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152 コンチェルトのゆくえ

「しかし……大厄災、にわかには信じられぬ」


 ファングネイ兵団長が言った。


「信じられぬのはこちらとて同じこと。何故、人には二百年前の明確な記録が残っていないのだ」


 手に持っているボロボロの記帳を兵団長に渡しながら、ハイゴブリンのリーダーは言った。

 それをパラパラと捲る兵団長の口が力強く上下する。


「ふむ……星占師ギルドに持って行ってギルドマスターに見せたいのだが、構わぬか?」

「無論、構わない。しかし、事実から目を背けてはならぬ、『大厄災』は必ず訪れる。二百年前はあまりに多くの犠牲者をだしたが、今度は亜人と人で一致団結して飛来種と円卓の夜に立ち向かおうではないか」 


 気が付けば、もう円卓の夜までは1ヶ月を切っている。

 そして半年間続く死ビトの活性期である円卓の夜に加えて、飛来種と呼ばれる化物が隕石に乗ってこの惑星にやってくるという。それは円卓の夜の中期頃のようで、その二つの厄災を合わせてハイゴブリンのリーダーは『大厄災』と呼んでいる。


「もう一度言う、『大厄災』は必ず訪れる。その前に我々は手を組み、次の世代に悲劇を残さないようにしようではないか」


 人とゴブリンが歩む道に蒔かれた平和の種。それはこの地に息吹き、花となって、協奏曲を奏でる礎となるのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、ゴブリン会談の最後にもう一度交わされた力強い握手をただ眺めていた。





 会談のあとには宴が待っている。

 元の世界では言わずもがな、この異世界でもそれは同じらしい。

 

「人の兵団の本拠地に行くのは、中継地を襲った時とはまた違う緊張感ゴブ」


 ともに選抜隊やゴブリン達の最後尾を歩くマブリは、そう言いながら身を震わせた。

 つい先程までは合同兵団による討伐の対象だったので、それも無理はないだろう。それに加えてこの寒さ、この異世界の暦は現在『崩竜の月・陽』と呼ばれるもので、元の世界でいう11月の気候がこの地域ではピッタリと当て嵌まっていた。


「た、滝行のあとだから余計に寒いな……」


 俺もブルっと身体が震えた。クリスに手を咥えてもらえば生暖かさを得られるが、あいにく本陣でソフィエさんと残っている。


 そいや、ナルはもう本陣に着いたかな……。

 副兵団長が屍教じゃないと知って焦ってたけど、その理由ぐらい言ってから戻って欲しかった……。


 俺は心の中で呟く。と、マブリに横腹を突かれた。


「多くの仲間やボブゴブリンがこの地を去って寂しくなったゴブが、またこの砦で暮らせるのは嬉しいゴブ。ウキキのおかげゴブ」


 緑色の短い指が通り過ぎる廃墟を指した。

 願納の滝に向かう際にも目にした建物だが、どうやらここがゴブリン城と呼ばれるものらしい。


「落ち着いたらウキキとアリスを招待するゴブ。またマブリ達の演奏を聴いてほしいゴブ!」


 マブリの表情が屈託のない笑顔に変わる。それはアリスの太陽のような笑顔にも引けを取らない、いつまでも脳裏に焼き付けておきたい最高の笑顔だった。


「ああ、楽しみにしてるよ!」


 俺は握りこぶしを作ってマブリに向ける。マブリは首を傾げて頭上にハテナマークを浮かべる。


「ほら、お前も拳を作って俺のにコツンとぶつけるんだよ。フィストバンプっていう、友達同士がやる挨拶みたいなもんだ」


 そう説明すると目の前の亜人はコクンコクンと頷き、緑色の拳を宙に浮かべた。


 その瞬間だった。


「伝達! ボブゴブリンが本陣を強襲!」


 翔馬に乗った伝令兵らしき男の叫び声が、苔の生えたゴブリン城の壁にこだました。





 小高い丘の上から盆地に敷かれた本陣を目にすると、俺は暫く言葉を失った。

 小屋は焼かれ、テントはボロボロに切り裂かれ、そして多くの人やボブゴブリンが無造作に横たわっていた。


 視線の先で、剣が薙ぎ払われた。それをまともに食らったボブゴブリンが膝をつき、その後ろから頸部に槍が突き刺さった。

 ボブゴブリンを背後から打ち倒した兵士は深く刺さった槍を手放し、拳を掲げてその勝利を喜んだ――瞬間、後ろから迫ったボブゴブリンの鈍器による一振りで頭部を砕かれ、そのまま崩れ落ちた。


