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189 ここじゃなくて

 まずは雷獣を使役する。


「出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 紫電の爪が顕現し、宙を走ってナルシードへと襲い掛かる。


「見え見えだよウキキ君!」、ナルシードは高くジャンプをして紫電を躱し、そのまま空中で空の手を横に払う。


「っ……!」


 俺の目の前に一瞬黒いモヤモヤが現れる。認知した頃には既に俺の胸先で薙ぎ払われ、巻かれている包帯と一緒に胸を僅かに裂かれる。


「いっ……」


 薄皮一枚。といったところだろうか、滲んだ血の量はしかし痛みに比べれば少ない。

 たじろぐ暇はない。ナルシードは6本の魔剣を自分の周りに浮かべ、その剣先は俺のあらゆる箇所を仔細に狙っている。


「……ナルシード、なんで裏切ったんだよ……」と俺は言う。その声の先が呆れたような顔をする。


「だから言っただろう? 薔薇組をファングネイ王国一の騎士団にするためには、必要だって。屍教からの資金援助がなければ、そもそも薔薇組はここまでの組織にはなれなかったんだ。……もっとも、それを聞いたのはつい先ほどのことだけれどね」

「だからって、お前まで屍教に入ってどうすんだよ! 薔薇組が全員屍教徒なら、それをしばいてお前ひとりで王国一の騎士団にすればいいだろ!」


 本当に呆れたような表情をナルシードは浮かべる。「無茶を言わないでおくれ。副組長のこの僕だけが除け者のような扱いを受けていたとはいえ、組長はちゃんとさっき僕に打ち明けてくれたんだ。僕は組長に恩義を感じている。その強さに尊敬もしている。……薔薇組のためなら、僕はなんだってする」


 後方で俺とナルシードの戦いを見守っている老人の眉が微かに動く。薔薇組組長であると同時に、屍教の四司教のうちの一人である男。


「ナルシード――」。その男がよく通る声を、古代バビチネス王朝の遺跡であるこの大広間に響かせる。「あまりのんびりとしている時間はないぞ……。決着をつけたいのなら急げ」


「わかっています」とナルシードは言う。その目に決意が宿る。しかし、殺意を示す赤い光はいまだ浮かんでいない。


「ウキキ! 何かやる気であります! 気を付けるであります!」と、ガルヴィンの頭の上で手をメガホンのようにしてチルフィーが叫ぶ。その可愛らしい声の反響が落ち着くと同時に、ナルシードは顕現している魔剣をすべて黒いモヤモヤに戻して、その全てを身体の周りに漂わせる。


 一瞬だけ目を瞑り、ナルシードは叫ぶ。


「絶殺陣!」


 黒いモヤモヤがより濃いものになり、その量までもが圧倒的に増加する。ナルシードを漆黒のオーラが包み込んでいる。


「これはね、ウキキ君」。少しだけ大広間に静寂が生まれる。俺はその間、瞬きすら出来ずに漆黒のオーラに目を奪われている。


「魔剣使いの奥義。……のようなものだよ」とナルシードは言う。「奥義……。また、恐ろしい名前の奥義だな」と俺は言う。


「そうだね。もっとも、恐ろしいのは名前だけじゃないよ。相手を殺すまで僕の全ての能力が増幅されるんだ、数分間ね」


「数分間……。それが終わるとどうなるんだ?」、俺はナルシードの目を注視する。「それまでに相手を殺せなければ、使用者自身が死ぬだけさ」。ナルシードの目に赤い光はなく、微かに煌めいたものと並々ならぬ決意だけが浮かび上がっている。


 そういうことかよ……。


 今度は俺が呆れた顔をする。というか、本当に心底呆れる。

 こんな場面で、この男はなんてことをやらかそうとしているんだ。と、さわやかなイケメンの真剣な表情を見ながら俺は思う。


 俺は軽く辺りを見回す。チルフィーとガルヴィンがいる。ナルシードが尊敬する老人がいる。それと黒いローブに身を包んだ屍教の男、あるいは女が7人ほどいる。


「いくよウキキ君!」、ナルシードは掛け声と同時に高く飛び上がる。かかって来いや! と俺は叫び、構えた右腕をきれいな姿勢で直立している黒いローブに向ける。


「出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 続けてもう一度雷獣を使役する。


ビリビリビリッ!


 もう一度。


ビリビリビリッ!


