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161 ショッピングモールまでは何マイル?

 『捕らわれた死霊使いを屍教が殺す。まるで、代わりはいくらでもいると言っているかのようにね』


 領主の屋敷。その寝室で眠っているアリスをベッドの端に追いやり、俺は少しだけ寝ておこうと横になる。そしてナルシードがファングネイ王国の王都へと戻るときに呟いていた言葉を、思考の中央に浮かべる。


 俺が遭遇した死霊使いは、レリアの従者を除くと既に全員この世にはいない。言われてみれば、確かにぞんざいな扱いが過ぎているように思える。死霊使いは突如としてこの地に現れた、言わばレアジョブのようなもののはずだ。それなのに、まるで3足セットで購入した靴下のように、少しでも穴があこうものなら首を落とすというおまけ付きで処分されている。それも、繋がっている屍教の手によって。


「あの杖があれば誰でも死霊使いになれるのか……?」


 それならば納得がいく。しかしそれだと、『そんなチートな杖をどこで誰が作ったか』という疑問が新たに生まれる。

 俺は目を瞑る。とりあえず考えるのは起きてからにしようと、ブリッジではなくごく自然な寝相に変わっているアリスから少しだけ毛布を引っ張る。



 目覚めはいつもと変わらず、アリスが俺に跨って起床を促すというありふれたものだった。

 その行動に人生の全てを賭けているような。そんなアリスの少し舌っ足らずで高い声が覚醒しかけの俺の脳を刺激する。俺は耳に手をあてる。当然のようにぬめっとして濡れている。


「起きたわね! じゃあ顔を洗ってらっしゃい!」


 俺は無視をする。そして勝ち誇った顔をしているアリスを抱き込み、毛布のなかに入れて人間抱き枕として扱う。


「コラ! やめなさい変態!」


 やめない。このまま時が止まり、この異世界が凍りついてしまえばいいのになとちょっとだけ本気で考える。

 アリスの本気の抵抗も続く。俺はその一つ一つを的確に対処し、力とテクニックでねじ伏せる。頭突きなんてもう食らわない。


「ゴフっ……」


 食らった。女児一晩会わざれば刮目して見よ。とは以前アリスが言っていた言葉だが、なるほど俺の予測を上回る進化を遂げていたようだ。

 しかし、遠慮が一切ない頭突きを食らっても、俺はアリスを抱きしめる腕を緩めない。もう少しだけこうして遊んでいたい。


 もう少しだけ。全ての脅威がなくなり、凍てついた異世界に暖かな春の陽が差すまで。


「なーにイチャイチャしているでありますか……」


 寝室のドアの隙間からジーッと俺達を見つめる瞳。それは緩い弧を描きながら飛翔し、俺の枕元に着地して更にジト目を深める。


「チルフィー、来たのか」

「来たであります! 隠れ家でのようじが終わったのであります!」


 風の精霊チルフィーはそう言いながら、緑色のポニーテールと白いワンピースの裾を揺らした。陽はなくとも、その風はどこかふんわりとしていて暖かかった。





「あの、あたし着いたばかりなのでありますが」

「ああ、知ってるよ」


 ドアが閉まり、翔馬の馬車が動き出す。目的地はショッピングモール。HPを回復させる為の一時帰還。


「知ってるなら、なんであたしを無理やり連れて行くのでありますか。この往復に、あたしはどんな意味を見出せば良いのでありますか」

「意味なんてない。俺がひとりじゃ寂しいからだ」


 チルフィーは俺の言葉を聞いてから少し黙り、考え込む。やがて小さな身体で一生懸命、馬車の窓を少しだけ開ける。俺はそれを無言で閉める。


「嫌であります! あたしもアリスと一緒に豪華な朝食とハニーオレンジを頂くであります!」

「朝食なら俺が作ってやる。あと、オレンジジュースもたんと用意してやるよ」


 頭のなかで天秤を思い浮かべている様子のチルフィー。「プリンも付ける」と言うと、「のったであります!」と俺の頭の上に座る。


「それにしても凄い人の数でありましたね」

「ああ、これから領主の葬儀だからな」


 三送りにより魂とマナを三の月に送られた領主。その亡骸は焼かれ、残った骨が墓標の下に埋まる。俺はそのことを嬉しく思う。短い時間で多くのことを教えてくれた領主。その尊敬する人が日本と同じく火葬を経て本当の眠りにつくというのは、ただ単純に喜ばしい。


