150 魔剣使いナルシード
黒いモヤモヤが段々とサーベルを形成していく。
「さあ、いくよウキキ君!」
これから斬り刻もうとしている人間の名を爽やかな笑顔とともに口にする男、ファングネイ騎士団薔薇組副組長のナルシード。
「わっ……ちょ、待てよ!」
そして、両手を大袈裟に降り、待ったのポーズを軽やかに決める俺。
「どうしたんだい? あっ……そうだね、術式紙風船を忘れていたよ」
「いや、そうじゃない! ……って、そんな大事な物を忘れるな!」
放り投げられた紙風船は弧を描いて俺の手に落下し、俺はそれを軽く握りながら続ける。
「なんでお前こんな所にいるんだよ! それに、お前は騎士だろ!? 俺は兵団の人間と闘って、俺が護衛すればゴブリン会談に出兵する人数が少なくても問題ないって証明したいんだ!」
「証明できると思うよ? 僕に勝てればだけどね」
受けたダメージを肩代わりしてくれる術式紙風船を頭に装着し、ファングネイ兵団長へと視線を投げながらナルシードは言う。
兵団長は『うむ、よかろう』と言わんばかりに頷く。そして、「ウキキ君、そうだな……ナルシードに勝てれば君の条件を考えよう」と口にした。
「待て薔薇組! ここは兵団が仕切るゴブリン討伐の本陣だ! 例え兵団長殿が許そうと、この私が許可しない!」
ファングネイ副兵団長が声を荒げる。が、確実に聞こえていた筈だが、ナルシードは華麗にスルーを決め込んだ。
「お、おい……無視していいのかよ」
「え? ああ……僕、彼のこと虫だと思っているから」
「虫って、酷いなお前……」
俺でさえ小動物に例えたぞ。と言おうと思ったが、それよりもどうやら避けられないナルシードとの闘いに集中した方がよさそうだ。
なんかややこしい事になったけど、まあナルに勝てば問題ないか……。って、勝てるのか……?
片手でサーベルを構えるナルシード。鍔の赤い薔薇が鈍く輝く。
あの剣は……魔剣使いっていうぐらいだから、魔剣なんだろうな……。
古代の剣闘士を始祖とした、俺と同じグラディエーターの魔剣使い……。
周りがガヤガヤとしだす。ゴブリン会談へと出兵する者達の他に、本陣で待機を言い渡された残りの人達までもが輪を作って俺達を囲む。
その人数は200人超。よく見れば、女性兵の姿もちらほらとある。『あのウキキって男、アラクネを倒した幻獣使いらしいわよ。男前ね』だとか、『ステキ、抱かれたいわ』と言っている。気がする。
「ウキキ!」
その女性兵達をはるかに凌ぐ美貌の持ち主であるソフィエさんが、いつの間にか真横に立ち、俺の手から術式紙風船を奪う。
そして背伸びをしながら俺の頭に装着し、ユラユラと揺れる紙風船の部分をポンポンと軽く叩いた。
「頑張ってね!」
激励する。
「ああ、頑張る!」
激昂される。
こうなったらやることは一つ。
目の前の魔剣使いを倒して、手に持っている重荷をさっさと片付けてしまおう。
*
とは言え、相手は若くして騎士団の重要なポジションに就いている男。苦戦を強いられるのは当然とも言えた。
「ぐっ……!」
サーベルの切っ先が俺の胸を掠める。頭上の紙風船のなかに、また少し水が溜まった。
「アラクネを倒した実力はこんなものかい? 僕の紙風船は元のままだよ?」
俺は跳び退き、一度間合いを取ってから狐火を使役しようと腕を構える――よりも早く、青い四本の軌道が俺の四肢へと伸びる。
「打ち弾き!」
左手を襲う刺突はダガーで弾き、その他は身をよじってなんとか回避に成功する。その瞬間、今度は上下左右から青い軌道が迫る。
狙いは腹部のようだ。しかし、狙われている箇所が分かっていても、軌道予測が視えてから実際の剣先が届くまでが速い。いや、速過ぎる。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
とても全ては避け切れない。となれば、玄武で防ぐという選択肢しか存在しない。
「っ……!」
四方から迫った腹部への四撃を光の甲羅が防ぐ。と同時に、後ろから衝撃が走った。
痛みの類は一切ない。が、頭の上でタプンッという音が聞こえた。
「これで水量は9割5分ってところかな、破裂まであと少しだね。……ところで、ウヅキ君との闘いを見ている時も思ったけど、それが今、確信に変わったよ」
汗一つかいていない整った顔の口部が上下する。
「ウキキ君……キミ、攻撃が予め見えているだろ? 後ろからのは駄目みたいだけど」
発せられた声は小さかった。他の人間に聞かれないようにしているみたいだ。
「……ああ、別に隠してるつもりはないけど、それを知ってるのはアリスとアナだけだ。多分な」
「ふうーん……。それと最強の盾である玄武……なるほど、どうりでディフェンスに定評があるわけだね」
定評があったのか。なんか嫌だが、まあいい評価なら受け取っておこう。
「トークタイムみたいだから俺も聞くぞ。まず、さっきっから俺はどうやって斬られてるんだ? お前は離れた場所から振ってるみたいだけど、なんで刃が俺に届くんだ?」
魔法みたいなものか? と付け加える。と、ナルシードは不敵な笑みを浮かべた。
「いや、魔法じゃないよ。グラディエーターはマナが極端に少ないから魔法を放つことは出来ないって、キミも知っているだろ?」
俺は、「ああ」と肯定する。
すると、不敵な笑みが勝気な眼差しに変わり、ナルシードの周りにいくつもの黒いモヤモヤが現れた。
その一つ一つがそれぞれ纏まっていき、やがて何本もの刀剣類へと変わる。
「これが魔剣使いの基本的な戦い方さ。遠く離れた場所でも、視認出来ればその場所に発生させて直接斬り刻めるんだよ。飛び道具にも使えるしね」
「おお、エグいな……」
「え、エグ? なんだって?」
「いや、なんでもない。あと一個、勝敗の決め方を聞いてないけど、この術式紙風船試合は紙風船が割れた方が負けってことでいいんだよな?」
ナルシードは頷き、「直接、紙風船を割ってもいいよ? パンプキンブレイブ家のレリアちゃんにやったみたいにね」と続けた。
それをなぜ知っているのか。わざわざ調べたのか。という疑問はさておき、バレているなら作戦Aは切り捨てよう。作戦B……即ち、ぬぎぬぎ作戦発動である。
「出でよ狛犬!」
ワンワン!
