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142 領主の大魔法

 地にうずくまる領主。紅衣のデュラハンが貫いた腹部からは激しく血が流れ、あっと言う間に血溜まりが形成されていく。


 数体の死ビトがそれに反応し、ゆっくりと領主に向けて歩を進める。まるで失ったマナをその血で補おうとしているかのように、気が付けば二十体ほどの亡者が領主を囲みだす。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 そういう訳にはいかない。

 このまま領主が死ビトに食われるなんて事は、絶対にあってはならない。

 俺はボロを身に纏う死ビトの首を後ろから刎ね、次の瞬間には狐火を使役し、二十を超える死ビトに火炎放射を浴びせる。


 それにより、何体かは漏れてしまったが、死ビトの群れが眼を赤く染め殺意を宿していく。


「青鷺火なら完璧だけど、そうすると領主まで俺に殺意を向けちゃうからな……」


 呟きながら、俺はくすんだ瞳の死ビト数体に鎌鼬をお見舞いし、歯を食いしばって激痛に耐えている領主に僅かばかりの治癒気功を行う。

 貫通した箇所は塞がらない。が、それでも領主は俺に向かって『あんがとうよ』と言わんばかりに、ウィンクを一つする。


「領主、とりあえず死ビトは頂いて行きます! 絶対に死なないでく――」


 言葉を切らざるを得なかった。油断――とまではいかないが、死ビトに注視していてデュラハンから目と気を逸らしてしまったのが原因の主たるものだった。


「うぐぁあああああ!」


 俺の背中を、恐らくだが火の球が襲った。

 貫かれたかもしれない。いや、そればかりか、既に俺は死んだのかもしれない。

 この意識は霊体によるもので、微かに開く瞳の先には横たわる俺の姿があるのかもしれない。


 俺は祈りながら前を向く。だがそんな物はどこにもない。と言う事は、俺はまだ生きている。


「い……出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 痛がるのは後でいい。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 攻撃をもろに食らった背中に触れて、ケガの具合を確認するのも後でいい。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 生きているならやる事は一つ。

 死ビトの群れを斬り刻み、遠くからこちらの様子を窺っている紅衣のデュラハンを打ち倒して、アナやユイリが待つ村に領主を連れて行こう!


「い…………出でよMAX狐火!」


ボオオオオオオオォォォ!!


 ハイカラ野郎の業火にも負けない、そんな俺の身体をいたわらない狐火の激しい火炎が死ビトの群れを包み、その身を焼き焦がす。


「ハア……ハア……こ、これでとりあず周りの死ビトは片付いたか」


 膝が震え、手が痙攣し、心臓までもが何者かに握られているかのように痛む。


「ハア……ハア……。あとはデュラハンを……」


 俺は顔を上げ、視線を紅衣が佇む方向へ飛ばす。


「っ……!」


 が、俺の目が捉えたのは百を超える死ビト。

 その全てがこちらを見据え、ゆっくりと歩を進めている。


「くそっ……なんだよこいつら! なんで集まって来るんだよ!」


 瞬間、俺の脳裏をよぎったのは先が薔薇の形状になっている死霊使いの杖。

 まさか死霊使いが死ビトを操っているのかと勘繰る。が、それらしき人影は見当たらない。


「なら、デュラハンが操ってるのか……?」


 もしそうであれば、死ビトが自然と集まる死霊の澱みにデュラハンという組み合わせなんて、悪夢以外の何物でもない。

 俺は頬をつねる。しかし、やはり夢から醒める気配はない。


「くそっ……倒し続けるしかないのか!」


 ダガーを握り直して叫んだ瞬間、俺の後方から大きな安心感を宿した小さな声が聞こえた。


「アース・ストーム」


 振り返ってその声の元に目を向ける。と同時に、数千の石つぶてが巻き起こす嵐が、死ビトの群れへと飛び迫る。


「領主!」


 立ち上がって腕を突き出していた領主が崩れ落ちる。

 死ビトの群れもそれに付随するように、一体残らずその場で倒れ込み活動を停止する。


 俺は領主の元まで駆け、その横たわる体を抱き起す。


「腹を貫かれて無理しないで下さい! 俺がなんとかしますから!」


 俺の視線の先の苦痛に歪ませた表情が、柔らかい笑顔に変わる。


「ああ、なんとかしろぃ……。ここからはお前さんがな」


 領主から流れる赤い血が、俺の手のひらに少しずつ溜まっていく。

 このベットリとした血の感触を俺は知っている。流れ出てはいけない人間から流れ出す、あまりにも赤い血を。瞬間、俺の心臓と脳がギュっと掴まれたような感覚に陥る。


「…………ほ、包帯!」


 が、とりあえず今は目の前の事に集中する。

 一度アリスが眠る洞窟まで領主をおぶって移動し、包帯を巻かなくては。


「う、ウキキ……俺はもう長くねぇ。治療は考えなくていい……」


 俺の思考を読んでいたかのように、領主はそう言った。


「そ、そんな事はありません! さっきまであんなに元気だったじゃないですか! 包帯を巻けば、余命二日どころか100年は生きますよ!」


 領主がハハハッと笑い、ゆっくりと皺の目立つ口元を動かして声を振り絞る。


「元気に見えたなら気の張りがいがあったってもんでぃ。……俺の身体の寿命はとうに尽きてらあ、動けていたのは、体内のマナを命に変換していたおかげでぃ。まさか、あんなに俺に厳しかった師匠の真似事をするとは思ってもみなかったがな……」


