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19 ノックの音は急に鳴る

「不幸せな不死会わせ……」


 三送りで見送りされなかった人の魂は、死ビトとなって現世に蘇る。その不死の者と会わせるのが不死会わせ……か。


「無理やり会わせられるほうからしたらたまったものじゃないわね」とアリスは言った。「死んでしまった大好きな人とは天国以外で会えるべきじゃないわ。それもあんな姿で……」


 幼くして両親を亡くしたアリスは、俺が考えている以上にその事象を畏れているようだった。

 たしかに大切だった人が、あんな破壊欲求しかないような怪物に変わり果てた姿なんて見たくはないだろう。


 アリスはメモを取る手をとめて俯いていた。チョップを忘れた小さな手が、俺のふとももに置きっぱなしになっていた。そっと握ると、『大丈夫よ』という風に強く握り返された。


「あ、そういえば一番訊きたかったことを忘れてた……。ボルサミノさん、なんで俺たちの言葉がわかるんですか? さっき額に指をあてた時に魔法かなんかを?」

「よく気づきましたね。チャネリングという魔法の一種です。相手と言葉の壁を越えて会話ができるようになります」


 額に指先をあてて見せながら、ボルサミノは優しく微笑んだ。


「じゃあ、やっぱり俺たち自身がこの異世界の言葉を理解してるわけじゃないのか……。その魔法ガチャガチャから出ないかな……」

「ガチャガチャ?」

「あ、いえ……なんでもないです。じゃあクワールさんは会話できるからボルサミノさんを俺たちに会わせたんですか?」


 それどころか、ボルサミノが村に滞在しているから俺たちをここまで連れて来たのかもしれない。もちろん護衛も必要だったのだろうが。


「そうです。詳しい話は歩きながらしましょうか、そろそろ三送りが始まる頃です」


 ボルサミノはすっと立ち上がり、俺たちの顔を順番に見た。

 俺は腰を上げ、アリスと繋いでいないほうの手を彼に差し出した。


「色々と教えてくれてありがとうございます。三井ユウキです、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。僕のことはボルサとでも呼んでください。あと、僕の敬語は癖なので、ユウキさんは普通に話してもらって大丈夫ですよ」


 彼はにこっと笑いながらそう言い、俺の握手の手を取った。

 話しているうちに親近感を覚え、少しタメ口になってしまったが、彼はそんな俺の心情を理解した上で申し出てくれているみたいだった。


「じゃあ俺もユウキで! よろしくな、ボルサ!」

「私のことはアリスお嬢様とでも呼んでちょうだい!」


 アリスも俺と繋いでいる手の反対側をボルサに伸ばし、そこでも握手が交わされた。少し前まで俯いていたとは思えないほど、アリスは明るい笑顔をしていた。


「では……ユウキ君、アリスさん。これからもよろしくお願いします」


 俺たち三人は互いに手を繋ぐ形となり、青白い月の光の中で一つの輪っかを自然と形成していた。





 村の集会所の隣にある大きな広場に着くと、ボルサは俺とアリスの視線を中央にあるものに誘導した。丸太や薪を高く積み上げて造られた井桁型の焚き火だった。

 炎はまだ弱く、『井』の字の囲いの中でくすぶっていた。まるで炎が意思を持ち、誰かの登場を待っているかのようだった。

 

