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13 三送り

「これが異世界の住人との初遭遇になるかもな……」


 俺は西メインゲートに急いで向かいながら呟き、左腕に巻いている包帯をぐるぐるとほどいた。


「おお、ほぼ治ってるな……包帯なら噴水の水の効果は有効なのか」


 直接飲むほどではないみたいだが、自分でナイフを入れた切り傷は薄い痕を残しているだけだった。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 突然のアリスの声に驚き、俺は走りながら後ろを振り返った。ハアハアと息を切らして走るアリスの姿がある。

 呼吸と発言のタイミングがうまく合わないようで、言葉を発したいのにそれができないいらつきを、ふんだんに表情に出している。


「待ちなさいって言っているでしょ!」


 俺は一旦その場で立ち止まり、アリスに向かって声を荒らげた。


「待ってろって言っただろ! 人の話を聞けないのかお前は!」

「人の話を聞いていないのはあなたでしょ! 昨日、どんな状況でも二人で解決するって言ったじゃない!」


 昨日の出来事が頭をよぎる。転んで泣いて怒って笑ったアリスが目の前に映し出される。


 アリスは俺が床屋で待っていろと言ったのに、様子を見るために店の外に出て、そうしたら俺の絶叫が聞こえ、そのまま何も考えずにメインゲートまで無我夢中で走ったのだと言っていた。


 アリスのあんな泣く姿、もう見たくねえな……。

 どんな状況でも二人でか。

 どんな状況でも二人で……だよな。


 俺はアリスの目を見ながら、一つ問いを投げかける。


「少し外を探索するのとはわけが違う、悲鳴なんだ。外でなにが起こってるかわからないし、戦いになるかもしれない。そうなったら、俺はお前を全力で護るけど、それでも残念ながら100パーセントとは言い切れない」

「私だって同じよ。あなたを100パーセント護るとは言ってあげられないわ」

「もしかしたら、その客観的に見て可愛い顔に大きな傷がつくかもしれないぞ?」

「みくびらないでちょうだい! 大きな傷がついたところで世界一可愛いことには変わりないわ!」


 視線が絡み合う。

 気の強い眼差しと生意気な言葉が乗算され、強い意志となって俺の目を射抜く。


 覚悟はあるか? なんて偉そうに訊く必要なくなっちゃったな……。


「わかった、急ぐぞ! でも俺の指示に従えよ!」

「ええ、概ねあなたの指示に従ってあげるわ!」

「全部従え、こむね嬢!」

 

 俺たちは同時にスタートを切り、西メインゲートを目指して脇目も振らずにひた走った。





 西メインゲート前のエントランスホールに辿り着くと、外の光景が俺の目の中に飛び込んできた。俺は一瞬で状況を把握する。それは極めて単純なものだった。


「おじさんと若い女の人がゾンビに襲われているわよ!」

「ああ、わかりやすいな!」


 メインゲートを開錠し、頑丈な両開きのドアをアリスと素早く開ける。


「そこの二人! 早く中に入れ!」


 しかし、身を守ることに必死なのか、俺のほうをちらりと見たにもかかわらず、こちらに避難しようという様子は一切見受けられない。


「くそっ、まずはゾンビもどきを倒さないとか……」

「九体いるわよ! どうするの!?」

「あの二人を襲ってる三体をまず倒す。アリスはそれ以外をここから狙え。万が一頭を外してお前のほうに来たら、ドアを閉めて俺を呼ぶんだ」

「任せてちょうだい!」


 俺は敢えて万が一という言葉を使った。アリスの命中率はそんなに良くないが、こいつは褒められて伸びるタイプなので、少し調子に乗らせたほうがいい結果が出るだろう。


「任せた! けど無理はするなよ! あと俺にあてるなよ!」と駆け出しながら俺は言った。


 二人は草原の連なった岩を背にして、男性が持っている剣で応戦している。いや、応戦とはとても言えないかもしれない。防戦一方、しかもかなりギリギリのように見える。


 俺は駆けながら、道筋のゾンビもどきに向けて、すれ違いざまに鎌鼬を使役した。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 正面から首にめり込むようにうまく二撃の斬風が入ったが、そのX斬りの性質上、きれいに首を一刀両断というわけにはいかなかった。もっと使いこなせれば、あるいは可能かもしれない。


