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147 レリアの腐れカボチャパンツ

 青い軌道が一直線に俺の心臓の位置へと伸びた。

 それから少し遅れて、剣による刺突が実際に襲い迫る。


「打ち弾き!」


 俺は鋭い突きをダガーで弾き、続けて鎌鼬を使役して握られたままの剣を真っ二つに斬り裂く。

 驚愕の表情でうろたえる革鎧の男。その震える手が懐に伸び、新たな得物が握られる。


「出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 ナイフが地に落ち、男は膝を付いて崩れ落ちる。

 手足を震わせ、口からは泡を吹き、モガモガともがいている。


「前にも似たような事があってな……今度は逃がす訳にはいかない。なんで俺を殺そうとしたのか話してもらうぞ!」


 聞いていない様子。まあ、雷獣の紫電をまともに食らえば、暫くはこんな感じだろう。


 俺は残るローブの男の脚に照準を合わせる。そして、雷獣を使役しようと名を叫ぶ――よりも先に、白くて小さな物体が、男の頭部へと体当たりを仕掛けた。


「ばっ……! クリス、無理すんな!」


 飛び迫ったクリスは払われた手によって叩き捨てられ、そのままゴロゴロとテントの裾まで転がった。

 その瞬間、男のローブがはらりと捲れ、僅かながらの血液が胸部を伝った。


「っ……!」


 そこにある物。それを俺は瞬間的に瞳に捉え、同時にクリスの元へと駆け出す。


「大丈夫かクリス!」


――心配するでない愚か者。派手に吹き飛ばされたように見えたじゃろうが、あれは自ら飛んでダメージを軽減しただけじゃ。


 絶対に嘘だ、そうは見えない。目はうつろで、多分、頭の上ではヒヨコがクルクルと回っている。


 まったく……お前、弱いんだから無茶するなっての。


 俺は大狼の幼体であるクリスを抱きかかえ、静かに闘志を燃やして振り向く。大事な相棒を傷つけた糞野郎に鉄槌を食らわす為に。


「おいコラ! なにしてくれてやがんでぃこの野郎――」


 あれ? いない?


 誰もいない。見事に誰もいない。忽然と誰もいない。

 目を離した数秒で革鎧の男まで消えている。しかし、逃げ足の音は一切、聞こえなかった。


「ワープ……のような魔法か?」


 もしくは魔法のようなワープ……だろうか。どちらにせよ、発動はローブの男で、革鎧の男を連れて引き上げたと考えるのが妥当だろう。


「雲散霧消……か。けど――」


――わらわの爪撃、見事じゃったろう?


 クリスが語る。ピヨピヨと回るヒヨコはもう去り、両の眼はしっかりと焦点を俺に合わせている。


 ああ、フェンリルの片鱗を覗かせる最高の一撃だったぞ!


 俺はクリスの爪撃を思い浮かべながら語った。

 体当たりは成らなかったが、瞬間的に伸ばされた小さな爪は男のローブを僅かに斬り裂き、胸に刻まれた紋章を露わにしていた。


「黒い薔薇の紋章……だったよな」


 ゴブリン討伐の中継地で俺に明確な殺意を示し、襲い掛かってきた男達。

 これが、この地を狙った野盗の凶行であれば、撃退してめでたしめでたし。で終われる話だが、荒れた様子も戦闘の痕跡もないのでそういう訳にはいかないみたいだ。


 嫌な予感がした。自分でもこれがなんだかハッキリとは分からないが、少なくとも紋章から連想された物がいくつかあった。


 ……死霊使いが持ってた杖、あれの先端も黒い薔薇のつぼみだったな……。


 関係あるかは分からない。しかし、これが鼻先に落ちたほんの小さな雨粒だとしたら、大雨へと変わる前に傘ぐらいは差しておきたい。警戒するのはもちろん、犯人の目星ぐらいは付けておいた方が良さそうだ。


「よし……クリス、まずはゴンザレスさんを探そう」


 俺は歩きながら、胸のなかのクリスに語り掛ける。


――フェンリルの片鱗、か……。


 すると、噛み合わない語りが俺の頭の中で小さく響いた。





「黒い薔薇の紋章……」


 小屋のテーブルに座るゴンザレスさんが俺の言葉を復唱し、アゴに手を当てた。

 それから男二人の背格好を訊き、それに俺が覚えている限りの事を答えると、その手が自らのスキンヘッドをペチンと叩いた。


「まさか、ミドルノームとファングネイ合同兵団のなかに、屍教しかばねきょうがおったとはのう……」

「し、屍教……?」

「ウキキは知らんかのう。三送りされず四併せになり、死ビトと化す事を良しとする教団……四併せこそが人の幸せだと訴えるのが屍教じゃ」

「そ、そんな奴らに襲われたんですか俺!?」


 ゴンザレスさんは頷き、教団員は身体のどこかしらにその紋章を刻むのだと続けた。それから核心に迫る。


「背格好を聞く限り、ファングネイ兵団が雇う傭兵が犯人のようじゃのう……」

「ああ……確かに、ファングネイ王国の鷹の紋章は鎧にもローブにも見当たらなかったし、ミドルノームの兵装とも違ってましたね。フードで顔を覆っていましたけど、逆に言えばそれ以外を見られても特定には至らない自信があったんですか」


