121 夢のENDはいつも
夢の舞台はまたも宇宙空間だった。
今度はどんな天体ショーを見せてくれるのかなとワクワクしていると、前回とは違い、いきなり後方から声が聞こえた。
「やっとあなたの夢と繋がった。あなた、邪な夢を見過ぎ。おかげで苦労した」
緋色の瞳、そして銀色の輝くストレートヘアー。
目の前の幼女は突然クルリと回転し、逆さまになって、そのつま先まである長さの銀髪を垂らした。
「聞いてる? それとも、髪は垂れるのにスカートは捲れないなコンチクショーって考えてる?」
「……そんな事考えてねーって。いや、少しだけ思ったけども……。でも、それより未来アリスが言ってた事を思い出してた」
『4層を突破しないで、どうやってリアに会ったって言うのよ』
「お前、前にリアを助けてあげてって言ったよな? それが誰だか分らんけど、ようするにその子を助けるには月の迷宮をクリアしないとなのか?」
「そう。月の迷宮をクリアすれば、月の神殿までの階段が現れる」
「月の神殿……そこにリアがいるのか……」
銀髪幼女は頷きもせずに再びクルリと回転し、縦軸を俺と合わせてから口を開いた。
「リアは泣いている。早く助けてあげて、円卓の夜が始まる前に……」
「泣いてるって……なんでだ? ってか、お前は何者なんだ? なんで俺の夢に出て来れるんだ?」
つい矢継ぎ早に質問してしまった。成人男性が幼女を問い詰める様は、恐らくあまり見ていて気持ちのいいものではないだろう。
しかし、銀髪幼女はそんな事を気にする様子もなく、ただ黙って辺りを見回した。
次の瞬間、宇宙空間がガラガラと音を立てて崩れ出す。
「私はルナ。リアの双子の姉。……そろそろ、あなたの夢が醒めるころ」
ルナとリア……双子……まさか、お前らは……。
「双子の月の女神か!?」
答えは無かった。
気が付けば、俺の視線の先には見慣れた和室の天井があった。
*
「月の迷宮をクリアしたら、月の神殿への階段が現れるのね?」
「ああ、ルナはそう言ってた。空に階段が架かって月まで昇るんか……? ってか、神殿ってどの月にあるんだよ……」
「ステキじゃない! じゃあ早くクリアして、泣いているリアをお迎えに行くわよ!」
月の迷宮の扉の前で、アリスが拳を高く掲げた。
「そうだな。ショッピングモールHPを全快させて月の欠片も尽きたし、稼がないとな」
俺はボディバックの中に忍ばせている、短い杖の重みを確認しながら言った。
すると、俺とアリスのやり取りを聞かずに地面で扉と向き合っているブタ侍が、腕を組んで首を傾げた。
「妙でござるな……。前回は4層で帰還した筈でござるが、スタートが1層に戻ってる気配がするでござる……」
おお、気配で分かるのか……。
未来アリスが5層の階段部屋以外で帰還魔法を命じちゃったからな……。
その一件は伏せたいし、なんとかアリスとブタ侍を納得させないと。
バッグの中の杖は5層の宝箱の中身だし、その心配は後だな……。
「そ、そういう事もあるんじゃないか? お前だって、迷宮の全てを知ってる訳じゃないんだろ? まあ、気持ちを切り替えて、心機一転頑張ろうぜ!」
俺はブタ侍の目を見ながら言った。
「…………そうでござるな。では扉を開けるでござる」
ブタ侍は、アリスのミニスカートの中を覗きながら返した。
こ、このブタ野郎……性懲りもなく、毎回アリスのスカートの中を覗きやがって……!