「血は出ないけどえげつないな……」、胴体からもげ落ちた首をちらっと見て、俺は呟いた。続けて異世界の住人に視線を送る。


「そこの二人! 俺がそいつらを引き受けるからその隙に中に入れ!」


 俺は腰のホルダーからナイフを抜いて、女性に迫っているソンビもどきを標的に定めた。そして後方から素早く近づき、そのまま薄っすらと白いこめかみにナイフを突き立てる。

 暗殺者になった気分だった。しかし、それだけでは活動を停止する気配がまるでない。


「くそっ、映画ならこれで倒せるのに、やっぱ頭を吹き飛ばすか首を切り落とさないとなのか……」


 白く濁った瞳がだんだんと赤みを帯びていく。倒せはしなかったが、攻撃対象を俺に向けることはできたみたいだ。


「死人なのに短気だな……こっちの二体もかかってこいや!」


 俺は男性に群がる二体の後頭部と背中をナイフで強く刺して、その本能とも呼ぶべき純粋な攻撃欲求を一手に引き受けた。


「俺がこのまま引きつけるから建物の中に非難してくれ!」、三体のゾンビもどきがゆっくりと近づいて来るなか、二人から距離を取って俺は声を飛ばした。


 だが、彼らは一向に俺の言うことを聞こうとはしなかった。


「聞こえてないのか……? いや……」


 二人はゾンビもどきの猛襲から逃れたにもかかわらず、困惑した様子で俺を見ていた。


「言葉が通じてないのか……!」


 とりあえず二人をそのままにして、俺は三体のゾンビもどきから距離を広げようと後退――と思ったが、先頭の一体がうまい具合に飛び出してきたので、あの二人を巻き添えにする可能性があって控えていた鎌鼬を遠慮なく使役した。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


「こっちはあと二体……アリスは大丈夫か!」


 俺はアリスに素早く視線を向けた。既に一体が草の上で倒れ込み、活動を停止していた。頭部と胸部にそれぞれ一本ずつ氷の矢が突き刺さっている。


「有効ヒット確率50パーセントか、後で手帳に記入しないとな!」と俺は言う。続けて鎌鼬の使役を行う。


ザシュザシュッ!


 一体を地に沈めて、アリスの命中率を細かくデータに残すという嫌がらせのような行為に自ら苦笑いをする。


 それから異世界の住人の二人に目をやると、俺とアリスを交互に見ながら何かを話していた。内容はわからないが、素人にしか見えない俺や小さな女の子が戦っていることに驚いているようだった。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 殺意を示す三体を全て倒し、俺は再び西メインゲートに視線を移動させた。

 少し疲れた表情をしているアリスが、手をぴんと伸ばして氷の矢を撃っていた。近くには、革の鎧を纏うゾンビもどきの首から下が転がっている。


「あんな近くで……。あのバカ! 近づかれたらドアを閉めろって言っただろうが!」


 頭部への撃ち損じが何度か続く。俺はたまらずに木霊を使役する。


「木霊出て来いやっ!」


――来たで ――そうやで ――男の中の男たちっ


 俺はアリスに迫るゾンビもどきを処理しようと、走りながら木霊の階段を配置し、勢いよく空中を駆けた。

 そして、三体めで一気に飛び跳ねる。


「出でよ鎌鼬!」


 空から一気に降下して地上の獲物を狙う鷹のように、俺は着地する寸前で右腕に力を込めながら叫んだ。しかし――。


「鎌鼬が出ない!? 二種同時の使役は無理なのか!?」


 木霊がまだ残っていたからか、鎌鼬の使役は成らず、突き出した手のひらがそのまま張り手となってゾンビもどきの頭部に直撃した。


 俺はゾンビもどきと倒れ込む形となり、覆いかぶさっているそれを払いのけて、素早く立ち上がった。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 今度は何事もなく顕現した鎌鼬にほっとしながら、俺はアリスに言い放つ。「無理するなって言ってるだろ!」


 するとアリスはこちらに向けた手を構えたまま、俺から少しだけ視線をずらして、短い詠唱を口にした。


「アイス・アロー!」


ズシャーー!


 氷の矢が俺の頬を横切る。俺は瞬間的にそれを目で追う。

 俺のすぐ後ろで曲刀を振り上げたゾンビもどきの眉間に氷の矢の先端があたり、そのままドリルのように頭部を砕きながら貫通した。


「誰に言っているのかしら」とアリスが言った。

「さ、サンキュー……」と俺は言った。「って、今お前少しぐらい俺に当たっても構わないですわ的に撃っただろ!」 


「そうよ! いえ、計算通りよ!」

「そうよ? いまお前肯定したよな!?」


ぐわあああああ!!