 俺は息を飲んだ。同時に視界で、人が命を失った。

 俺は震える手を押さえた。同時に視界で、ボブゴブリンが命を失った。


「なんだよこれ……どういう事だよ……」


 どうもこうもない。ただ単に、人と亜人がぶつかり合って命のやり取りをしているだけ。

 戦争、合戦、抗争、呼び方はなんでもいい。ただ単に主義や主張を振りかざし、生者を亡者へ変えようとしているだけ。


 俺は呟いた言葉とは裏腹に、頭のなかではそう冷静に理解していた。

 人が死ビトの首を刎ねるよりも、死ビトが人を襲い食らうよりも、よっぽどこの光景の方が生々しく、そしてよりリアルに見えた。


「ソフィエさんとクリス……と甥」


 みんなは無事だろうか。と考えるよりも先に、俺の足は前へと伸び、丘を駆け下りていた。


「人に勝利を! 我に続け!」


 後ろから叫び声が聞こえた。怒号や足音が続き、金具が擦れ合う音が響いた。

 そうして俺を追い抜いて戦場に向かった選抜隊は、本陣で果敢に戦う兵士達と合流し、数を利にしてボブゴブリンに立ち向かった。


「ウキキ君!」


 不意に呼ばれた方向へと振り向く。瞬間、青い軌道が俺の眉間を射抜いた。


「っ……!」


 ほぼ同時に鋭い矢が迫り、咄嗟に顔を振ってその軌道から逃れた。


「あ、あぶねえ……」


 俺は呟きながら、ナルシードの声がした方向へ走った。

 かがり火や燃える小屋から離れているのでよく見えないが、ナルシードは矢を射たボブゴブリンの両脚を切断し、そのままレイピアの先を眉間に突き通した。


「お前が戻った理由はこれか!?」


 俺は周りを警戒しながら、微笑みにも似た表情を浮かべるナルシードに問い掛ける。


「いや、違うね。虚偽の情報を僕に漏らして遠ざけようとした男を捕える為さ。……姿が見当たらないけどね」

「誰なんだよそれは!?」


 ナルシードの周りに漂う魔剣が一直線に飛んでいった。

 その先でボブゴブリンの呻きが聞こえ、そのすぐあとにドサっという大きな物体が倒れ込む音がした。


「ミドルノーム兵団長。おそらく、彼が屍教で、この地でなにかをしようと企んでいる。……僕が調べたことを統合して考えるとだけどね」

「あ、あの人の良さそうなミドルノーム兵団長が……。じゃあ、このボブゴブリンはあの人の差し金か!?」


 別の考えが頭を過った。しかし、俺はそれを無理やり丸め込み、思考の外に置いた。


「さあ……でも、ボブゴブリンが会談の隙を狙って本陣を壊滅させようと考えたのは確かだろうね。じゃないとタイミングが良すぎるよ」

「あの人とボブゴブリンが通じてたのかな……」


 置いた考えが割り入ってくる。それを放り投げて捨てようと、俺はただ思い付いたことを口にした。


「そうじゃないとは言い切れないけど……。ウキキ君、それよりも疑うべき者達がいるんじゃないかい?」


 そんな俺を見透かすように、ナルシードは新たに魔剣を顕現させながら言った。


「ボブゴブリンが強襲してきたんだ。会談に参加したゴブリンが関係していると考えるのが自然だよ」


 俺はなにも言えなかった。だからなにも言わなかった。

 代わりに使役幻獣の名を叫んで、その紫電を横から迫るボブゴブリンの下半身にあてた。


 もろに食らって泡を吹きながら、派手な音とともに前へと倒れ込むボブゴブリン。その広い背中を、三本の魔剣が貫いた。


「とにかく……俺はクリスとソフィエさんを探す! お前、見なかったか!?」


 ナルシードは首を横に振る。


「じゃあ行って来るぞ! お前はミドルノーム兵団長を探すのか!?」

「そうだね。兵団を見殺しにも出来ないし、協力しながら探すとするよ。あ、あとウキキ君、ボブゴブリンの首を刎ねちゃ駄目だよ? デュラハンが生まれたら目も当てられないからね。まあ、亜人はそもそも死ビトになるのは稀だけど」


 話の途中から駆け出していた俺は、前を向いたまま手を上げて了解の合図を送った。


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