164 ショッピングモールの白昼夢
「シルフの里は『シルフォニア』という国にあるであります」とチルフィーが言った。それからすぐに、「いえ、あったであります」と言い直した。俺はブタブタパニックにメダルを投入しながら、過去形の理由を尋ねる。
突如あらわれたケルベロスがシルフの里を襲う。大精霊シルフと族長らシルフ族が立ち向かい、挑む。
しかし、地獄の番犬の力は強大なものであった。大精霊シルフは生き残ったシルフ族を残る力を使って空間転移させ、ついには封印されてしまう。
チルフィーはシェイクスピアの四大悲劇を演じるように、ブタブタパニックやUFOキャッチャー、そしてガチャガチャやレースゲームの筐体などを舞台にして、飛び回りながらそう説明した。
「大精霊シルフか……。お前達シルフ族の母みたいなもんか?」
「そうであります! シルフ族はみんな、大精霊シルフのシルフィー様の子供であります! いつかシルフィー様の封印を解いて、シルフの里をケルベロスから解放するであります!」
「そうなのか……。取り戻せるといいな、俺にも出来ることがあれば言ってくれ!」
「その時はお願いするであります! だけど、今はスプナキンを追いかけるのが先であります!」
チルフィーはフワフワと浮かびながら言う。シャンプー後の髪が、アリスの長い黒髪と同じ香りを振りまく。
「そうだな、オウティスとなにをするつもりかわからないけど、嫌な予感しかしないな……」
俺はブタブタパニックを操作しながら言う。古臭いディスプレイに、赤いドットでショッピングモールステータスが表示される。
現在ショッピングモールレベルは4で、取得スキルはソードスキル1の『ヤミヲキリサク』、シールドスキル1の『シンニュウシャヲフセグ』、そしてマジックスキル1の、『ゲンゴシキジソウゴリカイ』の3つ。
「ヤミヲキリサクってなんでありますか?」
「ショッピングモールの中が明るくなるんだよ。まあ、このゲームコーナは何故か元々電気が点いてるけど……」
「そうでありますか。でも、もっとパッと明るくならないのでありますか?」
2台の両替機の前まで移動したチルフィーが言う。俺は元の世界の公園を思い浮かべる。夜の公園の街灯の下。ソードスキル1による明るさは、そんな淡い灯りとよく似ている。
「アリスが適当にブタブタパニックを叩いたら、謎の『7』って数字が表示されたんだよな……。多分、それが明るさレベルなんじゃないかな」
俺は推論を述べる。チルフィーは台の上に置いた月の欠片を、小さい方の両替機に入れながら振り向く。
「じゃないかなって、適当でありますね」
「仕方ないだろ、説明してくれる奴なんていないんだから……。っておい、月の欠片どんだけ入れてんだよ」
と俺は言い、チルフィーがもう一度振り返る。その流れのなかで、台座にあった月の欠片の全てが両替機に飲み込まれる。
「駄目だったでありますか?」
「駄目だったよ! 貯金するから10個は残しとけって言っただろ!」
俺はブタブタパニックの表示画面に視線を移す。
◆マジック・スクウェア POWER◆
■■■■■■■■■■
「パワーMAXでありますね!」と、隣にやって来たチルフィーが言う。「そりゃ、あんだけ入れればな……」と返しながら、俺はブタブタパニックのハンマーでブタを叩く。
◆ショッピングモールレベル 5◆
■■■■■□□□□□
「おお、レベルが5になった……」
チルフィーが首を傾げる。俺はざっと説明をする。
「なるほど、さっき入れた両替機はHP回復と経験値取得を兼ねているのでありますか。でも、レベルが5になったらなにか変わるのでありますか?」
「ああ、ポイントが貰えて、そのポイントでショッピングモールスキルを取得するんだよ。……お、レベル5からは4ポイントゲットか」
◆ソードレベル 2 ポイント 7◆
□□□□□□
「これで7ポイントになったな……。スキル2の取得は5ポイントだから、どれか取れるな」
俺はハンマーで操作して、『ソード』、『シールド』、『マジック』と一巡する。
どれを取得するか迷う。もう一度、それぞれを表示させてみる。
「んー。どれがいいかな……」
俺はそのままハンマーを叩き続け、スキル項目を何周もさせる。
不意に、アリスの元気な声が頭の中に響く。
(あなたは2号よ!)