さて、ここで仮説を一つ。
この男は性格が悪い。これは仮説ではない、定説だ。
そして、性格の悪さに加えて、グラディエーターとしての誇りと美意識が相当エグい。故に、いつでも俺に止めを刺して紙風船を破裂させる事が出来るのに、そうしようとはしない。
それは何故か? 簡単だ、この男はオーバーキルは醜いと考えている。少しずつダメージを与え、紙風船に水が溜まり、丁度ピッタシ破裂させることが美しいと考えている。多分。
高峰先輩を思い出すな……あの人も、ロボットのシミュレーションゲームでオーバーキルは邪道とか意味不明なことを言ってたな……。
ふと、元の世界と以前の生活を思い出す。
寮の狭い部屋で敷いたままの布団の上に二人して座り、よくゲームをやっていた。
いい先輩だった。バカだが、俺の好きなタイプのバカさだった。
俺は想いにふける。狛犬を使役してから5秒が経過する。
「その幻獣、知っているよ。確か、顕現してから暫くして直線上に飛んで行くんだよね?」
「知ってたのか。……幻獣使いって、実は結構なハンデを背負ってないか?」
疑問符と同時に、俺はナルシードに勢いよく駆け寄る。
「読めたよ、直前でウキキ君はコース変更して、狛犬と二方向から攻める気だね!?」
宙に浮くいくつもの刀剣類がユラユラと揺れる。そしていつでも斬り刻めると言わんばかりに、傾けられて剣先が俺を差す。
ワオオオオン!
狛犬が荒い鳴き声を上げる。俺は、その発声を背中で聞きながらダガーを両手で握る。
「こ、コース変更しない……!? ウキキ君、狛犬に背中から貫かれるよ!?」
驚いた顔をしている。そんな表情で心配しながらも、ナルシードは六本の刀剣類を俺へと飛ばした。
青い軌道はどれも致命傷になる箇所を避けている。思った通り、オーバーキルは邪道という高峰派のようだ。
「信じてたよナル。あと、狛犬は賢いイヌ科に属するんだ」
刹那、狛犬が俺の身体をすり抜ける。
「使役者の身体や魂を傷つけたりはしない!」
光弾となった狛犬がそのままナルシードへと飛んでいく。それと交差し、刀剣類の剣先が俺の眼前に迫った。
「なるほどね、自分はおとり、あくまで本命は狛犬だった訳だ……けど、見えているかい? 僕の魔剣の方が先にウキキ君を斬るよ!?」
確かにそのとおりだ。全てを避ける事も叶わないだろう。しかし、最初からそのつもりはない。
一本でも当たれば確実に紙風船は破裂し、俺の負けが決定する。
しかしそれは、術式紙風船を装着していたらという前提があればこそだ。
「信じてたって言っただろ? 斬られても死なない場所を狙ってくれてありがとうな!」
俺は頭部の紙風船を外し、迫る一本の魔剣だけを打ち弾いてから、痛さに耐えるべく奥歯をギュッと噛み締める。
幻獣の二種同時使役が可能なら、全て玄武で防げたのにな。という考えが頭を過った。
「ぐあっ……!」
魔剣が右の肩を斬る。やっぱり痛い、すっごく痛い。けど、刺さらなかっただけマシかもしれない。
俺は膝をついて痛みに耐え、前方に顔を向ける。
丁度、狛犬がナルシードを貫いて遥か彼方へと飛び去った場面を目にする。
その瞬間、端正な顔立ちの上で、紙風船がパンッと音を立てて破裂した。
「いい闘いだったぜ、親友」
俺は肩をおさえて歩きながら、茫然自失としているナルシードに声を掛けた。
今すぐにでも包帯を巻きたいが、まずは敗者をねぎらってあげたい。ふふっ、我ながら甘いな。
「ずっ……」
とナルシードが言った。
「ず……?」
と俺は返す。
それから「ずるいよウキキ君!」という泣き言を経て負け犬の遠吠えへと続いたが、俺は「外しちゃ駄目とは聞いてない」と論破し、その口をねじ伏せた。