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16 モヤモヤは黒く

「準備できたの?」

「ああ。北メインゲートの鍵をかけて出発だ」


 俺たち四人はそれぞれの荷物を手や背に持ち、北メインゲートを出て森へと向かった。


 アリスの背には赤い小さめのリュックがあり、中には噴水の水に浸した包帯やお菓子がいくつか入っていた。村の人へのお裾分けらしい。


 俺のリュックにはペットボトルの飲み物が数本と、予備のナイフが一本、それと村に泊まることになるかもしれないので、アリスのパジャマも入っていた。と言うか、自分のリュックに入らないからとむりやり押し込まれた。

 着替えの服も入れようとしてきたが、荷物が多くなるとめんどうなので、それは必死にディフェンスをして防いだ。


 そういえばアリスのパンツは見当たらなかったので、それはアリスの持ち物に追加しておこう。


「この服、可愛くないわね……」


 着ているパーカーの紐をぐるぐると指に巻きつけながら、アリスは不満を漏らした。

 Tシャツだけだと森を歩くのに危険なので、ジャオン2Fにあった子供用の紺のパーカーを俺がむりやり着せたのだ。同じ理由で、ショートパンツも適当なジーンズに穿き替えさせている。


 アリスは気に入らないようだったが、これはこれで似合っていた。高級デパートの広告に載っていそうな感じだった。こいつが着ると、大抵の衣類は過大評価されてしまうことになるのだろう。


 俺は……まあいつものようにジーンズと長袖のシャツを着ていた。

 ただ、ワンポイントアクセントとして、ジャオン2Fにあった革の細い腕輪を右手首に巻いている。

 女性は男のさりげないお洒落に心をときめかせるとモテ雑誌に書いてあったので、これで村に若い女性がいても安心だ。


 ソフィエさんとクワールさんは最初に見たときと同じ格好で、ソフィエさんは杖のようなものを手に持っており、クワールさんは大きな麻袋を肩に引っ掛けていた。その腰には鞘に収納された剣があった。


「△xx▽□△」

「そうね、少し急いだほうがいいかもしれないわ」


 アリスとソフィエさんが、器用にジェスチャーを交えながら会話をした。


「アリス、お前なに言ってるのかわかるのか?」

「まあなんとなくよ。あなたが狼と会話するのと同じね」


 狼と意思を疎通させるよりは難易度が低そうだが、俺にはそんなにうまく言葉が通じない相手とコミュニケーションをとれそうにはなかった。それは子供ならではの体当りコミュニケーションと言えた。


 このままこの異世界で生活するなら、言語の習得が必要になるだろう。そう思うと、果てしなくめんどうな気分になってしまう。


「アリスは習得早そうだな……ってそっちの丘に行くと狼の住処だ。森はこのまま真っ直ぐだぞ」

「寄って行かないの?」

「行くわけないだろ! 親戚か!」


 この辺りからは初めてなので、気を引き締めよう。そう考えた矢先のアリスの小ボケで緊張感を失いかけたが、辺りを注意深く観察しながら、俺は歩を進めた。


 ショッピングモールの周りは花が多く色鮮やかだったが、離れるにつれて段々と殺風景な景色に変わっていった。

 目に入るのは草原の所々にある大きな岩ぐらいで、他に景色を彩るものと言えば空に浮かぶ3つの月ぐらいなものだった。


「そういえばアリス、お前あの3つの月のなかでどれが一番好きだ?」

「どうしたのよ急に」

「いや、この異世界の人は、どの月が好きか的な話で盛り上がるんだろうなーって前に思ってさ」

「そうね……あの紅くて一番小さな月かしら。小さくて可愛いし」

「そうか……俺は黄色い一番大きな月だな。まあ、どれも風情があるよな」


 俺とアリスは歩きながら3つの月を指差して話をしていたが、ソフィエさんとクワールさんは話に乗ってくる様子はなく、少し表情をこわばらせていた。この異世界での鉄板トークかと思っていたが、そうでもないらしい。


「森に近づいてきたな。いかにも何かでそうな森だけど、村があったとは思わなかった」と言っていると、進む先に激しい違和感を覚えた。


「何よあれ! 黒いモヤモヤが浮いているわよ!」


 アリスも気がついたらしい。

 黒いモヤモヤは段々と人の形になっていき、アリスが声をあげてから三十秒と経たずにゾンビもどきへと変貌を遂げた。


「剣閃!」


 俺はリュックをその場に置いて、ナイフで剣閃を放ってゾンビもどきに先制攻撃を仕掛ける。


 真一文字に空を斬ったその軌跡が質量を伴う閃光となり、ゾンビもどきの首の辺りに命中する。しかし斬り落とすまでの威力はないらしく、目を赤く光らせるだけに留まった。


「名づけた技名の割には威力ないな……出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 俺は駆け出し、そのまま鎌鼬を使役した。使い慣れている鎌鼬は既に俺の手足のような存在となっており、狙った箇所に1センチの狂いもなく、そのまま首を刎ねた。


ワオオオオオオオオオオン!


