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124 ダメダメ大人は何でもダメダメ

 双竜の月・陰


 この異世界では、元の世界の10月にあたる暦をこう呼ぶらしい。

 領主にそう教えてもらった時は分かりづらいなと思ったが、一度でも口にすれば日本の旧暦よりもよっぽど覚えやすいかもしれない。


「六竜にそれぞれ陽と陰を付けるだけなのね」


 6層の階段部屋で帰還した月の迷宮。

 その閉じた扉前の階段に座り、冒険手帳の異世界カレンダーを眺めていると、動かなくなったブタ侍をリュックに付けてからアリスが覗き込んだ。


「ああ、六竜ってのがなんだか分からんけどな」


 竜……あるいは、龍やドラゴン。

 それはファンタジー世界には欠かせない存在であり、世界観によって敵にもなり味方にもなり得る。


 この異世界ではどちらなのだろう?


 グスターブ皇国は月光龍によって繁栄を極め、月光龍によって滅ぼされたと言う。

 俺はその話を聞いた時点で、『敵』というイメージの方が強かった。


 しかし、それはまるでシュレーディンガーの猫のように、蓋を開けるまではどちらもあり得るのかもしれない。


 まあ、後でチルフィーでも来たら聞いてみるか。と考えながら、俺は再びカレンダーに目を向けた。


「今月が双竜の月・陰で、来月が崩竜の月・陽ね!」


 俺の隣に座り、アリスが言った。


「だな。んで、再来月が崩竜の月・陰……円卓の夜の始まりでもあるな……」


 空に浮かぶ赤い四の月を見上げながら、俺は言った。

 視線を誘導したつもりはないが、アリスも追従して顔ごと向けてから口を開いた。


「なんだか、この世界に来た時よりも赤くて大きいわね」

「ああ、段々禍々しく見えて来たな……」

「そう?」


 短く否定してからアリスは立ち上がり、続けて俺の目をジッと見つめた。

 その表情の奥には俺から伝染したのか、少なからず不安が見て取れた。


「私には赤く輝くルビーのように、凄く綺麗に見えるわ!」


 しかし言い切る頃には腰に手を当て、笑顔に分類される4番目の表情に変わっていた。





「アリス・スパーク打撃!」


 振り上げられたゲートボールのステッキは当然のように俺の頭を目掛け、鋭く振り下ろされる。


「うわああああ!」


 俺はそれを必死に躱し、九死に一生を得た。


「どうしてよけるのよ! その右手の痺れを治してあげようとしているのに!」

「治るかアホ! その技は混乱的なのを治すやつだろ!」

「じゃあ、こっちの杖でやってみるわ! 閃き待ちの技も閃くかもしれないし!」

「やめろバカ! あわよくば俺で閃こうとするな!」


 月の迷宮5層の報酬品である杖の一撃も躱し、俺は叫んだ。


「この短い杖……もう少し長ければメインウェポンとして使うのだけれど、残念だわ。それで、こっちの剣と槍はどうするの?」


 剣……と言っても、杖とは違い、6層の宝箱に入っていたのは小さな剣。ナイフやダガーという意味ではなく、本当に長剣をそのままミニサイズにしたような、10センチ程の物だった。