 馬車が岩肌の間を抜ける。木枯らしのような風が大木に残された残り少ない葉を奪う。


「さっきの人間は誰でありますか?」


 『ふんふんふーん』と鼻歌を歌っているチルフィーが、まるで歌詞の一部であるかのように言う。セリカのことを言っているのだろう。


「ファングネイ王国の兵士だ。さっき説明したソフィエさん救出の為の助っ人で、俺がショッピングモールに戻ってる間にミドルノーム兵団に探りをいれてくれるんだよ。兵団長と連絡を取ってる奴がいるかもだしな」

「そうでありますか。じゃあ、アリスに聞いてたことと関係してるのでありますね」


 俺は頷く。


「俺と身体が入れ替わってた間に屍教と関わってないか聞いたけど……あいつなにも覚えてなかったな」


 しかし、必ずアリスは屍教に狙われる理由となり得る『なにか』を見たはずだ。それを思い出せば重要な手掛かりになるかもしれない。


「あ、言い忘れてたけど……」

「なんでありますか?」

「俺、屍教に命を狙われてるんだ。でもまあ、もし襲われてもお前のことは絶対守るから安心してくれ」


 俺の頭の上からチルフィーが移動する。ソフトボールほどの身体で必死に向いの窓をこじ開けようとしている。俺はワンピースの裾をつまむ。


「逃げるな。一蓮托生の仲だろ」

「嫌であります! やっぱりハンマーヒルに戻るであります!」


 今度はプリン2個という条件を提示する。即座に「のったであります!」とチルフィーは言う。


「ちょ、チョロイなお前……」


 チョロフィーとでも呼ぼうか。と考えていると、草原の一角で翔馬がその足を止める。窓から外を眺めると、いつの間にか見慣れた風景が広がっている。


「お、着いたな……。ここからは歩きじゃないと無理だ、降りるぞ」


 俺はチルフィーを軽く鷲掴みし、客室から降りて御者さんに1時間ほどで戻りますと告げる。見知った顔の御者さんは微笑んで頷く。





「なあチルフィー。そう言えば、この異世界に龍っているのか?」


 草原を歩きながら俺は訊く。前をフワフワと飛んでいるチルフィーが振り向く。


「いるわけないであります。あれは空想上の生物で、力や暴力、幸せや富、その他もろもろの象徴でしかないであります」

「象徴……か。でもグスターブ皇国では空を昇る龍の姿を国中の人が見たって話しだぞ?」


 チルフィーはわざとらしいため息をつき、呆れを表すジェスチャーをする。


「きっと雷かなにかを見間違えたのであります。まったく、人は想像力が豊かでありますね。あんな姿の生物が本当にいるわけないであります」

「お、お前が言うなよ……」


 龍の存在を強く否定する風の精霊。いとおかしとでも言うべきだろうか。


「あれ、誰かいるであります」


 前方の岩の上を指差しながらチルフィーが言った。俺は手で陽を遮りながら、その方向に視線を飛ばす。


「まさか屍教か……!?」


 ショッピングモールが見えてきて気が休まったのも束の間、俺の警戒心が一気に上がる。チルフィーを下がらせ、腰のダガーを抜く。すると男がこちらに気が付き、身体ごと振り返る。


「っ……!」


 その身なりに俺は絶句する。男は岩から飛び降りて草の根を踏み、こちらに近寄る。


「よう後輩。チビは元気か?」


 『よう後輩。チビは元気か?』


 問われた言葉をすぐに脳内で繰り返す。その意味を推し量る。真意を探る。


「なんだ二期生。先輩に会って緊張しているのか?」


 俺の数歩前で立ち止まる。男は――カーキー色のカーゴパンツに紺のシャツ姿の男は、そのままの姿勢で俺の全身をチェックする。それが終わるとニヤリと笑う。


「思ってたより小さいな。それと、思ってたより大人しそうだ」


 男は手を伸ばし、握手を求めてくる。


「オレはオウティス。分かってると思うが、お前と同じ世界からこの異世界に転移して来た日本人だ」


 男は、到底日本人とは思えないような名を名乗った。その手を黒いモヤモヤが覆った。


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