 あるいは、返り討ちなどあり得ないという傲慢――だろうか。

 しかし、屍教に襲われる理由が分からない。誰でもよかった……という幼稚な発想ではなく、俺を俺だと認識して殺しに掛かってきたように思える。


「撃退したのは流石ウキキじゃ。だが、一杯食わされたようじゃけのう」

「えっ」

「ウキキはワープして逃げたと言っていたが、空間転移のような大魔法を発動する者が、連れがやられたからと言っておめおめと逃げ帰るとは思えん。恐らく、ただ姿を消しただけじゃのう」

「ええっ」

「連れにも同じ魔法をかけ、二人して息を殺していたハズじゃ。ウキキが去るまでのう」


 やられた。そんな魔法があったとは……すっごく覚えたい。覚えて、女子風呂に潜入――


「じゃがのうウキキ、安心せい。ワシが犯人を捜しだすけえのう」

「えっ……出来るんですか?」

「残ってる傭兵を片っ端から身体検査して、黒い薔薇の紋章を探すだけじゃ。幸い、ファングネイ兵団は全員、本陣に集まってるけえ、鬼のいぬ間に……じゃけえのう。ウキキも、命を狙われた理由が分からないままでは落ち着かないじゃろう」


 俺は頷き、「じゃあ、お願いします」と言ってから、本陣に人が集まっている理由を訊いた。





 理由は極単純だった。


「ゴブリンを一向に発見出来ない兵団の、最後のローラー作戦か……」


 本陣へと向かう翔馬の馬車内で、俺はひとり呟きボディバッグに手を伸ばす。

 中には領主の書状や噴水の包帯、それにレリアの従者のダガーの柄や、冒険手帳が入っている。

 俺は冒険手帳をパラパラと捲り、なんとなく目を走らせてから、空いているページに屍教の事を記入する。


「死霊使いと繋がってるのかね……」


 キーワードは黒い薔薇、だろうか。屍教の紋章と、死霊使いの杖。それがただ似ているというだけだが、疑うには十分すぎる事柄とも言える。


「食人花も黒薔薇だったな……それと――」


 ハンマーヒルで俺を酒場の地下に連れて行き、幻獣使いであるウヅキと闘わせた男。そんな突拍子もない事をしでかした魔剣使いのナルシードが持つサーベルの鍔も、薔薇の形状をしていた。

 もっとも、あれは確か赤かったので、繋げて考えるのは少々強引かもしれない。


「ナルとウヅキ、今頃なにやってんだろう……」


 ナルシードはファングネイ王国の騎士であり、そしてウヅキは東の国から国宝を奪ったという、金獅子のカイルを追っている。

 どちらもまあ、忙しそうだ。歳も近いみたいなので、また一緒にエールでも飲みたいが、再び顔を合わせる機会なんてあるのだろうか。


「金獅子のカイルにも会ってみたいな。最強の幻獣使い……帝国の自由騎士って言ってたっけ」


 真夜中に現れたピエロをカイルだと思い込んでいた為、俺は何故かカイルに親近感を覚え、同時になんだか身近な存在だとも感じていた。テレビでよく見る芸能人に対する感覚と似た様なものかもしれない。


「カイルと言えば、レリアはカイルにぞっこんなんだよな……。13歳の美少女にそれだけ想われるって、なんてけしからん奴なんだ」


 もし会う事があれば、取り敢えず文句の一つでも言ってやろう。と考えると同時に、レリアの風に舞うピンク色の長い髪が目に浮かんだ。

 騎士見習いとしてアナに仕えているレリアは、姉の結婚式でファングネイ王国に帰っている筈だ。それを聞いてから結構日が経っているが、貴族のお嬢様の結婚式なのでそれだけ大規模なのだろう。


「くっ……。レリア、俺がお前を腐れカボチャパンツから救ってやるからな……!」


 俺は決意を胸に秘める。あんな物を穿くぐらいなら、アリスの黒ブルマの方がまだマシだ。


「アリス……今頃、俺と離れて寂しくて泣いてるだろうな……」


 思考の終着点。大いなる独り言の最後を飾ったのは、既に俺にとって隣にいない事に違和感を覚える程になってしまった、アリスの今現在だった。


 馬車がゴブリン討伐の本陣に着き、翔馬が一つヒヒーンと鳴いた。


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