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117 墨染めの夜

「お前、幻獣使い……グラディエーターだったのか。それで、そっちの娘はウィザード……あの魔法は精霊術か? まさかそんな奴らと偶然居合わせたとはな。まあゴブリンは見付からなかったが、幻獣や鋭い氷の矢を見れただけで良しとしよう」


 揺れの少ない馬車の客室で、口髭プレートが息継ぎをする事もなく言い切った。


「あ、ああ。まあ幻獣使いでグラディエーターだけど……ウィザードってのは、魔法を扱う者の事か?」

「ん? お前、そんな事も知らないのか。やはりミドルノームの者は知識劣者だな。今度ファングネイの王都に来い、王都図書館を案内してやろう」


 どうやら気に入られたらしい。

 嫌な野郎に嫌な野郎だなとハッキリ言うのは、存外いい方向に転がる事もあるみたいだ。


「私は精霊術だけじゃないわ! プリティー召喚士でもあるのよ!」


 アリスが声を上げると、今度はアゴ髭男爵が大袈裟に反応を示した。


「ほおお……召喚士様だったのかお嬢ちゃん。小さいのに大したもんだ」

「召喚士か、我がファングネイ王国でも見た事が無いな。異界……主に神界から呼び出される神獣は勇猛かつ美麗だと聞く。見てみたい、なにか呼び出してくれないか?」


 反応を引き継いだ口髭プレートは座席に深く座り、足を組み直しながら言った。


「ぐぐ……。今はなにも召喚出来ないわ……。けれど、この人は私が無意識で召喚――」

「な、なあ! ファングネイ王国の王都ってどんな所なんだ!?」


 余計な事まで言おうとするアリスの言葉を遮り、俺は身を乗り出して尋ねた。リベンジでチョップされたが、それくらいは安いものだ。


「どんな所……か。そんな抽象的な質問には答え難いな……まあ、先程も言ったが、世界に誇る王都図書館や、ペアでの闘いが繰り広げられる闘技場や、様々なギルドがある都だ。他にも見どころ語りどころは多い、案内してやるから遊びに来い」


 俺は大きく頷きながら話を聞き、メモに残しておこうと冒険手帳を取り出した。


「君達ふたりなら、闘技場でいい成績が残せるんじゃないか?」


 ペンを走らせていると、アゴ髭男爵が手帳を覗き込みながら言った。

 何気ない一言だったみたいだが、それによって再び口髭プレートの髭が激しく上下する事となる。


「ああ、グラディエーターとウィザードならかなり勝ち抜けそうだな、俺が戦術を立ててやろう。しかし、まあ現チャンピョンのスペード兄弟は厳しいだろうな……。初代チャンピョンのジョージ・ジョージとルーカス・クルーニーのコンビには遠く及ばないと言われているが、あの兄弟のコンビネーションは脅威と言える」


 さすがに酸素を求め、一つ大きく呼吸をしてから続けた。


「しかし、俺が今までに見たチャンピョンの中で最強という二文字を付けるとすれば、間違いなくカイル・セブンハートとフルール・パルファンだろうな……と言うか、金獅子のカイルだけでも大抵の歴代チャンピョンを蹴散らすだろう」


 またカイルの話か、既に耳にタコだな……。

 ってか、金獅子のカイルと聞くと、どうしてもピエロを思い出しちまうな……。


 俺はそう考えながら、窓から外を眺めているアリスに目を向けた。

 ニッタニタな笑顔を浮かべていると思えばすぐに怪訝な表情に変わり、それから驚きの表情を経て、再びにこやかな笑顔を通り過ぎる草木に向けていた。





「ウキキ殿、心配したぞ!」


 中継地に戻り馬車を降りると、いの一番でアナが駆け寄って来た。

 アリスもいる事をゴンザレスさん辺りから聞いたのだろう、特に驚く様子もなくアリスの頭を撫でて少し硬い笑みを浮かべた。


「アリス、ウキキ! 待っていたであります! 早く帰るであります!」


 アナの頭の上でチルフィーが飛び回りながら言った。

 なにをそんなに焦っているのかを聞くと、今夜は月一の族長のライブの日。という、どうでもいい答えが返って来た。


「それは見逃せないわ! 早く帰るわよ!」

「なんでお前まで乗り気なんだよ……」


 アリスにツッコみを入れつつ、本陣でスプナキンを探したが見当たらなかった事を一応チルフィーに告げた。

 するとチルフィーはキョトンとした顔で、


「そりゃ、こんな場所にいる可能性は低いであります。たまたま夢を見て気になったのであたしも見回ったでありますが、あまり気にしないで大丈夫であります!」


 とポニーテールを揺らしながら言い、アナの頭上から飛び立って俺の顔に近づいた。


「でも、探してくれてありがとうであります!」


 そして、小さな顔の小さな唇で俺の頬っぺたにチュッと口づけをした。


「あ……ああ。いや、ゆ、夢に見るぐらいだし、絶対俺が見付けてやるよ……!」


 予想外のチルフィーの行動に俺はドギマギし、やっとの思いで照れの隠ぺい工作を行った。


「あなた、顔真っ赤よ……」


 やはり隠せていなかったようだ。


 アリスはそれから『私も探すわ!』とチルフィーに宣言をした。しかしチルフィーは本当に結構どうでも良いようで、それよりも早くハンマーヒルに戻ろうと促した。





 ハンマーヒルへと戻る車中、俺はアナにグスターブ皇国の者達に仮のアジトに連れて行かれた事や、ゴブリンと遭遇した出来事を話した。


 アナは馬車の横転事故に気付かなかった事を謝ってから、グスターブ皇国の盗賊的行為を見逃す訳にはいかないなと、強い眼差しを窓の外に向けた。


 それから再び俺へと視線を戻し、ゴブリンの言葉を復唱した。


「人は今度の円卓の夜の恐ろしさを分っていない……か」

「ああ、気になるだろ? ただでさえ死ビトの能力が上がって、更に数まで増える円卓の夜……それ以上に恐ろしいってどういう事だ?」


 俺はアナと視線を絡ませながら言った。

 するとアナは顔を横に振り、さっぱり分からんなと素直に口にした。


 アリスは疲れたのか、アナに寄り掛かって眠っていた。

 その寝顔を見ながら、やはり硬めの笑みをアナは浮かべた。


「どんなに恐ろしい円卓の夜だろうと、お前はアリス殿を守るんだろ?」

「ああ、そうだな……。まあ、アリスは守られるのが嫌って言うけど、子供なんだし仕方ねえよな……。それに、なんたって俺はこいつに無意識で召喚された人間だしな」

「そうか……しかし、それら以外にも守ろうとする理由があるように見えるがな」


 硬めの笑みは消えていた。

 真っ直ぐに俺を見つめるアナの目から、俺は少しだけ視線を逸らした。


「……いや、別にそんなもんねえよ……」

「そうか。では、会話はここまでだな。わたしに寄っ掛かって眠ってもいいぞ、わたしはアリス殿に寄り掛かるがな」


 なんだよそれ……と、俺は思わず『プッ』と吹き出した。

 アナとは性別の違いがあるにもかかわらず、やけに波長が合うなと思っていたが、お互い基本的な根っこの部分が似ているのかもしれない。話していてとても落ち着くのはそのせいだろう。


 そのアナは別に笑わせるつもりはなかったらしく、ただ黙って窓の外に目を向けた。


「……雨が降って来た」


 窓に垂れる水滴を見てアナは呟いた。


 雷鳴が真っ暗な空に轟き、それからすぐに雨あしが強まっていった。


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