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175 従者と猿

 高峰先輩は言っていた。『余にはこびるツインテールのおよそ7割は正しくはない』と。

 髪の束は左右対称でなければならない。結び目は耳から上でなければならない。そして、束の長さは肩より下までなくてはならない。

 以上が正しいツインテールの定義らしいが、曰く大事なことがもう一つだけある。

 それは金髪であるということ。それでこそツインテールは彼を魅了し、勇気づけ、火星まで無呼吸で飛んでいける活力になり得るのだという。

 そういう意味では、目の前の貴族のような恰好をした金髪の少女は100点満点であると言える。俺はスマホを取り出す。


「なに写真を撮ろうとしているのよ!」


 アリスにチョップされる。しかし、俺は負けずに撮影する。自身の為ではない、これは元の世界に帰れた時に高峰先輩に見せてあげる為なのだ。


「ウキキ!」と、少女のペットらしき猿の幻獣が鳴く。そして写真を撮ったことを咎めるように、俺に対してビンタの構えをとる。


「駄目なのですよイチムネ!」


 少女がそれを止める。猿はしゅんとなり、おとなしく少女の隣までのっそのそと四つ足で歩く。アリスがそれを追いかける。


「あなたのペット? イチムネっていうの?」とアリスは言う。「そうなのです」と少女は返事をする。


 チルフィーが俺の頭の上に着地する。「幻獣のペットって、珍しいでありますね」


「そんなことが可能なのか?」

「いえ、常にこの世界に留まることは出来ないはずであります。まあ、なにか特殊な例外もあるのでありますかね」

「特殊な例外か……」


 俺はチルフィーと話をしながら、アリスと少女の元まで歩く。既に自己紹介は済ませたようだ。


「風の精霊シルフ族のチルフィーと、私の従者よ!」、アリスは俺とチルフィーをそう言って紹介する。とりあえず俺は、従者ということは否定しておく。


 少女は俺が自己紹介をすると、丁寧にお辞儀をしてから名を名乗った。

 『シュリイル』それが少女の名前。アリスより年下の10歳らしい。しかしセカンドネーム的なものは言わなかった。そこになにか意図があるのかはわからない。それから猿が一歩前に出る。俺は身構える。


「イチムネ!」


 シュリイルが止めるよりも先に、目にも止まらぬ速さで猿は俺の手からスマホを奪い取る。そして逃走を図る。


「おい! 待てこら!」


 俺は猿を追いかける。スマホには大事なデータが詰まっている。人にはとても見せられないあの画像集を失うわけにはいかない。


 猿は猛スピードで軍属街を駆け抜ける。煉瓦造りの建物の屋根に上り、屋上をひた走る。

 俺は木霊を使役して必死についていき、鷹の紋章が施された旗が並ぶ大きな建物に辿り着く。ファングネイ兵団の本拠地だろうか。しかし、今はそれよりも猿の確保が先だ。


「イチムネ! 待て!」


 猿はまだまだ逃げ足りないようで、裏路地に入って薄暗い道を四つ足で走り抜ける。建物と建物の間の細い道をひたすらに逃げ回る。しかし、逃走劇の終わりはやってくる。


「この猿! 追い込んだぞ!」


 奥は行き止まり。壁をつたって上に逃げるような場所もない。俺は猿を確保すべく、ゆっくりと両手を広げて近づく。猿は悔しそうにその場で飛び跳ね、スマホを持つ手をグルグルと回す。


「おとなしくしろエテ公――」


 瞬間、俺の視界の端が、狭い道の先にある人影を捉える。それは二つある。


 セリカ……? と……。


 別れた時のままの恰好のセリカ。その隣にいる男には見覚えがある。


 あれは……。俺たちを襲った屍教……!?


