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126 トビラビラビラあたまをぶつけ

「こうやって第三者目線で見ると私、ジーンズにトレーナー姿でも高貴で可愛すぎるわね……」


 俺と魂が入れ替わったアリスは、目隠しをしている俺の全身に露出の少ないコーディネートを施してから、深く溜息をついた。


「自画自賛はいいから、早く目隠しを外してくれ」

「なんだか少し嫌になるわ。なにを身に纏っても可愛いという事は、とどのつまり何を着ても同じという事よね……。ショップの店員さんも、『どうせ何を着ても可愛いんでしょ? 早く選んでちょうだい』と思っていたのね……」

「ウゼえ……。目隠しとるぞ」


 俺はきつく結ばれた目隠しを外し、目の前で人生の壁にぶつかっているアリスに目を向けた。


「ってか、俺って意外とスーツ似合うだろ? こうやって見ると、なかなか男前だ――」

「グダグダ言っていないで、早くお客さんを迎えに行くわよ!」


 アリスは俺の言葉を遮ってからクリスの頭を撫で、和室の引き戸を開けた。


「俺の自画自賛タイムは無しか……。で、お客さんって誰だ? 領主の迎えは明日のハズだろ?」

「さあ、誰かしら。見ていないから分からないわ」

「ん……? 見てないって、じゃあなんで客が来てるって分かったんだ?」


 俺が言い切る前にアリスは左手を突き出し、口を大きく開いた。


「八咫烏ちゃん、いらっしゃい!」


カアアアアアッ!


 そして現れたのは全身黒づくめの八咫烏。

 呆気に取られて見ていると、三本足でアリスの肩にとまってから翼を大きく開き、そのまま羽ばたいてバックヤードの天井へと吸い込まれるように昇って行った。


「カラスちゃんが周りの気配を教えてくれるのよ! イメージとしては空高く舞い上がったカラスちゃんの視点が、なんとなく視えるといったところね!」

「おお……気配察知系の幻獣だったのか」


 俺は感嘆の声を漏らす。と同時に、初使役を奪われて少し悔しくも思った。


「という訳で、早く北メインゲートに向かうわよ!」

「ああ……。でも誰だか分からないなら慎重に行くぞ」


 駆け出したアリスのなびくスーツの裾を見ながら、俺は呟いた。





 北メインゲートのエントランスホールは意外にも静かだった。

 意外にも……と思ったのには、明白な理由があった。


「お、おい! 誰かがドアに頭突きしてるぞ!」


 それにしては物音一つ聞こえてこない。

 昨日ショッピングモールに戻った時も、鳴り響いていた警告音がドアを開けるまで一切聞こえなかった。しかし以前、閉まっているドアの向こうからチルフィーの声は聞こえたので、歓迎して招き入れた事のある者の声以外は完全にシャットアウトするのかもしれない。


