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130 月灯りふんわり落ちて来る夜は

「ふむ、その恰好……お前らは転移者か」


 老人が一人で納得したように頷いてから、トラバサミの上で崩れ落ちた死ビトの首から下に目を向けた。


「はい」


 俺は素直にそう答えた。それから、以前ボルサから聞いていた名を口にした。


「あなたは森爺ですか?」


 老人は肯かず、表情を曇らせ、俺とアリスを交互に見てから小さく溜め息をついた。


「また、どこからかワシの話を聞いて来たんじゃな」


 やれやれ……と言った様子の森爺。

 聞けば、転移者の多くは自分の噂をどこかで聞きつけ、藁にも縋る思いで訪ねて来ると言う。

 10年前に転移したボルサもそうだったのだろう。落ち着いた雰囲気の森爺は、『転移者の父』と言っても過言ではないかもしれない。


 しかし、ここで浮かぶ疑問が一つ。


「そんなに転移者っているんですか? 俺は……森爺の事を聞いたボルサしか知りません」


 遠慮なくその疑問をぶつけると、森爺はトラバサミの上に横たわる死ビトを足でどかし、なにやらカチャカチャと罠をいじりだした。


「神隠し……聞いた事ぐらいあるじゃろう。人が忽然と姿を消す現象じゃ」


 森爺はそう言ってから手元も見ずに罠を再設置し、『元の世界にいた頃、何度かそんな世迷言を耳にした。そして30年前、その世迷言がワシ自身を襲った』と、白く染まった口髭と顎鬚を揺らしながら語った。


「なるほど……その神隠しがこの異世界に人を連れて来るんですか……」

「まあ、一言で神隠しと言っても、その理由は人によって違うようじゃ。本当にただ単に次元の狭間に迷い込んで転移した者や、何者かの意思で呼ばれた者……。30年経っても誰からもお呼ばれされない所を見ると、ワシは前者じゃな」


