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18 俺は両手でパチンと鳴らした

 名も知らない村の中央にある井戸の前で、アリスの抱いている子犬が激しく尻尾を振っている。


 これだけ喜んでいるところを見ると、俺に対しては口が悪いが、アリスには甘い言葉を吐きそうだ。

 まあ、もし俺が犬だったとしても、アリスのような美少女に抱きかかえられたら嬉しいかもしれない。


「僕の言っていることがわかりますよね?」


 もう一度彼の口から飛び出た日本語で、俺は思考の焦点を彼に合わせた。


「あ……ああ、すいません。あまりに驚いて思考が吹っ飛んでました」


 やっとの思いでそれだけを言うと、彼はくすっと小さく笑い、それからまた俺とアリスを観察するように見た。


「珍しい衣服を着ていますね。何者かを訊きたいところですが、先に僕から名乗らせてもらいます」

「いい心掛けね。そうしてもらえるかしら?」


 子犬に顔をペロペロと舐められながら、アリスは毅然とした態度で言った。両手が自由なら腰にあてている場面だろう。


「僕の名前はボルサミノといいます。この辺境の国ミドルノームと同盟を結ぶ、ファングネイ王国の王都にある星占師せいせんしギルドに所属しています」


 ボルサミノ、辺境の国ミドルノーム、同盟国ファングネイ王国の王都、星占師ギルド……か。


 説明口調で急に湧いて出てきた名称を、俺は頭の中で復唱した。どれも俺たちが覚えておかなくてはならないもののように思えた。

 復唱を何度か続けていると、子犬を放したアリスが一歩前に躍り出た。そして意気揚々と口を開く。


「私は園城寺アリス。元の世界ではスーパープリティーお嬢様で、この異世界ではスーパープリティー魔法使いよ!」


 突拍子もない言葉にボルサミノは手を口にあてて考え込み、俺は頭を抱えてガムテープでアリスの口を塞いでいなかったことを後悔した。


「お前な! 元の世界とか異世界とか言うな! ただでさえ怪しい恰好なのに余計怪しまれるだろ!」

「スーパーキューティクル・ウィザードのほうが良かったかしら……」

「そこはどうでもいい! なんならブタのパンツも入れておけ!」


 アリスとジャレ合っていると、ボルサミノが俺たちを見て微笑んだ。


「事情があるのはわかりますが、どうぞ包み隠さず話してください。初めて会う人間を信用しろと言っても難しいかもしれませんが、少なくとも僕はあなた方の味方であるつもりです」


 味方か……。


 自らを信用しろと言う人間を俺は信用できない。

 しかし、この男はそんな俺の疑い深い性格を懐柔させる何かを持ち合わせているような気がした。


 黒縁のメガネだからか……?

