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125 パニックパニックパニックみんながあわててる

 体幹は華奢で、そこから伸びる手足は細く、そして意外にも長い。

 頭を振ってみると、腰まで伸びる絹のように美しい黒髪が舞い、同時にぱっつん前髪が捲れて小さなオデコが姿を現す。

 その可愛らしいオデコをぺんぺんと手のひらで叩いてみる。ふむ、中が空洞という訳ではなさそうだ。人並に脳みそが詰まっているように思える。

 それから次に、トーテムポールのような身体の胸部に触れてみる。おおう、予想外にも、多少の膨らみはあるようだ。しかし、ソフィエさんのような理想のお胸様には程遠い。まあ、11歳の小学五年生にそこまで求めるのは酷というものだろうか。

 ピンク色のパジャマの下にはブタのおパンツ様。前にはブタの顔がプリントされており、後ろにはブタの尻尾がある。その存在感は安心の一言。なるほど、このパンツをアリスが気に入っているのにも納得がいく。

 せっかくなので学術的な視点で、もう少しこのアリスの身体をよく観察してみよう。なに、今は俺の身体なのでなんの問題も無い。都条例とか糞食らえ。なのである。


「ちょっと朝風呂と洒落込んで来る」


 俺は小さな手で押し入れのタンスを開け、バスタオルを手に取りながら言う。

 しかし返事はない。アリスは未だ俺の身体で気持ちの悪い動きをしながらパニくっている。


「降りて来なさい、神! 元に戻しなさい!」


 なんかバカな事を叫んでいる。降りて来るな、神。


 和室の引き戸を開けようと手を伸ばすと、逆の手に違和感。

 見ると、クリスが左手を丸ごと飲み込んでいる。痛みは無い。が、ヨダレがダラダラと垂れ、生暖かい。


 おいクリス、俺は風呂に行って来る。邪魔をするな。


 と、無謀にもクリスに語り掛ける。アリスになった俺では、大狼との脳内会話は無理だろう。


――愚か者め。聞こえておるわ。


 えっ……! なんでアリスの身体なのに聞こえるんだよ!?


――知らん、が分かる。魂はうぬだからじゃろう。


 そうか……まあそれならそれで構わんけど、とりあえず風呂行って来るから噛み付くな。


――うつけめ。いくらわらわが前髪ぱっつん娘が嫌いとは言え、同じ箱入り娘のよしみ……そんな破廉恥な行いを見逃せるものか。


 破廉恥じゃない、学術的な見識を深める為だ! ってか、どこに箱入り娘がいるんだよ!


 腕をグルグルと回してクリスを振りほどく。しかし、離す気配がまるでない。

 ぐずぐずしていると、流石にアリスも冷静になって俺の風呂行きを阻止しようとするだろう。

 現に、既に俺の身体でロボットダンスを踊るまでの柔軟さを見せている。


「おはようであります! 遊びに来たであります!」


 開いた引き戸の隙間から、チルフィーが入ろうと体を捻じ込ませる。


「帰れ。今日は遊んでいる暇はない」


 俺はそう言い放ち、虫を外に追い出して引き戸を静かに閉める。


 が、ちょいと待たれい。ここはチルフィーと一緒に風呂に入るべきではないか?

 虫とはいえ、チルフィーは可憐で可愛い風の精霊である。控えめに言っても大好きだ。


「ち、チルフィー! 一緒に風呂入ろうぜ!」


 再び引き戸を開け、少し下っ足らずな声をあげる。

 その刹那、後ろから俺の男前ボイスが和室に響く。


「そうはさせないわよ! 狛犬ちゃん、いらっしゃい!」


ワンワン!


 振り向くと、獅子のような犬である狛犬が俺を見据えて身を低くし、尻尾を振っていた。


「ちょっ……バカ、冗談だって! 早く戻せ!」


 俺は両手でクロスして防御の態勢をとり、声高に言う。


「分ればいいのよ。……狛犬ちゃん、帰還してちょうだい!」


 アリスは俺のしなやかに伸びる手を伸ばし、狛犬の頭を撫でながら帰還を命じた。


「あら……戻らないわよ?」

「えっ……ちょ、マジかおい!」


 恐らく、もう少しで10秒。狛犬が発射する寸前。


「チルフィー、今すぐ引き戸から離れろ! ……クリスもさっさと腕を放して逃げろ!」


 と促したと同時に、狛犬が飛び立つ。


「風の加護でジャンプをして避けるのよ!」

「お、おうよ! ……って、どうやるんだ!」


 刹那、光弾のようになった狛犬が眼前に迫る。

 俺は再び腕をクロスし、脆い防御態勢をとる。


 し、死ぬ……!


