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184 世を儚む

 ファングネイ王国騎士団薔薇組のナルシードと、亡国の皇国騎士だったラウドゥル。

 この二人の鉢合わせは、俺に大晦日のさいたまスーパーアリーナでのリング上を想像させた。


「まさか、こんなところで『紅蓮のラウドゥル』に会えるとはね。驚いて声も上げられなかったよ」とナルシードが言った。「それはお互い様だ。『千剣のナルシード』、だったか?」。ラウドゥルは立ち上がり、鞘に納められている剣の柄に手を添えた。


「おいっ……! お前らこんなところで止めろ!」


 俺は二人の間に立ち、レフェリーのように両者を引き離す。緊張感が空気を伝い、宿の六畳ほどの部屋を満遍なく覆う。

 そんななか、腕を組んでアリスが俺たちのやり取りを眺めている。何かに納得し、ひとり頷く。「手数で勝るナルシードと、一撃に優れるラウドゥルね」


「なに言ってるんだお前は!」

「『和の鉄人アリス』は勝った方の挑戦を受けるわ!」

「焚きつけるなアホ! ってかなんだその通り名は!」

「実況はあたしに任せるであります!」

「黙ってろ虫!」


 でしゃばるアリスとチルフィーを離れさせ、フェンシング選手のような態勢で身構えているナルシードに目を向ける。「この勝負、先に動いた方の負けね」とアリスが言う。


「だからお前は黙って離れてろ! ……おいナルシード、今はこんなことよりソフィエさんの行方の話が先だろ!?」


 表情が柔らかいものに変わる。それからナルシードはふっと笑みをこぼす。「心配いらないよウキキ君。僕にはこの男を捕える理由はない、それは兵団の仕事さ。それに、キミやアリスちゃんの交友関係に口を出すつもりもない」


 ナルシードは扉の取っ手に手を掛ける。ラウドゥルはその後ろ姿を確認すると、剣柄から手を放してその場に座り込み、革の水筒を垂直まで傾けて中身を一気に飲み干す。


「じゃあ僕は戻るよ、バルタイン家の捜査で何か手掛かりが掴めてるといいね。明日の昼過ぎに騎士団薔薇組本部まで来てくれるかい? 場所はその男が知っているはずだよ」


「りょ、了解」と俺は言う。ナルシードは扉を開けて一歩外に足を踏み出し、背を向けたまま声だけを部屋の中に送る。その声色はラウドゥルを対象としている。


「滅んだグスターヴ皇国とその正統なる後継者の皇子。そして、皇子を中心に据えて復興を夢見る者達。……無くなったものにすがるのは構わない。けれど、王都をウロチョロとされたら僕ら薔薇組の面目に関わる」


 ラウドゥルが水筒を麻袋に入れてから静かに口を開く。「副組長にまで登り詰めたらしいな。祝辞の一つでも述べるべきだったか?」


 お互い視線を遥か彼方に送っている。あるいは、遥か地平の先からお互いを見つめ合っている。


「もしまた僕の前に現れるようなことがあったら――」、ナルシードは腕を水平に上げ、手の先に黒いモヤモヤを発生させる。


「僕があなたの夢を潰す」


 扉がそっと閉まる。外から廊下の軋む音が聞こえる。しばらくして、階段をゆっくりと下りる音に変わる。


「まさかウキキとお嬢ちゃんがあいつと知り合いだったとはな」とラウドゥルが言う。


「お前こそ、思いっきり兵団に追われてるんじゃねーかよ……。ってかナルシードのこと知ってたのか?」


 机の上に料理が並べられていく。形のいいパンがあり、薄くスライスされたなんらかの肉があり、野菜のたっぷり入ったシチューがある。アリスは最後に赤いリュックの中から真新しいナイフとフォークとスプーンを取り出し、敷いたナプキンの上にそれをきちんとした法則に従って置く。


