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177 イヤミな顔に鎌張り手

 ジャック・オ・ランタンを出ると、貴族街の通りを10数名の兵士が姿勢よく歩いていた。ある一定のリズムで左右の足を上げ、南に向かっている。

 ゴブリン討伐の地で見かけた顔もいくつかある。ただ存在しているだけで嫌みを言っているような顔も一つだけある。


「ファングネイ兵団副団長……。来てたのか……」

「そりゃ来てるわよ。ソフィエという送り人がさらわれたのは兵団が仕切るゴブリン討伐の地でだもの。ボブゴブリンの脅威で慌ただしいとは言え、自分たちで救出しないとメンツに関わるでしょ」


 いつの間にか隣に立つセリカが言った。セリカ?


「うわあああ!」と驚く俺をアリスがディスり、レリアが目をジト目に変え、ラクアが笑い、そしてチルフィーはレモンコーヒーがないイライラを俺の髪の毛を引っ張り回してぶつけた。


「失礼ね、なんでわたしを見て驚くの。わたしの顔になにかついてる?」とセリカが言う。「いや……」と言いよどむ俺を気にせずに、レリアがラクアの手を繋ぎ、別れの挨拶を口にする。


「では、わたくしたちは帰りますわ」


 ラクアの逆の手には、俺が作ったライオンとキリンのバルーンアートが握られている。ふふ、我ながらいい出来だ。レリアは続ける。


「アリス、ウキキ様。屍教の件、わたくしは今は手伝えないけれど、なにか困ったことがあったらジャック・オ・ランタンのマスターに言ってちょうだい。できる限りのことはさせますわ」


 俺は「ありがとう」と言う。アリスはレリアとラクアの手を握り、ぶんぶん上下に振って別れの挨拶をする。


「では、ごきげんよう」とレリアが言う。振り返って歩を進めるレリアに、俺は言う。


「なあレリア、ハンマーヒルのアナのところにはいつ戻るんだ? もう姉貴の結婚式とっくに終わってんだろ?」


 レリアは前を向いたまま声だけを俺に届ける。レリアの顔を見て、ラクアは心配そうな表情を浮かべる。


「そうですわね。いつになるのかしら……」





「で、セリカ。あの兵団はどこに向かったんだ?」

「バルタイン家よ。屍教に資金提供してるという情報が入ったの」

「資金提供……それで家宅捜査ってわけか。西の塔のことは言ったのか? 兵団長に送った文烏にも書いたんだろ?」


 セリカは頷く。


「なら、そっちの方はどうなったんだ?」

「兵団長からの命令はまだ来ないよ。副兵団長に伝えても、まずはバルタイン家って息を巻いて御覧のとおり」

「えっ……。だってソフィエさんが囚われてる屍教の本拠地だぞ? どう考えてもそっちが優先だろ?」

「わたしに言わないで。わたしはあんたのサポートが任務だから、彼らとは別行動よ。……騎士団も出てきてるの。お互い、どちらが成果を上げるかで競ってるのよ」


 競ってるって……。ソフィエさんがさらわれてるんだぞ……!


「嫌になるよね、騎士団と兵団の確執。どうにかしてもらいたいものだよ」とナルシードが言う。ナルシード?


「うわああああ!」


「なんでそんなに驚くんだい?」、ナルシードは相変わらず爽やかな笑顔を浮かべながら言う。アリスは俺の驚きにはもはや無反応で、チルフィーとジャック・オ・ランタンの前にある花壇の前で屈み、花をつついている。


「お前ら突然現れすぎだ! 気配を消すな!」と俺は言う。目の前を、今度は20数名の騎士たちが横切っていく。ナルシードを除く全員が、白い薔薇の刺繍が浮かぶ赤いマントを装着している。


「兵団と騎士団の合同捜査……か」

「正確には、騎士団薔薇組と兵団の……だね」


 セリカも花に興味を持ったようで、アリスの隣で中腰になり、花びらを丁寧に人差し指と中指の間で撫でまわしている。ふとももはいつ見てもこの世の不条理をなんとかしようとしているように、魅惑を振りまき輝きを放っている。


 俺は言う。「ナル、ソフィエさんは西の塔で囚われてる。そこが屍教の本拠地だ」


「知っているよ。蛇の道は蛇、兵団にも騎士団の息がかかった者がいるからね。リークと言ったところかな」


 もちろん、逆もしかりだけどね。と付け加えてから、ナルシードは続ける。


「かなり信憑性のある情報だと思うよ。取り調べに対し終始黙秘を貫いていたレリアちゃんの従者も、倒された君になら真実を言うことは納得ができるしね。よくある、犯人の心理的にね」

「だから、俺を牢獄に向かわせたんだろ? 知ってるなら、なんで薔薇組で塔に踏み込まないんだ?」

「組長判断さ。さすがに、それには僕も逆らえないよ。世話になったし、なにより誰よりも尊敬しているからね」


 上には逆らえない……か。

 どの世界でもそれだけは変わらないんだな……。

 俺にナルを責める権利はない……よな。


 蛇が俺の身体を這いずり回る。大蛇へと身を変え、俺の全身に巻き付き締めつける。

 眼のない顔を俺に向け、眼のない窪みの部分で俺の心の中を覗き込む。俺は動くことができない。


 『お兄ちゃん!』と少女が言う。俺はその元気な声の方向を見る。少女が立っている。アリスでもレリアでもない、サワヤという少女が。


 サワヤちゃん……。君はいま、どこでなにをしてるんだ?