「うわああっ!」 


 突然狼の遠吠えが聞こえ、俺は思わず声をあげた。その心地良い音色には聴き覚えがあった。あの大きいボス狼のものだ。


「あっち見て! 狼たちがゾンビに襲われているわよ!」


 アリスの声が示す方向を見ると、ボス狼たちが三十体以上はいるゾンビもどきの群れと戦っていた。

 その好カードを安全な場所から観戦したかったが、安全な場所がどこだかわからないので、俺の頭の中には早くここから立ち去るという選択肢以外は存在しなかった。


「アイス・アロー!」


ズシャーー!


 しかし、このぱっつん前髪バカは違った。


「バカ! アホ! 胸なし! 戦いに参加してどうする! しかも外してるじゃねえか!」

「だってご近所様が大量のゾンビに襲われているのよ! 放っておけないわ!」

「狼たちは大丈夫だ! ゾンビもどきよりも数段は強い!」


 その場で言い争っていると、ソフィエさんが突然俺の肩を叩いた。彼女は俺たちの真後ろにいる狼を指差していた。その指はきれいに左手に包まれている。


――よお。お前か。邪魔だからどっか行け。


 狼の背中には大きなX字の傷痕があった。俺が鎌鼬で背中を斬りつけたあの狼だ。


「わかってる、すぐに立ち去るからお前こそあっちで早く戦ってこい!」


――ああ。そうする。じゃあな。


 そう眼差しで言うと、次の瞬間には大きく飛び跳ねて、ボス狼たちとともに戦いを始めた。

 俺と狼のやりとりを剣を構えながら見ていたクワールさんの表情が、少し緩んだ。そしてソフィエさんと何かを話しだした。


「▽□△xx-」

「▽○○▽□□△x-○○▽」


 内容は全くわからないが、狼たちのことを言っているようだった。


「アイス・アロー!」


ズシャーー!


 再びアリスが氷の矢を撃った。その氷の矢は比較的近い一体のゾンビもどきの頭部に命中し、吹き飛ばした。


「アリスわかった! 武装してるゾンビもどきもいるし、少し助太刀するぞ! あそこのゾンビもどきの上空にキューブを作れ!」

「どれよ、あれ?」

「ああ、あれだ! 俺が他のも引きつけて纏めるから、俺の合図でキューブを落とせ!」

「わかったわ!」


 アリスは両手を俺の指示したソンビもどきの上空に向けて、構える。「アイス・キューブ!」


 そこに六面体の氷の塊が現れ、少しずつ大きくなっていく。 

 それをちらっと見てから、俺は走り出した。ゾンビもどきに剣閃を放ち、一体二体三体と俺に殺意を向けさせていく。


「あとあれも! ついでにあれも!」


 夢中になりながら剣閃を放ち続け、計五体のゾンビもどきを一つに纏める。あとは誘導するだけだ。


「お前には……出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 近くのゾンビもどきには鎌鼬を使役して、その首を飛ばした。行き掛けの駄賃というやつだ。


「ま、まだ……!? お、重い……」


 アリスは紙相撲の力士のような格好で腕をぷるぷると震わせ、氷の塊の重さに耐えていた。


「いま誘導してるからもう少し我慢しろ!」と俺は言った。


 すると、ソフィエさんがアリスの頭にゆっくりと手を置き、魔法の詠唱のようなことを始めた。

 

「○-○▽x+○▽」


 それが終わると、ソフィエさんの手が強く輝きだした。輝きがアリスの頭に伝わる。そして、段々と頭から両手に移動していき、最終的には重さに耐えるアリスの両手を優しく包み込む光となった。


「ありがとうソフィエ! 軽くなったわ!」


 今のは……強化魔法? バフのようなものか?


「まあ、こんなエグい攻撃魔法があるんだから強化魔法もあるか!」


 俺は上空のトラック車ほどになった氷の塊を見ながらそう言った。五体のゾンビもどきがアリスの氷の塊のレンジに侵入する。


「今だ、落とせ!」


 勢い良くアリスの両手が振り下ろされる。「いくわよ! 潰れちゃいなさい!」


ズドーーン!


 六体のゾンビもどきは叫ぶことも呻くことも嘆くこともなく圧し潰され、後には砕け散った氷片と混ざり合うようにして横たわる静かな屍だけが残った。


 アリスの両手からは既に優しい光は消えていた。俺は素早く周りを見回し、全員の無事を確認してから声をあげる。


「よし、ずらかるぞ!」


 放置していた荷物を手に取り、俺たちは森に向けて走り出した。


「あとはしっかりやるのよ! 死なないでね!」と俺に腕を引っ張られながら走るアリスが、狼に向けてエールを送った。


ワオォォォォォォォン!


 今度の遠吠えは、さっきよりも1オクターブほど高かった。


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