 すべての黒いローブが倒れ込み、手足を震わせてもがき苦しむ。その中の何名かはローブの下に鎧を着こんでおり、白い薔薇の刺繍が施されたマントを羽織っている。薔薇組の騎士と呼ぶべきか、屍教徒と呼ぶべきか、俺には判断がつかない。


 俺はナルシードに視線を向ける。剣先が老人の喉元に当てられている。


「何故だナルシード」と老人が言う。澄み渡る秋の空のようなその表情は、疑問を含んだ言葉に矛盾の影ようなものを作り出している。


「あなたは間違っています。それに、僕こそが何故だと訊きたいです。なんであなたは僕だけ屍教に染めようとしなかったのですか」

「……お前は奴隷だった身だ。崇高な教えには馴染めないだろう」


 いくつもの灯篭がナルシードと老人の影を無数に地面に落としている。それは影が作り出す黒い円のようにも見える。そのサークルの中央で、深い漆黒のオーラが一切視線を逸らさずに、静かに口を開く。


「嘘です。あなたは僕に自分を止めてほしかったんだ。屍教に染まる薔薇組を正しい方向へ導いてほしかったんだ」


 目を閉じ、老人は何かを思い浮かべる。「あるいはそうかもしれんな」。雲ひとつない夏の青空のような表情で老人は言う。


「さあ殺せナルシード。絶殺陣……私の息の根を止めんと、お前が死ぬことになる。……まったく、無茶なことを」

「はい、無茶で無謀だとも思いました。だけれど、あなたの隙をついて勝利するにはこれしかありませんでした」


「こんな老人を買いかぶり過ぎだお前は。……薔薇組がなくなったらお前はどうするのか、冥途の土産にそれだけ教えてくれんか」と老人は言った。


「薔薇組はなくなりませんよ。それにファングネイ王国一の騎士団にするという僕の夢も、まだ途絶えてはいません。組長、今までありがとうございました」とナルシードは言った。


 喉元に剣先が刺さり、そのまま柔らかい綿の塊の中を辿るようにゆっくりと突き通された。

 あとには漆黒のオーラと滴り続ける血だけが、影の作り出す円の中に残った。





「大変です司教様! 兵団が薔薇組本部に攻め入ってきました」


 大広間の扉を開けて、黒いローブの男が慌てて飛び込んできた。そして中の状況を察し、より慌てた表情で外に逃げ出していった。


「……だってよ、ナルシード。兵団が屍教討伐に来てくれたらしいぞ。お前はどうするんだ?」と俺はナルシードに訊いた。


「どうするもこうするもないよ。屍教はまだ遺跡内に、あるいは薔薇組本部に数多くいるだろう。僕はそれを片付けてくる」

「薔薇組の屍教はどうするんだ?」

「投降を呼びかけてみるよ。応じなければ決まっているさ。……キミはソフィエちゃんの救出を頼めるかい? 彼女は暁の長城にいるはずだ」


 俺はふと大広間を見渡す。ガルヴィンはいつの間にか消えており、座る場所を失ったチルフィーが俺の頭を目掛けて飛行していた。

 なんとなくソフィエさんの気配を脳のどこかが感じ取ったような気がした。しかし、当たり前だがここに彼女はいない。はっきりとした居場所がわかったからだろうか。


「お前は大丈夫なのか?」と俺はナルシードに訊いた。「大丈夫さ。……それよりも、あの土壇場で僕の作戦を理解して乗ってくれて助かったよ」とナルシードは言った。


「あ? ああ……、あ、あたり前だろ? 最初からわかってたわ」と俺は言った。ナルシードは一瞬だけ眉をひそませ、そしてすぐにすかした笑顔を浮かべた。本当に大丈夫みたいだ。


 チルフィーを頭に乗せて大広間を出ていこうとすると、ナルシードが俺の名を大きな声で呼んだ。兵団が来たからとは言え、油断禁物だよとナルシードは言った。俺は頷き、大広間をあとにした。


 その瞬間、目の前にアリスの必死な形相が飛び込んできた。アリスはふわりとジャンプし、俺の胸に全身で飛びかかってきた。

 俺は全力でバカを受け止め、そして全身でバカを強く抱きしめた。目の奥の蛇口はこれでもかというほど全開に回されていた。たぶん、俺も。


「アリス、ソフィエさんはここじゃなくて暁の長城にいる」。バカは頷き、そしてまた俺の胸に顔をうずめた。


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