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180 とっとと解決すべき問題

 幻獣が使役できない状態。それは俺という人間の無力さを嫌というほど思い知らされることとなった。


「くそっ……!」


 ファングネイ王都のシャドウダース・ゲート前。馬車の渋滞はもう解消されていた。そろそろ日が暮れる頃だった。俺の真上には空に浮かぶ蒼い三の月があり、そして目の前には死ビトがいた。


 俺はショッピングモールから持ってきた小さなナイフを構え、もう一度剣技を放った。


「剣閃!」


 真一文字の軌跡が閃光となり、死ビトの首元を斬った。しかし、殺意の赤い光を眼に宿す死ビトはそれを意に介さず、抱っこをせがむ子供のように、ただ純粋に枯渇したマナを求めて遅い迫った。


「顔面を破壊するか首を落とさないとっ……!」


 俺は一旦距離を取ろうと跳び退いた。そこにはボロボロの剣を構える死ビトがいた。


「っ……!」


 青い軌道は視えている。俺は突き放たれた剣先を躱し、態勢が崩れた死ビトの首に触れた。


「出でよ鎌鼬――」


 言葉という媒体に納めた幻獣への命令。それはまるで伝わらずに、冷たい風に乗せられてどこかへ飛んで消えていった。


「ウキキ! 囲まれるであります!」とチルフィーが言った。眼前で死ビトが剣を振り上げる。後ろからは歯をカチカチと鳴らす音が聞こえる。無手の死ビトが迫り、俺を咀嚼しようとしていた。


 つい癖で使役しようとしちまった……!


 俺は剣戟と抱っこをせがむ腕を躱し、そのまま二つのこめかみにナイフを突き立てた。新鮮なパイナップルにナイフを刺したような感触だった。しかし、どちらの死ビトも活動を停止する様子は皆無だった。


 くそっ……! ここまでやったら普通倒せるだろ……ナンセンスなゾンビだなっ!


 瞬間、目の前を円月輪が通り過ぎた。南国の男が鉈で大雑把にパイナップルを切り分けたように、二体の死ビトの頭部が上下に分離した。そして半分は音もなく地面に落ちた。


「あぶねっ……!」、俺は輪切りにされた頭部に目をやった。半歩踏み込んでいたら、俺の頭部までこうなっていた。


「あんた、幻獣を使役できないのなら下がってて。危ないよ」とセリカが言った。円月輪が弧を描き、セリカの手に戻ってきた。


 あわよくば俺を殺そうとしたんじゃないだろうな……!


 俺は曖昧な返事をし、周りを見回した。アリスが乗用車ほどの氷の塊を死ビトに落とし、ナルシードはサーベルでいくつもの首を跳ね飛ばしていた。


「片付いたでありますね」


 頭上のチルフィーがそう言い、死ビトが倒れていた場所を入念に飛んで見て回った。既に何体かの死ビトは月の欠片を残して消えていた。それはこの世の未練を断ち切ったことを意味している。これで成仏できるのだろうか? しかしそう思うと、無機質に見える死ビトの頭部の輪切りにも何か意味があるように思えた。討伐することで、三送りをされずに死ビトとなってしまった人の輪廻転生的な手助けになっているのかもしれない。


 ナイフをベルトのケースにしまい、俺はアリスの元まで歩いた。「おい、カーバンクル召喚して守ってもらえって言っただろ? なんで召喚しないんだよ」


「召喚していると精霊術がうまく使えないのよ。こればっかりはプリティー大魔導士精霊術師大召喚士罠師の私でも、もう少し大きくならないとって領主のおじいちゃんが言っていたわ」