「ペーパーナイフぐらいにしか使えないな。槍も似た感じだし、とりあえず押し入れ行きだな……その杖も入れとけ」


 俺はミニ剣とミニ槍を押し入れに放り込みながら言った。

 しかし俺の要求はスルーされ、杖はアリスの赤いリュックの中へと消えていく。


「持っておくのか?」

「ええ、せっかくゲットしたんだし勿体ないじゃない」


 まあいいか。と呟き、俺は和室の引き戸を開けてブーツに手を伸ばした。


「よし、じゃあ晩飯と風呂を済ませてゲームコーナーに行くぞ。月の欠片わんさかだからな!」





 目の前の少し古臭いディスプレイにはテロリスト。そして、銃を構えて華麗にそれらを撃つ俺。


「華麗に……うおっ!」


 ガンシューティングゲームは実は苦手だ。それに加えて左手での銃捌き。なので、ステージ1のボスにすら辿り着けずに、俺のHPは底を尽きた。


「右手ならもうちょい進めそうなのに……」


 銃型コントローラーを筐体のホルダーに戻し、俺は未だに痺れている右手をマッサージしながら、ガチャガチャの前まで歩いた。


「おーいアリス、ガチャガチャ回すぞ」


 返事は無い。どうやらレースゲームに夢中のようだ。

 じゃあひとりでやるか。と、俺は獣ガチャガチャの投入口にメダルを投入し、気合を入れて回した。


 ……からの、ミニティッシュ7連。


「くそ、既にゲットしてる幻獣ばっかって事か……。もうガチャガチャの幻獣コンプリートしてるんじゃないだろうな……」


 思わずガチャガチャの側面から中を覗き込みたくなる。

 しかし黒い厚紙が内から貼ってあり、それすら叶わない。


 ポケットからメダルを取り出し、泣きの一回。出て来たのは相変わらずの白いカプセル。

 どうせミニティッシュなんだろ? と諦めの極致でカプセルを開ける。


「おおっ!」


 中には黒い鳥……カラスだろうか。だが、明らかに普通のカラスとは違う点がある。


「足が3本ある……これって確か……」


 手に持って眺めていると、カラスが光って浮き出し、俺の脳内に直接語り出す。


――我が名は八咫烏やたがらす


 名を告げると、やはりそのまま消え去り、俺の体内に住んでほんの少しだけ体温を上げる。


「やっぱ八咫烏か……」

「カラスちゃん可愛かったわね!」

「うわああああ!」


 突然、独り言に反応され、思わず両手を上げて絶叫する事を余儀なくされる。


「いちいち驚かないでくれるかしら。……それより、これを見てちょうだい!」


 リアクションを全否定されながらも、俺はアリスの手のひらに乗せられている物に目を向けた。


「ま、巻物か? 小さいな……って、どうしたんだこれ?」

「真ん中の黒いガチャガチャから出たのよ!」

「黒いガチャガチャ……10枚ガチャガチャか。いつの間に回したんだよ……」


 俺は、7つのガチャガチャから少し離れた所にある3つの黒いガチャガチャに視線を移した。少し不気味で、相も変わらず異様な雰囲気を醸し出している。


 それから出て来たという、小さな巻物。そして、それを持つアリスの逆の手には小さなタワシ。


「……黒いガチャガチャからタワシも出たのか?」

「ええ、最初はタワシで、次が巻物だったわ!」

「お前、一瞬でメダル20枚も使ったのかよ……」


 俺の嘆きはスルーされ、小さなアリスの手が小さな巻物をスルスルと開く。


「あれ、なにも書いてないな」

「書いてあったわよ? けれど、口にしたら光って消えたわ!」


 どうやら事後報告だったらしい。


「なんて書いてあったんだ?」

「裁縫の極意と書いてあったわ!」

「裁縫の極意……? ゲーム的に言えば、それでクラフタージョブの裁縫師ゲット……ってところか?」


 あくまで推測に過ぎないが、元々アリスにはその才能が眠っていたのかもしれない。

 それを開放するのが巻物の効果……。最初にタワシが出たという事は、それはアリスには会得不可なジョブ的なものだったのだろう。


「まあ……お前を見習って、思いっきり頭を柔らかくして考えれば……だけどな。ちょっと試しに俺のシャツのボタン付けてみろ。ほら、丁度ほつれかけてるから……って聞いてねーな」


 あくびをしながら目を擦るアリス。そのまま近くのベンチまで歩き、当たり前のようにその上に飛び乗る。


「眠たいわ。和室までおんぶしてちょうだい」

「もうこんな時間だしな。八咫烏とお前の裁縫の検証は明日にして、寝るか」


 アリスの要求を聞き流し、俺はエレベーターへと歩いた。

 するとフワリとジャンプをして、アリスは強引に俺の背中に着地し、手を首に回した。


「く、苦しい……せめてチョークスリーパーはやめてくれ……」

「じゃあ観念しておんぶしなさい! あなた、毎回ダメダメ言って大人げないわよ!」


 俺は『しゃーねーな』と呟きながら両手をアリスの太ももの内に回し、正しいおんぶの形に背負ってから歩き出した。


「痺れている右手は大丈夫?」

「聞くぐらいならおんぶさせるな。……大丈夫だよ、お前をおんぶするぐらい。だけど、これで最後だからな」


 止まっているエレベータの前で、もう一度ヨイショっとアリスを背負い直した。

 エレベーターを下りる頃には、背中からスースーと可愛らしい寝息が聞こえた。


「お前、やっぱり軽いな……」


 返事は無く、静寂の音がジャオン1Fに響いていた。





 次の日の目覚めは、とてもじゃないが心地の良いものとは言えなかった。


「ぎゃああああああ!」


 という悲鳴が耳から入ると同時に、俺は自分がいつの間にか短い杖を手にして直立している事に気が付いた。


 そして、目の前には布団の上でパニくっている俺。先程の悲鳴は、この慌てている俺のものだったらしい。


「って……」


 俺は、自分の姿を和室の鏡で見て言葉を失った。


「あ……アリス?」


 やっとの思いで、映っている者の名を口にすることが出来た。


「えっ……?」


 俺は、アリスになっていた。


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