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120 我が畳、我思い浮かべ

 ショッピングモールで警告音が鳴り響く。


ビィィーーッ! ビィィーーッ! ビィィーーッ! 


 耳をつんざく大音量は俺の焦燥感や切迫感、緊張感などありとあらゆる感情を煽り、思わず駆け出す事を余儀なくさせる。


「この音はなに!? どこに行くの!?」

「ゲームコーナーだ! ショッピングモールHPを回復させるぞ!」


 ピンと来ていない様子のアリス。しかし説明している暇はない。


 くそっ……どう考えてもショッピングモールHPの警告音だよな……!

 HPがゼロに近づいてるのか、ゼロになったのかどっちだ!? 間に合うのか……!?


ビィィーーッ! ビィィーーッ! ビィィーーッ! 


 俺は急いでエントランスホールを抜け、ジャオン2Fまで走りレジカウンターの下に腕を伸ばした。

 そしてランダムで触れた月の欠片を握り、小さい両替機まで前のめりで駆けて投入した。


ビィィーーッ! ビィィーーッ! ビィィーーッ……


 警告音が遠のいて行くように、段々と小さくなっていく。


「ま、間に合ったのか……!?」


 月の欠片を投入してから数十秒、警告音は完全に鳴りやみ、何事も無かったかのようにゲームコーナーの電子音が台頭する。


「何事なの!? 音消えたわよ!?」


 いつの間にかアリスが隣に立ち、茫然自失としている俺のシャツの裾を引っ張る。

 俺はとりあえず道中で得た月の欠片を1つメダルに換えさせ、ブタブタパニックに投入するよう指示をした。


「入れたわよ? ショッピングモールHPを見ればいいのね?」

「ああ、頼む」


◆マジック・スクウェア POWER◆

■■□□□□□□□□


「2マスか……さっき欠片を1つ投入して1マス回復したハズだから、やっぱHPが尽きかけた警告だったんだな……」

「1マスになると、さっきのような音が鳴るの?」

「それか、1マスになって暫くしてからかな……。とにかく焦った……」

「ホント、あなたはビビリね。ゼロになったらどうなるって言うのよ」

「それが分からないのが余計に怖い……」


 俺は思わずその場に座り込み、そのまま後ろに倒れて床に寝そべった。


「こんな所で寝たら風邪ひくわよ! 風邪を舐めないでちょうだい!」

「いや、寝ねーよ……。ってか、お前いつの間に黒タイツを脱いだんだ?」


 視線の先で、アリスの黒いミニスカートが揺れている。

 その中の白いおパンツ様にプリントされているブタと、ふと目が合う。


 『アリスの保護者はオイラだぜ!』


 まるでそう主張されているようで、俺は思わずブタの視線に対して眉間にシワを寄せて威嚇する。


「この変態! なに見ているのよ!」


 アリスはお約束のように氷の塊を俺の顔面に落とし、ミニスカートの裾を手で抑えた。


「痛えっ! ……俺が見てたのはブタのおパンツ様じゃなくて、ブタその物だ!」

「変わらないわよ、このロリコン変態バカ!」

「変態は否定しないが、ロリコンではないしバカはお前だ! ……あれ、チルフィーはどうした!? あいつなら俺の弁護に立ってくれるだろ!」


 必死な俺の問いに、アリスは『音で起きて、黒タイツを持って隠れ家に帰ったわ!』と、まだ興奮収まらぬ表情で答えた。追撃の氷の塊も放ったが、それは川を流れる葉の如く流麗に躱した。


「ああ、暫く留守にしたから、黒タイツを土産にしたのか」

「そうみたい。シルフの子供達の為なら、私はいくらでも脱ぐわ!」


 両手に腰を当てながら高らかに宣言をしたアリスだが、それを俺以外の前で言うのは止めとけよと諭しておいた。





 和室の畳はとても落ち着く、いい踏み心地だった。

 住むには広すぎるショッピングモールの中で、この和室で寝泊まりする事を選んだのは、異世界転移してからの一番の好判断と言えるかもしれない。


「領主のおじいちゃんのお屋敷もステキだけれど、やっぱり日本人には畳ね。狭いけれど落ち着くわ」


 布団を敷かずに、あえて畳の上で大の字になっているアリスが言った。


「いや、拳を丸ごと噛まれながら落ち着くなよ……」


 俺はそう言いながら、アリスの小さな手をパクっと飲み込んでいるクリスを軽く引っ張った。


「駄目だ、離さねえ……」

「うふふ、クリスったらヨダレをダラダラ垂らしちゃって。よっぽど私が恋しかったのね」


 まあ、甘噛みっぽいからいいか。と、クリスから手を離して俺も大の字になり、天井を見上げた。


――前髪ぱっつん娘はなにか勘違いをしておるのう。このまま食ってしまおうか。


 クリスは夢中で頬張りながらも、直接俺の脳に語り掛けてきた。


 尻尾を振りながらなに言ってんだよ……。


 俺は畳の魔力で心地よい眠気を感じ、目を瞑りながらクリスの語りに返した。


――うつけめ。わらわが立派な大狼に成長した暁には、うぬを丸ごと食してくれる。父の仇じゃ。


 仇か……。まあ否定はしないけど、死ビトになるのは嫌だな……。


――三送りは送り人を脅してやらせるから安心するが良い。残った屍は母と父の隣にでも埋めてやろう。あの世で詫びるが良いわ。


 そっか……。じゃあそれなら、成長したらお前がアリスを守るんだぞ? ちゃんと仲良くしろよ?


――それは出来ぬ相談じゃな。わらわは前髪ぱっつん娘が嫌いじゃ。


 なら俺を食う話も無しだ。……ってか、そもそもボスを食そうとするな。


――愚か者め。そんなちんちくりんな身体で、なにがボスじゃ。


 ちんちくりんって……。お前に言われたくねーよ……。


――ふん、わらわは大狼じゃ。うぬが思っているよりも成体になるのは早いぞ?


 まあ、確かにもうチワワの成犬ぐらいになったしな……。もっといっぱい食ってもっと運動して、わんぱくでもいいから早く大きくなれよ?


 クリスはいつの間にかアリスの拳を開放していた。そのアリスは旅で疲れたのだろう、大の字になったまま小さな寝息を立てていた。


――大きくなって欲しいのなら、また魚を献上するのじゃ。ドッグフードとやらも悪くはないが、やはり贄は生にかぎる。


 あくびを一つ。それからクリスは俺の胸の上で丸くなり、アリスのようにスヤスヤと眠りに入った。


 贄って、神かお前は……。いや、メスだから女神って事になるのか……?


 俺は頭の中で呟いでから空に浮かぶ3つの月を思い浮かべ、グスターブ皇国が信仰しているという双子の月の女神を想像しながら、静かに目を閉じた。


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