 まあ、取りあえず名乗らせてもらうか。


「俺はユウキといいます」と俺は短く自己紹介をした。「この国に来たのは最近で――」


「私たちは昨日この世界に転移してきたのよ! 気がついたら私だけで、しばらくショッピングモールを彷徨ったわ!」


 俺の言葉を飲み込むように、アリスはべらべらと喋ってしまった。ガムテープだ。ガムテープを誰かくれ。


「この世界に転移……ショッピングモール……ですか」


 ボルサミノはまた口に手を添えて考え込んだ。俺は覚悟を決めた。こうなったら色々と訊いてしまおう。


「ボルサミノさん、さっき村の奥から真っ先にここまで歩いてきましたよね? ソフィエさんやクワールさんから俺たちのことを聞いたんですか?」

「はいそうです。クワールさんにあなた方を頼まれ迎えにきました」

「迎えですか? どこに連れていくんです?」


 ボルサミノは村の奥に顔を向ける。


「集会所です。もう全員集まっています。あとはソフィエさんの準備を待つだけです」

「ソフィエさんが何かするんですか?」


 続けて質問すると、ボルサミノは少し考える素振りをしてから慎重に口を開いた。


「これからミオクリです。彼女は送り人ですから」


 よく意味がわからなかったが、ひんやりとした冷たい空気を肌が感じ取った気がした。





 俺たちは近くのベンチに腰を下ろして話をすることにした。

 ソフィエさんの準備にはまだだいぶかかるようで、質問の時間はたっぷりあるみたいだった。


 アリスは既に話に飽きていたが、一人で村をうろつかせるのも心配なので、俺の隣に座らせていた。たまにチョップをされるぐらい安いものだ。


「質問ばかりですいません、ミオクリってなんですか?」

「ミオクリとは……ですか。それを説明するなら先に空に浮かぶものの話をしたほうがいいかもしれません」


 ボルサミノは暗い空を見上げた。


「3つの月がありますよね? あれに順番をつけてみてもらえますか?」

「順番か……大きい月から、順に1、2、3ですかね」

「まあ大抵はそうなりますよね。ですが違います」


 ボルサミノは再び俺の顔を見て、少し間を空けてから続けた。


「実際はいまの順番がプラス1されます。大きい月から順に、二の月、三の月、四の月と呼ばれています」

「プラス1……じゃあ一の月はどこにあるんですか?」

「一の月は存在しません」


 予想していた質問だったのだろうか? 彼は即座に答えた。


「遥か昔、この惑星の衛星である月は一つでした。それがなんらかの原因で破壊され、その欠片と星屑が軌道上に残り、何度も何度も周っているうちに段々と纏まって3つの月が形成されました」


 太ももにチョップの衝撃を感じたと同時に、彼は一度言葉を切った。俺に話の要点を染み込ませようとしているみたいだった。


「じゃあ、その元々あった月を一の月として、今存在する3つの月をそれぞれ2、3、4と数えるのか」

「そうです。順番は今の時期だと大きい順で合ってます」

「なら……ミオクリは『三送り』。二番目に大きい三の月に何かを送るってことか?」


 ボルサミノは微笑んでから、生徒の答えに○をつける先生のように言った。「そのとおりです」、彼の視線が東の空の蒼い月に伸びる。


「あの二番目に大きい三の月に、亡くなった人の魂とマナを送る儀式が三送りです」


 魂とマナ……。マナってなんだ?


「ああ、すいません……マナとは人の魂に宿る――魔法の源のようなものです。ですが、紛らわしいのでマナのことは放っておきましょう」


 俺の頭の中を見ていたかのように、彼はそう答えた。


「その三送りをするソフィエさんのような人のことを、送り人というのか」

「はい。生まれ持った才能に加えて、厳しい試練を乗り越えた者にしかできない誇り高き職業です」


 あんな天然でいつもにこにこしてて、たまにドヤ顔が炸裂するソフィエさんがそんな職業の人だったのか……。


 しかし、それも不思議じゃないかもしれない。あんな強い意志を目に宿らせているのだ。そんじょそこらの娘にそんなことができるとは思えない。


「それで、三送りをされなかった人の魂はどうなるの?」


 突然、アリスが声をあげた。いつの間にか俺のリュックから冒険手帳と筆記用具を取り出していたようで、熱心に右手に持つペンを走らせている。

 開かれたページを覗き見ると、ボルサミノが今まで説明したことをしっかりと記入していた。何気に俺よりも字がうまかった。


「三送りで見送りをされなかった人の魂は――四の月と混ざり合ってしまいます」


 四の月――三番目に大きい……ってか、一番小さい月のことか……。


「それが四併せと呼ばれています。そして、四併せに遭った魂は現世に蘇り――地上を歩く死ビトとなるのです」

「死ビト……襲ってきたあのゾンビもどきのことか!」


 合点がいき、俺は手のひらを拳で叩いた。


「既に襲われたんですか? 無事なところを見ると、戦いに長けているんですね」

「いやまあ、たまたまうまく乗り切っただけだよ。まだまだ油断はできない」

「私の一騎当千の活躍のおかげね!」


 アリスは右手でメモを取りながら左手で俺の太ももにチョップで三三七拍子を刻み、更に偉そうに威張るという器用な芸当を見せた。


「そうですか。本当に何者ですかあなた方は……。ですが、油断大敵というのはそのとおりです」


 ボルサミノはベンチから立ち上がってまた夜空を見上げた。


「今の死ビトは力を十全に発揮できていない状態です……あの四の月が近づくにつれ、その力が徐々に開放されていきます。そして、三の月の大きさを超えた頃――この惑星に不幸せな不死会わせが訪れます」


 言葉の節々に悲しみがこもっているように感じられた。彼はしばらくそのまま動かなかった。


 日は既に暮れており、辺りは真っ暗だった。しかし、彼の目だけは不思議と煌めいて見えた。


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