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146 探すはゴンザレス

 俺はヒーローに憧れていた。

 なかでも、小さい頃に見たスパイダーメンのアニメは今でも鮮烈に覚えている。

 指から糸を発射して摩天楼を飛び交うシーンは爽快かつ豪快で、大人になれば、きっと俺にも出来る事なんだと思っていた。

 しかし、それは子供のよくある勘違いの一つだった。中学生になっても、俺の指から糸が発射される気配は皆無だった。

 俺は、考えを改めた。あれは人の成長過程において発現される能力ではないんだ、と。

 そこに気が付けば、あとは話は早かった。そうだ、アニメでは確か、物語の初めに蜘蛛に噛まれていた。俺も噛まれれば、きっと。


「それから……確か山に籠って、それらしい蜘蛛を探し回ったな……」


――馬鹿なのか、うぬは。


 ディスるクリスを無視して俺は崩壊した橋の前に立ち、向こう側に見える大木に手のひらを向ける。


「まさか、あれだけ憧れていたスパイダーメンの真似事を、こんな異世界の地でやる事になるとはな……」


 俺は意を決し、使役幻獣の名を口にする。


「出でよ玄武! 飛べ黒蛇!」


 シャアアアアッ!


 黒蛇が豪快に飛び立ち、大木にグルリと巻き付いた。

 俺はいつもとは逆の要領で縮む黒蛇に身を任せ、爽快に向こう側へと着地をする。予定だった。


「いや、怖い。絶対無理だろ。川幅どんだけあるんだよ……」


 そう言えば、真夜中のショッピングモールに現れた未来の俺であるピエロは、黒蛇を使いこなしてスパイダーメンになりきっていた。と、言う事はだ。俺が今ここで諦めても、そのうちあれだけ飛び回れるようになるのであろう。それならば、今ここで無理をする必要はない。


 そうだ、ここは木霊をMAX使役して渡ろう。多分、MAX使役したら、大量の木霊が現れて横断歩道橋の如く使えるのだろう。

 そう考え、俺は黒蛇を還らせてから再び腕を構える。


「出て来いやMAX木霊!」


――なんやて? ――知らんがな ――MAXて、さぶっ


「ちょ……おい、お前らMAX使役でも三体だけかよ!」


――いつだって ――MAXやで ――くさっ


 なるほど、MAX使役でも何も変わらない幻獣もいるらしい。

 俺は三体目の木霊にイラッとしながらも還し、諦めて本当に意を決した。





 無理をした結果、俺は無事に向こう側へと渡り、おととい宿泊した町へと急いだ。

 今夜のうちに、最低でもそこまでは辿り着いておきたい。ゴブリン達が待つ会談の席は明日の夕刻。それまでにゴブリン討伐のお偉いさんに話を付け、向かわせなければならない。