「でも、ガラスのドアはビクともしていないわね」

「ああ、ショッピングモールの盾スキルの効果で壊される事はないと思うが……」


 言いながら少し近づき、必死に頭を叩き付けている者をよく見てみた。


「ゴブリン!?」


 俺は、ただ見た物の姿を口にした。


「マメゴブリンでありますね。ゴブリンにも色々と種類があるでありますが、あれは一番ポピュラーなゴブリンであります」


 頭上のチルフィーが飛び立ちながら言った。


「ポピュラーなゴブリンか……。危険は少ないのか?」

「だと思うであります。あのタイプのゴブリンは人と交流のある者も多いであります。ちょっと、あたしがドアを擦り抜けて要件を聞いて来るであります!」


 と言い、チルフィーはピューっと飛んでガラスのドアを擦り抜けた。


「チルフィーになにかあったら、すぐに助けるわよ!」


 ドアへと駆け寄ったアリスが短い杖を構えた。


「それはそうだけど、その杖はやめろ! ゴブリンと魂が入れ替わっちまうだろ!」

「え? あなたと私が入れ替わったのって、この杖のせいなの? 確かに私、あなたの右手の痺れを治したくて、あなたが寝ている間にこの杖で殴ったけれど」


 やっぱりそうか。と考えながらも、しかしその理由を聞くと怒るに怒れなくなってしまい、俺は俺の顔で曇った表情をしているアリスの腰をトントンと叩いた。


「なに? 別に腰、凝っていないわよ?」

「いや……今のは俺を想っての行動に対するトントンだ。本当は頭を叩きたかったけどな……」


 と話していると、再度ドアを擦り抜け、チルフィーが建物の中に戻って来た。いつの間にか、ゴブリンは頭突きを止めていた。


「なんか、折り入って話があるみたいでありますよ?」

「話……? もしかして、あのゴブリンって前に遭遇した奴か……?」


 結尾と同時にドアが開く。


「話ってなに? とりあえず入ってちょうだい!」


 俺が止める間もなく、ゴブリンは軽い挨拶をしながらショッピングモールに足を踏み入れる。

 が、見えない壁に遮られ、ボロボロのブーツが元の位置へと着地する。


「入れないゴブ、見えない壁があるゴブ! やっぱり頭突きで叩き壊すしかないゴブ!」

「あら、なんでかしら?」


 俺はゴブリンを少し離れさせ、外へと出ながらその緑色の顔面に浮かぶギョロっとした目を見ながら口を開く。


「悪いな、このドアは俺とアリスが歓迎しないと入れないんだ。話を聞くなら外でもいいだろ?」


 俺が言うと、ゴブリンは未知なる物を見るような目でショッピングモールに視線を投げた後に、再び三白眼を俺へと戻した。





「ゴブリン会議の参加要請!?」


 俺は、その意外な要件を聞き、思わずゴブリンの言葉を復唱した。

 ゴブリンはショッピングモールのすぐ近くにある岩の座り心地が悪かったのか、少し隣に座り直してからもう一度同じ言葉を口にした。


「ゴブリン会議ゴブ! ふたりに人間代表として、ゴブら穏健派の後押しをして欲しいゴブ!」

「後押しって……なんで俺達に頼むんだ?」

「以前あった時、話を聞いてくれるって言ったゴブ。自分の言葉には責任を持つゴブ!」


 ……ああ、そんなような事を言った気がするな。


 と考えていると、続けてゴブリンが口を開いた。


「確かに、ゴブの仲間たちは2年前の円卓の夜で人間の街を襲ったゴブ……。でも、もう実行したボブゴブリン一族は他の地に移ったゴブ。今、残っているゴブリンは中立派と穏健派だけゴブ」

「ボブゴブリン……」

「もちろん、ゴブ達は次の円卓の夜で悪さを働く気はないゴブ! でも、ゴブリン討伐の兵士と戦うべきだという気運が中立派の中で高まっているゴブ!」


 岩の上を小さなトカゲが通り過ぎた

 ゴブリンはそれを目にも止まらぬ速さで掴み、口に運んでグチャグチャと丸ごと食べだした。


 それから、尚も俺達を説得する言葉をゴブリンが紡いだ。


 人間と争って仲間に死んで欲しくない。目の前の亜人は、一貫してそれを主張していた。

 その為に中立派を説得して、戦争を未然に防ぎたいのだと力説していた。

 なるほど聞こえは良いかもしれない。一族の命運を背負ってここまで来たゴブリンの印象も、生のままトカゲを捕食した姿を思い浮かべて尚、ややプラスといったところ。


 それに、本当にゴブリンに悪意がないのであれば、ゴブリン討伐の兵士達も無駄に戦争で命を落とす事もないだろう。


 だが、果たして、この異世界の住人ではない俺達がそんな役割を担っていいのだろうか?

 俺達は傍観者でいるべきではないだろうか? 戦争になるにしろ、ならないにしろ、それをただ見ているのが俺達地球人の正しい姿ではないだろうか?


「ははっ……」


 俺は、乾いた笑い声を一つ。


 ……そんな訳ねーよな。

 この異世界の人間……亜人も含めて、その人達の為に出来る事があれば、それをするべきだよな!


「よし……アリス、すぐに荷物――」

「あなた、断ろうとしているでしょ!」

「え?」

「単純なくせして複雑そうな顔をしているだけの事柄よ! 中立派を説得出来れば、無駄な戦いを止められるんでしょ? すぐに荷物を纏めて出発よ!」


 いや、俺も今それを言おうとしたんだが……。


 と言う間もなく、アリスはピューっとショッピングモールまで駆けて行った。


「今更でゴブが、ふたりの口調が前会った時と違うゴブ……。あの男はオカマでゴブか?」


 ゴブリンの問いに、俺は『気にするな』『断じて違う』『ちょっと待ってろ』と3つ立て続けに言い、アリスを追ってショッピングモールへと向かった。


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