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15 護衛致す

「お花がいっぱいね! あれなんて名前かしら!」


 ショッピングモールの外壁に沿って歩いていると、急にアリスは駆け出した。


「いきなり走るなよ。ソフィエさんが驚いて……ないな。一緒に走り出したな」


 アリスと手を繋いでいるソフィエさんも、我先にとアリスと並んで走っている。

 俺はクワールさんとペースを変えずに歩き、二人が屈んで眺めている花畑を一緒に並んで観賞した。

 雨のなかを走った時は気がつかなかったが、それはアリスが思わず駆け出したのも頷けるほどに見事な花畑だった。


「ショッピングモール周りは花が多いけど、ここはまた一段とすごいな。ってか、誰も管理しないでこんなちゃんとした花畑になるもんなのか?」

「きっとお花の精が管理しているのよ。忘れたの? ここは不思議な異世界よ」

「まあ、そうかもな」


 俺は曖昧な返事をアリスに返す。そう言われると、納得せざるを得ない。

 そしてポケットから手帳を取り出し、自作のショッピングモール付近の地図にこの花畑を描き足した。するとクワールさんが俺の隣にやってきて、手帳を覗き込んだ。


「□△○○x-?」


 たぶんこの冒険手帳について何かを訊いているのだろう。それはなんだ? という風に。

 俺は若干のドヤ顔を浮かべる。「これはですね――」


「私たちの冒険手帳よ!」

「先に言うなよ! 俺が言いたかったのに!」

「また私の勝ちね!」


 するとソフィエさんがさっと立ち上がり、ローブの袖口を気にしながら手帳を指差した。


「てぃちょ!」


 俺たちに名称を教えようとしてくれているような、余計な言葉のない短い発声だった。


「じゃあ、お花はなんて言うの?」とアリスはまた花の元へ屈み、ソフィエさんに花を指しながら尋ねる。


「なーはっ!」


 巻き舌での発音を必要としそうだ。アリスは得意げに『花』の発声を披露する。


「なっーは!」


 ソフィエさんは微笑みながら首を横に振る。「なーはっ!」

「なっぱぁぁぁ!」とアリスが続く。


 クワールさんは二人のやりとりを微笑みながら眺めていた。孫に向ける優しいおじいちゃんのような表情だった。





 結局、俺のシャツは見つからなかった。西メインゲートからショッピングモールに戻った頃にはそろそろ日が暮れようとしていた。


 アリスが噴水の縁に座り、ソフィエさんはその隣に腰を下ろす。それを見て俺とクワールさんも近くのベンチに一緒になって座り、やはりお互い保護者のような目線で二人を眺めるともなく眺める。


 アリスは楽しそうにソフィエさんとコミュニケーションを取っていた。チョコクッキーの細長い容器が空になり、今度はポテトチップスの封が開けられた。


 ソフィエさんを高い頻度でちらっと見ていると、時折ローブの袖から手首の縛られた痕を覗かせていた。

 俺の頭の中で想像だけが膨らんでいく。あれはいつどうやって、あの細くて白い手首についたのだろうか?


