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171 襲いくる黒薔薇

「わたしは知り合いの元ミドルノーム兵から牢獄の鍵を借りた。眼帯のいかつい男よ」


 月の欠片を買い取る店、『月光屋』の前で、セリカが俺の質問に答えた。


「眼帯……俺が話した騎士見習いはそんなもんしてなかったぞ?」

「じゃあ当直が変わったんじゃない? それは訊かなかったの?」

「訊かなかったな……。そっか、当直が変わったのか……」

「そうだよ、きっと。あんた、変なおじいさんに妙なことを言われて勘繰り過ぎなんじゃない?」


 セリカはそう言って、なにもなかったかのように店の扉に手を掛ける。『妙なこと』とは、森爺が俺に言った『敵は身内にあり』のことだろうか。


 あるいはそうなのかもしれない。砂時計の黒い砂が落ちる速度を緩める。

 とりあえずは、俺も店内に戻る。アリスが店主から銅貨を受け取っている。


「12枚で売れたわよ!」とアリスが言う。それからセリカの存在に気付き、目を輝かせる。


「あなたがセリカね? うちの従者がお世話になったそうね!」


 アリスの言葉に、セリカは首を傾げる。「あんた、従者だったの?」

 俺は全力で否定し、アリスの手から銅貨を受け取って財布のなかにしまう。


「お財布は共通で構わないけれど、無駄遣いしちゃ駄目よ?」

「しねーよ。ってか、なんで買い取ってもらったんだ? ゲームコーナー用に貯金しとくべきだろ?」

「そうだけれど、でもせっかくだから一回ぐらいやってみたいじゃない!」

「まあ……それは確かに」


 俺はやや納得する。セリカが俺たちのやり取りを見て微笑む。


「仲がいいんだね、あんたたち。まるで兄弟みたい」


 なにかを思い浮かべているような表情をしている。アリスが、「セリカは兄弟いるの?」と訊く。「いないよ」という答えが返って来る。


「ってかセリカ、待ち合わせの時間はまだだろ? もう準備が済んだのか?」

「たまたま店の前を通りかかったらあんたが見えたの。馬車の手配ならもう出来てるよ」





「じゃあソフィエ救出作戦スタートよ! 目的地はファングネイ王都の西にある塔、まずは王都に寄って情報を集めるわ! あなた達、しっかり私についてきてちょうだい!」


 アリスは翔馬の馬車のなかで仁王立ちし、北を指さして言った。俺は扉をそっと開け、バカを外に追いやる。


「なにをするのよ!」とアリスは暴れる。「あなた、まだ危険だから私は待っていろというしつこいくだりを続ける気!? 噴水と西メインゲートの間で交わした誓いを忘れたって言うの!?」


「しつこいくだりって言うな! ってか、誓いの名前もっといいのなかったのかよ!」


 俺はアリスのチョップを躱し、向いの馬車を顔で差してアリスの視線を誘導する。


「お前とチルフィーはあっちのアナが用意した馬車に乗れ、アナの従者が同行してくれるから。……言っただろ? 俺は屍教に狙われてるって。だから別の馬車で少し時間をずらして向かうぞ」

「それもムカつくわ! 私がいないとあなたが危険じゃない!」


 俺は黙ってアリスの赤いリュックを奪い、中に入っている計算ドリルを取り出す。


「これ、今日の分やっといてやるから、大人しく言うことを聞け」

「のったわ! じゃあチルフィーとアリス号ツヴァイに乗り込むわね!」

「ツヴァイってなんだよ……」


 アリスはフワリと飛び跳ねて向いの馬車の前に着地し、扉を開ける。そして振り返り、手を振る。「じゃあ、あっちで会いましょ!」


 俺も手を振り、アリスとチルフィーが乗り込むのを見届ける。アリス号ツヴァイが出発しても、俺は目を離すことが出来ず、ただ黙ってその空間を見つめている。


「本当にいいの? あんな小さい女の子が屍教との戦いに巻き込まれるかもしれないのよ?」とセリカが言う。


「いや、よくないな。……まずは王都のレリアの家に行くから、そこで暫くあずかってもらうよ」

「レリアって、パンプキンブレイブ家の三女でしょ? なんであんたがパンプキンブレイブ家と繋がりがあるの?」

「レリアはアナの元で騎士の修行中だからだよ。文烏を送ってくれたから、難なく迎い入れてくれるはずだ」

「へえ、そうなの。それは知らなかった」


 納得した様子でセリカは馬車の座席に腰を下ろし、脚を組む。俺もその隣に座る。


「でも、大地のツルギがいないと心細いんじゃない?」とセリカは言う。俺は首を振る。


「アナは領主が亡くなって忙しいからな。ユイリだってそうだよ、二人ともソフィエさんのピンチでなんでもやる覚悟みたいだけど、とりあえずは自分の役目を果たせって領主代理に説得されてた。まあ、あとでどっちも駆けつけて来る気らしいけどな」



 アリス号ツヴァイから遅れること20分。俺とセリカが乗る翔馬の馬車はハンマーヒルを離れ、トールマン大橋を越えてファングネイ領へと入った。

 馬車はゴブリン討伐の地に向かう時とは違い、舗装された路を左に曲がって北西に進んだ。

 俺は遠ざかる岩山を眺めながら、牢獄で水のエレメントに襲われたことや、ジューシャが言っていたことをセリカに話した。セリカは座席の上であぐらをかき、相槌を交えながら話を聞いていた。


