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118 千早振る豪雨の闇に浮かぶ赤

 雷獣よりもよっぽと太い稲光が夜の闇を一瞬照らした。

 馬車の天井を打つ雨音は強く激しく、実は雹なんじゃないかと思ってしまう程だった。


「アナ、いま前方に死ビトが数体見えた。迂回も出来なそうだし退治しよう」

「そうだな……。無理に避けようとして馬車が横転したら笑えないな……」


 アナはそう言いながら御者に合図を送り、死ビトが群がっている前で馬車を止めさせた。


 外に出ると、全身が濡れるよりも先に1体の死ビトがこちらに向かって来た。

 それを確認するなりアナは無言でヴァングレイト鋼の剣を抜き、両手で握って真一文字に剣先を走らせた。


ビチャッ


 濡れて緩くなった土の上に死ビトの頭部が落下する。

 俺はそのリアルな音が耳にこびり付かないうちに前方の死ビトまで駆け、首元を狙って腕を突き出し鎌鼬を使役した。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 刎ねた首が派手に飛ぶ。その先、数メートルの位置に片手斧を持つ死ビト。

 目が赤く輝く。その輝きが濃い闇の中を移動し、段々とこちらに近づいて来る。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 火炎放射が死ビトの頭部を焼き尽くす。と同時に、周りを明るく照らして馬車道の先にある倒木の存在を明らかにした。


「ぶ、ぶっとい木だな……。アナ! 俺は倒れてる木を撤去するから、お前は死ビトを頼む!」

「了解した!」


 アナが前方まで駆け、道を塞いでいる倒木の元にいる死ビトに剣戟を放つ。

 刹那、死ビトは持っている剣でガードの姿勢をとり、剣戟を迎え撃つ。


「はああっ!」


 気合剣託。


 こんな四字熟語があるかは知らないが、まあ多分そんな感じにアナは気合をヴァングレイト鋼の剣に託し、結果死ビトの剣ごと頭部を切断する。


「エグい斬れ味だな、くれ!」

「こればかりはやれん! 領主様から頂いた大切な物だと言っただろ!」

「覚えてるよ、冗談だ! ……ちょいどいてくれ!」


 倒木に対して腕を構えるとアナは周りを確認し、少し先にいる死ビトへと駆け出した。


「出でよ狛犬!」


ワンワン!


 俺は視線で倒木の真ん中に狙いを付けてから狛犬を使役し、発射までの10秒の間を凌ごうとダガーを抜いた。


 次の瞬間、横から死ビトが忍び寄り、ボロボロのナイフが眼前に迫った。


 なっ……!

 お前、さっきもっとあっちにいただろ……!


 俺はなんとかその一突きを躱し、脇腹の辺りに蹴りを入れてからダガーで頭部を突き刺した。


「くそっ……! 効いてねーな……」


 青い軌道が一直線に俺の眉間まで伸びる。

 その元には、頭部への刺突を全く意に介していない死ビトが握るナイフ。


 俺はその一撃を悠々と躱す。

 そして後ろに飛び跳ね、死ビトから少し距離を取る。


「MAX鎌鼬で木を切断するべきだったか……!? 狛犬が顕現してる間、他の幻獣を使役出来ないのは不便だな……!」


 今、改めて俺は思う。

 幻獣と出会っていなかったら、こんなボロボロのナイフしか持たない死ビトですら苦戦するのだと。


 口髭プレートやアゴ髭男爵のような、強国の兵士ですら手こずるゾンビがうようよと地上を歩くこの異世界。

 ショッピングモールが無かったら、ガチャガチャが無かったら、もしガチャガチャをスルーしていたら……『たられば』を考えれば考える程、俺とアリスが生きているのが奇跡的に思える。


 そう考えると背中に冷たい汗がツーっと走る。もしかしたら雨かもしれないが、やはりここは汗という事にしておこう。


ワオオオオン!


 狛犬がシャカリキに飛び立ち、光弾のようになって巨大な倒木を粉砕する。

 その光弾は遥か彼方で消え、再び俺の身体に戻って熱を伝える。


 サンキュー狛犬! みんなもいつもありがとうな!


 俺は身体に住まう全ての幻獣に感謝し、迫る死ビトの無表情な顔面に触れた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 ビチャビチャな土の上にボロボロのナイフが無音で落ちる。

 振り返りアナの姿を確認すると、うろついていた死ビトを全て片付けたようで、息を整えながらこちらに近づいて来る。

 しかし、それと矛盾するようにヴァングレイト鋼の剣は鞘には収まっておらず、刃こぼれ一つない銀色の刀身が月明りに反射して光輝を放つ。


「黒瘴気がいくつか発生している……まだ湧くぞ」

「黒瘴気……黒いモヤモヤか……。ってか確認したいんだが、やけに動きが良い死ビトがたまにいるけど、あれは個体差か? それとも円卓の夜が近づいてる影響か?」


 言い切る前に、アナは黒瘴気の一つに対して無言で剣を構えた。

 俺も合わせてそれとは別の黒瘴気を見据える。結果、俺達は背中合わせとなり、後方からアナの落ち着いた声が響いた。


「両方だな。雨も湧く数が増えるだけでなく、多少は機敏にするようだぞ」

「まさに雨の寵児って訳か……。死ビトってタケノコ族なんじゃないか? 雨で増えるし、群がるし」

「なに? なんだタケノコ族って!?」

「いや、そんな食い付かれても……困る!」


 結尾と同時に俺は駆け、人の形を成す寸前の黒瘴気に向けて腕を構えた。





「あれ……ここはどこでありますか?」


 俺の手の中で、目覚めたチルフィーが寝ぼけ眼をこすった。


「ああ悪い、揺らして起こしちまったか? ハンマーヒルの寝室だよ」

「いえ、とても心地よい揺れであります……。ではもう一度眠るであります……」


 と言いながらフラフラと飛び立ち、既にベッドで大の字になって眠っているアリスの隣に着地した。


「……って! なんでハンマーヒルの寝室にいるのでありますか! 族長のライブまでに帰らないとであります!」

「おお、精霊のノリツッコミか……。いや、外は豪雨だし真っ暗だしで、もう馬車出すの無理だってよ」

「困るであります! 今日のフリースタイルラップバトルの為にコツコツお小遣いを貯めたのであります!」

「有料なのかよ……」


 しかし、ショッピングモールHPの事もあるので、俺も今日中に帰れない事には不安を覚えていた。

 まあ、恐らくHPゼロまではまだ猶予があると思うが、それでも楽観的に考える事は避けたい。


「今度、俺が行って特別ライブ開催を頼んでやるよ、だから今日は大人しく寝とけ。……それともなんか食うか? 俺は馬車でアナと少し食ったけど、お前腹減ってるだろ?」

「あれ、と言うか、もう既にライブ終わってる時間っぽいでありますね……。では諦めて寝るであります!」

「聞いてねーな……」


 再びスヤスヤと寝息を立てるチルフィーを横目に、俺は窓のカーテンを捲って外を眺めた。

 雨は依然として強く激しく降り続いている。庭園の池が氾濫する寸前なのか、数名の使用人が土豪で周りを囲んでいた。


 森爺に会って話したかったけど、それはまた次の機会にしとくか。

 明日の朝、すぐにでもショッピングモールに戻りたいしな……。


 横殴りの雨が窓を叩きつけた。

 とても暴力的で嫌な音だったが、厚手のカーテンを閉めるとその音が少しだけ和らいだ。


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