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128 唄を歌おう君の為に

 海岸に面した洞窟内で、身長1メートル程のマメゴブリンであるマブリが大声をあげた。


「人と争ってもゴブリンに未来はないゴブ! 共存の道を探求するべきゴブ!」


 穏健派のマメゴブリン達がそれに続き、一通り同調の弁を述べたあと、中立派のゴブリンが異議を唱えた。


「しかし、我々に戦う意思がなくとも、人はゴブリン討伐を止めはしない。直にここも見つかるだろう。そうなってからじゃ遅いのではないか?」


 他の中立派が『そうだそうだ』と囃し、騒ぎ出す。

 それに圧倒され、マメゴブリン達が一歩二歩と後ずさる。


――中立派の多くはハイゴブリンじゃな。ボブゴブリン程ではないが、好戦的なゴブリンと聞いておる。


 クリスがマメゴブリンよりも長身なハイゴブリンについて説明しながら、俺の頭に飛び乗った。

 長身と言っても俺の身体よりはだいぶ小さい。150センチ程度だろうか。


「そうなのか……。お前、何気に物知りだな」


――祖母や母から色々教えを受けたからのう。幼体なれど、うぬよりは博識じゃ。


 という語りを脳内で聞いてから、再びゴブリン会議の内容に耳を傾ける。


「ようするに、ゴブリン討伐が中止になればいいのね?」


 穏健派の矢面に立ち、俺と身体が入れ替わっているアリスが声をあげた。


「あ、あのバカ……いつの間に」


 俺は慌てて隣まで歩き、アリスの腕を掴んだ。


「アホ、俺達の登場はまだ先だ! マブリの作戦聞いてなかったのか!」

「話は早い方がいいじゃない!」


 掴んだ腕を引っ張るも、小学五年生の華奢な身体では、成人男性である俺の身体はビクともしない。


「マブリ、この人間達は何者だ?」


 ハイゴブリンが俺とアリスを交互に見てから、視線をマブリに戻した。


「この者らはマブリ達、穏健派の秘密兵器ゴブ。人間代表として意見を述べてもらうゴブ」


 不敵な笑みを浮かべるマブリ。対する中立派からは、怒号にも似た荒い声があがる。

 それを制するハイゴブリンのリーダー。騒ぎが落ち着いたのを確認すると、再度俺とアリスに視線を投げてから静かに口を開く。


「人の男、お前は先程ゴブリン討伐を中止に出来るような口ぶりで物を言ったな。どうやって中止にするつもりだ?」


 洞窟内がシーンと静まり返った。誰もがアリスの第一声を待つなか、洞窟の天井から大きな雫が一つ落ちた。


 しかしアリスは何を言うも無く、ただ鋭い視線を中立派に向けている。


「……おいアリス、人の男は今お前だ」

「ああ、私の事ね!」


 それから中立派に投げ掛けた言葉の数々を全ゴブリンは黙って聞き、それに俺が続く頃には洞窟内に温和な空気が少しだけ流れ始めた。





 波打ち際を歩いていると、海からの風が頬を撫でた。

 とても気持ちが良かった。11歳の子供の高い体温には丁度いい冷たい風だった。


 ゴブリンの隠れ家の洞窟があるこの海岸。とても水着でハシャグような美しい海岸とは言えないが、それでも思わず『海だー!』と叫ぶ程にはテンションの上がる景色が広がっている。