「さあ、暖かいうちに食べてちょうだい! たくさんあるからラウドゥルもよ!」


 レリアの家で夕食をご馳走になり、余りを俺のために貰ってきてくれたらしい。

 アリスが残り物をタッパーに詰める姿を想像すると、なんだか目頭が熱くなってくる。俺がしっかり働こう、こいつにだけは苦労をかけたくない。という気持ちにさせられる。


 俺とラウドゥルはとりあえずテーブルにつき、目の前の美味しそうな食事に集中する。クリスはベッドの下で皿に盛られた魚をむさぼり、アリスとチルフィーはそれを眺めながら歌をうたっている。これは魔法少女サッキュン二期のオープニングソングに間違いない。音程が狂っている箇所を訂正したいが、我慢しておく。


「で、ナルシードとはどういう関係なんだ? なんか並々ならない感じだったけど」

「別にたいした間柄ではない。このファングネイ王国は元々グスターヴ皇国の同盟国で、騎士同士顔を合わせる機会が多かったというだけだ」


 魔法少女サッキュンのエンディングソングが始まった。最後にサッキュンの全力のシャウトがあるが、アリスに無事歌えるだろうか。


「最初にあいつと会ったのは――」、ラウドゥルは確認するように一度言葉を切った。俺はラウドゥルの話に集中して耳を傾ける。


「――確か、8年前だったな。あいつがまだ騎士見習いなりたてで、世を儚む14の小僧だった頃だ。あいつはグスターヴ皇国での合同演習の際、突然オレに試合を申し込んできた。『紙風船試合か?』とオレは訊いた。あいつは首を振った。『三送りの費用は用意してあるのか?』とオレは訊いた。あいつは繰り返し首を振った。そして黙って剣を抜いた。一目でわかったよ、こいつは天賦の才を持っているとな。たいした訓練はまだ受けていないはずで、身体だって騎士たちの中じゃ小さいほうだ。だが、強い。稀にそういう奴がどっからか湧いて出るように現れるんだ。龍が地上に産み落としたような奴がな」


 俺は頷く。龍が地上に産み落とす?


「試合はあいつの一太刀でスタートした。そして俺の一太刀で終了した。あいつの身のこなしも剣捌きも満点だった。ただ、オレがもっと強かったというだけだ。それに、オレはまだ25と若かった。適当に稽古をつけながら相手になってやるような器の広さはまだなかった。剣を折られてうなだれたあいつに、俺は言ったよ。『調子にのるなよ小僧』とな。だが、あいつはそれから俺の顔を見て、笑った。そして言った、『生きて目標とすべき相手が見付かった』ってな」


 昔を懐かしむように、ラウドゥルは笑みを浮かべる。続けて開かれた口元にはまだその影が残っている。


「それからは、会えば少しだけ稽古を付けてやった。と言っても年に数回程度だが、そのたびにあいつは強くなっていた。騎士見習から正式な薔薇組の騎士になり、魔剣使いを極めていった。最後に会った4年前、……グスターヴ皇国が滅亡する数か月前、あいつは俺に言った。『薔薇組をファングネイ王国一の騎士団にするのが夢だ。そして、あなたに勝利するのが夢だ』とな」


 千切られたパンがシチューの中に沈み、すぐにまた浮上してラウドゥルの口に納められた。ラウドゥルはゆっくりと味わうように、それを何度も噛み続けた。


「憧れの人物が盗賊まがいの行為や裏家業に手を染めてるのが許せないのか」と俺は言った。


「さあな。だが、あいつにとっては薔薇組がすべてだ。両親や兄弟が死に、当時騎士団から枝分かれするようにして組織された薔薇組の組長に拾われ、それからは薔薇組が家族のようなものだったみたいだ。そして我々グスターヴ皇国騎士団と薔薇組は騎士団の誓いを立てる間柄でもあった。そんな薔薇組と兄弟のような存在だった皇国騎士の現在が許せないのかもな」


