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141 紅衣のデュラハン

 神獣のたまごは野球ボールほどの大きさで、まん丸い。

 故に、洞窟の地面に置いておくとコロコロと転がってしまう。

 どうしようか、と俺は考える。しかしすぐに、ほぼ平らな置き場所が目に入る。


「洞窟の入り口に結界を張ったぜい。これで暫くのあいだ、外からは誰も入って来れねえ筈だ」


 領主が言った。眠っているアリスの胸に置いた神獣のたまごは、まるでそこが本来の奉納場所であったかのように微動だにしない。


「結界なんて本当にあるんですね……。これも魔法ですか?」

「おうよ、ファングネイのベラベラとよく喋る符術師ギルドのマスターに貰った魔符でぃ。それよりウキキ、作戦は分かったな?」

「はい。短期決戦ですよね? 確かに、疲れ知らずのデュラハンとの戦いなんて、長引けばこっちが不利ですからね」


 有利不利……という観点で言えば、首無し死ビトであるデュラハンには当然だが目もない訳で、俺の『赤い殺意の眼を視る』と、『青い攻撃軌道を視る』という特殊能力は全く持って意味を成さない。

 俺がこの異世界で無敵無双無敗を誇っている要因は、俺の身体に住まう幻獣もさることながら、この特殊能力の割合がかなり多くを占めている。

 そのアドバンテージが通じない相手。黒鎧のデュラハンとの戦いでも感じたが、首無し死ビトは俺にとって天敵と言えるかもしれない。


 俺は外をうろついている大量の死ビトや、赤いトレンチコートを翻して闊歩している紅衣のデュラハンに目を向ける。


「で、短期決戦を制する方法はあるんですか?」


 と訊くと、領主は「ある」と一言だけ返し、「鍵は大魔法の発動でぃ」と続けた。


 大魔法の発動……それは、領主の最後にやりたい4つの事にも含まれている事柄。

 聞けば、大魔導士の館で禁書を盗み見て学び、発動出来る可能性のある大魔法が二つあるらしい。


「一つは、『重複の法』でぃ。これは……まあ、簡単に言えば魔法などの効果を倍化する大魔法。そしてもう一つは、『消滅の法』でい」

「ちょ、重複の法と、消滅の法ですか。消滅って、なんかエグそうですね……」

「ああ、言葉のとおり、相手を消滅させちまう大魔法でぃ」


 なるほど分かりやすい。

 しかし、倒しても延々と転生を続けるデュラハンを消滅させられるかは疑問が残る。

 領主はそんな俺の疑問を見抜いたのか、先手を打つように口を開く。


「なんせ、禁書に記されている大魔法だからな、デュラハン相手に発動させた記録は残っちゃいねぇ。が、まあ、これが一番手っ取り早く倒せる方法なのは間違いねぇだろう」

「分りました。じゃあ、俺がデュラハンを引き付けるので、領主は隙を見て『消滅の法』を発動させてください」


 領主は目を瞑り、両の拳を軽く握ってから、「おうよ」と静かに返した。


「消滅の法の発動条件は複雑でぃ。だが、今の俺ならその条件は問題ねぇ……。ただあの野郎に触れさえすれば、それで終いでぃ」


 それならば、問題は俺が紅衣のデュラハンの隙を作り出せるかという事だろうか。

 青い攻撃軌道が視えない相手なので、はっきり言うとあまり自信はない。


 だが、「覚悟はいいか?」と聞かれれば、「はい」と答えるしかない。

 俺は腰の鞘からダガーを抜いて、洞窟の入り口から一歩を踏み出し敵を見据える。


「そうか、俺はよくねぇ」

「えっ」


 あまりに間抜け過ぎる声を上げ、反射的に後方の領主に視線を向ける。


「よくねぇが、やるしかねぇ。行くぜウキキ!」


 後方……だったのが、既に今は前方。

 領主は余命二日とはとても思えない脚力で、周りをうろついている死ビトへと駆け寄る。


「りょ、領主、無理しないでください! 死ビトは俺が始末するんで!」


 領主には大魔法だけに集中して欲しい。それに、トールマン家の財力で『北の大魔導士』を豪語していると語られる領主。その実力は大魔法の発動を除けば、推して知るべしと言ったところだろう。


 しかし、もし俺が歯に衣着せぬ人間であれば、『あんた、弱いんだから俺の後ろにいろ!』と言いたくなる状況で、領主は駆けた足を緩ませずにそのまま死ビトへ腕を構え、短い詠唱を口にする。


「フレイム・スラッシュ!」


 領主が手刀を横に払う。次の瞬間、前方の死ビトの首が飛ぶ。

 もう一度、今度は領主の手刀が縦の軌跡を描く。少し遅れて、生い茂る草木の間にいる死ビトが脳天から真っ二つになる。


 そこで足を止める領主。左手を右に、右手を左に向ける。


「アース・シェイク・ツヴァイ!」


 なぜ英語とドイツ語が混じっているのか。ショッピングモールの翻訳スキルは本当に万能なのか。

 そんな疑問の答えを考える間もなく、領主の左右に位置していた数体の死ビトが、割れた土に飲み込まれていく。


 呆気にとられて、少し盛りあがったまま微動だにしなくなった土を俺はただ見ている。

 すると、死ビトの首を刎ね飛ばし回っている領主が大きくジャンプをし、俺の隣に着地をして、ニッと笑う。


「俺が弱いと誰が言った! どうせ、長兄という理由だけで家督になった俺の評判を下げる為、弟達が撒いた悪評だろぃ!」 


 力こぶを作って見せながら、領主はそう言った。「そ、そうなんですか……」と、その悪評を信じていた愚かな俺は口にする。


 刹那、領主の背中を何かが襲う。


「出でよ玄武!」


カメエエエエッ!


