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174 イチムネと金髪ツインテール少女

「現在、パンプキンブレイブ家では帝国の要人を招いているため、アナ殿の要請を受け入れることはできない……か」


 俺はアナの従者から受け取った書簡に目を通し、著者のサインに視線を移す。


「ルートヴィッヒ・グリハイム・パンプキンブレイブ……な、なげえ」

「パンプキンブレイブ家の当主です。厳格な人物として知られていますよ」


 アリスが飲み物を注文しようとまっすぐに手を上げる。アナの従者はそれを丁寧に断る。チルフィーがアリスのレモンコーヒーをひとくち飲み、顔をしかめる。


「帝国の客って誰なんですかね?」とチルフィーにイチゴ抹茶を勧めながら俺は言う。


「それはわかりませんが、レリア様のお姉さんの結婚式のあとですからね。招待したどなたかでしょう」

「ああ、そういえばレリアは結婚式のために王都に戻ったんでしたね……」

「かなり壮大な式だったようです。円卓の夜の前の、最後の晩餐といったところでしょうか」


 アナの従者は席に着かずに立ったままそう言って、灰色のレザーコートの胸元に手を伸ばす。チルフィーは幸せそうな顔をしている。


「帰り際に宿を取っておきました。ここから近いので迷わないとは思いますが、念のために地図を描いておきました」、俺は差し出された紙切れを受け取る。几帳面な図形と線が宿までの道を示している。


「急いでハンマーヒルに戻らないとでしょうに、なにからなにまですいません」

「いえ。お二人を置いていってしまうのは心苦しいですよ。私もアナ様も火急の用が終わったら合流しますので」

「じゃあ、その前に終わらせるように頑張ります」


 俺は、なぜかもう一度レモンコーヒーを口にして、この世の絶望を一身に背負ったような顔をしているチルフィーを見ながら言う。





 喫茶店から出て、地図のとおりに宿へと向かう。アリスは俺の少し前をキョロキョロしながら歩いている。虹色のフルーツに興味を持ち、行く先が軒先テントの露店に変わる。俺はアリスの腕を掴み、強制的に回れ右をさせる。


 何度かそんなやり取りが続くと、アナの従者が用意してくれた宿が見えてくる。木組みのこじんまりとした宿。五泊ぶん前払いしてくれたと言っていたので、代金の心配はいらない。領主代理から持たされた路銀で支払ったそうだ。ただし、朝昼晩と食事は一切でてこない。


「まあ、そんな長居するつもりはないしな」と俺は呟き、宿の両開きの扉に手をかける。内装はハンマーヒルの『カフェ・猫屋敷』の二階に少し似ている。


「アリス、まだ猫屋敷で違う部屋のドアを開けた時、なにを見たか思い出せないのか?」


 アリスは腕を組み、うーんと唸る。クリスが咥えている俺の腕から木の床に下り立ち、うーんと伸びをする。真っ昼間なのに、既に眠たそうだ。


「ここまでは出ているのよね」


 自分のおでこに水平の手を当て、アリスは言う。


「それじゃ通り過ぎてるぞ……。こうやりたかったのか?」と、俺はアリスの喉仏の辺りに水平チョップで触れながら言う。


「なんでよ! 記憶は脳から降りるものじゃない! ハートから昇るのは恋心でしょ!?」

「なに言ってんだお前……」


 俺は必死にジェスチャーを交えて意見をぶつけてくるアリスを適当に受け流し、宿の受付へと歩く。こちらからなにかを言う前に、店員が声をかけてくる。


「ウキキ様ですね? 部屋はその通路の奥です」



 俺たちは部屋に入り、荷物を適当にその辺に置く。6畳ほどの部屋には四角いテーブルがあり、その四方に椅子がある。奥のベッドは領主の屋敷の物と違って小さい。夜、寝ているアリスに足蹴にされることが難なく予想できる。窓はなく、薄暗い。それでもジューシャが囚われる冷たい牢獄と比べれば天国だろう。


「アナの従者のおじさん、安宿で申し訳ないと言っていたけれど、きれいに使われているいい部屋じゃない」


 アリスが評価を下す。ショッピングモールの和室に慣れてしまったアリスには、これぐらいが丁度いいのかもしれない。

 クリスがなにも語らずにベッドに飛び込み、丸まって眠りだす。寝顔を見る限りは、小さいなりにふわふわで心地いいベッドみたいだ。


「じゃあ、まずはどうするの?」とアリスが言う。


「まずは軍属街に行ってナルシードに会おう。お前はレリアの家に置いていく気だったけど、ここで一人にしとくほうが心配だしな……」

「いまあなた、置いていく気だったって言った?」

「いや、言ってない。言った言わないの議論をしてる暇はない、早く行くぞ」


 俺は迫るアリスのチョップを柳の如く躱し、眠ろうとするチルフィーを掴んで再びボディバックを背負った。





 見る物すべてに目を輝かせるアリスを引っ張りながら、俺たちは平民街と軍属街のあいだにある大門へと歩いた。途中に横切った平民街の入り口、『マギライト・ゲート』では、何台もの馬車がゲートを抜けることこそが人生の目標であるかのように並んでいた。街の石畳の道路も、休むことなく馬車が往来していた。円卓の夜に備えて、誰もが忙しいのだとアナの従者は言っていた。


 大門を抜けると、やはり人の姿があまりなくなった。鉄のにおいが鼻先をかすめた。騎士のような恰好をした女性が前から歩いてきた。俺はその輪郭に心を奪われた。


 ね、猫耳……!


 確か、ナルシードはビーストクォーターだと俺に説明していた。

 その種族名よりもだいぶ人間よりに見える。と言うか、耳と尻尾いがいは人間そのものに見える。だがしかし、脱がしたらどうなのであろうか。それを見ることが人生の目標と俺は設定する。段々と俺のハートから恋心が昇ってくる。


「ウキキ!」


 誰かが俺の名を呼ぶ。聞いたこともない声で。しかし、俺は振り返らない。猫耳娘を脳裏に焼き付けておかねばならない。


「ウキキ!」、もう一度呼ばれる。その声は背後から聞こえる。


「ウキキ!」、なんか獣臭い。「ウキキ!」


 仕方なく俺は振り向く。同時に、容赦ない平手打ちが俺の頬を叩く。痛い。


 俺は頬を抑えながらその相手を見る。そこには猿がいる。猿?


「うわあああ!」


 俺は思いもよらなかった生物に驚き、アリスは目を星々よりも輝かせる。


「ウキキ!」、性懲りもなく、猿は俺の名を呼ぶ。いや、これは鳴いているだけなのだろうか。


「な、なんで猿がこんなところにいるんだ……」と俺は言う。


「誰かの飼猿かしら? 可愛いわ!」と、アリスは自分の半分も体長のある猿を後ろから抱きしめる。チルフィーが俺の頭の上に着地する。猫耳娘の輪郭は、いつの間にか遠く離れた場所にある。


「これ、幻獣でありますね」

「げ、幻獣? 猿の幻獣か?」


 チルフィーの言葉に俺はまたも驚き、にったにたな笑顔を浮かべている猿に目をやる。アリスはそれに負けず劣らずの表情で猿を羽交い絞めにしている。


 不意に、前方から声が響く。「イチムネ!」


 その声の主は心配そうな表情でこちらに駆け寄ってくる。この猿の幻獣の飼い主だろうか。

 貴族のお嬢様のような恰好をしている金髪ツインテール。それが猫耳娘と猿に続いて、俺の視線を釘付けにした少女だった。


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