――死ぬかたわけ。


 クリスの語りが脳内に響く。

 次の瞬間、光弾は俺をすり抜け、そのまま勢い良く引き戸を突き抜ける。


「っ……!」


 サッカーのボール程の穴が開いた引き戸。

 その向こう側から、チルフィーが恐る恐る顔を覗かせる。

 

「な、なんで俺の身体をすり抜けたんだ……!?」


――愚か者め。狛犬とて、わらわのように賢きイヌ科の類じゃ。鼬や狐と違い、あるじの身体や魂を傷付けたりするものか。


「身体や魂……アリスの身体に入ってる俺の魂が分かるのか……」


 俺は引き戸を開け、見るも無残なバックヤードに目を向けながら言った。





「アリスがウキキの体で、ウキキがアリスの体になっているという事でありますか?」


 小分けにしたコーンフレークにミルクを垂らしながら、ちゃぶ台の上で正座をしているチルフィーが言った。


「ああ、そういう事だ」

「確かに、ふたりのマナの性質に変化が見られるであります。でも、それにしては落ち着いているでありますね。元の世界ではよくある事なのでありますか?」

「んな訳ねーだろ……。いや、アリスが俺の身体でパニくってたのを見て、なんか冷静になっちまった」


 そのアリスは、『変態が私の体に変な事をしないか、見張っていてちょうだい!』とチルフィーに言い残して和室を出て行ったまま、未だ戻っていない。


 何をしに行ったのかは分からないが、とりあえずそれは放っておき、俺は炊き立てごはんに納豆と玉子を掛けながら身体が入れ替わった原因を考えた。


「って……まあ、考えるまでもないか」


 和室の隅に転がっている短い杖に目を向ける。

 それは、月の迷宮5層の報酬品で、アリスが勿体ないからと赤いリュックに入れていた物だった。


「俺が入れ替わったのに気付いた時、あれを持ってたからな……。どうせ、俺が寝てる間に、アリスがあれで俺をぶっ叩いたんだろう」


 異世界転移、魔法や幻獣、タイムリープ。そして加えるのなら、ミルクに浸したコーンフレークを美味しそうに頬張る風の精霊と、『まことに美味じゃ』と語りながら、ビーフジャーキーを貪る大狼。


 そんな出来事や生物の前で、今更『身体が入れ替わる』という、いわゆるTS現象を引き起こした不思議アイテムの存在を否定する気にはならない。


 まあ、俺にキスをした未来アリスは間違いなくアリスだ。なので、いずれ元に戻るのだろう。

 そう考えると、今のうちにやっておきたい事は山ほどある。


 チルフィーとお風呂。

 ソフィエさんのお胸様を鷲掴み。

 レリアの腐れカボチャパンツを、正おパンツ様に穿き替えさせる。

 ユイリの長い耳に触れる。


 これだ……。これが、俺が元に戻るまでにしておきたい4つの事だ。

 なに一つ妥協する気はない。全てをコンプリートするまで、俺はアリスの身体で生きていく!


「おっしゃ! チルフィー風呂入るぞ!」

「入る訳ねーだろ変態。であります」


 いきなり出鼻を挫かれる。しかし、俺は野望を諦めない。諦めたら試合終了だと、観客の変なオッサンも言っていた。


 と、高校時代のバスケの試合を思い出していると、引き戸が力強く開く。


「戻ったわ! あなた、これに着替えてちょうだい!」


 差し出されたのは女児用のジーンズ。それと、厚手のトレーナー。それに――


「……ブルマ。こんなもん、どの店にあったんだよ……」

「コスプレグッズが置いてある雑貨屋よ!」

「お前、自分の身体にこんなモン穿かせたいのか」

「私の身体を変態から守る為よ! チルフィー、この変態の監視を24時間体制でお願いするわ!」


 ハア……と、俺は溜め息を一つ。


「心配しなくても、お前のトーテムポールみたいな体に興味はねーよ。……興味ないんじゃないかな。……多分、ないと思う。……まあ、ちょっとは覚悟しておけ!」


 ウィンクをしながら語尾を強調すると、眼前に二撃の斬風。


「鎌鼬ちゃん、いらっしゃい!」


ザシュザシュッ!


「アホ! タチさんをツッコミに使うな!」

「みねうちよ。私の身体を傷付ける訳ないじゃない。それより、外にお客さんが来ているみたいよ?」


 俺の身体のアリスは引き戸を開けながらそう言い、首元のネクタイを揺らした。


 なんでスーツ姿なのかを聞くと、『貧相なあなたの身体を少しでも高貴にする為よ!』という、失礼極まりない答えが返ってきた。


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