……まあ、おかげで1層に戻ってる事は深く考えてないみたいだし、黒タイツディフェンスもあるし、今回は見逃してやるか……。
と考えていると、ブタ侍のように腕を組んで身体を後ろに反らしているアリスが、『うーん』と短く唸った。
そのままブリッジするんじゃないかと見ていると、勢いよく体勢を元に戻してから、高くて少し下っ足らずの声を上げた。
「ちょっと待ってちょうだい! 4層の雷マークが光らなくて諦めて階段部屋で帰還魔法したのだから、やっぱり次も4層じゃないとおかしいわ! せっかくあなたの雷獣ちゃんで輝かせられると思っていたのに、『そういう事もある』では納得がいかないわ! 原因を3人で一丸となって究明するべきよ!」
普段は何も考えていないアリスが、何故かこの一件だけはウザイ程にこだわり出した。
「まさか……何者かが月の迷宮に侵入して、階段部屋以外で帰還魔法を唱えたんじゃ!? だから1層に戻っているんじゃない!? これは事件の臭いがするわ、犯人はまだこのショッピングモールにいるかもしれないわよ!」
概ね当たっている。
「拙者以外に扉を開けられる者はいないでござる。何者かが侵入したなんて事はあり得ないので、そこは心配無用でござる」
「ほら、ナビゲーターのブタ侍もこう言ってるし、事件なんて考えすぎだって。それより早く入ろうぜ!」
「ハア……あなたはお気楽でいいわね。心配事に頭を悩ませるのは、いつだって私よね……。まあいいわ、迷宮を進みながら考えましょ」
アリスはそう蔑んだ目で言ってから、俺の顔を見てもう一度『ハアッ……』と深いため息をついた。
お前が未来でアホやったせいだろうが!
ってか、お前がいつ心配事に頭を使ったってんだよ!
とは言えず、俺はブタ侍に扉の開錠を命じるアリスの姿を、愛想笑いを浮かべながら眺めた。
「では再び1層から参るでござる! 開けブタ!」
*
「ってかブタ侍、1層から入り直すとボスや宝箱はどうなるんだ?」
ランダムな直線で様々な図形を描いている月の迷宮の無機質な壁に触れながら、俺はブタ侍に尋ねた。
嬉々として答えた水先案内人のお尻の元には、未だ『うーん』と唸っているアリスの曇った表情がある。
「なるほど……一度倒したボスやゲットした宝箱は復活しないけど、部屋や通路の配置は変わるのか……そう言われてみれば変わってる気がするな」
ブタ侍は「左様」と言ってから、「しかし基本的な構造は変わらぬ筈でござる」と続けた。
構造とは、迷宮の仕掛けの事を指しているのだろう。
「迷いさえしなければ、攻略済の3層まではあっという間でござろう」
言いながら、ブタ侍はアリスの頭から飛び跳ね、俺の頭上に移動した。
「あれ、どうしたんだ? マナがエグいアリスの頭の方が座り心地いいんだろ?」
「いや……なんだかお尻が温くなってきたでござる……」
確かに、胡坐をかくブタ侍のお尻から、生暖かさが俺の後頭部に伝わった。
「おいアリス、知恵熱で頭が熱いってクレームだぞ。……って、聞いてねーな」
「うーん……。あれがこうなって、これがああなって……いえ、でもそれだと犯人が空中爆散する事になってしまうわね……」
アリスは全く俺の言葉が耳に入らず、迷宮が1層からに戻っている原因の推理と精査を重ねている様子。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
しかし、それはそれで順調に迷宮攻略が進むので好都合。
今まで、いかにアリスが無駄に動いて時間を消費していたかが、痛いほどよく分かった。
「よし、階段部屋の死ビトも焼いたし、2層に進むぞ」
俺は足元をあまり見ていないアリスの手を引きながら階段を下り、2層へと足を踏み入れた。
そんなこんなで、俺達は思っていたよりも早く4層へと戻って来た。
体育館ほどの広さの部屋には相変わらず階段と3つの床の模様しかなく、無機質な壁と天井が俺達の行動を窺うように、ただ黙って空間を囲っていた。
「消えて大穴になった床も元通りになってるな……。今度こそ仕掛けを起動させられるのか」
俺は床の雷マークに目を向けながら呟いた。
一度目は雷属性がなくて諦め、二度目は未来アリスとともにグリフィンに乗って仕掛けを無視した4層。とても思い出深い。
……未来アリス元気かな。
戻った俺と仲良くやってるのかな……。
未来の自分がとてつもなく羨ましくなってきた。
なんせ、現代のアリスは未だ知恵熱で顔をほのかに赤く染めながら、
「シュバーン……バゴーン!! ドッゴーン!! ……カサカサ……カサカサ。いえ、こうでもないわね……」
妙な擬音でひとり盛り上がっている。気味が悪いったらありゃしない。
……どんな状況を思い浮かべてるんだ。ってか、今虫がいたぞ。
バカは放っておこう。
と、続けて幼稚な擬音を口にしているアリスを放っておき、俺は床の雷マークに対して腕を構えた。
「出でよ雷獣!」
ビリビリビリッ!