 領主の書状があるから、それを読んでもらえれば説得は出来るとして……それでも、のんびりとしてる時間はねーな……。


 俺は自然と走り出す。ペース配分を考えながら。

 道は果てしない。と言う程ではないが、やはり無理をしてバテてしまったら元も子もない。


――おい、うぬ。なんじゃ、首筋の刻印が増えておるではないか。


 駆ける俺の腕を咥え込んでいるクリスが、急に語りだす。


「……せっかく忘れてたのに言うなよ。多分、領主の『重複の法』の影響だろうな……。あれって、魔法やらなんやらの効果を倍化するって言ってたし」


――まあ、よい刻印ならばいくつあっても問題ないじゃろう。それより、あまり揺らすでない、眠れんじゃろうが。


「寝るな。ってか、お前も走れ……」


――無理を言うでない。


 無理を言ってしまったらしい。

 それは悪い事をしたな。と語りながら、俺は一度立ち止まって屈伸をし、再び駆け出した。





 宿で朝を迎え、俺は朝食をとってから、しかめっ面で待ち構える店主の元へと歩いた。

 一泊一食のお代は銀貨二枚との事だったので、ボディバッグから財布を取り出し、アナから貰った路銀で支払った。

 これで残金は、漱石さん三枚と銀貨が八枚。どう考えてもこの異世界で日本の紙幣が使えるとは思えないので、そうなると残る銀貨で馬車を手配しなければならない事になる。


「まあ、銀貨五枚もあれば十分ってアナも言ってたし、大丈夫か」


 俺はドキドキしながら町の片隅に足を運び、それっぽい外観の建物の敷地へと入った。


――あれ、食してもよいかのう。


 俺の左腕にぶら下がるクリスが、厩舎に目を向けながら語る。


 よい訳ねーだろ……。


 語り返してから、俺は竹ぼうきを持つ中年の男性に会釈をし、馬車手配の交渉を行った。



 平原を走る馬車内で、クリスが一つ欠伸をしてから眠りに入った。

 翔馬の馬車と違って随分と揺れるが、それがむしろ心地いいのかもしれない。

 俺も目を瞑り、頭のなかで今後の立ち回りを考える。まずはゴンザレスさんを探して、仲介をしてもらおう。とまで思考を巡らせてからすぐに、ユイリの裸の後姿が脳裏に浮かんだ。


「ぐふ……えへへ」


 一度、想像のなかに裸体の少女が現れれば、それをどうするかは俺の自由だ。そう、自由なのである。

 濡れた薄紫色のサイドテールを解くユイリ。振り返った裸の姿は、17歳にしては少し幼くも見える。

 俺は頬に手を添える。そして、それとは逆の手で長い耳の先に手を伸ばす。


 『愛するあなたと、生涯をともに』


 エルフやハーフエルフの耳に異性が触れるという事は、プロポーズと同意義である。

 昨日ユイリからそう聞いた瞬間、俺は委縮してしまった。しかし、あい待たれよ。あれはチャンスだったのではないか? どうも今にして思えば、ユイリは全てを俺に委ねていたような気がする。


 俺は、想像上のユイリに一つ問う。


 あ、あの……。もしかしてユイリ、俺にホの字ですか?


 はい!!


 おおう、かなり食い気味かつ明快な言葉が返ってきた。これはあれか、モテ期の到来という事か。

 俺を好いてくれているならば、俺のなかのバンダースナッチを開放するしかない。開放すれば最後、俺はエロ魔獣へと化する。

 左手に封じているジャバウォックも開放し、俺はもう一度、紅く染まる頬に触れる。あ、でもちょっと待って、黒おパンツ様穿いてくれる? 俺、全裸よりもおパンツ様一丁の方が好きなんだ。

 うんうん、そうそう、おパンツ様の着脱は後ろを向いて恥じらい――


「着きましたよ」


 えっ……?


 気が付けば、馬車はゴブリン討伐の中継地に辿り着き、辺り一面にテントや簡易小屋が広がっていた。

 しかし、人の気配があまりない。スマホで時間を確認すると、昼の12時を少し周ったところ。

 みんながみんな晩酌に溺れ、未だにテントのなかで眠っているとは考えにくい。それなら、あれだけいた人達はどこにいるのだろう。


「ありがとうございました」


 と馬車の御者に言ってから、俺はその辺にいる人に訊いてみようと歩を進める。


「もしかしたら本陣にいるのか……? ゴンザレスさんも――」


 言葉が途切れた原因は、突然、道を塞ぐ二人の男だった。

 革の鎧姿の男と、黒いローブ姿の男。顔をフードで隠しているが、隠せていない箇所が一つ、いや、二つある。


 俺は跳び退き、腰のダガーを抜く。

 男達は少し慌てた様子で、「どうかしましたか?」と訪ねる。


 俺は黒いローブ姿の男へと腕を構え、声を荒げる。


「どうかしましたか? じゃねーよ! フードの奥から赤い輝きが溢れ出してるぞ! 何食わぬ顔で殺す気だったのか!?」


 馬の足音が聞こえた。そういえば、アナは馬車の手配は銀貨五枚もあれば可能と言っていたが、請求された金額は銀貨八枚だった。俺の全財産を知って、ぼったくりに掛かったのかもしれない。


「やってくれるぜ、あの爺さん!」


 と叫ぶと、戦いの合図だととらえたのか、革の鎧の男が腰の剣を抜いた。


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