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143 カーバンクルの輝く緋皇石

 アリスの頭上には燦然と輝く天使の輪っか。

 そして、その周りを飄々と浮かんでいるフェレットのような生物にも同じ物が。


「か、カーバンクル……!? もう神獣のたまごから孵ったのか!?」


 月の迷宮で未来アリスが召喚していたカーバンクル。フェレットのような姿は相変わらず愛らしい。

 と、その額のルビーのような宝石が、突然、光輝を放つ。


――やあ、また会ったね


 フェンリルのように。大狼のように。

 孵ったばかりにしては、やや大人びた声が、直接、俺の脳内に響く。


 ま、またって……お前、俺が分かるのか!?


――僕は知らない。けれど、この緋皇石は君を知っている。……語り合っている暇はないと思うけれど? 僕を見て、なにか閃いたんじゃないのかい?


 なるほどその通りだ。今はこの不思議な生物の不可思議な言葉に驚いている暇はない。

 紅衣のデュラハンが、起きたばかりでヨダレを垂らすアリスに飛び迫っている。


 俺はそのアホ面に向けて、大声で叫ぶ。


「アリス! そのままカーバンクルに集中してろ!」


 えっ? というような表情を浮かべるアリス。しかし次の瞬間には状況を理解したらしく、俺に負けず劣らずの声を上げる。


「分かったわ! この子が敵を空中爆散させるのね!?」


 まあまあ当たっている。


 空中のデュラハンは杖の先端をアリスに向け、降下している。


 間に合うか……!?


 ふんばるような表情で天使の輪っかを輝かせ、集中しているアリス。の召喚獣であるカーバンクルへと視線で狙いを付け、俺は腕を構える。


「出でよMAX狛犬!」


ワンワン! ワンワン!


 顕現した二体の狛犬、阿形と吽形。

 力強く地を踏みしめる姿は勇猛かつ神秘的であり、そして、以前とは明らかに違う部分もある。


「熱っ……!」


 そう、熱い。態勢を低くし、尻尾を振ってカーバンクルを見据えているが、なんかオーラがエグい。

 これが領主の『重複の法』をのせた状態なのだろう。なるほど、威力は半端なさそうだ。


 やがて10秒が経つ。滞空時間の長さが仇となったな。とデュラハンに言ってやりたいが、やめておく。


ワオオオオン! ワオオオオン!


 シャカリキに飛び立つ二体の狛犬。領主の大魔法をのせた光弾は空を駆け、そしてカーバンクルへと迫る。


「カーバンクル! そのまま跳ね返せ!」


――お安い御用さ


 とカーバンクルは語り、額の緋皇石を輝かせながら顔の向きを変える。角度の微調整なのだろう、それをアリスに寄り添うようにして熟す姿は、アリスの盾である事を誇っているようにも見える。


