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163 行かないでよ、スプナキン

 岩山に囲まれた草原にはショッピングモールがあった。三角形の巨大建造物は、この異世界の風景におよそ似つかわしくなかった。

 しかし、馴染まないなりに、ある意味において風情があるとも言えた。砂漠のど真ん中のウォータースライダーや、サッカーコートのセンターサークルのなかにあるバスケットのゴール。それらに準ずるシュールさを見事にかもしだしていた。


 ショッピングモールの傍には、多くの種類の鳥が生息する透き通った水の池があった。見事な花畑もあった。ここからだと見えないが、風の精霊シルフ族の隠れ家に通じる洞窟の入り口もあった。


 そしてもちろん、青く澄み渡る空には3つの月がある。自己主張の激しいそれらは、太陽のような恒星の支配を許さずに、それぞれの色で自分勝手に輝いていた。


 オウティスは『花鳥風月』と、この地の風景を評した。それは、俺も以前この光景を眺めながら呟いた四文字熟語でもあった。

 もし写生大会でこの風景を描いたら、『創作は駄目ざます』と美術の先生に言われながら返されるだろう。そんな美景の一角で、俺の背中のボディバッグが激しく揺れた。


「スプナキン! 会いたかったであります!」


 無理やりボディバッグから飛び出たチルフィーが一心不乱に叫んだ。俺はオウティスの隣でフワフワと浮かんでいる風の精霊に視線を向け、チルフィーが必死の形相で口にした固有名詞と重ね合わせる。


「あれが、お前が探してた幼馴染のシルフ族か……」


 チルフィーはなにも言わない。身体を僅かに震わせ、ポニーテールの先の行方をいたずらな風に任せる。「チルフィーじゃないですか」とスプナキンが言う。「知り合いか?」とオウティスが訊く。


「はい。ワタシの大事な友人です。故郷で別れたきり会っていませんが、あの時とあまり変わっていないようです」

「そうか、それならもう少し話すか?」


 オウティスが言う。俺はその下半身を狙って雷獣を使役する。――が、またもスプナキンの風によって防がれる。


「おいおい……。幼馴染の感動の再開に水を差すのか?」

「いや、あんたを捕えてからゆっくりとショッピングモールで話してもらうよ。二つのコップにオレンジジュースを差してな」


 オウティスがニヤッと口元だけで笑う。俺はスプナキンに向けて声を荒げる。「そういうわけだ、邪魔すんなスプナキン!」。


「どなたかは存じませんが、邪魔をしないわけには参りません。オウティスはワタシに――いえ、シルフ族にとって必要な男なのです」

「シルフ族に必要な……どういう――」

「スプナキン! なにをしようとしているのでありますか!」


 俺の問いをチルフィーが引き継ぐ。今にも泣き出しそうな顔をしている。

 スプナキンは小さなメガネの縁に人差し指で触れてから口を開く。とんがり帽子の先に付いている白い羽が風でなびく。


「チルフィー、隠れ家を拝見しました。族長やみんなにもお会いしました。お元気そうで安心しました。しかし、あそこはワタシ達シルフ族の居場所ではありません。忽然と姿を消した地の精霊ノームの居住地です」


 唇を震わせ、チルフィーは次の言葉を待つ。その姿に、俺の胸は強く締め付けられる。


「族長にはお考えがあるようですが、ワタシは一刻も早く奪われた故郷を取り戻すべきだと考えます」

「そんなのっ――」


 チルフィーが閉じた唇をもういちど開く。震えは強くなっている。


「そんなのわかっているであります! でも準備が足りないのであります!」

「チルフィー、準備なんていらないのです。ワタシ達の故郷は――シルフォニアのシルフの里は、ワタシが必ず取り戻します。チルフィー、だからキミは、キミのままでいてください」


 スプナキンを風が包む。その優しい風がオウティスに伝わる。


「と、言うわけだ後輩。そろそろオレ達はおいとまさせてもらうぜ」


 優美の風が強くなり、ふたりの姿が霞んでいく。俺はオウティスの輪郭に向けてフルパワーで雷獣を放つ。


ビリビリビリビリッッ!!


