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162 うつろな瞳に映るもの

 突然、目の前に現れたオウティスという男。髪を茶色に染めていて、ハードワックスかなにかでトップをやたらに立たせている。左耳にはピアスがあり、指のいたるところにシルバーリングをはめている。眉毛が細い。その上にマンションでも建てる計画があるかのように、綺麗に整地されている。

 雰囲気イケメンという言葉がよく似合う。もしかしたら、それの日本代表候補に選ばれたこともあるかもしれない。


 だが、それら外見から受ける印象はこの際どうでもいい。『どうでも良いことに思考を割くでない、愚か者』とクリスがいたら語るかもしれないが、あいにくクリスはハンマーヒルでアリスとともにいる。


 オウティスの手を覆う黒いモヤモヤが段々と濃くなっていく。俺はその伸ばされた握手の手に釘付けになる。


「……魔剣使いなんですか?」


 俺は今この状況において、もっとも適した選りすぐりの質問を山なりで投げかける。オウティスは言う。「いや、違う」。そして、手をゆっくりと降ろす。


「握手を求められたら、例えその手を黒瘴気が覆っていたとしても、受けるのがオレたち日本人の美徳じゃないか?」


 オウティスはそう言ってからすぐに笑う。


「なんてな、不気味だよな。ああ、オレも自分でそう思うわ」


 もう一度、口元にえくぼを浮かべて笑う。その手のひらが右を向き、左を向く。俺はチルフィーを軽く握って背負っているボディバッグに無理やり詰め込む。


 チルフィーは「なにをするのでありますか!」と叫ぶ。俺は、「危ないから中で大人しくしてろ」と言いながら、オウティスが俺の周りに放った黒いモヤモヤを注視する。


「そいつ風の精霊だろ。やっぱり翻訳係りか?」


 オウティスが言う。俺は黙って腰のダガーを抜き、段々と人の形になっていく黒いモヤモヤに向ける。


「無視か。じゃあ逆に質問はあるか?」


 俺は跳び退き、オウティスや黒いモヤモヤから距離をとる。「たんと」と俺は言う。


「そうか後輩。じゃあこいつらを全て倒したら答えてやる」


 やがて黒いモヤモヤから死ビトが形成され、その眼に赤い殺意の光を宿す。その数は6体。

 俺は向かって来る2体の剣戟を躱す。同時に後方の死ビトが引く矢の先から青い攻撃軌道が伸びる。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 俺は剣を振り抜いてから次の行動に移ろうとしている死ビトの首を飛ばし、そのまま身を振って迫る矢を躱す。


 腕を組んで見物しているオウティスが、「ヒュウッ」と短い口笛を吹く。後方から素手の死ビトが迫る。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 狐火の尻尾から放射される炎が、両腕を伸ばして歯をカチカチと鳴らしている死ビトの顔面を焼き尽くす。恰好からして、貧しい村に住んでいた若者だろうか。そのまま膝から崩れ落ちる。

 俺はその音を聞きながら駆け出し、矢をつがえている死ビトの首を刎ねる。引かれなかった弓はその場に落ち、矢がその上に重なる。



 6体の死ビトを片付けると、オウティスが組んでいた腕を解き、その手をこちらに向ける。当たり前のようにその手を黒いモヤモヤが覆う。


「全て倒したら質問タイムじゃなかったか?」

「ああ、だから次の死ビトを準備しながら、その質問を待っているんだ。……まっ、まず訊きたいことはわかっている、俺が何者かだろ?」

「いや、それはもうわかってるよ先輩」


 『アリスや俺よりも先に、ショッピングモールごと異世界転移して来た死霊使いの男』


 ただそれだけの男。明確な敵。眉毛が高校球児よりも細い。EXIILEの後ろの方で踊っていそう。

 ただそれだけの認識だった。それだけで十分だった。


「まあ、『本物の』死霊使いが、まさか黒いモヤモヤを発生させて死ビトを直に出現させるとは思わなかったけどな……。俺の質問は、『ソフィエさんはどこだ?』だ」


 オウティスが黒いモヤモヤを前方に放つ。


「なかなか察しがいいな。お前を襲った死霊使いが『モドキ』ということもわかっているのか。……いや、俺という本物を見たからこその推察か。そして、オレがソフィエという送り人をさらった屍教と繋がっていることも理解していそうだな」

「ああ、理解してるよ。で、ソフィエさんはどこだ?」


 黒いモヤモヤが1体の死ビトを形成する。「質問タイム終了だ。次のチャンスはこいつを倒してからだ」とオウティスが言う。 


 俺は新たに現れた死ビトに目を向ける。ダガーを握りなおす。


「っ……!」


 俺は息を飲む。


 そこには、胸をえぐられ、腕が引き千切られ、側頭部から首元にかけて鋭利な刃物で切り裂かれている死ビト――どこかの高校の制服を着ている男子高校生の姿があった。


「ま、マジかよ……」


 俺は構えていた腕を降ろす。というよりは、力が抜けて自然と落ちた。オウティスが小さく笑った。


「どうした、早く殺れよ。こいつらは俺が命令しないと襲い掛からない。安心してぶち殺せ」


 笑みを残したままオウティスが言う。俺は動けないでいる。

 空白が時を支配する。その余白を墨で塗りつぶすように、やがてオウティスが口を開く。


「なんだ、つまらないな。お前ただの偽善者か」


 偽善者……俺が?