 少しおどけるように、ニヤっとした表情で森爺は言った。

 俺もそれに合わせ、愛想笑いに見えないように笑みを浮かべてから、続けて口を開いた。


「30年間で、どれくらいの転移者と会ったんですか?」

「ふむ、それはトップシークレットじゃ。両手の指の数だけでは足りないとだけ言っておこう」

「……秘密って訳ですか。じゃあ、転移者の名前や特徴なんかも?」

「知られたくない者もいるからのう。お嬢ちゃんには悪いが、それらは教えられん」


 ……ああ、お嬢ちゃんって俺の事か。

 ってか、肝心な事は教えてくれないっぽいな……。

 俺達の前に、ショッピングモールごと転移した人間がいるかどうかだけでも聞きたかったんだけど……。


 と考えていると、右手をクリスに咥え込まれているアリスが突然トラバサミの元に屈み、俺の身体の声帯から男前ボイスを発した。


「罠で死ビトを捕えているの?」

「そうじゃ。そうすればこんな老人でも死ビトを倒せるからのう」

「へえ、面白そう! 私もやってみていい?」


 目を星柄に変えて輝かせたアリスが聞くと、森爺は再設置をしたトラバサミから離れ、振り向かずに『では、次の捕獲場所の罠を頼むかのう』と低い声を響かせた。


 もうすぐ日が暮れる事に加え、小雨が降る竹林のなかを歩くのは少し気が引けたが、俺も黙って森爺の隣まで駆けたアリスに続いた。


 そうして始まった、死ビトの捕獲場所を巡るツアー。


 歩いている途中で自己紹介を済ませ、最後の罠に着いた頃には小雨は上がり陽も落ちていた。

 トラバサミに捕まっていた死ビトは、合計で12体いた。そのどれもが森爺の持つ手斧によって首を落とされ、そのなかの2体が月の欠片を残していった。


「豪雨の後で捕獲数は多かったが、欠片を落とす者は少なかったのう」


 薄汚れた布の袋に月の欠片を入れながら、森爺は呟いた。ハンマーヒルにある店で換金をして、生活費の足しにしているらしい。


「今はお嬢ちゃんの見た目をしているのが三井君じゃったか? 死ビトが何故、月の欠片を落とすと思う?」


 唐突な問いに俺は首をひねる。が、正解が分からなかったので、最初に考え付いた事をそのまま口にした。


「この世への未練が無くなってもう現れなくなると、最後に月の欠片を残す……とかですかね」

「正解じゃ。なんじゃ、知っておったか」


 当たっていたらしい。


「いや……知らなかったです。半分は当てずっぽうです」

「じゃあ、もう半分はなによ」


 トラバサミの設置の仕方をマスターして、『プリティー罠師になるのも良いわね』とひとり呟いでいたアリスが、俺の言葉に反応した。


 未練がどうこうって未来アリスが言ってたんだよ。それなら、欠片を残すのはそういう事かなって思い付いただけだ。


 とは当然、口に出来ず、俺はアリスの問いをスルーしながら森爺に向かってとあるキーワードを呟いた。


「……ショッピングモール」


 その瞬間、森爺の伸び放題に伸びた眉毛がピクっと動く。

 明らかにこの異世界に転移したショッピングモールを知っている反応。そして咄嗟に出してしまった自分の反応を誤魔化すように、咳ばらいを一つする。


 知ってる事を隠そうとしたな……。

 という事は、俺達より前にショッピングモールごと転移して来た人間が森爺を訪ねて来たんだ……。

 その人物の為の反応だな、今のは。


 訪ねて来た転移者の情報をベラベラと喋らない森爺。

 知りたい事は教えてくれないが、むしろそれが好印象に思える。

 転移者の父……とは俺が勝手に抱いた印象だが、この人にならば全てを話しても良いかもしれない。いや、話すべきだろう。


「アリスは、このミドルノームの地にショッピングモールごと転移して来ました。そして俺は……そのアリスに無意識に召喚された人間です」


 ハンマーヒルへと向かう道すがら、俺は今までの出来事を全て包み隠さず、『転移者の父』に話した。

 既に空では3つの月が我が物顔で浮かんでいて、月灯りで俺達を照らしていた。

 




「ふむ、どおりでこの世界の言葉がお前らに通じる訳じゃ」


 テーブルに用意されたカップに、ハニーオレンジが注がれた。

 お礼を言ってから一口飲んでみると、領主の館で出された物より甘みが少なくスッキリとしていた。


「え……ずっとこの異世界の言葉を話してたんですか? 俺はてっきり日本語だと……」

「ショッピングモールスキルじゃったか? 言葉が通じるようになるとは、摩訶不思議な力じゃのう」


 森爺はそう言いながら向いの椅子に深く座り、ハニーオレンジにリキュールのような物を垂らして飲み出した。正直、俺もそっちを飲んでみたかったが、今はアリスの身体なので我慢した。


「それで……『どうすれば元の世界に帰れるか』じゃったか?」


 白い眉毛の奥の瞳が、一瞬光を放った気がした。アリスはクリスと一緒にハニーオレンジを味わっている。


「はい……。でも、そんな方法を知ってたら、森爺もとっくに帰ってますよね」


 俺は諦めて、違う話題を振ろうと頭を切り替えた。

 しかし切り替わる前に、森爺の意外な言葉が俺の耳から入り鼓膜に伝わった。


「そんなのは簡単じゃ。いや、お前に限れば……の話じゃが」


 え……? 俺に限れば、簡単……?


「無意識とは言え、アリスお嬢ちゃんが召喚したんじゃろ? それなら、お嬢ちゃんが死ねば、お前は元の世界に還るのが自然の理じゃろう」


 淡々と思いもよらなかった言葉を森爺は口にした。

 淡い瞳の輝きは消えていて、今は瞳孔が目一杯まで広がっている。


 その目を見た瞬間、最初に森爺の存在に気が付いた原因である、『ヒソヒソ声』が頭の隅で再生された。


 今にして思えば、あれは罠にかかった死ビトに語り掛けていた声なのだろう。


 『ワシの娘はどこか、知っておるか? 知っていたら、連れて来てはくれぬかのう』


 唯一聞き取れた『ヒソヒソ声』は、これだけだった。


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