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17 小さな懐く犬は言う

「もう大丈夫みたいよ!」


 アリスは膝に手をついて振り返り、後方を確認してから声をあげた。

 ゆっくりめなペースだったとはいえ、200メートル近くは走ったので、三人ともはあはあと肩で息をしている。


「周りにゾンビもどきもいないし、少し休憩しよう」

「そうね!」


 ソフィエさんとクワールさんにペットボトルのお茶を渡してから休憩しようとジェスチャーで伝えると、読み取ってくれたらしく、二人は微笑んでから異世界語でお礼を言い、近くの手ごろな高さの岩に腰を下ろした。


 そして二人は手の中のペットボトルの蓋を回した。異世界の人でも二回めともなると、蓋を開けるぐらいは余裕みたいだ。そう考えると、ペットボトルメーカーの企業努力を認めないわけにはいかなかった。


「ほら、アリスも」

「ありがとう。狼ちゃんたち大丈夫かしら」


 オレンジジュースを受け取りながら、アリスは心配そうな表情でそう言った。


「お前が心配するほど弱くないだろ。ゾンビもどき相手なら俺たちでも結構無双できるんだし」


 とは言ったものの、多勢に無勢という言葉が頭に浮かび、俺も多少の心配はしていた。

 しかし、今はソフィエさんとクワールさんを村まで送り届けることが先決だ。


 俺は冒険手帳の地図のページを開き、クワールさんに森の辺りを指差して見せた。どの辺りに村があるのか知りたかった。

 すると、隣からソフィエさんがすっと割って入ってきて、自分の顔を指差した。


「ソフィエが説明してくれるみたいよ。なんか張り切っているわね」

「ああ、既にドヤ顔だな」


 突然のジェスチャーが始まる。


「手を大きく広げて円を描いているわよ」

「森のことか?」


 次に、その場で脚を高く上げて足踏みをした。


「歩いてるな。森を歩くってことか」

「足踏み長いから、相当歩くみたいね」


 そして最後に、地図の森の真ん中の辺りをとんとんと指で叩いた。


「最初からそうしろよ! ジェスチャーはなんだったんだ!」

「天然ね!? ずるいわ、私にはないチャームポイントじゃない!」


 ドヤ顔のままペットボトルを口元で傾け、満足したのかソフィエさんは再び岩に腰を下ろした。ふと、手首に巻いてある包帯を俺の目が捉えた。


「あれ……お前包帯巻いてあげたのか?」

「ええ。女の子にあんな痕は必要ないわ」


 少し雑に巻かれているその包帯は、効力よりもアリスの思いやりのほうが勝っているように見受けられた。





「さあ! 休憩もしたし出発よ!」


 無駄に元気よく立ち上がり、アリスはこちらを振り向いた。そして俺たちは森の中に足を踏み入れる。


 先頭を歩くアリスを追い抜き、注意深く進んでいると、頭に短い角を生やしたウサギのような生物が茂みからひょいっと飛び出してきた。


「可愛い! 見てウサギちゃんよ!」

「バカ、不用意に近づくな!」


 止めるよりも先にアリスはウサギに駆け寄り、その頭を撫でながら楽しそうに角に触れた。


 俺は念のためにナイフを抜いたが、クワールさんが諭すように俺の肩にそっと手を置いた。うんうんと頷き、孫を見るような表情で微笑む。


「危険はないみたいだな……どれ」


 興味がなかったわけではないので、俺も角に触れてみようと近づいた。しかしウサギは急に動き出し、ウサギらしからぬ速度で茂みの中へと帰っていってしまった。


「もう! あなたが来たから行っちゃったじゃない!」

「わるいわるい。でも思ってたより平和そうな森だな」


 俺は森をぐるっと見回した。

 ファンタジーで森といったら、獣型の魔物や木の魔物、それと悪さをする妖精が少々。なんなら髭を生やしたいかつい山賊も1ダース。そんな危険だらけのイメージだったが、ここはそんな物騒な感じはなく、穏やかな森のように見えた。


 今歩いている道も馬車がなんとか通れる程度には広がっていて、実際に地面には車輪の跡もあった。


 そんな朝の散歩に向いていそうな森だが、あくまでこれは入り口付近に限っての話だ。奥に進んだらどうなるかはわからないし、俺は必要最低限しか入るつもりはなかった。


 突然の一角兎との邂逅を終えて、再び俺たちは歩き出した。


 相変わらずアリスとソフィエさんはジェスチャー交じりの会話をしていた。

 時折聞こえる二人の笑い声はすごく楽しそうで、手を繋ぎながら歩くその姿は姉妹のようだった。


 そういえばアリスの家族構成は亡くなった両親と祖父以外は知らないので、あとで兄弟がいるかどうか聞いてみよう。


 と思ったが、そうすると話の流れで俺の姉貴の話になりそうだったので、考え直した。あの放浪癖のある姉貴とはあまり仲が良くなかったので、あまりその話はしたくない。まあ聞かれたら答えるリストに入れておこう。


