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123 とべとべもうチョット

 無機質な壁に囲まれた、月の迷宮6層の広々とした部屋。

 そして、その中で眼を赤く光らせ俺に殺意を示す、複数の化物。


「来るわよ!」

「ああ、お前は離れてろ!」


 青い攻撃軌道が食人花の根から俺の眉間へと伸びる。


「打ち弾き!」


 俺はヤリのような根の刺突をダガーで弾き、駆け迫る2体のミノタウロスに備える。


「出でよMAX狐火!」


ボオオオオオオオォォォ!!


 出来れば一撃で仕留めたい。その為、狐火のMAX使役で業炎を放つ。

 が、全身に浴びせた激しい炎は、大木のように太い足の勢いを少しだけ緩めるにとどまった。


「くそっ……斧でガードしやがった……!」


 直後、縦と横に伸びる二つの青い軌道。そのどちらもが俺の頭部を的確に捉えている。


 それから一瞬の間を置いて迫る巨大な斧。俺はその既に視えている2体の一撃を跳び退いて避け、とりあえず確実に1体を倒そうと、隆々と筋肉が盛り上がっているミノタウロスの胸部に触れた。


「出でよMAX鎌――」


 使役する刹那、またも俺は見えない敵の攻撃を食らい、


「ぐふっ……!」


 壁まで吹き飛ばされる。


「大丈夫!?」


 通路から狙いを定めているアリスが、心配そうに俺の元まで駆け寄る。


「だ、大丈夫だ! お前は下がって食人花を仕留めろ!」


 俺は立ち上がり、食人花から伸びる青い軌道からアリスを遠ざける。


「分ったわ! 後で包帯巻くわよ!」

「ああ、頼む!」


 食人花の刺突が、俺の頬の横10センチを通り過ぎる。


 くそ……食人花はともかく、見えない敵がウザすぎる……しかも……。


 俺は右腕を軽く振り回してから、右手を強く握ってみる。


 右手が痺れて上手く動かねえ……! 見えない敵の何かを食らったのか!?


 左手に握るダガーに力を込める。次の瞬間、前方のミノタウロスが2体同時に雄叫びを上げる。


「っ……!」


 とてつもない迫力。それは鼓舞で、己の士気を上げようとしているのかもしれない。もしくは威圧で、俺の士気を下げようとしているのか。


「でも……!」


 残念だけど、今の俺はちょっとやそっとじゃ心は折れない。

 ……一度は元の世界で折れた脆い心だけど、それでも護りたいバカがいる限り……!


 迫るミノタウロス。それと、迫らないミノタウロス。

 男らしく一対一の勝負をお望みらしい。もしかしたら、先程の雄叫びは見えない敵に対して邪魔するなという威嚇かもしれない。


 3メートルの巨体と、平均身長以下の俺が交錯する。


「出でよMAX鎌鼬!」


ザシュザシュッッ!!


 宙を走る三つの軌跡。二つは鎌鼬の二撃の斬風、そして一つはミノタウロスの斧による斬撃。

 結果、膝をついてからそのまま前に倒れ、地に伏すミノタウロス。


 ハア……ハア……と息を付く。文字通り2回大きく呼吸をしてから、そのまま勢いよく前に駆け出す。


 視線の先のもう一方のミノタウロス。巨大な斧が月の迷宮の天井を指す。


 青い軌道が縦に走る。俺はそれを右に軽くジャンプをして避ける。


 青い軌道が横に走る。俺はそれを身をかがめて躱す。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 X字に裂かれるミノタウロスの胸部。しかし、それでも落ちない膝と斧。

 再び青い軌道が俺の身体を真っ二つにするように、横から腹部へと伸びる。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 俺は斬撃を躱しながら狐火を使役し、業炎とはいかないまでも火炎をミノタウロスへ放つ。


「や、やったか……!」


 焼かれて倒れたまま動かないミノタウロス。それを確認した後、視線を食人花へと移動させる。


「ぐはっ……!」


 アイス・アローが数本刺さって絶命している食人花を脳が認識した瞬間、みたび見えない敵の攻撃によって壁へと吹き飛ばされる。


「くそ……! どこだ、出て来いや!」


 少しよろけながらも、俺は壁を手でついて立ち上がり、急速に首を振って周りを見渡しながら叫んだ。


「ちょっと! 何度も壁に激突して大丈夫!?」

「大丈夫じゃねえ! ……見ろ、今ので右手が完全に動かなくなっちまった!」


 俺は握って拳も作れなくなった右手を、アリスの頭に乗せながら言った。


「乗せられたら見えないわ! 一旦、逃げて包帯を巻く!?」

「いや……多分、これは包帯を巻いて治る類のモンじゃないと思う。それに、この部屋に潜んでるって分ってるうちに倒さないと、後々面倒だ……」

「じゃあ倒すわよ! ……アイス・ニードル!」


シュバババババ!