 もう一度、領主は小さく笑う。それすら命を削る行為のようで、胸がギュっと痛む。


「それよりウキキ、紅衣のデュラハンを倒せ。でないと、ウキキもアリスもここで死んじまう……。俺はもう動けねえから『消滅の法』で倒す事は無理だ。だから、代わりにこいつをお前さんに発動するぜぃ……」


 領主の右手が俺の胸に当てられる。

 光が包み、暫くして消えていく。そんな現象が何度か訪れると、やがて俺の胸が熱くなり、身体に住まう幻獣までもが熱を強めていく。


「これが、『重複の法』でぃ……。一度限りだが、お前さんの放つ幻獣の威力やらなにやらが倍加されるだろうよ」


 ちょ、重複の法……領主が発動出来る二つ目の大魔法……。


「分りました」


 と俺は言う。


「任せてください。領主の大魔法、絶対に無駄にはしません!」


 そしてそう続け、俺は未だこちらの様子を窺っている紅衣へと視線を飛ばした。





 さて、問題はどうやって重複の法をのせた一撃をデュラハンにぶち当てるかという事だ。

 使役幻獣は決まっている。月の迷宮でデュラハンを貫いた実績のあるMAX狛犬が妥当だろう。


 しかし、当てさえすれば勝てるという絶対の信頼はあっても、確実に当てる自信はあまりない。

 顕現してから10秒後に飛び立つという狛犬の特性は、そもそもがヒットさせるという有効打の大前提にあまり適していない。


 あまり考えている時間もない。のんびりしていたら、また死ビトが大量に集まってしまう。


「それに、デュラハンも待ってくれるつもりはなさそうだな……」


 領主がバラバラに砕いた死ビトの屍を越え、紅衣のデュラハンがゆっくりとこちらに近づいている。

 まるで死ビトを操り、領主の最後の力を奪う事が目的だったかのように。あとはじっくりと嬲り殺すだけと言わんばかりに。


 その足が止まり、杖の先端がこちらを指す。

 発射された火の球は轟々と燃えている。ここからでも、その燃焼力が嫌というほど伝わってくる。

 俺はそれを全身のバネを使ってヒラリと避ける。そしてその元へ全力で駆ける。

 瞬間――第二射目が俺の左肩を捉える。避け切れなかった代償は気絶しそうになるぐらいの激痛。それと、見るも無残……いや、見ないでおこう。


 近距離。俺はダガーを右手で握り直し、紅衣の脚に突き立てる。

 致命傷を与えるつもりはない、ただその足が10秒ほど止まってくれればいい。


 デュラハンが杖を振り上げ、そしてすぐさま振り下ろす。

 俺はそれをタガーで受け止め、そのまま流れるようにもう一度デュラハンの脚を狙う。

 狙いが通る。と同時に、杖の先端までもが俺の脚を通り抜ける。


「ぐううっ……!」


 痛い。物凄く痛い。けど、俺がこの異世界で初めて受けた激痛よりはマシかもしれない。

 嫁狼に噛み砕かれ、肉を削ぎ落されたあの痛み。それに比べたら幾分かはマシかもしれない。

 と、言う事は、このケガだって噴水の水でなんとでもなる。俺がへこたれなければ、こんな大けがは大けがのうちには入らない。って事にしておこう。


 刹那、頭上に業火が舞う。

 炎はバルーンのように膨らんでいき、俺が少しだけ後退る事も許さないかのように押し迫って来る。これはヤバイやつだ。死んでしまったら噴水の水もなにもない。


「アイス・アロー・ツヴァイ!」


 アリス……ではなく、領主がそう叫んだ。

 二つの氷の矢は燃えるバルーンを貫き、そのふざけた大きさを半分ほどに縮小させる。

 これなら避けられる。領主がボロボロの身体でサポートしてくれたのだ、避けきらなければ男が廃るというものだろう。


 業火が勢いよく地に衝突する。そこに俺の姿はない。

 デュラハンの後方に回った俺は、右手で握るダガーをただ真っ直ぐに突く。


「っ……!」


 生涯で最高の突きが、亡者人生10番目ぐらいであろう高い飛翔によって躱される。

 その躯が向かう先は洞窟の入り口。俺は身体を捻ってその向かう先に目を向ける。


「あ、アリス!」


 起きて洞窟から出て来たアリス。その頭上には、光り輝く天使の輪っかが浮かんでいた。


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