「小さなカニがいるわよ!」


 岩礁までジャンプしたアリスがしゃがみ、足元でハサミを剥き出しにしているカニをつついた。

 隣のクリスもそれに倣ったが、ハサミによるカウンターを食らい、慌てて俺の元まで飛び跳ねた。


――ヌシじゃ。あの強さは伝説の海のヌシとしか考えられぬ。


「小さいヌシだな……」


 と遊んでいると、後方からマブリが俺達を探す声が聞こえた。


「宴の準備が整ったゴブー! どこゴブかー!?」


 その声にアリスは振り返り、小さなカニを好敵手として認めているクリスを強引に抱いて、そさくさとマブリの元まで駆けて行った。

 俺も続いて向かうと、マブリが握っている包丁をグルグルと振り回した。


「ウキキとアリスのお陰で、この包丁を武器として使わなくて済みそうゴブ! やっぱり包丁は料理の為の道具ゴブ!」


 晴れやかな表情で言うマブリに、アリスが眉を細めて献立を尋ねた。


「心配してなくても、カエル料理以外にも海の幸が沢山ゴブ!」


 胸をなでおろすアリス。それならば早く隠れ家に向かおうと歩き出したが、マブリがそれを引き留める。


「宴の前に、ゴブリンと人を繋ぐふたりに、まずはゴブ達から贈り物ゴブ!」


 姿勢を正しながらマブリは言い、それから指をパチンと鳴らした。

 その合図で3名のマメゴブリンが草陰から現れ、各々が携える弦楽器やら打楽器を奏でた。


「ふたりの為に唄を歌うゴブ!」

「あら、ステキね!」


 アリスはその場で腰を下ろし、クリスはそのアリスの右手を食らった。

 俺は立ったまま、マメゴブリン音楽隊の演奏に耳を澄ました。


 海岸に音が溢れた。


 打楽器のリズムは小気味よく、弦楽器がそのラインを周りから編み込むように彩った。


 マブリのボーカルは儚く、同時に力強かった。海岸からの風の音でかき消されそうに思った瞬間、風の音をかき消した。


 詩はゴブリンと人の和を願うもので、僅かな可能性にも希望を見出そうとする気持ちが込められていた。


 俺はふと、海岸沿いに目を向けた。岩礁の上で、小さなカニが平和を表すハンドサインを掲げていた。





 宴の最後に、ハイゴブリンのリーダーのグラスを持つ手が高く上がった。

 俺は白身魚の香草焼きをつまんで口に運んでから、それに続いて陶器のグラスを手に取った。


「ゴブリンと人の子らに祝福を!」


 各自が思い思いに乾杯の声をあげ、日本酒のような酒を一気に喉に注ぎ込む。

 俺も慣習に従った。とは言っても、中身はリンゴを擦り下ろしたジュースにしてもらっていた。


「ゴブリンの宴の乾杯は最後なんだな」


 俺は少し離れたテーブルで、マブリ達と楽しそうに会話をしているアリスを眺めながら言った。

 隣の席で、生魚の太い骨をしゃぶっているクリスに語ったつもりだったが、夢中過ぎて聞いていないみたいだ。


「人の女、ウキキ。お前にこれを託そう」


 周りのゴブリンと乾杯をしながら歩いて来たハイゴブリンのリーダーが、俺の前で足を止めて言った。


「ん……? これは?」


 俺は、アリスの身体の小さな手のひらに置かれたコインに目を向けた。


「これはゴブリン銀貨。これを見せればゴブリンの意思が伝わるだろう」

「ああ……確かに、ゴブリン討伐の軍に和平会談を持ちかけるなら、ゴブリンがそれを望んでる証拠が必要か……」


 和平会談。それはマブリが考え、アリスが演説し、俺が説得した、人間とゴブリンの争いを止める為の術だった。


「我ら中立派も必要のない戦争はしたくはない。例え、ゴブリンが人に勝てたとしてもだ。しかし、疑う訳じゃないが、本当に和平会談が可能なのか?」


 俺はゴブリン銀貨を親指で上空に弾き、そのまま勢いよく掴んでから女児ジーンズのポケットに入れた。


「それは任せてくれ。多分……いや、絶対に和平交渉の席にゴブリン討伐のお偉いさんを引きずり出してやる。でも、そこから先はあんたらの仕事だぜ?」


 力強く頷くハイゴブリンのリーダー。それからすぐに伸ばされた手は握手を求め、俺は立ち上がってそれを受け入れた。


「なあ、その件とは別に、聞きたいことがあるんだけど」


 なんでも聞いてくれとは言わなかったが、リーダーの表情はそれに等しく見えた。


 『人は、今度の円卓の夜の恐ろしさを分っていない』


 以前マブリが言っていたこの一小節の意味を、俺は椅子に座り直しながら尋ねた。


「人には伝わっていないようだな。200年前の円卓の夜の恐ろしさ、その災いをもたらした原因が……」


 一度、噤まれた口が、静かに動き出そうとしている。


 クリスが噛み砕いた魚の骨が、洞窟内の苔の生えた地面に落下した。


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