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157 短すぎたドラムロール

 夜中と言って差し支えない時間帯にもかかわらず、御者の男性は欠伸一つせずに翔馬の馬車を走らせていた。俺の為の本陣から中継地への臨時便だが、隣にはあぐらをかいて座席に座っている女性兵士がいた。


「あの、こんな時間に中継地に戻るんですか?」


 クリスは女性のあぐらの上で丸まって寝ている。その姿を見ながら、俺は一つ質問をした。


「薄着だからって、ここぞとばかりに覗き込まないで」


 答えは返ってこなかった。


「いえ、俺はクリスを見てたんです。……あなた、さっきナルからの手紙を渡してくれた人ですよね? もしかして俺にまだなにか用が?」


 ぶっきらぼうな女性兵士。先程はそんな印象だったが、ショートパンツ姿であぐらをかいているのを見た今、『ぶっきらぼうで綺麗な脚の女性』という印象へと変わっていた。

 なかなかの美人でもあった。しかし本人は見た目なんかどうでもいい。といった感じで、手入れは怠っているように見える。肩まで伸びる黒髪は大雑把に後ろで束ねられているが、それはただ単に邪魔だから結んでいるのだろう。ふとした瞬間にでも、ナイフを取り出してバッサリと切ってしまいそうだ。


「なにか用が? じゃないよ。あんた、乙女の気持ちを何だと思ってるの?」

「お、乙女の気持ち……ですか?」

「そう。乙女の気持ち」


 俺は少し考える。


「あの子のことよ。さっきあんたに告白したでしょ」

「こ、告白だったんですかあれ!?」

「当り前だよ。『抱かれたい』というのが告白でなく何だっていうの?」


 記憶を手繰り寄せてから、「それはあなたが勝手に言っていた言葉では?」 と俺は言う。「ああ、確かにそうだね」と女性兵士は言い、窓の外に視線を向ける。

 ひどく静かな時間が馬車内に流れる。おそらく秒針君が3周ほどしたあたりで、俺はたまらず声をあげる。


「あの、なんで急に黙ったんですか」

「考えごと」

「考えごとですか……」

「そう。考えごと。あと、あんた何で敬語なの? 歳はそう変わらないと思うけど」

「いえ、初対面の女性ですし……。まあ、タメ口にしろって言うならそうするわ」

「いきなり切り替えられるんだ。面白いね、あんた」


 褒められた。


「モテないでしょ、あんた」


 ディスられた。


「おい、失礼な奴だなお前! 絶賛モテ期中だし!」

「お前じゃないよ、わたしはセリカ。話をしよう、あの子の為に色々とリサーチをする為に、わたしはこの馬車に乗ったんだ」


 セリカはそう言って、思わず立ち上がった俺の背広の裾を下に引っ張り、無理やり座席につかせた。





「兄弟はいるの?」


 姉が一人ほど。と、聞かれたから仕方なく嫌々答えるぞ、という注釈を述べてから、俺は言った。


「仲悪いんだ」


 とセリカは言う。俺は「なんでそう思ったんだ?」と質問に質問を被せる。


「顔と口調に出てる。わたし、人のそういう所、見逃さないんだ。どういうお姉さんなの? 歳は離れてるの?」


 俺はためた息を吐いてから、「3歳ほど離れてる」と馬車の天井を見上げながら答えた。しかしそれだけでは満足を得られなかったようで、セリカは引き続き俺の横顔をただ見つめていた。俺は渋々ながら話を続けた。出来ればしたくなかった愚姉の話を、淡々と。


 姉貴とのいい思い出と言えば、この異世界に浮かぶ月の数ぐらいしかなかった。そのなかで最も印象深いのは、『俺がお腹が痛くてうずくまっていた夜、代わりに布団を敷いてくれた』ことだった。それが一番のいい思い出ってエグいだろ? というふうなニュアンスを含めて、俺は話したつもりだった。


 しかしセリカは、「いいお姉さんだね」と言って、クリスの頭をそっと撫でた。


 悪い思い出は星の数ほどあった。放浪癖のあった姉貴は連休ともなればしょっちゅう旅に出ていて家にはあまりいなかったが、それでも限られたともに過ごす時間のなかで、俺に様々な悪い思い出を植え付けていった。両親はそんな姉貴にとやかく言わなかった。勉強が出来てトラブルも起こさない姉貴は両親に信頼されていた。


 だが、そんな姉貴が、一度だけ両親にこっぴどく叱られたことがあった。

 それは姉貴が高三の夏休み。夏期講習に行くと言って家を出たまま、ずっと帰ってこなかったという出来事だった。

 ひょっこりと帰って来たのは9月が始まる寸前。姉貴はあろう事か、自分の顔写真が載った家出捜索の張り紙を持っていた。


 『もっといい写真あったでしょ』


 そう言って何事もなかったかのように自分の部屋に向かう後ろ姿を、俺は未だ鮮明に覚えている。


「それで、お姉さんは結局、どこに行ってたの?」

「北海道らしい。……ああえっと、さっき話した元の世界の……まあ涼しい地域だよ。暑すぎて急に北に行きたくなって、中学の頃にそこに越した友達に連絡して泊めてもらってたんだとさ。土産はカニの足が三本だったかな」