 クワールさんの視線を追うと、やはりソフィエさんを見つめていた。

 おそらくその縛られた痕も目にしているのだろう、クワールさんの表情はひどく悲し気に見えた。

 監禁などで縛っていた相手がいたとしても、それがクワールだとは考えられなかった。あるいは、それは俺の希望的観測なのかもしれない。


 クワールさんについてはもう一点、気になっていることがある。

 それはベンチに座りながらだらんと横に放り出している腕だった。


 傷は塞がって痛みも既にあまりないみたいだったが、しかしそれは元々ゾンビもどきに噛まれてできた傷だ。

 その過程からはどうしてもゾンビ可するのではないか? という懸念を抱かずにはいられない。


 今のところそんな様子は皆無だが、警戒はしておくべきだろう。ここは何が起こるかわからない不思議な異世界なのだから。


「ってか、ゾンビとショッピングモールって映画の舞台みたいだな……」


 俺は誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

 だが、明らかに死人ではあるが、やはりゾンビと呼ぶには抵抗があった。

 分類学的には間違っていないのかもしれないが、あれはもっと無機質で人形のような存在に思える。


 あと……。ついでに気になることを並べてみると、さっきの花畑だな。

 北メインゲートの外のパンジーと同じ、双子葉類ばかりだった。まあ完全に地球の花と一致してるわけじゃないかもしれないけど……。


 それと――


 俺は立ち上がり、アリスとソフィエさんが座っている噴水の周りに咲く花に目を向けた。


 あの葉っぱが丸い花、ルナリア。

 花図鑑で見たのより更に白くて、輝いて見えるな……。

 その名称から連想されるものは……。


 俺は天井の厚いガラスに目をやる。その向こう側で、ちょうど一つの風景の中に3つの月が収まっている。


「やっぱりあれだよな……」


 3つの月、ルナリア、双子葉類、黄色いパンジー、ゾンビもどき、大きい狼。


 俺は気になるワードを、適当に手帳の一ページに並べて記入してみた。わけがわからなかった。


 ミオクリ(見送り? 三送り?)、シアワセ(幸せ? 四併せ? 死会わせ?)。


 ソフィエさんの言葉から聞き取れた単語も並べてみる。そして余計意味不明になり、俺は冒険手帳を閉じた。


「まあそのうちわかるだろ……そのうちな……」


 今度はみんなに聞こえるぐらいの声で呟いたが、誰も反応しなかった。


「そのうちって何よ」

「うわあああっ!」


 と思ったら、アリスが反応していた。

 それどころかいつの間にか俺の後ろに立ち、お気に入りのチョップを俺の後頭部にかました。


「びっくりさせんなよ……。あとチョップするな」

「あなたって、つむじだけはすてきよね」

「だけってなんだだけって。ってか、つむじ褒められたの初めてだな……」


 数発のチョップをして満足したのか、アリスは再び噴水のソフィエさんの元に駆け寄った。そしてくるっと振り返る。


「ソフィエそろそろ帰るらしいわよ?」

「え……帰るってどこに?」

「北メインゲートを指差していたから、そっちの方角じゃないかしら?」


 俺たちのやりとりを見てその内容を把握したのか、ソフィエさんは急に真面目な顔をして俺のことを見た。


「△xxミオクリ○○x□x▽」とソフィエさんは言った。


「またミオクリか……それのために帰るのかな?」

「見送りはいらないってことじゃない? ……ちょっと! 水臭いわね! 袖振り合うも他生の縁よ!」


 アリスは自分で予想した言葉に自分で反論した。


「ちょっと手帳貸して」


 素早く近づき、アリスは俺から手帳とペンを取り上げる。そしてその一式をソフィエさんに渡す。


「ソフィエとクワールおじさんどこに帰るの? この地図に描いてちょうだい」


 俺は黙ってそのやり取りを見ていた。しかしクワールさんも二人の元に行き、ソフィエさんが手帳に何か描いているのをそばで見ていたので、寂しくなって俺も近寄り話に混ざった。


「ここって、狼ちゃんの住処の先にあった森のことよね?」、アリスが手帳の森の辺りに記入されたマークをとんとんと指で叩く。


「そうみたいだけど……なんでソフィエさん、所々にイラストを描いたんだ……」


 手帳を受け取りそれを見ると、俺が見開きで描いたショッピングモール周辺の地図にイラストが描き足されていた。


「この花はさっきの場所で、この微妙な狼の絵は狼の住処か。ソフィエさん絵下手だな……」


 思わずイラストの感想を漏らすと、ソフィエさんは俺に向かって腕を伸ばし、親指を立てながらウィンクをした。


「いや、ドヤ顔でグッド的な仕草をされても……その仕草はどこでも共通なのか?」


 危うく可愛すぎて抱きしめそうになったが、アリスの頭に手を置くことで俺は我慢をした。地図に再び目を向ける。


「森の中に帰る場所があるのか……このイラストだと村っぽいな。もうすぐ日が暮れるし、今日はここに泊まったほうがいい気がするけど」


 そう言うと、ソフィエさんは目に強い意志を宿し、俺の目を射抜いた。


「○▽□xシアワセ△xx-」

「今度はシアワセか……」


 急に場の空気が重くなった気がした。そう感じた次の瞬間、クワールさんが俺とアリスに向かって深く頭を下げた。


「△xxシアワセx○○▽□△xx-」


 姿勢を正して直立するクワールさんに、困った顔でソフィエさんが何かを言う。

 状況から考えると、クワールさんは俺とアリスに村までの護衛を頼んでいて、ソフィエさんがその申し出を止めているみたいだった。俺とアリスにこれ以上迷惑はかけられないといった表情をしている。


「もちろん私たちも行くわよ! あなたは反論しないわよね?」

「いや……」


 アリスは状況の推察など関係なく、最初からソフィエさんを護衛して送っていく気だったみたいだ。

 アリスの問いに一言漏らしてから、俺はすぐに言い直す。


「……ああ、行こう。護衛致す!」


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