 そこから少し離れた場所に、五十名ほどの村人が集まっていた。彼らは横に並び、誰も口をきくことなく静かに座っていた。


「みんなここにいたのね……。でもお年寄りや女性や子供ばかりみたい」

「そうだな……。人数も、家の数からしたらかなり少なく感じる……」


 俺たちはそのままボルサの後を歩き、村人の列に加わって麻のシートに腰を下ろした。


「もしかして、これからお葬式が始まるの?」とアリスが尋ねた。お行儀良くちょこんと正座をしている。


「まあ、たぶん葬式みたいなものだろうな」


 俺はアリスに倣い、慣れないながらも正座に切り替えて座りなおした。

 辺りを見回してみると、焚き火から少しのところに白いローブに身を包む男性が横たわっているのが見えた。遺体のようだった。数人が周りを囲み、最後の別れをしていた。


 ふいに、俺のシャツの裾が引っ張られた。思わずびくっとなり見てみると、裾を握るアリスの手がそこにあった。

 アリスも俺と同じように別れを惜しむ人たちを見ていた。その手は少し震えている。


「ソフィエさん来ましたよ、始まります」


 ボルサの声に反応して集会所に目をやると、巫女装束のようなものを着込むソフィエさんが、ゆっくりと大きな焚き火に向かって裸足で歩いていた。


 背筋を伸ばして姿勢よく歩くその姿は何度となく目にしたが、顔つきは別人のように鋭かった。

 射抜くような視線が真っ直ぐ闇の中に伸びているが、しかし彼女はこの空間のすべてを見通していた。ここにいる全員の僅かな感情の変化や心の機微が、彼女にはそれこそ本棚の本を手に取ってページを捲るように見知ることができた。少なくとも俺はそう感じたし、この空間を支配する雰囲気をたしかに彼女は纏わせていた。


「なんかずいぶんと印象が違うな……オーラが半端ないと言うか……」

「ソフィエ大丈夫かしら……見ていてハラハラドキドキだわ」


 なぜかアリスは保護者目線になっているようだった。ソフィエさんがこれから行うことの成功を祈るように、自分のふとももの上で手を合わせて見守っている。

 今日はもう、俺の裾の活躍の場はないみたいだ。


 ソフィエさんが井桁型の焚火の前に到達すると、別れを惜しんでいた人たちが仏様を棺の中に入れ、閉めてから炎とソフィエさんの間に協力して運んだ。


 その様子を、村人たちは一言も発さずに見つめていた。そしてソフィエさんが手を前に組んで棺に向かって深く一礼してからは、更に息を呑む音が聞こえるほど静かになった。


 その静寂の中で、彼女は舞った。


 呼応するように焚き火が激しく燃え盛り、やがて天に向かって高く火柱を上げた。

 炎が暗闇を赤く染めあげ、火の粉がいたずらな妖精みたいに自由奔放に宙を漂い、そしてその中で彼女は舞い続けた。


 俺は目を離すことができなかった。呼吸を忘れるほど強くその姿に惹きつけられていたし、この世のものとは思えない美しさに畏れを抱いてさえいた。


 彼女の腕が鞭のようにしなやかにうねり、闇の中にいくつもの白色の軌跡を浮かべた。白く細長い指が虚空を撫で、彼女の全身が独楽のように何度も何度も回った。


 焚き火がパチンととりわけ大きな音を立てると、彼女は大地を蹴って高く飛び跳ねた。もう一度同じことが起きた時、彼女が跳ねると薪木が歌うのだと俺は気がついた。


 しばらくすると、棺から赤と緑の細かい結晶が浮かび上がってきた。

 そのひとつひとつが小さな光となり、少しのあいだ残された肉体に別れを告げるように闇の中を漂ってから、真っ直ぐ天へと昇っていった。


 魂とマナ……か。

 

 そのどちらが赤でどちらが緑かはわからないが、大勢の人に見送られながら三の月へと導かれていく光は、とても穏やかで優しい輝きに充ちていた。


 こうして、俺とアリスが初めて参加する三送りは終わった。





「ソフィエ綺麗だったわね。私の隣で踊っても様になるほどに!」


 アリスがぎこちないロボットダンスを披露しながら、俺の顔を見た。

 ソフィエさんの舞いを真似ているつもりらしいが、まあこれはこれでとても可愛い。


 ボルサを含む俺たちは、三送りの後にクワールさんの好意で家に招かれていた。ボルサの通訳を挟んで、俺はやっとクワールさんと会話をすることができた。


「夕食まで御馳走になってしまってすいません」と俺は言った。


 初めて食べた異世界料理は、クワールさんのお手製ミートパイだった。正直な話、一口めは少し緊張しながら口に運んだが、二口めに移る頃にはその美味しさに舌鼓を打っていた。