 話していて改めて思う。あいつ馬鹿だろ、親に連絡ぐらいしろよ、と。


「ふーん。仲悪くても好きなんだ、お姉さんのこと」

「なんでそう思うんだよ……」

「言ったでしょ、わたし、そういうの見逃さないって」


 馬車が停まり、翔馬がそれを告げるように大きな声で鳴いた。夜中の中継地は静かだった。翔馬の鳴き声で全員が目を覚ましてしまうかと心配するほどシーンとしていた。


「ああ、言ってたな。でも、もうそれ二度と人に言わない方がいいぞ」

「なんで?」

「……思いっきり外れてるよ。俺は姉貴が大嫌いなんだ」


 俺はセリカのあぐらに手を伸ばし、クリスをそっと抱きかかえた。


「じゃあ、俺は降りるから、また会ったらよろしくな」


 握手は求められなかった。なので、俺も求めなかった。そうして俺は馬車から降りた。そしてセリカも降りた。


「なんで降りるんだ!? お前このまま本陣まで戻るんじゃないのか!?」


 セリカは俺の腕のなかで眠るクリスを取り戻し、突然、奇声を発した。


「ドゥルルッ!」

「ドゥルル!? なんだそれ!?」

「結果発表のドラムロール音」

「その文化この異世界にもあるのか!? ってか、ドラムロール音なら短すぎだろ!」

「ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル――」

「なげえ!」


 なんだこのくだりは。凄く楽しくなってきた。


「あんた細かいね。なら、あんたがやってよ」

「よし分かった、任せろ!」


 俺は素晴らしい声を響かせる為に、咳ばらいを一つ。


「あんたがあの子に相応しいかまだ見極められないので、このままリサーチを続行します」

「えええっ……やらせろよドラムロール音! って、それ結果発表じゃなくて経過報告だろ!」


 瞬間――青い軌道が闇のなかを伸び、セリカの胸部を突き抜けて俺の腹部に刺さった。


「伏せろっ!」


 俺はセリカの頭に手を伸ばして無理やり屈ませ、その軌道から外させる。


「っ……!」


 肩に矢が突き刺さった。セリカに避けさせることに夢中になり、自分の防衛を疎かにしてしまった。

 激痛は全身を走り、損傷のない膝を地につかせ、思考力を奪った。その限られた思考を巡らせ、俺は暗闇のなかに男の姿を捉えた。


 男は二人いた。その一人が弓を構えてこちらに向けた。


「セリカ! 今度はお前が狙われてるぞ!」


 男の眼が赤くないという事実から、俺はその答えを導いた。もう一人は真っ赤っかに輝かせていた。しかし、まだ動きを見せずにいる。


 刹那、弓を構える男が腹部から槍の穂先を生やした。後ろから貫かれたのだと理解したのは、その場でドサッと倒れ込み、血が流れ落ちるのを見てからだった。


「ウキキ、怪我はないかのう!?」


 男の身体から槍を乱暴に引き抜きながら、ゴンザレスさんは言った。それと同時か少し遅れたぐらいのタイミングで、眼に赤い光を宿す男がスッと姿を消した。


「出でよ八咫烏!」


カアアアアアッ!


 俺は考えるよりも先に八咫烏を使役し、辺りの気配を探る。なるほど以前ゴンザレスさんが言っていたように、ワープや転移ではなく、ただ単に姿を消し去っただけのようだ。


 腰からダガーを抜く。激痛が稲妻のようになって体内を駆けまわる。


「いってぇ……! けど、視えてるぞ!」


 既に八咫烏は還っており、その眼を通して視える3Dマップのようなものは消えている。しかし、『視えている』。心の眼なんていうあやふやな視界は、確かに敵を捉えている。


「心眼! ナイフ投げ!」


 サーカスの舞台上で人の頭の上に置かれたリンゴのように、ダガーは男の肩にスッと突き刺さる。

 その箇所から波状となって魔法が打ち解け、男の全身が露わになってゆく。


「お前ら、前に俺を殺そうとした奴らだよな? 大人しく投降してくれ。そっちの男もまだ息がある、屍教がなんでソフィエさんをさらったか、あと行方はどこか。それを話すならどんな怪我でも治る包帯を巻いてやる」


 俺はボディバッグから包帯を取り出しながら言った。ゴンザレスさんは一分の隙も見せずに、鋭い槍の先を男に向けている。


 フードに覆われた男の口元が微かに動いた。――その刹那、俺は屍教の狂気を目の当たりにすることとなった。


 男が手を縦に払った。腹から大量の血液を流して呻いている男の首が刎ねられた。


 男が手刀を自らの首に当てた。次の瞬間、頭部がもげ落ち、中継地の土の上をコロコロと転がった。


 首から下が重力に従い崩れ落ちた。


 ただ純粋に。次の展開へと繋げる為だけに撮られた映画のワンシーンのように。一瞬にして二人の命の灯火が消えた。


「四併せこそが人の幸せ。死ビトとなって再び地上を歩くことこそ、人に与えられた唯一の幸福。首を刎ねて死に、デュラハンに転生すれば儲けもの」


 セリカがゆっくりと黒いモヤモヤが覆う『人だったもの』へと歩を進めた。その僅かな時間で、既に落ちた頭部は闇と同化するように消えていた。


「首を刎ねたら人は即こうなる。三送りなんて、しないさせない。……随分と変わってしまった屍教も、この一点においては変わらないわね」


 俺は尋ねる。「お前は何者なんだ」


 セリカは優しい手付きで――愛しい誰かを瞳の先に浮かべているような眼差しで、白くて小さなクリスの頭を撫でた。


「聞かれたから仕方なく嫌々答えるわ。わたしは元屍教よ」


 クリスがクシャミを一つした。


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