「くそっ……なんなんだよこの風は!」


 弾かれて空へと拡散する紫電の爪を見上げながら、俺は叫ぶ。視界の端が、突撃するチルフィーの姿を捉える。


「スプナキン! ならあたしも手伝うであります!」


 声はもう届かない。巨大な風車が巻き起こすような強い風が、小さな身体のチルフィーを吹き飛ばす。俺の胸にあたり、転げ落ちた俺の手のひらの上で態勢を整える。


「またあたしを置いて行っちゃうのでありますか! あたしも連れて行って欲しいのであります!」


 チルフィーは蝶のような羽をはばたかせて飛び立つ。風車は無謀なドン・キホーテを頑なに寄せ付けない。チルフィーはその風に耐える。緑色のポニーテールを結ぶ紐が、ほどけてどこかに飛んでいく。

 頬をつたう涙が、その白い紐を追うようにこぼれ散る。チルフィーはグシャグシャの表情で、小さな口を顔の半分ほどの大きさまで開く。


「行かないでよスプナキン!」


 泣き叫ぶチルフィーの声が、草原の片隅に消えていく。優しくも激しい風はもう吹いていない。ふたりの姿も見当たらない。俺はすぐに八咫烏を使役して気配を探る。しかし、それらしいマナは見当たらない。


 チルフィー……。くそっ……!


 その場で羽ばたきを止めたチルフィーが、ゆっくりと地面に落ちていく。俺はチルフィーにかける言葉を探す。しかし、やはりそれも見当たらない。


 俺は唇を噛み締め、拳を強く握って地面に叩きつける。





「タワシ……タワシ……」


 ショッピングモールのゲームコーナ。そこで俺は両手いっぱいのタワシを、せーので無の彼方に投げ捨てる。そして、両替機まで歩いて、道中で得た月の欠片を投入する。


「ショッピングモールのHP回復と、いざという時の為の貯金の分を考えると、これがラストチャンスだな……」


 10個の月の欠片が13枚のメダルに換わる。俺は黒いガチャガチャの元まで戻り、3台あるうちの真ん中の台の前に立つ。投入口に一枚ずつメダルを入れる。


「アリスはこの台から『裁縫の極意』を得た。それなら、オウティスもこの黒い10枚ガチャガチャで……」


 『死霊使い』というジョブを得たのではないか? そして、『死霊使いモドキ』が持っていた黒薔薇の杖を製作する『クラフター』的なものも。


 とはいえ、アリスが『召喚士』であるように、オウティスも元々『死霊使い』の才覚があり、異世界転移を機に覚醒した可能性もあり得る。そのあたりの事は俺にはわからないし、わかりようがない。このショッピングモールを転移させたのが神的なものであるなら、そいつに強く説明を求めたい。


「双子の月の女神……。ルナとリアがその転移させた神様なのかな……」と俺は呟く。俺の夢に乱入して来た幼女とその双子の妹。そのふたりが月の女神とは明らかになっていないが、まあ状況的に考えて間違いないだろう。


「早く月の迷宮をクリアして、リアを助けてやらないとな……。円卓の夜までには迎えに行くから、それまで待っててくれよ」


 ソフィエさんを救出したら、本格的に月の迷宮攻略にあたろう。

 そう考えながら、俺は黒いガチャガチャのレバーを回す。白いカプセルが出てくる。開けると、なかの小さなタワシが『マジすまん』と言いなが目を逸らす。


「またタワシかよ!」


 俺は無の彼方という名の自動販売機の裏に、それを放り投げる。職人が丹念に巻き付けた高級品のような触り心地だが、それがまた腹が立つ要因にもなっている。


 俺にはクラフター的な才能がないのだろうか。確かに、中学生の頃に授業で作った延長コードはいつの間にかヌンチャクになっていたし、エプロンも最終的には雑巾になってしまった。奮発して購入したウィングガンダモゼロの1/60スケールのプラモデルも、今俺のアパートに飾ってあるのはツインバスターライフルとビームサーベルだけだ。


 俺は肩を落とす。そして両替機までトボトボと歩き、ラストラストチャンスの為に月の欠片を投入する。こうなったらオウティスの能力の推察うんぬんは関係ない。ただ単純にクラフター的な能力が欲しい。出来ればカッコイイやつ。


「なにをやっているでありますか?」


 震える指先でメダルを黒いガチャガチャに投入していると、風呂上がりの香りを漂わせるチルフィーがフワフワと飛んで俺の頭に着地した。ストレートヘアーは初めて会った時よりも少し長い。毛先から水滴が一つ、俺の肩に落ちて広がった。


 俺は笑みを浮かべながら、「ガチャガチャだよ」と言う。やや無理やりの笑顔だったが、チルフィーは「そうでありますか!」と言ってから黒いガチャガチャの上に移動し、まるでなんらかの女神様のように優しく微笑んだ。


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