 アリスも美味しいと言いながら食べていた。思ったことを正直に言う奴なので、本当に美味しいと感じているのだろう。

 少なくとも、この異世界で食の文化による苦しみは経験しないで済みそうだ。


「○□xx―▽□x」とクワールさんは俺とアリスを眺めながら言った。

「これは亡くなった奥さんが得意だった料理だそうです」とボルサがすぐに通訳をしてくれた。


 家族が見当たらないのが少し気になっていたが、奥さんを先に亡くしてしまったみたいだ。


「-○・・□xx―」

「一人息子はミドルノームの城下町で働いているんだ」

「○□―▽□-○・・□x」

「この村の若くて働ける男性は、みな城の兵士に連れていかれた」


 それで、お年寄りや女性や子供しかこの村にはいないのか……。


「これは注釈ですが、無理やり連行されたのではありません。彼らは働き口を求めてついていったのです。ちゃんと、それ相応の賃金を得ています。僕が同盟国のファングネイ王国の人間だからそう言っているのでは――」

「x+□○―○xx△△」

「勘違いさせてしまったならすまない、全員納得して仕事を得るために城に行ったんだ。と言ってますが、この流れだと僕が繕っているように聞こえますね」


 小さく笑いながらボルサはそう言った。たしかにその城のイメージは悪いものとして植えついたが、まあ事情もあるのだろう。


「ボルサはクワールさんと親しいみたいだな」

「ええ。昔この村に住んでいたことがあって、その時に良くしてもらいました。クワールさんの息子さんのジョネルさんとは親しい間柄だと自分では思っていますよ」

「そのジョネルさんを頼って、ミドルノーム城までクワールさんとソフィエさんは行ったのか」


 俺は集会所まで歩きながら聞いた話を、できるだけ詳細に思い出しながらボルサに尋ねた。


 大きく楕円を描いて周っている四の月がこの惑星に近づくにつれ、死ビトは力を増していく。そして二年間隔で半年ほど最接近が続き、その期間のことを『円卓の夜』と呼ぶ。


 その円卓の夜の期間だけでも村人を城下町に避難させてくれないかという哀願を届けに、クワールさんとソフィエさんは城まで旅をし、その帰りにショッピングモールの外で俺たちと出会ったみたいだ。


「はい。ですが、衛兵をしているジョネルさんを通しても、良い顔はされませんでした。正式な回答を宿で待っている最中に、あの男性の死を文で知り、急いで戻ったらしいです。その文に、僕がこの村にいることも書かれていたんですね」

「そっか……死んだまま放置したら四の月に導かれて死ビトになっちまうから、焦って戻ったのか……」


 それなら、人知れず死んだ人はすべて死ビトになるのか……。と俺は考えた。

 そうでなくとも、亡くなった人を全員を三送りできるほどソフィエさんのような送り人がいるのだろうか?


「おいアリス」と俺は隣でグースカピーと寝息を立てているアリスに向かって言った。「この異世界は俺たちが思ってる以上にヘビーみたいだぞ」


 クワールさんが微笑み、口を開く。


「○x-□xx○」

「アリスお嬢ちゃんは寝ちゃったみたいだな。と言っています」

「はい。こいつは寝たらそうそう起きません。くそ、パジャマが無駄になったな……」


 俺はアリスのパジャマが入っているリュックに目を向けた。ぱんぱんに膨らんでいた。それから、ボルサに集会所の前に停めてあった馬車について尋ねた。


「はい、星占師ギルドの馬車です。僕はあれに乗車してここまできました」


 星占師ギルド……そういえば気になる単語がまだあったな……。


 まあそれはまたあとで訊こうと思い、俺は椅子で眠り込んでいるアリスをどうしようかと考えた。

 ちょうどその時、急にドアをノックする音が響いた。まあノックの音は急に聞こえてあたり前かと思っていると、クワールさんがすっと椅子から腰を上げた。


「x□▽○x」

「僕がでますから、クワールさんは座っていて下さい」


 ボルサが扉を開けると、そこには着替えを済ませたソフィエさんが立っていた。


「アリス! ウキキ!」


 あんな美しい舞を魅せた彼女は、俺の名前を間違えて呼ぶことにより猿と化していた。


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