「ああ、言ってたな。でも、だったら召喚して防御を優先しろって」

「そこはケースバイケースね。今のあなたは幻獣を使役できないのだから、私が攻撃をしないとでしょ?」


 なんかもっともなことを言っている。感動にも似た感情が俺の心に染み渡る。

 アリスは俺の手をとり、手のひらに人という字を指先で何回か書く。そして自分で飲み込む。意味がわからない。

 意味がわからないが、理解は出来る。イチムネに光るビンタでしばかれて、幻獣を使役できない俺の言わばデバフをなんとかしようとしてくれているのだろう。

 俺はなにも言わずにアリスを引き寄せ、抱きしめる。アリスは抱きしめられながら、赤いリュックの側面にぶら下げているゲートボールのステッキを握る。振り上げる。


「うわあああ!」


 そして勢いよく振り下ろす。青い軌道は視えない、俺は必死にそれを躱す。


「なんでよけるのよ! アリス・スパーク打撃で治してあげるわ!」

「治るかアホ! だから、それは混乱を治すやつだろ!」

「じゃああなたをぶっ叩いて『いわざる』の状態を回復する技を閃くわ! 私一つ閃き待ちだったでしょ!」

「俺で閃こうとするなバカ! そんな都合よくいくわけねーだろ!」


 シャドウダース・ゲート前に湧いていた十数体の死ビトを倒し終え、じゃれ合っている俺とアリスの背後にナルシードが立った。周りに浮いていた6本の魔剣が黒いモヤモヤに変わり、しばらくして霧のように跡形もなく消え去った。


「でもウキキ君、確かにそれはなんとかしておくべきだね。幻獣の放つ弱体効果はそんなに長くは続かないはずだけれど、キミ、弱体効果が人より重くのしかかるって自分で言っていただろ? 診てくれる人の心当たりはある。キミはそこに向かってくれ」

「えっ……。あ、ああ。まあなんとかなるなら行くけど……」

「ボクはイチムネをパンプキンブレイブ家に届けてから、騎士団本部に戻って今後の対策を練るよ。バルタイン家からソフィエちゃんの行方に繋がる情報が得られたかもしれない」


 背を向け、ナルシードは馬車へと歩いた。「まあ、望み薄だけどね」という声が、扉を開ける音とともに聞こえた。





 俺は商工街の通りをセリカと二人で歩いていた。アリスとチルフィーはナルシードとパンプキンブレイブ家に行くこととなった。一度レリアの家を見てみたいらしい。俺は反対をしたが、ナルシードが後でちゃんと宿まで送っていくよと言い、なによりイチムネがアリスの手を離さなかったので、押し切られる形となってしまった。


『いつでもソフィエを助けに行けるように、あなたはあなたの出来ることをやっておいてちょうだい』と、別れ際にアリスは言った。それから俺の耳の臭いを存分に嗅ぎ、つむじを親指で何度も押した。臭いはともかく、つむじに関しては意味もわからないし理解も出来なかった。


「俺に出来ること……か」


 俺はそれについて考えた。考えるまでもないことにすぐに気が付いた。

 ナルシードが言う診てくれる人は、前にハンマーヒルで言っていた紹介したい女性ということだった。今はファングネイ王都の商工街に戻っているらしい、セリカはそこまで魅惑のふとももを丹念に振りながら、案内してくれていた。


 細い路地にセリカは入った。辺りは薄暗く、そしてとても寒かった。「なあセリカ」、俺はボディバッグからスマホを取り出し、画面をタッチしてからスライドさせた。動画が再生され、その枠内でセリカと屍教の男が悪だくみをしていた。あるいはベテルギウスの超新星爆発について意見を交わしていた。


「お前、屍教の男と話してたよな」


 振り向くセリカに、俺はスマホを向けながら言った。停止した画面をセリカはいぶかしげに覗き込んだ。俺は気づかれないように、深呼吸を一度した。「お前、俺たちを裏切ってるだろ?」