「うわあああ!」と俺は驚く。キョロキョロと周りを見る。「どうかしたでありますか?」とチルフィーが言う。
「いや、急に風の便りが来たから……。いつ送ったやつだ!?」
そして、どういう意味だ? と顔をしかめる。なんにせよ、『あなたは2号よ!』と言われて、あまり嬉しい気分にはなれない。じゃあ1号は誰だ。
「ま、まあいいか……。で、どのスキルをゲットするかな……」
ブタブタパニックを操作する手を止め、ハンマーで肩を何度か叩く。チルフィーが俺の頭の上に移動する。
「と言うか、アリスの許可なく決めていいのでありますか?」
「……おい、なんであいつの許可が必要だと思ったんだ」
「いえ、あたしが見ている限りでありますが、ウキキとアリスはそういう間柄だと思うのであります」
俺はこれまでのことを思い浮かべる。ブタのパンツがフェードインしてから、ゆっくりとフェードアウトする。
「そ、そう思われても仕方ないけど……。 でも、ここは俺が大人の権限で独断する!」
手が震える。膝が小刻みに揺れ、額に汗がにじむ。
いいのか? 確かに、あとであいつに勝手に決めて怒られないか? ……いや、なんで俺が11歳の小学五年生に怒られなきゃならないんだ。10個上だぞ? 酸いも甘いも知り尽くした成人男性だぞ……?
葛藤が続く。秒針君が10周を超え、『疲れたぜぃ』と膝に手をつきながら言う。同時に、怒られたとき用の最高の言い訳を思い付く。
「よし、これで大丈夫だ。心配ない」
「なんだかウキキが哀れに思えてきたであります」
「哀れに思うな。もし怒られたらお前のせいにするから大丈夫だ!」
そして、俺は『ソードスキル2』を選択し、ハンマーで決定ブタをゆっくりと優しく叩く。
*
「クウカンヲキリサク……か」
『空間を切り裂く』。俺はチルフィーと一緒に和室で食事をしながら、さきほど取得したショッピングモールスキルの名を呟いた。
「どういう意味でありますか?」
チルフィーが食パンをかじりながら訊く。イチゴのジャムが可愛らしい唇にベットリと付く。
「わからん。わからんけど、『闇を切り裂く』が明かりを灯すってことだったし、これもなんかメタファー染みた意味があるのかもな」
あるいは、暗喩ではなく直喩だろうか。それなら、本当に空間を切り裂いて空間転移的なことができるようになったのかもしれない。
まあ、あとで考えるか。と、俺は茹でたソバを刻みネギ入りのつゆに浸す。それと同時に、左手で細い風船をひねる。キュッという、少し耳障りな音がする。
「それはなんでありますか?」とチルフィーが言う。
俺はいくつか作った風船を全て合体させ、完成したキリンをチルフィーに向けながら言う。
「バルーンアートだ」
「バルーンアートでありますか」
俺は頷く。「黒い10枚ガチャガチャから出た巻物から取得した、『風船細工の極意』だ」
「そうでありますか」と、興味がなさそうにチルフィーが言う。口元のジャムは増えている。俺は和室の隅に置いてあるティッシュを一枚抜き、チルフィーに渡す。
食事が済むと、俺達は噴水まで歩き、その元で噴水の包帯作りに励む。
噴水の中でルナリアの葉が陽射しを受け、銀色に輝いている。俺はそれを軽く突いてみる。少し沈み、それからすぐにまた浮かび上がる。
チルフィーは噴水の縁に座ってオレンジジュースを飲んでいる。ショッピングモールの雑貨屋から持って来た白い紐が、チルフィーの緑色の髪をポニーテールに結んでいる。俺は引っ張りまわしたくなる衝動に耐える。
「いい天気でありますね!」
「ああ、昼寝でもしたくなるな」
徒然なるままに、俺は容器に浸した包帯を眺めながら言う。状況が状況だけに、本当に昼寝をするわけにはいかないし、緊張感もある程度は留めておく。
しかし、チルフィーと行動をともにしていると、どうしてものほほんとした気分になってしまう。心が安らぐ。優しく、穏やかな風が俺の身体を包む。
きっと、チルフィーが持って生まれたものなんだと俺は思う。ハンマーヒルの領主だったダスディー・トールマンを俺は尊敬しているが、そんなチルフィーの性分も尊敬に値する。控えめに言って大好きだ。
そんな昼下がりの噴水の元で、俺は白昼夢を見る。
ルナリアの葉がよりいっそう煌めく。