 少年――ガルヴィンとともに、俺とセリカを襲った男。

 その男がセリカと二人でなにかを話している。声は聞こえない。しかし、親密そうな関係に見える。

 俺の頭の中の砂時計から、黒い砂があふれ出る。親方と弟子が作った美しい形状はもうどこにもない。レゴリスだけが砂漠のように敷き詰められている。


 二人はそのまま更に狭い道の奥へと消えていく。俺はその後ろ姿をただ黙って見つめている。


「ウキキ!」、猿が俺の隣に立って視線をともにし、鳴く。あるいは心配そうに俺の名を呼ぶ。

 どちらにせよ、俺はセリカから視線を逸らすことが出来ない。それは簡単なことではない。見えなくなるまで、俺は一言も発せずに、ただ視界の中にある事実に戸惑っている。





 俺はおとなしくなったイチムネと細長い道を歩いていた。歩の先には棺を縦にしたような形の高い建物がある。いくつもの鷹の紋章の旗が、なんらかの軍規に則るように一斉に姿勢よく風に揺られている。先ほど見たファングネイ兵団の本拠地と思わしき建物だった。


「とりあえず、あそこまで行けば元いた場所に戻れるかな……」


 無我夢中でイチムネを追いかけていたので、覚えている風景と言えば鷹の紋章ぐらいなものだった。


「ウキキ!」とイチムネが鳴く。俺はとりあえず頷いておく。それから握り続けていたスマホの存在に気が付き、壊れていないかを確かめる。


「あれ……」


 俺は立ち止まる。いつの間にかスマホは動画撮影の画面になっていて、今なお撮り続けている。

 イチムネが適当に触って操作してしまったのだろうか。俺は撮影を止め、最初から再生してみようと指先を画面上で走らせる。


「っ……!」


 動画の最初の辺りに、セリカと屍教の男が映っている。音声は雑音しかないが、それでも映像はくっきりと二人を捉えている。呼吸が止まり、心臓が鼓動を速める。油のにおいを乗せた風が、建物の間を通ってどこからかやって来る。


 セリカは元屍教だ。それなら屍教の知り合いがいてもおかしくないだろう。これは裏切りの決定的証拠にはならない。

 俺は再び歩きだす。視線を空に向ける。青い空の何ヶ所かに、雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。それは何かのお告げのようにも見える。


「……ちゃんとセリカと話をしよう」と、俺は独り言を漏らす。「ウキキ!」と、イチムネが俺の言葉に肯定する。





 ゆるくて長い坂道を上っていると、脇道から突然アリスの声が耳に突き刺さった。どうやらアリスはアリスで俺とイチムネを探していたようだ。

 アリスの頭上にはチルフィーがおり、隣にはシュリイルがいる。それと――


「お久しぶりですわね、ウキキ様」


 ピンク色のウェーブがかった長い髪を揺らしながら、レリアが微笑み、俺の名を呼んだ。


「レリア……どうしたんだ? なんでいるんだ?」

「迷子を探していたら、迷子がアリスといましたの」


 どうやらシュリイルこそが、レリアの家に招かれていた帝国の客人らしい。突然いなくなって使用人が慌てていたので、レリアが探しに出ていたみたいだ。


「シュリイルだけ招かれたのか?」

「そんなわけありませんわ。シュリイルのお母さま――帝国の皇后陛下と一緒によ」

「こっ……皇后陛下!? ってことは、シュリイルは皇帝の娘なのか!?」


 なぜかアリスが全身で頷く。「そうよ! 高貴な私と導かれあう運命だったのよ!」


「相変わらずね、アリスは」と、レリアが口元を押さえて笑う。


 レリアはシュリイルと手をつなぎながら歩いている。そこには年上のお姉さんとしての優しさがある。それとなにやら邪な感情も存在しているように見える。しかし、それがなんなのか俺にはわからない。


「そして、シュリイルは――」


 レリアはそこで言葉を切り、短いスカートの裾をひるがえしながら振り返る。カボチャパンツがチラリと見えたが、そんな物に俺は興味はない。


「金獅子のカイル様の妹君でもありますのよ!」

「えっ……じゃあカイルってつまり、皇帝陛下の息子なのか!?」

「そのとおりですわ!」


 レリアは手の甲を口元に当てて、「オーホッホッホッホ!」と笑いまくるセールスマンのように笑う。


 なるほど。邪な感情の正体は、妹を手中に収めて金獅子のカイルを我が者にしてやろうという算段か。


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