 阿形と吽形が緋皇石に押し迫る。瞬間、眩い光がカーバンクルの額に集束し、二つの光弾をそのまま反射して宙のデュラハンへと跳ね返す。


「行けっ! 阿形、吽形!」


 俺は拳を突き上げる。アリスは額に汗を浮かばせながら集中し、頭上の天使の輪っかを眩く光らせている。


 瞬間、空に二つの閃光が走る。その先端が紅衣のデュラハンを貫き、遥か空の彼方に消えてゆく。

 手応えよりも確かな感覚が俺の腕に伝わる。それは二体の狛犬からの、勝利という名の無言の言葉。


「やったか……!」


 俺は森の木々を巻き込みながら、大きな音を立てて落下したデュラハンに目を向け、そしてゆっくりと近づく。

 そこには無残なデュラハンの姿がある。いや、デュラハンだったであろう物体が転がっている。

 領主の大魔法、『重複の法』で倍化されたMAX狛犬。俺は自分が放ったとはいえ、その桁外れの威力に今更ながら恐ろしさにも似た感情を抱く。


 ……いや、これは俺の力じゃない。領主の大魔法の力だ。


 俺は胸に手を当て、その最大の功労者の元へと向かう。


「領主のおじいちゃん!」


 俺を追い越し、アリスが地に伏している領主の胸に飛び込む。

 光の輪っかはいつの間にか消えており、当然、カーバンクルの姿も見当たらない。

 神獣のたまごから孵り、そして血の契約を行うまでに至った経緯を聞きたいが、今はそれよりも領主の身体の心配が先だ。


「アリス、包帯を!」


 俺も老いた身体に触れ、衣服を脱がしてデュラハンの杖が貫いた腹部を露わにする。

 アリスはそこに、要領よく噴水の水に浸した包帯を巻いていく。


「あ、アリス……あんがとうよ。なんだ、随分と手慣れた手付きじゃねえか」


 領主が虚ろな瞳を開き、震える指先をアリスの頭の上に置く。

 アリスはそれを掴んで自分の頭に手のひらごと乗せると、包帯の先を片手で器用に裂き、少しきつめに結んだ。


「もう何度も巻いているからお手の物よ! プリティー白衣の天使と呼んでちょうだい!」


 領主は微笑み、アリスが召喚していたカーバンクルについて二、三、口にする。

 目を輝かせながらアリスはそれを聞き、同時に俺をその場に無理やり座らせて包帯の先を伸ばす。


「巻くなら早めに頼む。……死ビトがまた集まって来てるぞ」

「高貴な私に巻いて頂くのに、随分な言い草ね。……はい、終わったわ!」


 紅衣のデュラハンに焼かれた背中と左腕に包帯が巻かれ、そして完了の合図なのか、パンパンと強めに叩かれる。

 俺ははだけたワイシャツのボタンを止め、周りを見渡す。大量の死ビトが未だ森をうろつき、その中の数体が俺達を見定め、迫って来ている。


「相手にしてたら、あっと言う間に囲まれちまう……。アリス、俺は領主をおぶるからサポート頼むぞ! このまま森を抜けよう!」

「了解よ!」


 領主も頷き、背を向けた俺に「すまねぇな」と言いながら身を預けた。

 俺はそのまま領主をおぶり、森を抜ける為に北へと歩き出した。





 領主はとても軽かった。尽きた寿命をマナで補っている状態だからと言う訳ではなく、ただ単に骨と皮だけの重さのように感じた。

 そして、口数も少なかった。アリスが精霊術で寄る死ビトを倒すと、「おう」だとか、「今のはいいねぇ」などと一言だけ小さな声を上げていた。


 俺は背中の老人から、もっと色々な話を聞きたかった。

 北の国のエルフの話や、大魔導士の館での話。アナとの出会いの話や、妻である領主代理がクワールさんと恋仲だった事についての話。

 それは尽きなかった。しかし、領主に巻かれた包帯から滴る血液は、必要のない言葉を領主に紡いでもらう事を躊躇させた。


 目の前に、大樹から伸びる太い根があった。

 俺はそれを、ヒョイっと跨いだ。つもりだった。


「っ……!」


 しかし、足がもつれ、たかだか20センチ程の木の根に引っかかり、前のめりで転んでしまった。


「領主、大丈夫ですか!? すいません!」


 例えるなら、背負い投げのように。あろう事か、俺は領主を放り投げる形となってしまった。

 領主は「大丈夫でぃ」とだけ言い、再び俺の背中に身を預けた。

 俺はもういちど謝り、軽い身体をおぶって歩を進めた。


 正直に言うと、俺の身体もかなり限界の所まできていた。

 足は鉛のように重く、ともすれば大樹の根のように、そのまま地面にめり込んで歩行を停止してしまいそうになる程だった。

 言うまでもなく、玄武やMAX使役の影響だろう。しかし、幻獣のおかげで大量の死ビトや紅衣のデュラハンに打ち勝てた事は紛れもない事実であり、今更、それをどうこう言うつもりはなかった。


 と言うか、幻獣の使役で体力不足に陥るなんて、他でもない、俺の鈍った身体のせいだ。

 夢を抱き、夢に裏切られ、夢を諦めてからの数週間。なんにもしないで、ただアパートでだらだらとしていた少し前の自分を、俺は呪った。


「アイス・アロー!」


ズシャーー!


