かしたお湯でコーヒーを人数分作った。そしてその一つを、御者の席であぐらをかいて食事をしているセリカに持って行った。セリカはコーヒーを受け取り、無言で食事を終えたトレーを手渡してきた。俺は無言で手に取り、それを水の張られた桶の中に置いて、再び御者の席に戻ってセリカの隣に座った。セリカは3つの月の光の下で円月輪を布で磨いていた。


「今、ふと思ったんだけどさ――」、俺はこれから言おうとしたことを、もう一度頭の中で整理した。それからセリカの横顔を眺めた。「円月輪って、この異世界を象徴する武器だよな」。セリカはこちらを見ずに首だけを傾げた。


「どういうこと?」とセリカは言った。俺は冒険手帳をコートのポケットから取り出し、ボールペンで『円月輪』と書いて見せた。


「円月輪ってさ、円と月と輪っていう丸を意味する的な3つの漢字で構成されてるんだよ。3つの月が浮かぶこの異世界、それと円月輪。これほどこの異世界に相応しい武器はないだろ」と、ふと思ったにしてはなかなかそれらしいことを俺は言った。セリカは熱心に円月輪を磨き続けていた。


「へえ、そうなの」とセリカは言った。興味がなさそうだった。もし俺がこの瞬間だけバカ殿のメイクをしても、こいつは気付かないだろうと俺は思った。試してみようと思ったがメイク道具やカツラは持っていなかった。


「じゃあ、あんたも円月輪の扱いを学ばないとね」とセリカは言った。「ああ、この騒動が終わったら教えてくれ」と俺は言った。


 やがて深い眠気が重力のように俺の身に降りかかり、俺はそれに抗うことなくコートを身体に掛けて、その場で眠りについた。


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