「そうだろ? だってお前、この異世界の住人だった死ビトの首はバッサバッサと刎ねるじゃないか。だけど元の世界の住人は無理って、こんなのただの偽善者だろ。違うか?」


 元の世界の住人の死ビト……。


 考えてみれば、この異世界には俺やアリスが思っていたよりも多くの転移者がいるはずだ。実際、この短い期間でボルサミノや森爺、そしてこのオウティスという男に出会っている。

 それなら、その転移者のなかで、この異世界で命を落として三送りもされず、四併せとなって死ビトと化した者がいてもなんら不思議ではない。


 男子高校生はうつろな眼を赤く染めて、ただ俺に向けている。瞳には俺の姿が映っている。しかし、おそらくその瞳の先に俺はいない。元の世界での楽しかった思い出を浮かべているのか、あるいは虚空が広がっているのか。


 俺はまだ動けない。オウティスが男子高校生のアゴを掴み、その顔面を覗き込む。


「見ろよ、しょぼくれた奴だろ? このツラとタッパじゃそう楽しくない高校生活だったと思うぜ。家に帰ればアニメにゲーム。間違いなく、彼女だっていたことないだろうな」


 男子高校生が短い呻き声をあげる。シューズは片方だけで、裸足は黒ずんでおり、爪もところどころ剥がれている。


「あるいは異世界転移なんて馬鹿げたことを本気で望んでいたんじゃないか? ここに来れば努力もなしに最強になって、根拠もなしに美女にモテるって想像してただろうな。まさに惨めなオタクの末路だ、笑えるだろ?」


 俺は言う。「笑えねえよ」


「笑えねえよ……か。まあ、笑いのツボは人それぞれだ。だけどオレはそれより、お前のタメ口が気になるな。どう見てもオレの方が10は上だと思うぜ? 年長者に対して口の利き方がなっていないな」


 俺は動く。駆け出す。左手を添えた右腕を伸ばす。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 男子高校生の首が刎ね飛ぶ。その眼からコンタクトレンズ落ちる。


「……避けなきゃオレも死んでいたぞ。それとも殺す気だったのか?」


 鎌鼬の二撃の斬風が掠った頬に触れながらオウティスは言う。その指を僅かな血が伝う。


「あんたのしょーもない偏見やショボすぎるお笑いセンスはどうでもいい。あと、あいにくだけど、俺の敬語は人を選ぶんだ。避けると思ったよ、でも避けれないなら別に構わないとも思ってた。……俺は質問に答えたぞ、ソフィエさんはどこだ?」


 俺は後退りを始めたオウティスに右手の照準を合わせる。「ソフィエさんはどこだ?」ともう一度言う。オウティスは足を止め、空を見上げる。


「オレはこの異世界の3つの月が大嫌いだ。その意味を知る前からな。変だろ、空に月が3つ浮かんでいるって。多ければいいってもんじゃない」

「そっか。で、ソフィエさんはどこだ?」

「まあ聞けよ後輩。うら若き高校生を悪く言ったのが気に入らないのならあやまる。オレだって自慢のレア物が殺されてショックなんだぜ。痛み分けってことでどうだ?」


 俺は使役幻獣の名を叫ぶ。「出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 紫電がオウティスの横を通過し、連なる岩の丁度まんなかにあたって消滅する。


「次はあてるぞ先輩。ソフィエさんはどこだ?」


 オウティスは聞こえていないかのように、ショッピングモールの方向へ視線を向ける。それからグルっと辺りを見回す。


「花鳥風月……。この地は美しい。だろ? 後輩。事の前に見れてよかった。チビにまたラーメンでも作ってやりたかったが、まっ……それはまた今度だな」


 俺は照準を合わせたまま問う。「チビって誰のことだ?」。オウティスは少し意外そうな表情を浮かべる。それから一瞬だけ優しさを匂わす微笑みを見せる。


「……そうか、お前はチビと会っていないのか。なるほど、だいたいのいきさつはわかった」


 言い切る頃には微笑みは消えていた。そのままオウティスはゆっくりと背を向け、歩を進めた。


「くそっ……出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 俺は下半身を狙って雷獣を使役する。獣の爪を形どる紫電が宙を走る。――刹那、風が吹く。暖かく、優しい風が。俺はこの風を知っている。シルフの族長が吹かせた追い風にどこまでも似ている。


 紫電はその風に遮られ、オウティスに辿り着く前に消え去る。風のなかから精霊が現れる。


「なに道草食っているんですか。早く戻りますよオウティス」


 小さなメガネの縁をグイッと上げながら、風の精霊シルフが言った。


 俺の背中のボディバッグが激しく揺れた。


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