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129 パラリ雨が降れば虹を架けてサービスしましょ

「ファングネイ王国の星占師ギルドは知っているか?」


 ハイゴブリンのリーダーが言った。俺は行った事はないが、存在は聞いた事があると答えた。


「では、そのギルドの生みの親がゴブリンだという事は知っているか?」


 その問いには首を横に振った。それを見るなり、リーダーは続けて口を開く。


「ゴブリンが人より秀でている物はなんだと思う」


 語尾に疑問符が無いように思えた。なので、黙って次の言葉を待った。


「星の瞬きを見る事だ」


 星の瞬き……。


 俺は頭の中で復唱してから、思った事を口にした。


「……つまり、ゴブリンは星占術が人より進んでいるって事か?」


 『そのとおりだ』と肯定してから、ハイゴブリンのリーダーはテーブルを挟んで向かいに腰を下ろした。


「200年前にこの世界で起きた大厄災。その事は知っているか?」

「いや……知らない事だらけで悪いけど、知らないな」


 俺は素直にそう口にした。それからリーダーは俺の隣の席で丸まって寝だしたクリスを見て頬を緩めてから、『大厄災』について語りだした。


 200年前、この異世界の地は壊滅の危機に陥り、人類の五分の一と亜人の半分が死に絶えた。

 この『大厄災』をもたらした原因は『円卓の夜』と『飛来種』。そう言ってから、リーダーは一度口を閉じて俺の反応を窺うような姿勢を見せた。


「飛来種……。確か、前にボルサから聞いたな……」


 宇宙を漂う彗星がこの惑星に運んだ種、それが飛来種だとボルサは言っていた。

 森でフェンリル達と共に倒したアラクネや他の蜘蛛。それが、唯一俺が知っている飛来種だった。


「当然、人の記録にも飛来種や大厄災について記されているだろう。しかし、それはあくまで歴史の1ページとして残っているだけではないか?」

「……と言うと、つまりどういう事だ?」


 クリスがクシャミを一つした。俺はボディバッグからバスタオルを取り出し、半分に折ってクリスに被せてやった。


「ゴブリンは親から子、子から孫へと、より詳しく大厄災について伝来されている。彗星から崩れ落ちる隕石に乗ってこの丸大地に飛来種が運ばれた事、そして、それが200年後……つまり、今度の円卓の夜の間に再び起きる事がな。……既に、ゴブリン大灯台で星の瞬きを見ている星占師のゴブリンから、その予兆が現れている事も聞いている」


 『人は、今度の円卓の夜の恐ろしさを分っていない』


 マブリのこの言葉の意味が、俺は今ハッキリと理解出来た。


 四の月がこの惑星に最も近づく円卓の夜。2年間隔で訪れるそれは半年間続く死ビトの活性期であり、この異世界に生きる全ての生命が忌み嫌い、畏れるもの。

 と聞いていたが、それに加えて、アラクネのような飛来種が世界中で暴れ回る。

 俺の想像を絶している。絶しているからこそ、理解は出来ても、どこか絵空事の様にも思える。


 それはまるで神話の一節のようであり、ゲームのクリア後に訪れる隠しダンジョンのようでもある。

 リアルでは無い、何か。そんなふうに考えていると、それを見透かしたのか、ハイゴブリンのリーダーが俺の目を覗き込む。


「ピンと来ていないようだな。しかし、『大厄災』は必ず起こる。星の瞬きによると、円卓の夜の中期頃のようだ」


 覗き込まれた俺の瞳は、暫くリーダーのギョロっとした三白眼から逸らせずにいた。





 小舟で狭い海を渡りミドルノーム領に戻った頃、雨雲が空を覆っていた。 


「また雨が降りそうゴブね」


 俺とアリスが舟から降りたのを確認しながら、マブリが空を見上げて呟いた。

 肯いてからマブリに別れの挨拶をすると、隣のアリスが俺に続いて声をあげた。


「じゃあマブリ、次に会うのは三日後ね?」

「そうゴブ。三日後の夕刻時、願納がんのうの滝で待っているゴブ。お前達は必ずゴブリン討伐の偉い人を連れて来てくれると信じてるゴブ」


 力強い光がマブリの目に宿っていた。俺達がお偉いさんを説得して人とゴブリンの会談が成れば、後は何でも上手くいく……そんな自信や気概が見て取れた。


「あとウキキ、『大厄災』の事は――」

「分ってるって。交渉のカードに使うから、人には話すな。だろ? ハイゴブリンのリーダーにも言われたよ」


 今度はマブリが黙って肯き、それからすぐにニコっと笑みを浮かべた。


「あの時、出会った人がウキキとアリスで良かったゴブ! もし願納の滝に人が現れなくても、ゴブはお前達を恨んだりはしないゴブ!」


 アリスが『大丈夫よ、任せときなさい!』と言ってから腰に両手を当てた。

 それを見てもう一度笑ってから、マブリは小舟を漕いで海へと戻って行った。


 責任は重大だ。


 今更ながら、俺達の行動がゴブリンの運命を決めるのだと強く認識した。

 そう考えると、ほんの少しだけアリスの身体の細い足が重く感じた。


「雨が降って来たわよ! 暗くなる前にハンマーヒルに急ぎましょ!」


 段々と小さくなっていくマブリにもう一度大きく手を振ってから、アリスが言った。

 振り返ってから出されたその一歩は、とても軽そうに見えた。


 ……まずは、俺達が頑張らないとな。

 領主代理や領主、それに甥やアナやゴンザレスさん……。人脈をフルに使って、なんとかファングネイ王国の兵団長と面会しないと……。


 雨粒が鼻先に落ちた。

 俺はそれを拭いながら、アリスとアリスの腕を咥え込んでいるクリスの後に続いた。





 入り江からハンマーヒル付近までは1時間も掛からなかった。

 それでも小雨のなか歩いた事に加え、数体の死ビトも慣れないアリスの身体で討伐しなければならなかったので、疲れ加減は中々のものだと言えた。


「なんとか陽が落ちる前に着けそうね」

「ああ……。でも、領主から明日来いって言われてたのに、その前日に押し掛けるのは気まずいな……」


 末っ子の臆面。年長者に対する気遣い。性格の良さから出る気苦労。その全てを感じながら尚も平原を歩いていると、竹林の方から、聞こえたのが不思議に思えるぐらい小さなヒソヒソ声が耳に届いた。


「誰かいるみたいよ?」


 アリスにも聞こえたようで、体の向きを90度旋回させながら同時に駆け出した。


「おいコラ! 道草食ってると暗くなるぞ!」


 聞こえていない様子。もしくは、無視されているのか。


「ったく……雨だっていうのに……」


 仕方なくアリスを追いかけて竹林に入ると、すぐさま異様な光景を角膜が捉えた。


「死ビトが……罠に……?」


 トラバサミに足を捕られて動けないでいる、麻の服を身に纏った死ビト。

 それの性別を俺の脳が認識した次の瞬間、その隣に立っている老人の持つ手斧が横に払われた。


「なんじゃお前ら?」


 老人の視線は俺達に向けられていた。

 しかし、俺の目は落ちた女性の死ビトの頭部から暫く離せないでいた。


 その頭部の視線を追ってみた。空に少し控えめな虹が架かっていた。

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