 氷の針が拡散して部屋の中央へと向かっていく。

 しかしその軌道上には何もいないらしく、ただ壁に当たってパラパラと落下した。


 4層で未来アリスがやったのと同じ事を……。

 当たり前だけど、思考回路が全く同じなんだな……。


 そう考えると、なんだか胸が熱くなる。

 アリスがアリスのまま成長したと思うと、それだけで何故か嬉しく思ってしまう。

 この感情がなんなのかは、自分でも上手く説明がつかない。


 ……説明は出来ないけど、見習う事は出来るよな。

 俺も狐火の火炎を放射するか……いや、それよりも……。


 左手のダガーに自然と目が向く。


 このダガーを投げて当てる方が効果的かな……。

 って、見えないのに当たる訳がないか……いや、当たる気がする……する?

 ん? あれ、この感覚は……。


キュイン!


「閃いた! 心眼・ナイフ投げ! ダガーだけど!」


 俺は、見えない敵が『いる』方向へとダガーを投げる。

 すると、当然のようにダガーは何者かに刺さり空中で静止する。


「なに? どうしたの突然!?」

「あれだけじゃ倒せないか……! アリス、二度は言わないからよく聞け! 俺の合図で風の加護で大きくジャンプしろ!」

「えっ!? よく聞き取れなかったわ!」

「俺の合図で風の加護で大きくジャンプしろ!」


 アリスが大きく頷いたのを確認してから、俺はダガーが突き刺さっている方向へ左手を向けた。


「木霊! 出て来いや!」


――出たで ――来たで ――出た来たで!


 そして階段のように配置した3体の木霊へと駆け、そのまま飛び乗って宙を走った。


「飛べアリス!」

「了解よ! 風の加護!」


 フワリと大きくジャンプをするアリス。ミニスカートと長い黒髪がヒラヒラと舞っている。

 いつまでも眺めていたい光景だが、しかし俺は頭を切り替え、3体目の木霊が頭を突き出すのと同時に飛び跳ねた。


「戻れ木霊! ……出でよMAX雷獣!」


ビリビリビリビリッッ!!


 迷宮の天井スレスレから左手でMAX使役した雷獣。上手く狙いが付かなかったが、それは想定内。


「う……うおお……」


 と思わず漏れる程の雷撃が部屋の下半分を覆い、ダガーへと集束する。


 フラフラと小刻みに宙を漂うダガー。やがて何者かが倒れる音が、部屋中に響く。


「倒したの!?」


 大理石の床に着地したアリスが、ダガーへと駆け寄りながら言った。


「ああ、さすがにあれだけの雷撃なら倒しただろ。でも危ないから、あまり近づくな」


 俺も歩いて向い、アリスの前に出てダガーに手を伸ばした。


「いてっ……!」


 そして、バチっと感電した。


「あなた、自分で雷撃とか言っておきながら、なんで触るのよ」

「倒したかの確認だ、あとダガー回収しないとだろ!」


 刺さっているダガーを左手で抜き、鞘に収めながら転がっている何者かをブーツのつま先で突いてみた。


「動かないな。ちゃんと倒したみたいだ」

「ボスなのかしら?」

「ああ、多分な……。ってか、見えない敵とかこの先もいたらダルイな……」


 俺はその場で腰を下ろし、まだ痺れて動かない右手を左手で揉みながら言った。


「デバフ……なのかな。だとしたら暫く動かないかもな……」


 デバフのような効果を人より受けてしまう。

 アリスに無意識に召喚された事による今の俺の体質だが、正直もの凄く軽く考えていた。


「思ってたより厄介だな……って、包帯は意味ないと思うっての」


 気が付けば、俺の肘から下はアリスのアートとなっていた。


「さっきのは閃き? 依存症は大丈夫なの?」

「ああ、ちょー気持ちよかった。でも大丈夫っぽい。それよりもMAX使役でフラフラだ……。とりあえず今回は6層までだな」


 早くリアの元まで行きたいが、無理をして大けがでも負えば助けられるものも助けられなくなってしまう。

 円卓の夜までにはと言っていたので、1ヶ月以上あるし焦り過ぎる必要もないだろう。


「着実に無理しないでクリアしていかないとな……」


 俺は大理石の床で寝転がりながら言った。


「そうね。何層でクリアかも分からないけれど、早くリアに会いたいわ!」


 アリスは、同じように俺の隣で横になったブタ侍の頭を撫でてから、その隣にちょこんと座った。

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