 アリスの放った氷の矢が、前方で進路を塞ぐ死ビトの頭部を粉砕しながら貫いた。

 それに反応して傍の獣道から現れたのは、武器を携える数体の死ビト。


 アリスの反応は早かった。失った方とは逆の手に握る手斧を死ビトが振り上げる間もなく、氷の矢がその顔面を貫く。

 同じようにして、槍を掲げる死ビトもその場に倒れ込む。しかし、ショートソードを持つ死ビトの歩みは止まらず、アリスへとその一振りが迫った。


「アリス!」


 俺は領主をおぶったまま瞬間的に駆け、その凶刃がアリスに届く前に死ビトを横から蹴り上げる。

 その結果、俺はバランスを失い、またも領主とともにその場に倒れ込んでしまった。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 倒れもがいている死ビトの首を二撃の斬風が刎ね飛ばす。

 そして倒れたままの領主を仰向けに寝かせ、俺は立ち尽くしているアリスに視線を飛ばした。


「どうしたアリス、大丈夫か!?」


 膝に手をついてハアハアと肩を揺らしているアリス。その姿勢のまま無言が続き、やがて顔を上げたその表情に『大丈夫』などという面影は一切見当たらなかった。

 慣れない召喚を熟し、それからもここまで幾体もの死ビトを一人で葬り続けた11歳の少女。俺と同様に、いや、それ以上に体力やマナが尽きて当然だろう。


「アイス・キューブ! 落ちさなさい!」


 アリスが両手を宙に向け、そして次の瞬間には巨大な氷の塊を、こちらに忍び寄る死ビト数体の頭上に落下させる。と同時に、その場で領主に覆い被さるように、アリスは静かに崩れ落ちた。


「おい! しっかりしろ!」


 俺はその華奢な身体の肩を抱き、揺さぶる。しかし反応はない。

 脈を取り、平らな胸に手を当てる。心臓は鼓動を緩めてはいない。体力とマナが尽きて、一時的に気絶のような状態になっているようだ。


「ウキキ……」


 領主が俺の名を呟き、そして、『俺を置いて、アリスを連れて逃げろ』というような言葉を口にする。

 俺はそれをスルーし、集まり出している数十の死ビトを時計回りで確認して、その突破口を探る。


 くそっ……! あともうちょっとで森を抜けるのに……!


 刹那、風切り音を俺の耳が捉える。その音から連想されたのは、鋭い矢。

 俺へと伸びる青い攻撃軌道は無かった。と、すれば、アリスか領主を狙った物。

 俺は咄嗟にそう判断し、二人の前に立って玄武を使役して光の甲羅を展開する。


「出でよ玄武!」


カメエエエエッ!


 光の甲羅は悠々と大樹の傍から放たれた矢を防ぐ。

 俺は二射目が来る前に、剣閃を放って殺意を俺に向けさせようと、腰のダガーを抜く。


「っ……!」


 が、抜いたダガーが森の泥濘に落ちる。取り損ねただとか、握り損ねたとかではなかった。

 俺の左手は、ただダガーの柄を握るという至極簡単な行為すら出来ずに、ブルブルと大きく震えている。


 目の前が暗くなる。自分の意思とは関係なく、両の瞳が閉じられていく。


 お……俺まで倒れたら……。


 唇に違和感を覚える。俺はいつの間にか倒れ込んでいたようで、口元に触れた泥濘が苦い味を俺の脳内に伝える。


 マジか……。こ、こんな所で三人とも……。


 俺は死を意識せざるを得なかった。頑張ればなんとかなる。諦めたらそこで試合終了だよ。という事ではなく、まるでゲーム機の電源コードを抜かれたように、突として死が迫った。


 そこへ、死ビトが迫る大量の足音。

 俺は唇を噛み締める。感じた苦みは、血液か土か。それすらもう判別する事は叶わなかった。


 それと、ほぼ同時だった。


「領主様! ウキキ殿! アリス殿!」


 聞こえた声は、アナのものだった。亡者が奏でる音よりも響く、アナが必死で叫んだ綺麗な声だった。


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