 北風が馬車の窓を叩いた。風がどこからかこげ茶色の葉を連れてきて、またどこかに運んでいった。

 一通り話が終わると、セリカは胸当ての隙間から円月輪を取り出し、小さな布で刃を磨いた。DVD程度の大きさのそれは刃こぼれ一つなかった。風が止み、翔馬が奏でる馬車の軋んだ音が、唯一の音源となった。意を決し、俺は口を開いた。


「ハンマーヒルで死霊使いと屍教に襲われた話、したよな?」、セリカは頷く。「その屍教の男も円月輪を持ってたんだけど、屍教ではポピュラーな武器なのか?」


 本当は自殺に見せかけて、お前がその円月輪で男の首を刎ねたのか? とは訊けなかった。確証はないし、俺の考えすぎである可能性が今のところ高い。


「割とポピュラーよ。屍教では子供の頃から戦闘訓練を欠かさない、適正に合ったなにかしらを誰もが会得する。剣、槍、斧、鈍器、弓……それらの次に円月輪か魔法かしら、適正人口の多さ的にはね。父さんは円月輪担当の教官だった。上手いんだ、教えるの。これは父さんの形見なの」

「へえ……」


 疑惑の目を向けながら訊いた話だったが、意外にもセリカは多くのことを口にした。俺は適当な相槌を打ち、次の言葉を探す。


「あんたね」と、セリカは俺が言葉を紡ぐ前に覆いかぶせる。「へえ、じゃないよ。訊いた割には興味なさそうじゃない。他に訊きたいことでもあるの?」


 セリカは円月輪を胸当てにしまい、ふとももの上に手を下ろす。俺は以前から薄々感じていたことを素直に口にする。


「厳しいな……。お前、俺の姉貴にやっぱ少し似てるわ」

「姉貴って、あんたが大嫌いって言ってた? それってどうなの? あ、見た目がってこと?」

「いや、姉貴はお前ほど美人じゃないよ。……まあ、メイク込みなら同レベルかな」


 セリカは下を向く。そしてすぐに視線を戻す。


「わたしのすっぴんを非難してるわけ?」

「そうじゃねーよ。……あれ、なんでこんな話になったんだ!?」


 俺は話題を変えるなにかを、窓の外の景色に求める。馬車は穏やかな流れの川に架かる白いアーチを越え、真っ直ぐに進んで行く。


「お洒落なんて、兵団のなかで生きるわたしには邪魔なだけ。やり方だってよく知らないし、きっと似合わない。真っ黒でゴワゴワな髪質だし、眉毛の形だってなんかおかしいし、瞳の色も死ビトに似た灰色だし、でも泣きぼくろはセクシー」

「最後、ちょろっと自慢はいったぞ……。まあ、髪だったら俺が切ってやるよ。レリアのもやったし、結構得意なんだ。それに、その瞳の色、俺は綺麗だと思うぞ」


 セリカは黙って横を向く。ガラス窓から外を見ているふうに装い、窓に映る自分の顔を見ている。なんか照れているっぽい。


 疑惑が思い過ごしだったらどんなに嬉しいか。と俺は思う。

 こうやって、セリカとはどうでもいいことを、ただダラダラと喋っていたい。親方たちに砂時計の撤去をお願いし、その空いたスペースに彼女との思い出を重ねていきたい。


 翔馬の馬車が停まる。穏和だった風景が、いつの間にか赤土が目立つ遺跡のようなものに変わっている。御者がなにも言わずに馬車から降り、走り出す。わずかに見える横顔はなにかに怯えている。


「なんか様子がおかしいぞ……。どこだここ……?」


 セリカはなにも言わない。俺は手を掴み、立ち上がらせる。


「なんか変だ、すぐに馬車から出るぞ!」と俺は言う。セリカの手を引っ張り、扉を開ける。


 出た瞬間――馬車がなにかに吹き飛ばされる。火の手が上がり、瞬く間に馬車を包む。


「っ……!」


 間一髪。と言ったところだろうか。俺は燃える馬車からセリカの顔に視線を移す。青い軌道がその表情を突き抜け、俺の額を刺す。


「伏せろ!」


 火の球が青い軌道を塗りつぶしていくように飛び迫り、屈んだ俺たちの後ろの壁に激突する。赤い土壁が焦げつき、表面がパラパラと落ちる。


「ヘェ、よく躱したね。だけど、ここで死んでもらうよ!」


 俺は声の方向を見る。男が手を向けている。その手のひらには黒薔薇の紋章が刻まれている。


 くそっ……二人かっ!


 俺は口をつぐんで状況を確認し、セリカを引っ張って俺の後ろにつかせる。


 こんなとこに連れてきて……御者も敵だった――


 思考が一瞬、停止する。それから黒い砂が砂時計のくびれの部分を通って、一気に流れ落ちる。


 馬車を手配したのは……セリカ!


 俺はセリカから離れ、その眼の色を確認する。セリカは黙って胸当てから円月輪を取り出す。

 灰色の瞳が俺を差し、鈍い光を放つ円月輪の刃が静かに俺の眉間に向けられる。


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