 アリスが「ホゲエエエエエェ!」と、エンディングソングのラストを歌いきった。言ってやりたいことは山ほどある。しかし、俺はその欲求をラウドゥルにぶつけた。


「盗賊的行為なんてまだ続けるのか?」

「ああ続ける。そうしないと集落の者たちが飢え死にするからな。しかし、襲うのは軍属の馬車だけだ。奪うのは必要な物だけだ。月の下で人に恥じるような行為はしていないつもりだ」

「でも、そんなことをしてたら、いつか本当に国を再興できた時、周りが敵だらけにならないか? お前の顔と名前は知れ渡ってるんだろ?」


 ラウドゥルはニヤリと笑う。「オレは皇国を復興するためならなんだってやる。それがオレのすべてだ。だが、復興した後は、オレたち皇国騎士団は表舞台に立つつもりはない。影になって、皇子を支えられればそれでいい。復興されたグスターヴ皇国と元皇国騎士団はあくまで無関係。それで通すさ」


 俺はラウドゥルが言ったことについて、手のひらサイズのカボチャパイを食べながら考える。

ラウドゥルにも一つ渡すと、丁寧にアルミホイルのような物を剥がし、いぶかしげな表情でそれを口に運ぶ。


「通らなかったらどうするんだよ。それが原因でまた滅んだら目も当てられないだろ。俺には賢いやり方とは思えない、それにやっぱり盗賊みたいな行為を正当化してるお前は間違ってると俺は思う」


「はっきり言うな、お前は」とラウドゥルが言う。「なんでかな、お前に対しては、俺にしては丁々発止というか、確かにそうだな」と俺は言う。


「まあいいさ。伝説の大召喚士アメリア・イザベイルの血を引く双子の皇子を敵に回したい国があるなら、それでもな」

「アメリア・イザベイル……。フェンリルの主だった召喚士か。確かその人も双子で、妹がいたんだよな?」

「ああ、アリシア・イザベイルだ。もっとも、この人の記録はほとんど残っていない。皇国の歴史から忽然と姿を消しているんだ。霧のようにな」

「霧のように……ね。んで、こんなことを訊くのは不謹慎かもしれないけど、病で亡くなったっていう皇子はどっちなんだ?」


 宿のどこかで、誰かが酷く咳き込んでいた。そしてそれは充電がなくなったMP3プレイヤーのように、俺の質問を境にぴたりと治まった。


「弟さ。8歳になったばかりのな……。聡明で、勇気のある子だった」

「そっか……。悪いな、こんなことを訊いて」


 双子の兄弟は弟が病で亡くなり、そして双子の姉妹は妹が歴史から姿を消した。その二つの出来事は二百年という気が遠くなるほどの長い時間で隔てられていながら、関連性があるように思えた。


「その双子の皇子も、召喚士なの?」と、突然アリスが会話に参加した。「大召喚士アメリアの子孫で、しかもグスターヴ皇国は召喚士を多く排出した国なのよね?」


 ラウドゥルは二つの質問に対して、大きく頷くことでどちらも肯定した。「じゃあ私と同じね! 歳も近いみたいだし、会って話してみたいわ!」


「すまんな、会わせてやることは出来ない。お前たちのことは信用しているが、集落の場所は誰にも教えられないんだ。……しかし、お嬢ちゃんと同じとはどういう意味だ?」、結尾を待たずに、アリスはベッドの上に飛び乗ってくるりと回り、光の輪を出現させてカーバンクルを召喚した。


「紹介するわ! アリススペシャルズ1号のカーバンクルちゃんよ!」


 アリスとカーバンクルの頭上には光り輝く天使の輪があった。その光を瞳に宿しながら、ラウドゥルは静かに口を開いた。


「……こいつは驚いた。お嬢ちゃんは召喚士で、しかもその歳でもう召喚獣を従わせているのか……。お前らとは、本当にとことん縁があるみたいだな」


 カーバンクルが「モキュッ」と鳴いた。クリスがびびって俺の頭上に飛び乗り、毛を逆立てた。


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