 それは炎。狐火のような火炎放射とは違い、木と木の間をすり抜けて飛んで来た大きな火の球。

 光の甲羅がいとも簡単にそれを弾き、顕現していた玄武が俺の身体へと戻り熱を宿す。


「玄武の光の甲羅か……噂に違わぬ高純度の防御壁だな。助かったぜぃウキキ」

「いえ……。にしても、あんなに遠くから……」


 俺は炎が飛んで来た方向へ目を向ける。

 そこにはいるのは、先の尖った杖をこちらに向けている紅衣のデュラハン。


「やはり俺達を感知していたか。あわよくば、このままアリスを連れて森を抜けれたらと考えていたんだが……」

「俺もそう思ってました。……でも、そう都合よくはいかないみたいですね」


 領主は頷く。そして周りをざっと見渡し、その視線の終着点を紅衣のデュラハンに定める。


「ここら一帯の死ビトはだいたい片付いた。こっからは手筈どおり行くぜぃ!」

「はい!」


 俺は駆け出す。返事が先か、動き出したのが先か分からないぐらい速く。


 ……あいつは見た目どおりの魔導士系! 火炎の攻撃に要注意だな!


 認識しても、デュラハンの攻撃軌道が視える事はない。

 ないが、それでも相手の行動パターンの把握に努めるべきだろう。


 あと、あの先が尖ってる杖にも気を付けなきゃな……!


 接近。デュラハンまであと数メートル。

 その矢先、考えている傍からその先端が俺の胸を目掛けて伸びる。


「打ち弾き!」


 俺はそれをダガーで弾く。握っている左手がジーンとするが、気にしてはいられない。


「からの……出でよ青鷺火!」


グワァッ!


 顕現した青鷺火が首を伸ばしながら羽ばたき、俺に向けて青い炎を放つ。

 と同時に赤い業火がデュラハンの周りに現れ、杖の先が俺の眼前で静止する。


「い、出でよ玄武!」


カメエエエエッ!


 鋭利な先端に集束する業火が放たれ、光の甲羅がそれを防ぐ。

 少しでも使役が遅れていれば、今ごろ俺は黒焦げになっていただろう。


 俺は真後ろに飛び跳ね、続けて狐火を使役して火炎をデュラハンに浴びせる。

 しかし、たいして効いていない様子。ほんの少しトレンチコートが焦げたが、本体にダメージは入っていないように思える。


「炎を操るデュラハンに炎は通じないのかっ!?」


 が、それでも構わない。既に俺のやるべき事は、その殆どを終えている。

 ダガーを構えながら、俺はゆっくりと後退る。中距離から遠距離に移行しようとしている俺に対し、デュラハンはまたも杖の先を傾ける。

 赤い殺意の眼は視えないが、青鷺火によって殺意をガッチリ固定する事に成功したようだ。


「あとは俺が防御に徹して、領主がとどめを……!」


 杖の先から火の球が発射される。俺はそれに対し、足を止めて腕を構える。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 二撃の斬風がそれを四つに斬り分け、後方の木々に衝突する。


「剣閃!」


 守りに入ったとは言え、多少の攻撃はしておく事にする。

 あまり離れたり、逃げ腰になり過ぎたりしたら、俺への殺意が領主に移ってしまうかもしれない。

 これまでの戦いでの経験や、元の世界でプレイしていたMMORPGから、俺はそう推察する。


 が、放った真一文字の剣閃はいとも簡単に避けられる。

 思っていたよりかなり素早い。死体のはずなのに、反射神経も恐ろしいほどに良さそうだ。


 俺は領主に目を向ける。

 手と手を合わせ、なにやら呪文のようなものを口にしている。

 大魔法発動の準備なのだろう。そしてその準備は、デュラハンが業火を俺に向けて放つと同時に終えたようで、領主の口角がニッと上がる。


「出でよ玄武!」


カメエエエエッ!


 火の球は斬れても、激しく放射される業火に対して同じ事をする気にはならない。

 三度目の玄武は身体の疲労を加速させるが、もしも俺が動けなくなっても、後は領主がなんとかしてくれるだろう。

 痙攣している膝を叩く。もう一度、叩く。更にもう一回だけ叩く。

 俺としては脚のケアと同時に、デュラハンに隙を見せているつもり。で、その目論見どおり、杖の先端が素早くこちらを指す。


「ご苦労だったなウキキ!」


 俺の上空を通過した領主が言った。

 やせ細った両手はバチバチと帯電しており、その手がまるで空中からタッチダウンを狙っているかのようにデュラハンの上半身を捕える。


「これで終いで――」


 瞬間、俺を指していた鋭利な杖の先端が、領主の腹部に突き刺さる。

 宙を泳ぐ魚に対して刺突漁を行ったかのように。それがごく当たり前の事であるかのように。

 杖はただ真っ直ぐに領主を貫通し、同時に真っ赤な血が噴出する。


「ゴハッ……!」


 紅衣が更に赤くなる。トレンチコートは上から下へ、綺麗という形容詞が口から零れてしまいそうになる程、ただ純粋に染められていく。


「領主っ……!!」


 そのまま杖は縦に振られ、串刺しになっていた領主が投げ飛ばされる。

 俺はその方向へ目を向ける。気付けば、死ビトも数十体ほど集まり出している。


 くそっ……! どうする……!?


 これが、飴玉を舐めた俺の見ている夢である事を強く願った。が、その願いもまた、到底叶いそうにはなかった。


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