 路地は高い建物に囲まれていた。ここからでは3つの月のどれもが見えなかった。狙ったように誰の姿もなく、ここにはセリカと俺だけがいた。

 セリカはスマホについてはなにも言わなかった。画面から目を上げ、視線を俺の目の奥に移した。


「裏切ってるって?」とセリカは言った。無表情だった。


「屍教は先回りするように俺を付け狙った。ジューシャに聞いて俺が塔に向かうと、既にもぬけの殻だった。……元屍教のお前が屍教に告げ口をしてるんだろ?」


 心臓の音が聞こえた。聞かれていたら恥ずかしいな、と俺は思った。

 セリカは俺が言ったことについて考えている様子だった。その表情からは、俺の心臓が刻むリズムを聞き取っているかは判断できない。


「お前が裏切ってるってこの証拠を、ファングネイ兵団長に見せるよ。薄いとは言え、本を二冊も運んでくれたんだ、文烏が届けてくれるだろ?」


 俺はセリカを信じたかった。黒い砂丘を親方と弟子に撤去してほしかった。

 しかし、無条件に信じることは出来なかった。俺は願いながら、セリカの眼の移り変わりに視線を注いだ。


「ファングネイ兵団長がこれを見たら、お前はもう兵団には戻れないだろうな。……でも、お前は今でも屍教なんだろ? 別に構わないか」。俺は続ける。通りから人の歩く音が聞こえる。それはだんだんと遠ざかり、またこの空間に薄暗い静寂が落ちる。


「知ってのとおり、俺は今、幻獣が使役できない。おあつらえ向きに、ここには誰の目もないし、耳を澄ます輩もいない。そしてお前は屍教――俺を殺したくて仕方がないんだろ?」


 俺は祈る。セリカの眼に赤い殺意の光が宿らないことを。

 セリカは俺とアリスの身体が入れ替わったという出来事を知らない。もし本当に屍教なのだとしたら、『カフェ・猫屋敷』で屍教の見られてはいけない何かを見たのは俺だと思っているはずだ。


 頼む……。眼を赤く光らせないでくれ……。信じさせてくれ……!


 俺は願う。俺はナイフを強く握る。俺は言う。


「幻獣を使役できない俺なんて、円月輪で一瞬で殺せるだろ? ……まあ、抵抗はするけどな」


 セリカは沈黙を守っている。その眼に変移が訪れる。


「っ……!」


 灰色の瞳に涙が浮かび、次の瞬間には溢れてこぼれ落ちる。そのスタートからゴールまでの速さは、俺が知っている限りでは誰よりも瞬発力にたけている。


「あんたがそう思うなら、わたしはこの一件から手を引く。疑ってる相手と送り人の捜索なんて出来ないでしょ? ……確かに、わたしは屍教と連絡をとった。その証拠を兵団長に見せたいのなら、見せて。わたしはそれがどういう結果を招こうと、あんたを恨んだりはしない」


 セリカは背を向ける。そして月がない空を見上げる。


「あんたといる間、わたし結構楽しかった。あの子には『あり』だと伝え――」


 俺はセリカの手を取り、全力で言葉を上から重ねる。


「嘘だよごめん! 試すようなことを言ってごめん!」


 セリカは裏切ってはいない。屍教の男と話をしていたのは、何か理由があってのことだ。

 俺は赤い光ではなく、涙を浮かべたセリカを信じる。そう心に誓うと、なんで疑い始めたのかすら思い出せなくなる。


「嘘って、なにが?」とセリカは言う。「ぜ、全部!」、俺は続けて思いついたことを口にする。


「あ、怪しいこともあったけど、俺はお前を信じるよ! だからこれからも一緒にいてくれ!」

「あんた、それでわたしが『はいそうですか。じゃあ何事もなかったかのように、捜索を続けましょう』って言えると思う?」


 セリカはまだ背を向けている。「思う!」と俺は言う。


「お前は俺のお願い……ってか命令をなんでも一つ聞くんだろ!? 『俺を許して、これからも捜査協力してくれ』。これが俺の命令だ!」


 俺はセリカと手のひらを重ね合わせる。一瞬ビクっと震えたが、構わずに強く握ると、それと同じくらいの強さでセリカは握り返してくる。


「なによそれ」、セリカは振り向く。灰色の瞳は涙をまだ作り続けている。左目から泣きぼくろを伝い、石畳の地面に落ちる。その表情に淡い笑み浮かび、セリカは静かに口を開く。


「でも、命令なら仕方がないね。なんでも一つだけ聞くって言ったのはわたしだし」

「ああ、そう言ったのはお前だ!」


 セリカは俺の手を更に強く握る。俺はそれよりも一段と強く握り返す。

 やがて昔話がセリカの口から語られ、俺はそれに耳を傾ける。


 頭の中の親方が、「もう撤去していいのかい?」と鼻を擦りながら言う。「お願いします」と俺は言う。


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