 返事はない。あるいはそれを俺は聞くことができない。少女の腹部にナイフが刺さり、血が滲みだす。

 その結果の責任は俺にある。動き出せなかったかつての俺に、すべての責任がある。


 サワヤちゃん、君はやっぱり怒ってるのか……?


 やはり返事はない。俺は口を開く。


「……ナルシード、俺はもう、権力を理由に自分から逃げるのは嫌なんだ。俺は一人でも塔に向かう」


 大蛇は消えている。しかし、締め付けられた跡は俺の全身に残っている。俺はこぶしを握る。


「なに言っているんだいウキキ君。僕も行くに決まっているだろ?」

「えっ……だってお前、いま逆らえないって……」


 青い髪を手のひらでかき上げ、ナルシードは言う。


「逆らわないよ、僕以外の薔薇組はバルタイン家に向かう。それで命令完遂さ。あそこの隊には僕は別件をあたると伝えてある。副組長権限でね」

「お……お前、なら最初から行くって言えよ」


 背中に温かみを感じる。振り返れば、そこにはアリスとチルフィーがいる。


「いよいよ西の塔に突撃ね!」とアリスがこぶしを掲げる。「じゃあ、この四人で急ごう」とセリカが言う。


 花の香りをかいでいたチルフィーが振り返り、小さな指を順番に折っていく。そして何かに気づき、セリカの目の前までフラフラと飛んでいく。


「あたしもいるであります!」

「そうね、ごめん訂正するわ。五人で西の塔に向かいましょう」





 俺たちは多少の準備を終え、翔馬の馬車に乗り込んで貴族街の『シャドウダース・ゲート』から街の外に出る。ゲートで10分ほど待たされたが、円卓の夜が近づくこの時期だと仕方がないらしい。平民街の『マギライト・ゲート』だと10分では済まないみたいだ。


「どんな塔なの?」とアリスが誰にともなく訊くと、ナルシードが颯爽と軽やかに口を開く。


「何世紀も前に建てられた塔さ。今は死ビトや化物の巣窟になっていて入ろうとする者はいない。ファングネイ王国にはこういった遺跡が多いんだよ、古代バビチネス王朝の跡地だからね」

「ああ、俺も礼拝堂みたいな遺跡を見たな。そこで屍教に襲われたわ」


 俺はセリカの横顔に視線を向ける。表情は変わらない。

 ナルシードによる古代バビチネス王朝の講義が終わるころ、馬車が大きな木の元で緩やかに止まる。馬車だと目立つので、ここからは徒歩で行かなくてはならない。


 林道を歩き、穏やかな流れの川を越えると、地面に赤土が現れる。礼拝堂の遺跡の辺りで見た土と同じもの。塔が近いことを、土のぬめりが俺にそっと告げる。


 竹林が見えてくる。「もう少しで塔に着くよ」とナルシードが言う。

 竹と竹の間を縫うようにして、冷たい風が俺の頬を刺しにやってくる。それに呼応するように、竹林の中から数体の死ビトが姿を現す。


 俺は駆け寄る。「出でよ鬼熊!」


ガルウウウウッ!


 鬼の形相の熊が顕現し、強烈なボディーブローを放って死ビトの腹部に大きな風穴を開ける。

 鬼熊は役目を終え、俺の身体に戻って再び熱を宿す。同時に、死ビトの目が赤く染まる。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 風穴の上の首が、狙ったように赤土に落ちる。俺はそのまま駆けだし、残りの死ビトを始末する――までもなく、既に数体の死ビトは活動を停止している。そのほとんどをナルシードが一瞬で倒したようだ。


「ウキキ君、今のは新しい幻獣かい?」、魔剣を黒いモヤモヤに戻しているナルシードが訊く。


「ああ……。実戦では初めて使役したけど、死ビト相手には使いにくいな……」

「頭部を吹き飛ばせないのかい?」

「大雑把にしか狙いが付けられないんだよこいつ。……まあ、力の加減には融通が利くみたいだけど」


 ニコっとナルシードは笑い、アリスの元に歩いて氷の矢の鋭さを褒め称える。アリスはご機嫌な表情で腰に手をあてる。


「どうかしたでありますか?」と、チルフィーが俺の頭の上に下りる。


「いや……。なんでもない、急ごう」と俺は言う。チルフィーは元気な返事を俺の頭上で響かせる。


 真夜中のショッピングモールで未来の俺が使役した幻獣……。

 鎌鼬、雷獣、玄武……そして鬼熊だったよな……。

 ピエロが使役した幻獣は全部、既に俺の身体の中に宿ってる……。

 『迷わず落ちろ、落ちればわかるさ』ってメモの意味も未だにわからないけど、この幻獣の取得も、なにかメタファー染みた意味があるのか……?


 『俺が使役した幻獣をお前がすべて身に宿した先に、アリスとの長い別れが待っている』


 不気味なピエロの仮面が、俺にそう言っているように思えた。

 俺は空を見上げる。四の月が俺の動向を窺うように、誰よりも静かに紅く輝いている。


「どうなんだよ、少しだけ身長が伸びた未来の俺」


 しばらく待ったが、やはり返事はなかった。


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