 突然の絶叫が異世界の住人二人のほうから上がる。ゾンビもどきが男性に覆いかぶさり、剣を持つ彼の腕に嚙みついていた。


「おじさんが……早く助けないと!」

「ああ、俺がまた引きつけてゾンビもどきを纏めるから、お前はあの新魔法をぶっ放せ!」


 アリスの返事を待たずに、俺は二人の元へと駆け出した。

 女性は男性を助けようと、杖のようなものでゾンビもどきの背中を必死に殴打している。

 その後ろからソンビもどきが忍び寄る。しかし、女性は気づいていない。


「狙われてるぞ! ……くそっ言葉が通じないんだった!」


 木霊の階段で空中を駆けたほうが早い。そう判断し、そうなると鎌鼬は使役できないので、俺はホルダーから再びナイフを抜いた。


「出て来い……」


 待てよ……。

 それよりもこのナイフで空間を斬って、その剣閃をあてたほうが早くないか?

 ……いや、なに言ってるんだ俺は、そんなことは無理だろ。

 あれ、できないか? できる気がするぞ……。


 その瞬間、俺の頭の上で、ジャンケンゲームの上部にあったパトランプが激しく音を鳴らして、回転を始めた。気がした。


キュインッ!


「閃いた! 剣閃! ナイフだけどな!」


 俺はさも当然のように、握りしめたナイフで空中を真一文字に斬った。軌跡が質量を伴う閃光となり、女性に迫るゾンビもどきの脇腹を斬る。


「あ、アドレナリンが半端ないな……。閃き……これ癖になりそうだ!」


 ゾンビもどきは瞳に赤を宿して俺を見据える。俺は駆け出し、男性にしがみつくゾンビもどきの頭部をナイフで突き刺して、また二体の殺意を引き継ぐ。


「大丈夫か!? ケガが治る水があるから安心しろ! 通じてないだろうけど!」


 男性に一言添えて、そしてアリスに纏めて倒させるために、二体を誘導してアリスとの距離をつめる。


「アリス! ぶっ放せ!」

「さっきのあなたのアレはなによ!?」

「あれはおそらく……いや確実にガチャガチャの割符のおかげだ! それより新魔法だ!」

「わかったわ! 近くにいると巻き込んでしまうわよ!」


 アリスは両手を突き出してこちらに向ける。それから調整をするように、何センチか上にずらす。


「いくわよ! アイス・キューブ!」


 二体のゾンビもどきの上空に六面体のサイコロのような氷の塊が現れ、大気中の水分を吸収しながら徐々に大きくなっていく。


「アリス大丈夫か! 重くないか!?」

「お、重いわよ……けれどもう少し大きくしないと……」


 先ほどミニステージで初詠唱した時に見た塊よりも、既に大きい。しかしアリスは重みに腕を震わせ、自分が納得のいく大きさに近づけていく。


「このくらいでいいわね!」


 そして構えた両手を勢い良く下げながら、少し舌っ足らずな声を張りあげる。


「潰れなさい!」


ズドーーン!


 ワゴン車ほどの氷の塊が落下し、二体のゾンビもどきを問答無用で圧し潰した。氷の塊が砕け散り、氷片が舞う。


 頭部を破壊? 首を斬り落とす? 潰してしまえばそんな細かいことは関係ないでしょ? と言わんばかりのアリスの新魔法だった。


 これでやっと九体全てを倒し、俺たちは歩み寄ってお互いの目を見つめた。そして俺は拳を作り、アリスに向けてそれを伸ばした。


「……なんでチョキを出してる。違う、グーとグーで軽くあてるんだよ。ってか、お前ジャンケンなら負けてるじゃねーか……」

「こう?」

「そうだ。フィストバンプって言うんだ」


 突き出した俺の拳に、今度こそアリスの小さな拳がこつんとぶつかる。


「お疲れ!」

「お疲れさま!」


 そうこうしていると、襲われていた二人がこちらに向かってきて少し離れた場所で立ち止まった。

 男性の腕は肉を噛み千切られており、女性が心配そうな表情で布を巻こうとしていた。だが男性は遠慮しているようだった。


「○―○xx△△」


 俺とアリスの視線に気がついたのか、頭を下げながら女性が何かを言った。お礼の言葉のようだった。


「スワヒリ語?」

「いや違うだろ……。絶対違うとは言えないところが絶妙なチョイスだな……」


 俺はジェスチャーを交えて、怪我が治る水が建物の中にあると説明をした。すると、女性が俺の顔をじっと見て答えた。


「○―▽□x△△ミオクリ○○▽□△xx-」


 意味は全くわからないが、その言葉の中で、『ミオクリ』という発音だけがやけにはっきりと俺の耳の中に入り込んできた。


「見送り……。いや、三送り……?」


 俺はなぜか空に浮かぶ3つの月を連想して、ミオクリという言葉を三送りとして認識した。


 ふと空を見上げた。蒼い月と紅い月と黄色い月がそこにあった。昨日とは少し位置関係が変わっているようだった。


 一番小さな紅い月の淵が、一瞬きらりと光った。

 それはまるで、俺の視線に気がついた紅い月からの警告のように思えた。


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