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153 青空トナンテ

 闇のなかに浮かぶ赤い殺意の眼が、残光を残して急速に深く沈み、そして迫った。


「っ……!」


 視える攻撃軌道は下から突き上げる斬撃。

 俺は半身を左に数センチずらして躱し、そのまま二の太刀を繰り出そうとしているボブゴブリンの真横を通って駆け抜けた。


「ソフィエさん! クリス! いたら返事をしてくれ!」


 ボブゴブリンの強襲を受けた本陣の一角で、俺の叫びが冷たい空気のなかに吸い込まれる。


「くそっ……どこだ!?」


 ナルシードと別れてから必死で駆け回っているが、一向にふたりの姿が見当たらない。

 大狼であるクリスは俺と脳内会話が可能なので、そんなに離れていなければ語りが届くはずだ。しかし、呼びかけとともに語り掛けてもいるが、返ってくる気配がない。


「くそっ……出でよ八咫烏!」


カアアアアアッ!


 俺は立ち止まり、八咫烏を使役して周りの気配を探る。が、多くの兵士とボブゴブリンが戦っているこの本陣では、気配が雑多すぎて個人の特定までには至らない。


「そう上手くはいかないか……!」


 再び俺は足での捜索を始める。

 段々と暗闇に慣れてきた目は、兵士の怯えた表情や、それを見て勝ち誇るボブゴブリンの上がった口角、そして思わず目を背けたくなるような屍を映しだす。

 戦況はやや兵団が優位か。横たわる死体の数は圧倒的に人が多いが、前線に立つファングネイ兵団長の号令の元、そもそもの数で勝る兵団が押し切ろうとしている。


 俺は激しい戦闘が行われている一角に背を向け、ソフィエさん達のような非戦闘要員が隠れていそうな場所を重点的に見て回ろうと駆け出す。

 と、その直後、空から口髭を生やしたおっさんが降って来た。


「うおっ……!」


 正直に言うと、空から降って来たのが少女であれば、俺はこの身を犠牲にしてでも受け支えキャッチしただろう。しかし、それがおっさんであれば、身体が自然と避けることを選択したのは致し方ないと言える。


 地に落ち、もだえている口髭のおっさん。前方には、数名の兵士と巨大な鉈を持つボブゴブリン。

 状況から察するに、この口髭はボブゴブリンに投げ飛ばされ、そして今、こうして土を舐めているのだろう。


「って……口髭プレート!」


 見知った顔。それは、以前この地に訪れた際に知り合った、金属鎧を纏うファングネイ王国の兵士だった。


「ウキキ、来たのか……。術式紙風船試合を見ていた。なんだあの無様な勝ち方は、今度は俺が戦術を立ててやる」


 うつ伏せになったまま顔だけを俺に向け、口髭プレートはそう言った。

 そしてそのまま目を閉じ、それ以上口髭が上下することはなかった。


「おい、しっかりしろ!」


 俺は肩を揺すり、手首に触れてみる。

 脈に異常はない、自発呼吸もしている。ちょっと空から落ちて気絶しているだけのようだ。


「大丈夫か!」


 先の折れた槍を大事そうに両手で抱えて駆け寄って来たのは、口髭プレートと同じく馬車のなかで出会ったアゴ髭男爵。


「おお、来てくれたのかウキキ! アリスお嬢ちゃんもいるのか?」

「いや、あいつは今ハンマーヒルのはずだ」


 俺はボディバッグに手を突っ込みながら答える。


「それより……ほら包帯。多めに渡しとくからケガ人に巻いてやってくれ。……あのボブゴブリンは俺に任せろ」

「大丈夫なのか!? 5人がかりでもこの様だったぞ!」


 じゃあ止めておこう、という訳にもいかない。今はクリスとソフィエさんの無事を確かめるのが最優先だが、それでも彼らを見捨てることなんて出来ない。


「瞬殺だよ。時間もないしな」


 三人の兵士を相手に全く怯む様子のないボブゴブリンを見据えながら、俺は言い、そして駆け出した。


「おい! こいつは俺に任せて下がってくれ!」


 叫びながら、俺はダガーを左手で逆手に握り、右腕の照準をボブゴブリンに合わせる。

 出会いがしらに雷獣を。といきたかったが、依然ボブゴブリンに剣戟を浴びせようと必死な面持ちで剣を構えている兵士がおり、紫電の巻き添えになりかねないのでそれは諦めた。


 俺はその兵士の隣に立ち、2メートルほどの体躯を見上げながら口を開く。


「俺が引き受けるからケガ人の手当てを頼みます」


 すると、あまりに予想外な言葉が返ってきた。


「余計なお世話だ小僧。待ちわびていたゴブリンとの戦争だ、報奨金もなしに帰れるか」


 その言葉は重かった。青天に突如として現れた霹靂のように、稲妻となって俺の頭のなかを駆け巡った。


 駆け巡った瞬間、ボブゴブリンの鉈が目にも止まらぬ速さで振り下ろされた。その先で、兵士の肩から下腹部の辺りまでが、受けようとした長剣ごと斬り裂かれた。


「ごっ……!」


 血を吐き、倒れ込む兵士。次の瞬間、二撃の斬風がボブゴブリンの胸部で舞い、X字の斬痕から大量の血液が噴出した。


 くそっ……間に合わなかった!


 俺は左手を添えた右腕を下げ、兵士の怪我の具合を確かめてから後方のアゴ髭男爵へと声を飛ばし、この兵士にも包帯を巻くように指示をした。


「じゃあ、あとは任せたぞ!」

「あ、ああ、こっちはとりあえず大丈夫だ。しかし、その鉈のボブゴブリンに止めを刺さないでいいのか!?」

「あ……れ? 倒したつもりだったけど……」


 『殺したつもり』とは言えなかった。言いたくなかった。

 二年前の円卓の夜の最中に街々を襲ったボブゴブリンだが、それでも俺は言葉が通じ、意思の疎通を図れる相手の命を奪うなんてことはしたくはなかった。


 しかし、それは甘さなのだろう。いや、甘えなのかもしれない。

 こんな戦場のような所で、俺だけそんな綺麗ごとを言う訳にはいかない。


 とどめを……。


 俺は血を流して倒れている相手の命を奪う為、その頭部にそっと触れた――瞬間、折れた長剣の先がボブゴブリンの首に叩きつけられる。


「お、オレだ……。ボブゴブリンを打ち取ったのはオレだ……!」


 自らの血で鎧を真っ赤に染めた兵士が四つん這いになり、叫びながら何度も何度もボブゴブリンの首に剣を叩きつけた。


「お、おい! もう死んでるぞ!」


 俺は兵士を後ろから羽交い絞めにし、そのまま無理やり座らせた。そのあいだ、兵士は『これで報奨金は俺のものだ』と何度も何度も口にしていた。


 ゴブリンとの戦争を望んでいた者もいる。報奨金目当てだろうが、それを責める気はないし悪いことだとも思わない。

 そして、ゴブリン会談を快く思っていなかった者は、きっとそれ以上にいるだろう。

 突然、このゴブリン討伐の地にやって来て、平和の大使を気取っていた俺を恨んでいる者もいるだろう。


「アリス……ちょいと俺、疲れたわ」


 気が付けば、俺はその場に座り、大好きなバカの名を口にしていた。


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