 森に入ってから三十分ほど歩くと、突然川の流れる音が聞こえてきた。

 そんなわくわくする音を聞いてスルーできる大人ばかりではないので、そこでまた無駄な時間を過ごすことになった。


「川だ! おいアリス魚がいるぞ!」


 俺のテンションがめっちゃ上がった。


「ホント!? 捕まえられないかしら!」とアリスは目を北極星のように輝かせながら言った。





 日が暮れてきた頃、やっと俺たちは村に辿り着いた。少し無駄な時間を過ごした気もしたが、まあ楽しかったので良しとしよう。


 村は苔の生えた石壁で囲まれていた。その一箇所に、木板と丸太でうまく造られた大きな門があった。そこを抜けると、俺はその光景におもわず感嘆の声を漏らした。


「おお……立派な村だな……」


 寂れたイメージを浮かべていたが、なかなかどうしてしっかりとしていた。中央には井戸があり、その周りにやはり木板と丸太で造られた家屋が数多く建っていた。


 奥へと続く道の先には大きな平屋の建物があった。それは村の集会所のように見えた。

 その建物の前に、一台の馬車が停まっていた。遠目でよく観察したが、それはまさしく馬車だった。


「この異世界にも馬がいるのか……でも少し大きいな」


「凛々しい馬ね、うちのサンダースよりも大きいわ」とアリスは言った。「それはいいとして、なんで私は腕を掴まれているのかしら」


「痛っ……つねるな。離したらお前すぐどっか行っちゃうだろ」とやり取りをしていると、ソフィエさんとクワールさんが数歩前を行き、振り返って深く頭を下げた。


 それからソフィエさんは俺とアリスの手を両方の手で取り、にっこりと笑った。


「アリス! ウウキ! とーが! とーが!」

「どういたしまして! 私も楽しかったわ!」


 そのあとに、クワールさんはここで待っていろという風なジェスチャーをして、そしてもう一度お辞儀をした。


「わかりました。少しその辺を歩いてます」


 ジェスチャーつきでそう答えると、二人は村の奥の方へと急いで向かっていった。


「クワールさん……ゾンビ化の心配はなさそうだな」

「ゾンビ? なんのこと?」

「いや、なんでもない。ちょっとその辺うろうろしようぜ」


 俺は二人が戻ってくるまで村を見学しようと、辺りを見回した。


「立派な村だけど誰もいないな」

「もうすぐ夕食の時間だし、家の中じゃない?」


 確かにそうかもしれないが、それでも外に誰もいないのは少なからず俺の不安を煽った。少し不気味にも感じる。

 もしかしたら、ソフィエさんとクワールさんが村の奥に消えていったのと何か関係しているのかもしれない。


 俺はあまり気にしないことにして、アリスと村の入り口から離れて適当に歩いた。

 すると中央の井戸の辺りに一匹の子犬がおり、アリスが当然のようにダッシュを決め込んだ。


「ワンちゃんよ!」


 アリスは子犬の頭を撫でたり抱き上げたりしてジャレ合いを始めた。子犬もまんざらでもない様子だった。すぐにアリスに懐いたところを見ると、村人の飼い犬だろうか?


 俺はリュックからスマホを取り出し、井戸をバックに子犬と遊ぶアリスを写真に収めた。

 他にも村の風景を適当に何枚か撮ろうとスマホを構えると、アリスが子犬を抱きかかえてこちらに駆け寄ってきた。


「ほらワンちゃんよ!」

「見ればわかるよ……。特に変わった特徴もない子犬だな、元の世界にもいそうだ」


 俺はスマホのカメラ越しで覗き込んで、アップでその子犬とアリスを撮影した。


「そうじゃなくて、何か訊いてみたら?」


「ああなるほど。って別に会話できるんじゃなくて、なんとなく言ってることがわかるだけだ」と言いながらも、興味本意で尋ねてみる。


「おい子犬。村の人たちはどこにいるんだ?」


――うっせーバーカ。


「おいアリス! 大変だ、こいつ口が悪いぞ!」

「大変なのはあなたの脳みそよ……」


 そうこうしていると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。男だった。

 俺は身構えようとしたが、あからさまに怪しむのも失礼かと思い、アリスの前に立つだけにとどめた。


 というか、どちらかというと俺たちのほうが怪しいはずだった。しかし、その男は定規で引いたように真っ直ぐ俺たちの元までやってきた。


「○○▽□○▽」


 三十歳前後だろうか? その男は俺とアリスをそれぞれ数秒ずつ眺めてから、短く何かを言った。当然、言葉はわからない。


 メガネの奥の目はとても穏やかだった。男が纏う黒いローブは、どこか学者のような雰囲気を彼に与えていた。


「□△xx-」


 もう一度、今度は自分の額に人差し指を当てながら呟いた。

 そして次に口を開いたとき、俺とアリスはこの異世界で初めてお互いのもの以外の聞き慣れた言語を耳にすることになった。


「僕の言っていることがわかりますか?」


 彼は日本語を話した。


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